Case11 病巣切除-前編-
ロワル失踪から3日目
「グラン大司教、こちらの魔法陣は?」
クロッサが黒い手帳を持ちグランへ渡した翌日の早朝、ある部屋に通された。
「ここは普段使うことのできない、魔力を増強させる部屋です。ちょっとお目溢しいただきました」
教会内にこのような部屋があることは、クロッサですら知らなかった。
1日かけてグランがどこに話しを通したのか検討もつかない。
グランは険しい顔をして黒い手帳を取り出す。
その手帳を持ったまま、グランは魔法陣の中心に立つ。
「『母なる神に敬虔な使徒、グランが願い奉る。持ち物の主の元へ、我が眼を運びたまえ』」
目を閉じ祈るグランから上級の治癒魔法に匹敵する光が現れ、5分、10分と続く。
通常であればすでに倒れていてもおかしくはないが、魔法陣が補助し、なんとか魔法を保っている。
「見つけました」
目を開き地図を取り出すグラン、見つめた先には郊外にあるフロール家の別邸があった。
「ここの地下です。酷い拷問を受けている、直ちに救出に向かわなくては」
「わかりました、相手の戦力はいかほどですか?」
「手練れ2、3名、そのほか雑兵10名といったところでしょうか。私からは教会騎士団を数名向かわせます」
なるほど、さてどうするか。と、クロッサは冷静に思案する。
しかしその胸中には拷問にあっているロワルのことや、人質の位置や敵の戦力が把握できる魔法への驚愕など、さまざまなものがあった。
「私の権限で中央署の3名と私の家のものを数名出します。集合場所と時間はどうしますか?」
グランはにっこりと微笑み告げる。
「教会本部前、装備を整え直ちに集合。征伐です」
「……了解です!」
2人は緊急通信用の水晶を取り出し、自身の持ちうる戦力を動員する。
ーーー
始業前の中央署に緊急通信の音が鳴り響く。
「ヤゴコロ、今話せるかい?」
昨日5歳の女の子、ルナが亡くなった後の中央署では重い空気が流れていた。
それに加え昨日ロワルについての続報もなかったことで、空気の重さに拍車がかかっていた。
「はい、何か進展はありましたか?」
クロッサからの通信にラグも聞き耳を立てている。
ラグの目元には薄くクマができており、夜に眠れなかったことがわかる。
「征伐の指示が教会から出された。ヤゴコロ、ラグの両名は武器を整え直ちに教会本部へ来るように。その際私の武器も持ってくるように。以上だ」
ヤゴコロの後ろから椅子を薙ぎ倒す音が聞こえた。
振り向くと、そこにはすでにラグの姿はなかった。
「指揮権を移譲する、最低人員だが他署にも協力を仰ぎ乗り切るように。ロワルを連れ帰ってくるよ!」
隊員の鬨の声を背後に、ヤゴコロも駆け出した。
ーーー
クロッサが家への連絡を終えるとほぼ同時にグランも連絡が終わったようだった。
「首尾はどうですか?」
クロッサとグランしかいない部屋に、第三者の声が響く。
グランが目をやると同時に膝をつき顔を伏す。
クロッサもその人物に驚愕しつつも膝をつく。
ハクタクの他種族宗教の長、アムダ教皇と巫女がそこにいた。
「時間がないのだろう、畏まらなくていい。それに他の誰の目もない」
顔を上げるとアムダの目はクロッサを見つめていた。
「単刀直入に言おう、クロッサよ、国の治療部門の代表とならないか?」
「……申し訳ありません、おっしゃっている意味を理解しかねております」
クロッサは思考を巡らすが、理解が及ばなかった。
治癒については教会が第一人者で、国の政務には関与しておらず、また教会との兼ね合いもあり、国は治療、医療の責任者を定めていなかった。
そのため国立治癒班の所属は、国王の直属である。
「フロール家の話しは耳にしている。これは教会の権威を超えるための暴走、しかしそれは、国に教会と対等に話せる立場の者がいないからではないか?」
ここまできて、クロッサはようやく話しが理解できた。
今回のロワル奪還の征伐を足がかりに、教皇はクロッサを医療と教会対応の代表にするつもりなのだ。
「恐れながら、私がはいと言っても、上のものがそれを許さないでしょう」
時間稼ぎでしかないと知りながらも、クロッサはそう答えるしかできなかった。
「時間稼ぎか? まあ急だったからな。レイガラムよ」
後ろのドアから大柄な男が現れた。
獅子の頭に立派な立て髪、目元には不釣り合いな大きさのメガネをかけている。
ハクタクの王、レイガラムがそこにいた。
「クロッサよ」
「……はっ!」
王が現れたこと、そしてその威厳にクロッサは一瞬息が詰まり返答が遅れてしまう。
しかしそのことに王は気にした様子はなかった。
「各部族長、部門長、そして教会の者が集まり、国の役職として医療部門の長を定める会議を進めていたのだ。そこにクロッサ、お前が多数の推薦を受けた」
「私がでしょうか……?」
「不思議はあるまい、医療の名家カーマ家の当主であり国立治癒班の統括、また教会のものとも交友が深い」
その言葉を聞き、ロワルのことが頭に戻ってきた。
「クロッサよ、今何を考えているかよくわかる。 今お前が首を縦に振れば全てが上手く進むよう手筈は整えられている、どうだ?」
教皇の声がクロッサに決断を求める。
クロッサの回答は、ロワルのことが頭に戻った時点で決まっていた。
「承ります、何卒宜しくお願い致します」
教皇と国王が顔を見合わせ深く頷く。
「ついて参れ」
先頭を歩く王に続き歩く。
そして来たのは教会の上階にある演説台、そこから下を見下ろすと、教会騎士が正装し、剣を構え左右に整列していた。
その中央にはヤゴコロ、ラグ、カーマ家の家臣、そして西獄事変でロワルの班の隊長であったものを含む、数名の教会騎士がいた。
「聞け、諸君! フロール家の悪行は聞き及んでおろう。治療を求める無辜の民へ見当違いの治療をし多くの命を奪い、金銭を貪り、それを外部に漏らさぬよう脅す卑劣な所業!」
教皇の声は教会の敷地を越え、街へと響き渡る。
「そして先日、我が教会の仲間、西獄事変の聖者、ロワルが誘拐され今まさに拷問を受けているとの情報を得た。わたしはこれを許すことはできない」
そしてずいと国王が前に出て話し始める。
「今回我が忠臣、カーマ家の当主、クロッサ・カーマが指揮を取り征伐に向かう。それが成功したあかつきには、クロッサを国の医療部門の代表とする!」
王の声と同時に、いつのまにか集まっていた民衆から歓声が上がる。
『私に拒否権はなかったのだろうな』
すでに出来上がっていた状況にクロッサは苦笑する。
しかし、それと同時に国と教会が後ろ盾になる強さも感じていた。
「さらに、教会から巫女を派遣することを決定した」
民衆はざわめいた。
ハクタクでただ1人、上級治癒魔法を超える蘇生魔法を使える巫女は西獄事変でも派遣されなかった重要人物である。
それほど今回の件に国と教会は本気だということだろう。
「では、クロッサ様、行きましょう」
鈴が転がるような声で話す巫女に促され、クロッサは頷き下に降りていった。
「署長、すごいねこれ……」
合流したヤゴコロが、周囲を見ながらクロッサに声をかける。
教会騎士団が並び、民衆が集まっている様子に流石のヤゴコロもぎこちなく笑っている。
しかしラグは周囲の景色が目に入っていないかのように、今にも現場に駆け出していきそうだ。
「やることは変わらないよ、ロワルを救いにいこう。よろしくお願いしますね、師匠」
クロッサはヤゴコロから刀を受け取り帯刀する。
ヤゴコロは恥ずかしそうに耳をパタパタとさせている。
「それで、場所はどこですか?」
ずいとラグが近づきクロッサに声をかける。
「ここだね」
走っても多少時間のかかる位置、その距離にラグはもどかしさを覚える。
「クロッサ殿、これを。グラン大司教からです」
同行する教会騎士から渡されたのは、移動用の魔道具であった。
小さい水晶玉のようなこの魔道具は、使い切りであるが対になった水晶玉の場所へ移動することができる。
西大陸でも一部でしか持つもののいない希少なものであった。
「たった1日でどこまで仕込んだんだ、グラン大司祭は……」
頼もしさと共に、国や教会を動かす手腕と行動力に恐怖を覚え、敵にまわすまいと固く誓う。
「さあ、クロッサよ! 仲間と共にロワルを救いに行くのだ!」
国王レイガラムの声とともにクロッサは魔道具を起動する。
左右に並ぶ教会騎士は剣を掲げ送り出す。
紫の光に包まれた後、クロッサたちの姿は教会から消えていた。




