Case12 病巣切除-後編-
「お待ちしておりました、クロッサ様」
軽い立ちくらみのような眩暈を振り払い、クロッサは声の主を見る。
そこには教会の白とは真逆の、黒い装束を纏った人がいた。
「ご苦労。 さて……ヤゴコロ、どう思う?」
教会で大々的に征伐を公表した。
このことにクロッサはひとつ気がかりがあった。
「うーん、いっぱい中にいるねぇ、臨戦体制だ」
ヤゴコロが内部の気配を探りクロッサに告げる。
気がかりは当たり、フロール家はすでに戦力を集中させているようであった。
「ご安心を、援軍が来ます。クロッサ様は主力を連れてロワル様のもとへ。巫女様はこちらに一度お残りください」
黒装束の男の言葉に頷き、クロッサは行動を決める。
「私とヤゴコロ、ラグ、教会騎士2名の計5名で屋敷に突入する。門を超えた先に多数の気配がある。その他の者は援軍が来るまで敵が中に入ってこないよう耐えてくれ」
全員の顔を見渡し、頷くのを確認する。
準備が整ったのを見計らい。教会騎士は門を蹴り開けた。
「来たぞ、全員仕留めろ!!」
屋敷の前にはさまざまな種族が武器を構えており、男の声で指示が飛ぶ。
先頭をヤゴコロが駆け、大太刀の峰を容赦なく腰や足に叩きつける。
攻撃を受けたものは痛みに悶え、地面に倒れ伏した。
「安心せい、峰打ちじゃ」
ウインクをしながらヤゴコロは屋敷のドアを蹴りあけた。
屋敷の廊下は狭く、外ほどの人数はいない。
ヤゴコロが道を切り拓き、その左右をラグと教会騎士が対応する。
あまり複雑ではない道を駆け抜け、あと一部屋抜ければロワルがいる地下へ到着する。
大広間へ入ったとき、突如甲高い音とともにヤゴコロの動きが止まった。
ラグが横に広がり見ると、ヤゴコロの大太刀が男の武器に止められていた。
男は槍に斧がついた武器、ハルバードでヤゴコロを振り払う。
目の前には3人の男がいた。
1人はヤゴコロを振り払った竜人、細いエストックを持ったエルフ、そして先日ロワルとラグを襲った虎人だった。
「ガハハハ、この前の狼人だな! それに忌々しい兎までいるとは、戦力揃えてきたな!」
虎人は前回と違い、赤い炎を纏う大斧を携えていた。
「さぁ、この前の続きといこうぜ? あ、この前といえば一緒にいた白髪のやつなんだが……」
虎人は少し考える素振りをしてから、猛獣のようにその口を開き、ニヤリと笑う。
そして何かをラグの近くに投げた。
コロコロと転がるそのものは、よく見ると人の目であった。
「今も痛めつけられてるぞ、早く行かないともう片方の目も無くなってるかもな!」
怒りとともに、かつ冷静にラグは虎人に斬りかかる。
大斧とレイピアがぶつかる音を合図に、ヤゴコロは竜人へ、教会騎士達はエルフへ立ち向かった。
ーーー
「爛漫兎、賞金稼ぎのヤゴコロか」
竜人が口を開く。
その口ぶりはヤゴコロの過去を知っているようであった。
「その名前あんまり好きじゃないんだけど……。それにもう賞金稼ぎはやってないよ」
ヤゴコロが嫌そうな顔をして会話に応じる。
「まあそんなことは関係ない、俺は強い奴と戦いたいだけだからな」
竜人がハルバードを軽々と振りヤゴコロへ斬りかかる。
それをヤゴコロは半歩下がり避ける。
「うわ、戦闘狂? 西の大陸の闘技場行けばいいじゃん」
ヤゴコロも踏み込み躊躇なく首に斬りかかるが、竜人はしっかりと防御する。
「命のやり取りがないものに意味がない。 それよりいつもの装備はどうした?」
「しっかりしまい込んでいるよ!」
東方の島国出身のヤゴコロは、袖の広い美しい刺繍の入った衣類で賞金首を狩っていた。
袖を翻し戦うその姿が、咲き誇る花のように美しかったため、繚乱兎の2つ名がついた。
「桜花一刀流一の型、霞」
大太刀を鞘に納め、ゆらりとヤゴコロが軽く揺れる。
次の瞬間その姿は消え竜人の後ろに切り抜けていた。
緩急を駆使した、兎人の強靭な足で踏み込まれた抜刀術による一撃は、今日1番甲高い音を立てて防がれる。
「続けて根払い、黎明、落日、一輪挿し」
切り抜けた低い姿勢から足を狙うような横薙ぎ、かと思えば急停止し天に昇る切り上げ、さらに継ぎ目のない脳天割り、そして相手の喉を狙う突き。
容赦のない猛攻に竜人は冷汗を流す。
「言葉が減ってきたんじゃない? 急がないといけないからね、次行くよ」
ヤゴコロの鋭い目つきに竜人は喜び、ハルバードを構え飛び込んで行った。
ーーー
「よう、先輩が死にかけているのにまだ冷静じゃないか」
虎人はラグに軽口を叩き挑発する。
ラグの怒りは激しいものであったが、怒りに任せていては勝てないこともよく理解していた。
「できるだけ速くあなたを倒します」
ラグの一言に虎人が顔を歪めて笑う。
「やってみな! そういえば名乗っていなかったな、餓獣のガジだ。よろしく頼むぜ!」
ガジが大斧を振る。
ラグは受け流すが、前回以上の衝撃と熱波に後退してしまう。
「今回は俺も本気だ、1番いい武器を使わせてもらう!」
ラグはマンゴーシュ、流で大斧を受け流す。
赤い線と青い線が激しく交差するが、未だどちらにも傷はない。
しかしラグはすでに大粒の汗を流していた。
「やるねぇ、常に砂漠にいるような熱を感じているはずなんだがな」
ガジは涼しい顔をしていることから、装備者には熱波はいかないようであった。
「ほら、聞こえるぞ? 先輩が痛いよぅ、痛いよぅって泣いている声が!」
ラグは鋭くガジを睨み、今まで使っていなかったレイピア、楔で斬りかかる。
それを待っていたと言わんばかりにガジはそれに合わせて大斧を振り下ろす。
「いってぇ!」
声を上げたのはガジだった。
見るとラグの流が、深々と腹部の側面に突き刺さっていた。
「先輩の声は聞こえませんが、あなたの痛いよぅは聞こえましたね」
流を腹から抜き距離を取る。
抜いた腹からはダラダラと血が流れているが、虎人は中級のポーションを取り出し傷にかける。
すると傷からの血は止まり、刺した穴は塞がっていた。
「演技とはやるじゃねぇか、じゃあ第二ラウンドといこうぜ!」
熱波とともに、2人の戦いはさらに激しさを増していった。
ーーー
「まさかエルフも関わっていたとはなぁ」
教会の騎士2人がゆっくりとエルフに対峙する。
「ええ、なかなかに金払いがいいので、用心棒です」
男のエルフは悪びれもなく、整った容姿で笑いかけてくる。
「お前の雇い主のせいで、多くの人が苦しんでいるんだぞ?」
「でも、それは私にそこまで関係ありませんから……」
エルフは困った顔をする。
その顔を見て、教会騎士もクロッサも、このエルフに倫理観が望めないことを理解した。
「あ、ちなみになんですけど、私の戦闘能力はあまり高くありません。でも、あの2組に手を出させないよう邪魔をすることはできます」
そう言うと、エルフはエストックの切先を突きつける。
「3人まとめてどうぞ」
教会騎士の2人が長剣で攻撃を仕掛ける。
1人は西獄動乱でジンクのいる救護所を守っていた騎士、もう1人は前線で戦いながら仲間を回復させた歴戦の騎士。
その2人は息の合った攻撃を仕掛けるが、エルフには一切届かず、2人は徐々に切り傷を増やしていった。
「そちらの貴族さんもどうぞ?」
涼しい顔をしたエルフがクロッサに声を掛けるが、クロッサは動かず、エルフをただ見つめていた。
ーーー
突入してから10分、ヤゴコロやラグは違和感を覚えていた。
強い奴と戦いたいと言っていた竜人が、本気だと言っていたガジが、一切積極的な攻めを見せないのであった。
「情けないね、結局時間稼ぎかい」
大太刀を肩に担ぎ、はぁ。とため息をつく。
その行動に竜人は飛び出しそうになるが、それでも攻め込んではこなかった。
均衡状態が続き、ラグは悔しそうに顔を歪める。
この状態が続けば続くほどロワルは痛めつけられ、死に近づくと理解していたからだ。
ラグが覚悟を決め飛び出そうとした時に戦況は動いた。
「桜花一刀流一の型、霞」
神速の抜刀は腹部を叩き、一撃でエルフを行動不能に追い込んだ。
戦況を変えたのはクロッサだった。
エルフの動きを観察し放った技はヤゴコロから習った技であった。
「やるじゃねぇか貴族のにいちゃん! だがもう手遅れだと思うぜ?」
その言葉とともに全員が察知する。
何か危険な存在がやってきたのを。
「餓獣、そういえばリーダーは獅子の男だったかな……?」
強烈な重圧に身震いしながら、ヤゴコロは大太刀を構え直す。
耳や全身の毛が逆立つほどの緊張感は、ヤゴコロであってもあまり経験のないものであった。
ヤゴコロやクロッサが警戒し、虎人が大笑いする状況で、ラグはゆっくりと警戒を解いた。
その行動にヤゴコロは驚くが、行動に移す前にいつのまにか閉まっていた後方の扉が開いた。
扉から現れたのは巨大な体躯を誇っていたであろう獅子の首を持った男であった。
「ラングリード隊長……」
慈愛と熱意に満ちた眼は見る影もなく、冷たい刃のような視線で周囲を見渡す。
「なるほど、こいつより上はいなさそうだな」
獅子の首を投げ捨て、大広間の真ん中へゆっくりと歩みを進める。
「てめぇ、よくも兄貴を!!」
竜人とガジがラングリードに飛び掛かる。
ラングリードは長剣で竜人を迎撃するが、それをよみ、ハルバードで受けようとした。
しかし、見えたのは長剣が振り抜かれた後の姿。
竜人はハルバードごと左右にズレて血溜まりに倒れ伏した。
その流れでラングリードはガジの懐に入り込み、左手で頭を掴むと地面に一度叩きつける。
それだけで腹部を貫いても動いていた虎人は床に赤い華を咲かせ、動かなくなった。
「いけ、地下に用があるんだろう」
呆然としていたクロッサたちに声を掛け、ラングリードは別の道を歩いていく。
その道は館の主の元へと続く道だった。
「みなさん、行きましょう!」
ラングリードの気配を感じていたラグは、いち早く状況を把握し地下へ向かう。
それにクロッサ達は追従した。
一見すると普通の扉だが、一度開くと暗く湿った地下への階段が姿を現す。
過去何人もの人がこの地下へ送られ、秘密裏に存在を消されている。
地下に降りるたび濃くなる血や死臭に鼻の良いヤゴコロとラグの顔が不快そうに鼻を擦る。
1番下まで降りると、血のついた器具を持った男が部屋からでてきた。
それを見つけると同時にラグは男を殴り飛ばし右手のレイピアで頭へ突きを放つ。
しかしその突きはヤゴコロに腕を掴まれ不発に終わった。
「……ラグ、行きな」
ヤゴコロは男が出てきた部屋を指差す。
すぐさまラグは部屋に飛びこむ。
赤い部屋がそこにはあった。
灰色の硬質な石材でできた床や壁は中央の椅子を中心に赤黒く染まり、その出血量を物語っている。
約1.5リットル、血液がそれだけロワルから失われれば死が近い。
ラグは椅子に繋がれ項垂れているロワルへ駆けつける。
「ロワルさん!」
声に反応しぴくりとロワルの身体が動く。
しかし身体を起こす力はないのか、姿勢は項垂れたままであった。
ラグは床の血液を気にせずロワルに近づき、顔を覗き込む。
目がなかった。指がなかった。片耳がなかった。腕や足には細いナイフが突き立てられていた。
どれほど凄惨な目にあったのだろう、ラグは速くに駆けつけられなかったことを悔やみ涙を流す。
「ラグ……か、すまない、助かった」
水も与えられていなかったのだろう、掠れた声でロワルはラグへ喋りかける。
「いいえ、いいえ……。生きていてくれて良かったです……」
ロワルのいる部屋にヤゴコロやクロッサ、教会騎士、そしてやるべきことを果たしたラングリードが入ってきた。
ヤゴコロは椅子の破壊を試み、クロッサはロワルの状態把握、教会騎士は体力回復に絞った治癒魔法を行使した。
「ラグ……ラングリードさんの娘はどうなった……? 何事もなかったか?」
ラグは一瞬何を言われたのか理解ができなかった。
どうして死ぬ目にあって人の心配ができるのだろうか。
この人はまたこうやって傷を増やしていくのだろうか。
「どうして他人のことを! ロワルさん、死にかけてるんですよ!」
ラグはそのことが無性に悔しくなり声を荒げた。
今にもつかみかかりそうなラグを制し、ラングリードがロワルの元へ近づく。
「すまない、ロワル殿。本当にすまない……」
聞きなれない声だったが、その口調、声の調子から、遺族の気丈な心遣いをロワルは感じた。
「ラングリードさん……貴方のせいではありません。私が……上手く……立ち回れれば」
声が途切れ途切れになり、全員に緊張感が増す。
もしこのまま意識を失えば戻ってこれない可能性もある。
「ラングリードさん……娘さんの名前を、教えてくれませんか……?」
「ルナです。死んだ妻と、月明かりが似合う子になって欲しいと願いを込めて……」
そこでようやくロワルの拘束が外された。
指を失いナイフの突き立てられた腕を胸に当てる。
「ルナちゃんが……神の元で、奥様と楽しく過ごせるよう……信徒ロワルが願いを捧げます」
死に瀕してなお、澱みない祈りの所作に全員の動きが一瞬止まる。
そしてロワルが崩れ落ちそうになるのをラングリードが支えた。
「俺が巫女の元へ運ぶ、ついてきてくれ」
涙を拭うことなくラングリードは巫女の元へ向かった。
振動もなく、風の魔法を併用し空気抵抗すら無くし丁寧に。
ーーー
その後は怒涛の展開だった。
ラングリードが巫女の元へロワルを運び、すぐに治癒魔法を行使。
ラングリード以外が到着した頃にはすでにロワルは目、指、耳、そのほか全てが治療されていた。
ラングリードはというと、『西方特別守護隊は自衛以外に武力を行使してはいけない』という禁を破り、フロール家の征伐に参戦、オルティ・フロールの首をとったため一時幽閉された。
しかし王、教皇から賊退治の功績として、西方特別守護隊に復職することとなった。
クロッサは新たに就任した治癒部門の代表として、各代表への挨拶回りやフローラ治癒院の後始末などで慌ただしく動いていた。
フロール家はというと、家は取り潰しとなり、違法行為に加担していたものへ対しては相応の罰を、それ以外の者へは働き先の斡旋等が行われた。
ヤゴコロとラグは変わらず中央署の業務に戻っていった。
全てが目まぐるしく変わり、平穏を取り戻していく。
しかしロワルは数日経っても目を覚まさず、教会本部の療養室でいまだ眠っている。




