第3話 「モデルと社長、ふたりの“妻”が出会う日」
日曜の午後、都内の静かなレストラン。
完全予約制の個室には、落ち着いた照明と控えめなジャズが流れていた。
その一室で向かい合って座っていたのは――
かつて“国民的モデル”と呼ばれ、現在は育児と仕事を両立させながらも復帰し始めている篠原美紅。
そして、元ミス慶應グランプリにして、大手企業の現役女社長である白石靜香。
その間には、夫たち――悠真と佐伯悠輔が、それぞれ少し緊張気味に座っていた。
「今日は、お誘いありがとうございます。お会いできて光栄です」
美紅が微笑みながら頭を下げる。
「こちらこそ。“交際0日婚”のおふたり、ずっと話題でしたから。…私も、ご挨拶できて嬉しいです」
と、靜香も丁寧に返す。
互いに“妻”でありながら、“異なるスタート”を選んだふたり。
それでも共通点は多かった。
「家では、悠輔くんがご飯作ること多いんですか?」
「いえ、ほとんど私です。彼はまだ包丁怖がってて(笑)」
「ふふ、うちは悠真が料理だけは得意なんですよ。子どもたちの離乳食も全部やってくれて」
そんな会話に、隣で聞いていた悠輔と悠真は「ちょっと照れるな」と視線を逸らしながら苦笑い。
靜香がふと真顔で聞いた。
「でも……交際0日婚って、怖くはなかったですか? 相手を知らないまま、籍を入れるなんて」
少し間をおいてから、美紅は柔らかく答える。
「たしかに“交際”って形はなかったかもしれません。でも……私は彼が、私の“ファン”だったことを信じていました。ずっと一途に想ってくれていたから、怖くはなかったです」
その言葉に、靜香は目を細めて頷いた。
「なるほど……だから、安心して飛び込めたのね。羨ましいわ」
「でも……社長だって、交際を秘密にして、しかも歳の差があるのに、貫いたんですよね?」
美紅の問いに、今度は靜香が静かに口を開いた。
「私、ずっと恋愛に慎重だったんです。でもね……彼だけは、私を“会社の顔”じゃなく、“一人の女性”として見てくれた。それが、心に響いたの」
互いに、自分にしかできない愛し方をしてきた。
その事実を、ふたりの“妻”は静かに共有していた。
食後の紅茶を飲みながら、美紅がふと笑って言った。
「実は…最近、夫の職場のCMに私が出ることになって。なんだか不思議な縁ですよね」
「ええ。本当に不思議。……でも、素敵だと思う。“夫婦で支え合ってる”ってことが、ちゃんと形になっているって」
やがて、店を出る時間になり、ふたりは最後に笑顔で握手を交わした。
「またいつか、育児の話も含めて、もっとたくさんお話したいです」
「ぜひ。“ママ友”ってことで。……社長業より、そっちのほうが難しいですから」
帰り道、車に乗り込む直前に――
靜香が後ろを振り返り、美紅にだけそっと囁いた。
「……あなたの“決断”も、すごく勇気のある愛だったと思うわ。私、応援してる」
その言葉に、美紅も小さく頷いた。
「ありがとうございます。……私も、あなたのこと、大好きになりました」
ふたりの“妻”の絆が生まれた、そんな午後だった。
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