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多種族国家の診療録〜白髪の元神官は命を背負い、現場を駆ける〜  作者: 稗田


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12/12

Case10 脳出血

 ロワルが休みをとった翌日も、中央署にロワルの姿はなかった。

 今まで遅刻することすらなかったロワルが出勤してきていないことに、中央署はザワザワと多少の騒ぎになった。


「ヤゴコロさん、どうしましょう……?」


「うーん、今日に限って署長が昼までいないからなぁ、とりあえず私が仕切るから、署長が来るまでなんとか仕事を回そうか」


 本来であればクロッサとロワルが同時に休むことはないが、稀にそのような事態が起こることがある。

 その時はヤゴコロが臨時で指揮を取り業務を回していた。


「んじゃ、今日は私が昼まで仕切ります、みんな、頑張ろー!」


 おう、といつものように威勢の良い声が響く。

 しかしラグも、中央署の誰もが姿を見せないロワルのことが気になっていた。


ーーー


「ヤゴコロ、いるかい?」


 昼になる前に、クロッサが中央署へやってきた。

 汗を垂らし息が上がっており、その表情は珍しく焦った様子であった。


「署長、おかえりなさい! ……なにか緊急事態でも?」


 ヤゴコロの言葉にハッとし、クロッサはすぐにいつものような笑顔に表情を戻す。


「いや、大丈夫だよ。ロワルは、来ているかな?」


 その言葉にヤゴコロとラグが顔を見合わせ、答える。


「今日は出てきていないです……」 


 ヤゴコロの言葉に、クロッサの表情へひびが入る。

 ここまで表情に出してしまったら仕方ないと、クロッサは中央署の隊員を集める。

 

「さっき城に行ったが、そこで白いローブの神官が、フロール家の当主にたてつき連れ出されたと話が出ていた」


 ラグの顔から色が消え、心臓が早鐘を打つ。

 まだ決まったわけではないが、状況があまりにも整いすぎていた。


「署長、ロワルは緊急連絡水晶を持ってませんでしたか?」

 

「ああ、今からそれに連絡する」


 署長が部屋にある水晶に触れ、ロワルへ連絡を取ろうとする。

 しかし一瞬繋がった連絡は、水晶の割れる甲高い音とともに切れてしまった。


「……ロワルは拉致されたと断定する。ヤゴコロ、今日の指揮を任せた。私は関係機関全てにあたる」


 きびすを返しクロッサは外へと向かう。

 その表情はヤゴコロが一瞬身体を強張こわばらせるほどの静かな怒りの表情であった。

 

ーーー


「連絡がきたようだったが、残念だったな」


 粗暴な男が嘲笑うような表情でロワルに話しかける。


「まあそうだな。そんなことより拘束を解いてくれよ、身体が痛くて仕方がない」


「外すわけねぇだろ! 何人やったと思っているんだ!」


 ロワルが運ばれてきたのはフロール家が所有する屋敷の中で最も治安が悪い場所に建てられている屋敷の地下。

 そこに入れられる前にロワルは身体強化で数人を再起不能にしていた。


 現在ロワルは鉄の椅子に座らされ、手は肘掛けに、足は椅子の脚に固定されていた。

 魔力を抑制する魔具も付けられており、魔法は使えそうにない。


「さて、お前のことは殺さなければ何をしてもいいと言われている。せいぜい楽しませてくれよ?」


 男は手に持っていたナイフをロワルの左手に突き立てた。

 ロワルは奥歯を食いしばり痛みに耐える。


「さて、いつまでお前を生かしておくか分からないが、どれだけ正気でいられるかな」


 男は高笑いしながら部屋を去っていく。

 その姿を見送り、ロワルは一呼吸分、息を吹きだす。


『傷は塞がらないな、体内の魔力も使えないか。ラングリードさんの子供は大丈夫だろうか、それにみんなも心配しているだろうか……』


 残された人のことを思いながら、ロワルは鉄格子を見つめる。


ーーー


 クロッサが掛け合った機関は多岐に及んだ。

 他方面の治癒班、友好関係にある貴族、国の上層部、そして教会へ。


「ロワルの養父、グラン大司教ですね?」


 クロッサは教会本部にいる、グランの元を訪れた。


「ロワルの所属している中央治癒班の署長、クロッサ殿ですね、ロワルがお世話になっているようで。……それで、本日は何用で? 火急の要件だと伺いましたが」


「ロワルが拉致されました。おそらくフロール家が関係しています。ご助力いただきたい。」


 クロッサの言葉にグランは沈痛な面持ちを浮かべた。


「気をつけるよう昨日伝えたばかりなのに……。わかりました、明日また来てください。その際、ロワルの念が入った物を持ってきてください。念がこもっていればいるほど良いです」


「わかりました、よろしくお願い致します」


 クロッサが退室した後、グランもすぐに動き始めた。

 

「私を敵に回したことを後悔するといい」


 グランは水晶に手をかざし、自分の持ちうる全ての伝手に連絡を取るのであった。


ーーー


 夕方の就業前、クロッサは再度中央署を訪れた。


「ラグ、いるかい?」


 クロッサの声にラグは即座に駆けつけた。


「はい! なんでしょうか!」

 

「教会から、ロワルの念がこもった物を持ってきて欲しいと依頼を受けた。私が許可する、ロワルの家からラグが思う、最も念がこもったものを持ってきてくれ」


 クロッサの言葉に、ラグは真っ先に黒いノートのことが思い浮かんだ。

 ラグはあれほど念のこもったものを他に見たことがない。


「わかりました、すぐに持ってきます!」


 ラグはいてもたってもいられず駆けだした。

 狼人が全力で走る姿に多くの人の注目を集めたが、その視線を置き去りにラグは町を駆け抜けた。


ーーー


 翌日、ロワルが拉致され2日目、ロワルがいなくても病気や怪我は待ってくれない。

 

「5歳の女の子、昨日から頭痛と嘔吐があり、その後就寝。朝を見ると冷たくなっていると……」


 通信員から情報を受け、ヤゴコロの表情が曇る。

 情報からもうすでに手遅れなのがわかってしまった。


「助けるつもりでいこう、私と、神官職と……。ラグちゃんは、今回は待っていてもらおうかな」


 冷たい言い方になるが、この現場にラグを連れて行ってもメリットは少ないと考え、ヤゴコロは提案した。

 ラグはそれに従おうとしたが、通信員から伝えられた家を聞き、その考えを変えた。


「すみませんヤゴコロさん、私も連れていってください」


「……知っている人かな? わかった、でも絶対に心を乱さないと約束して」


 ヤゴコロの貫くような鋭い視線を受け、ラグも真剣な面持ちで頷く。


「ならよし、行くよ!」


ーーー


 到着した現場はしんと静まり返っていた。

 この空気感はラグも騎士団時代に覚えがある。

 手を尽くしても助からないと理解した時や、誰かが亡くなった時だ。


「ラングリードさん」


 ラグは自らを治癒班に推薦してくれた上司へ声をかける。

 その顔には深い絶望と後悔が滲み出ていた。


「ラグか、見てやってくれ、ルナだ」


 人間であるラングリードとその妻だった狼人、その子供がベッドで静かに横たわっていた。


「……確認します」


 ラグはルナに触れる、身体は氷のように冷たく、顎や手足は固まっており動かない。

 血の気の失せた白さから、まるで氷像のようにもみえた。

 しかしその額には、痛々しいあざが残っていた。


「ラングリードさん、残念ですが、ルナちゃんはもう……」


 ラグは涙をこらえて伝える。

 赤ちゃんのときから見てきたが、まさかたった5年でその生涯を終えるとはラグも思っていなかった。


「ありがとう。ああ、ロワルさんに合わせる顔がないな。教会へ……言われたとおりに教会へ連れて行けばこんなことには……」


 膝をつき崩れ落ちる。

 ラングリードは5年で最愛の妻と娘、そのどちらも失ってしまった。

 その光景に、治癒班は目を伏せ黙祷を送った。


「ラングリードさん、辛いと思いますが、娘さんがどうしてこうなったか、お話頂けますか?」

 

 ラングリードが少し落ち着いたところを見計らい、ヤゴコロは声をかける。

 ラングリードはロワルに助けられた話を始めた。


「家に帰るまでは元気だったんだ、しかし、それから頭が痛いと、吐き出して、しばらくしたら眠り込んだんで、大丈夫だと」


 頭を打った時に、じわじわと頭の中で出血していたのだろう。

 逃げ場のない血液は脳を圧迫し頭痛や嘔吐を引き起こし、そして意識を奪ったのだった。


「ロワルからは教会に行った方がいいと言われました。しかし、オルディ殿は鼻血までその場で治療してくれたのに、なぜ彼はしてくれなかったのかと、引っ掛かってしまったんだ……」


 ラグはその言葉にひどく怒りを覚え奥歯を噛み締めた。

 しかし、この怒りをどこへぶつければいいのか分からず、ただ俯くしかできなかった。


「今回、ロワルなら万に一つ娘を助けられるかと思って連絡したのだが……。彼は来なかったのだな……」


「ロワルさんは! ロワルさんは連れ出されてからまだ見つかっていないんですよ……?」


 酷く声を荒げてしまいそうになったのを耐え、ラグは答える。

 そしてついに一筋、涙を流してしまった。


「そう、だったのか。そうか」


 その後、ヤゴコロ達は教会と交代し、葬儀を執り行う事務的な手続きをとった。

 ラングリードは表情が抜け落ちたようだったが、その目の奥には、暗い炎が燃え盛ってるようであった。


ーーー


「すみません、ヤゴコロさん、私、泣いてしまいました」


 目を擦り赤くしたラグが謝罪する。


「かまわない、よく耐えたね」


 頭ひとつ身長の低いヤゴコロが、手を伸ばしラグの頭を撫でる。

 それを皮切りにラグはボロボロと涙を流した。


「ルナちゃん、まだ小さかったのに、ラングリードさんも、最後の家族が、それに、ロワルさん、またきっと心を病んで……!」


 文にならない言葉を並び立て、泣きながら中央署に戻る。

 ロワルとクロッサのいない中央署は、ラグの心にさらなる空虚さを呼ぶのだった。



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