第3話「涙の初仕事――カメラの前で見つけた現実」
「えっ……もう仕事ですか?」
朝九時。
M’s Create Entertainment本社会議室。
天ヶ瀬綺星が驚いたように声を上げた。
彼女だけではない。
そこに集まっていた新人十人全員が同じ表情を浮かべていた。
大型新人オーディションを終え、レッスンが始まってまだ二週間。
ようやく事務所に慣れ始めた頃だった。
そんな新人たちの前に立つ私は、資料を配りながら言った。
「芸能界は待ってくれない」
「皆には今日から、それぞれ仕事を経験してもらいます」
「もちろん、大きな仕事じゃない」
「でも、全部大切な仕事」
新人たちの表情が一気に引き締まる。
その様子を、隣で見ていた美紅は静かに微笑んでいた。
「緊張すると思うけど、楽しんできて」
◇◇◇
今回、新人たちに与えられた初仕事は三つ。
【女性ファッション誌『Luminous』新人特集】
参加者
・天ヶ瀬綺星
・白銀柚羽璃
・九重結羽乃
【飲料メーカーCMオーディション】
参加者
・神代瑠璃寧
・桜宮詩珠希
・天星院澪珠
・神楽坂心暖
【連続ドラマ『蒼い風の向こう側』エキストラ出演】
参加者
・東雲月詠音
・天羽咲琉愛
・久遠月乃愛
十人は、それぞれ別の現場へ向かうことになった。
◇◇◇
午前十時。
都内スタジオ。
ファッション誌『Luminous』撮影現場。
天ヶ瀬綺星は、スタジオに入った瞬間、息を呑んだ。
大勢のスタッフ。
巨大な照明。
高価そうな衣装。
忙しそうに動き回るプロたち。
「すごい……」
「綺星ちゃん」
同行マネージャーの高瀬奈々子が声を掛ける。
「緊張してる?」
「はい……」
「大丈夫」
「失敗してもいいから、楽しんでおいで」
最初に撮影するのは白銀柚羽璃だった。
「はい、もう少し笑顔!」
「視線こっち!」
「顎少し上!」
カシャ。
カシャ。
カシャ。
撮影は順調に進む。
続いて九重結羽乃。
バレエ経験を活かし、美しいポージングを披露していた。
そして。
「次、天ヶ瀬さんお願いします」
綺星の番。
「は、はい!」
しかし――。
緊張していた。
表情が固い。
ポーズもぎこちない。
「笑顔お願いしまーす」
「……」
「もう少し自然に」
「……はい」
何度撮っても上手くいかない。
撮影は一時中断となった。
控室。
綺星は悔しさから涙を流していた。
「私……全然駄目です……」
奈々子は優しくティッシュを差し出した。
「最初からできる人なんていないよ」
「でも……」
その時だった。
「綺星ちゃん」
スタジオへ応援に来ていた美紅が隣へ座る。
「美紅さん……」
「カメラが怖かった?」
綺星は頷く。
「私も最初そうだった」
「本当ですか?」
「うん」
美紅は笑った。
「でもね」
「カメラの向こうには、人がいる」
「誰かを笑顔にしたいって思えば、自然と表情は変わるよ」
綺星はその言葉を胸に、再び撮影へ向かった。
結果――。
最後の一枚。
満面の笑顔の写真が撮影された。
スタッフたちから拍手が起こった。
◇◇◇
一方。
CMオーディション会場。
神代瑠璃寧たちは飲料メーカーの新CMオーディションに参加していた。
テーマは、
『夏を楽しむ女子高生』
一次審査。
二次審査。
順調に進んでいく。
しかし。
神楽坂心暖は、途中で台詞が飛んでしまった。
「ご、ごめんなさい……」
オーディション終了後。
心暖は控室で泣いていた。
「せっかくのチャンスだったのに……」
すると。
隣にいた桜宮詩珠希が言った。
「次があるよ」
「え?」
「私も緊張してたし」
「一緒に頑張ろう」
ライバル。
だけど仲間。
心暖は涙を拭いた。
「ありがとう」
◇◇◇
さらに。
ドラマ撮影現場。
東雲月詠音。
天羽咲琉愛。
久遠月乃愛。
三人はエキストラとして参加していた。
しかし。
そこでも現実は厳しかった。
「カット!」
監督の声が飛ぶ。
「後ろの三人!」
「もっと自然に!」
「すみません!」
何度もやり直し。
何時間も待機。
ようやく出番が来たと思えば、わずか数秒。
撮影終了時には、咲琉愛が疲れ切っていた。
「ドラマって大変なんですね……」
月乃愛も頷く。
「テレビで見るのと全然違う……」
だが。
月詠音だけは違った。
「楽しい」
「え?」
二人が驚く。
「もっと演技したい」
その瞳は輝いていた。
◇◇◇
その夜。
事務所会議室。
十人全員が再び集まった。
皆、疲れた顔をしている。
私は静かに尋ねた。
「どうだった?」
しばらく沈黙。
そして。
最初に口を開いたのは綺星だった。
「悔しかったです」
「私も」
「全然できませんでした」
次々に声が上がる。
だが。
誰一人として、
『辞めたい』
とは言わなかった。
その代わり――。
「もっと頑張りたい」
「次は失敗したくない」
「もっと上手くなりたい」
そんな言葉ばかりだった。
私は笑った。
「なら大丈夫」
「今日、皆はプロの現場を経験した」
「そして、自分に足りないものを知った」
「それだけでも大きな成長」
美紅も頷いた。
「私も今でも毎回反省してるよ」
新人たちは驚く。
「美紅さんでも?」
「もちろん」
「この仕事に完成はないから」
その言葉は、新人たちの胸に深く刻まれた。
初めての仕事。
初めての挫折。
初めて流した悔し涙。
しかし。
それは夢への終わりではない。
始まりだった。
そして数日後。
新人たちの間に、新たな感情が芽生え始める。
それは――
仲間への憧れ。
そして、ライバル意識だった――。
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