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第307話 不穏すぎる予兆


 二人と暮らし始めて、一年が経った。

 血濡れの襲撃以降、俺が剣を握るのは指導の時のみとなり、人はおろか魔物すら狩らずに今に至る。

 問題事一つ抱えていない、まさに平穏と呼べる毎日だ。


 こんな日々を死ぬまで送り続けたい。

 今はその想いがとてもつもなく強くなっている。

 だからこそ、最近ずっと考えていた。


 結婚のことを。


 「ふむ、やっぱりシチュエーションは大事だよな」


 やはりプロポーズをするのなら、二人の胸に永遠と残り続けるものにしたい。

 この王都で一番高い料理店の予約を取り、サプライズケーキとともに……いや、俺らしくないか。それにありきたりすぎる。

 変に気取らない方が良かったりするのだろうか?


 「う~む」


 自室のベッドで一人唸っていると、


 「ん?」


 玄関のチャイムが鳴った。

 この家を訪ねてくる者は、そう多くない。

 拠点のメンバーの誰か、もしくはロイかセリアくらいだろう。


 俺は深く考えることなく自室を出て、そのまま玄関の扉を開いた。


 「ごきげんよう、レオン」

 「あっ、間に合ってま~す」


 来訪者の顔を見た瞬間、扉を閉める。


 はぁ……休日だっていうのに、宗教の勧誘とは。


 「ちょっ、開けなさーい!」


 来訪者は大きく声を上げている。

 女性であれば話を聞いてくれると思っていたのだろうか?

 まったく、誘惑も色仕掛けも、レティナとシャルがいる俺の前では、愚の骨頂でしかないというのに。


 「開けなさーーい!」


 さて、さっきの続きでも考えるか。


 「開けなさーーーい!!」


 それにしても、厄介な勧誘だな。邪神教か?


 「開~け~な~さ~~~~い!!!」


 ……


 「開~け──「あぁ、もう分かったから! うるさいって!」」

 「あら? もう観念しましたの? てっきり、もう少し粘られるかと思っておりましたのに」


 くっ、こいつ本当にお嬢様かよ。


 螺旋状に巻いた金髪に、冒険者とは思えない豪勢なドレスを着飾っている女。

 近所迷惑など気にも留めていなそうな奴の態度に、思わずイラっとしてしまう。


 「何しに来たんだよ、ローゼリア」


 来訪者はSランク冒険者のローゼリア・クライスナーだった。

 彼女が身を置いているクライスナー領は、ここから馬車で一週間もかかる。

 そんな遠い地から、わざわざ俺に会うためだけに訪れたわけではないだろう。

 まさか性懲りもなく、レティナを狙って自宅まで押しかけてきたのか?


 「レオン、久しぶり」

 「おお! エクシエさん! お久しぶりです!」


 そう思ったのも束の間、ローゼリアの隣にいた彼女を見て、自分の読みが外れていることに気づく。

 柄のない黒い魔術師用のローブに、色白な肌。

 魔道具作りの天才であり、この世界で一番優れている白魔法使いのエクシエ・ネルシス。

 仮にローゼリアがレティナだけに会いに来たのならば、彼女を連れてきたりはしないだろう。


 「反応が違いすぎて腹が立ちますが、まぁ、いいですわ。早く入れなさい」

 「えっ、なんで?」

 「レティナとの愛の巣を壊すために決まっているでしょう?」

 「その言葉を聞いて、誰が入れようと思うんだよ!」

 「はぁ、声を荒げないでくださいまし。近所迷惑ですわ」


 こ、こいつ……


 「少し暇な時間ができたから、顔を見に来た。長居はしない」

 「そうだったんですね、じゃあ、エクシエさんだけ」

 「お邪魔しますわ~」

 「……」


 ローゼリアは俺の許可なく、ズカズカと廊下を歩いていく。

 今からでも首根っこを掴まえて、外に放り出してやりたい。

 というのは、冗談として、少しくらい配慮を持ってほしいものだ。


 とりあえず、二人をダイニングに案内し、ローゼリアに文句を言われないよう紅茶を用意する。


 「お茶菓子はないのかしら?」


 ふむ、毒入りクッキーでも出してやろうかな。


 そうは思うものの、そんな都合のいい物はこの家にはないので、仕方なくシャルが作ってくれていたクッキーを出す。

 それにしても、誰かを家に招くのは久しぶりだ。

 たまたま街で遭遇したルナたちと、食事を共にしたのが三か月ほど前。それ以来だろう。


 「今日はルイスさんと一緒じゃないんですね」

 「ルイスは友人に会いに行っている」

 「なるほど……」


 つまり、二人は……


 「なんですの、その顔」

 「い、いや、別になんでもないよ」


 どうやら顔に出ていたみたいだ。

 大丈夫、ローゼリア。

 こんなことは口が裂けても言えないが、俺も友達少ないから。


 「レティナとの関係は良好?」

 「はい、良好です。最近はとくに」

 「それなら、良かった。以前よりも表情がマシになっている」

 「まぁ、全部二人のおかげではありますね」

 「あぁ、そういえば、レティナ以外にも、もう一人いるんでしたっけ?」

 「そうだけど……紹介しないぞ?」

 「あらぁ、そんなに警戒しなくてもよろしくて。伝手はいくらでもいますから」


 シャルに言い聞かせておこう。

 こいつとだけは関わるな、と。


 「それにしても、何の用事で王都まで来たの?」

 「もう貴方には関係がありませんが、覇天の円卓がこの王都で開かれることになったのですわ」

 「は、はてん? なにそれ?」

 「端的に言えば、世界中のSランク冒険者が集まる社交場のようなもの。内容は主に顔合わせと情報交換にある」

 「へ~」


 冒険者を引退した俺には、本当に関係のない話だ。

 レティナたちは参加をするのだろうか?

 別に止めはしないが、参加をするのならカルロスが喧嘩を吹っ掛けないように、注意しておかなければいけないな。


 「でも、なんで俺が冒険者だった頃は開かれなかったんですかね?」

 「近年は世界を揺るがす深刻な事件、予兆が多く起こっている。冒険者にとって、情報は命に等しい」

 「王都周辺だけを見ましても、最近では血濡れの襲撃や地形変動による迷宮の出現などがありましたからね」

 「なるほど、それでか」

 「血濡れ……レオン、大丈夫だった?」


 あぁ、そうだった。

 エクシエさんは俺の過去を知っている。

 もちろん俺の中に眠る闇も。

 俺と血濡れが戦ったことを知っているのかは分からない。

 だが、心配をしてくれていることだけは間違いないだろう。


 「はい、大丈夫でした!」

 「そう、本当に改善の傾向にあるようだ」

 「何の話ですの?」

 「ローゼリアには内緒」

 「ふ~ん」


 少し気を悪くしたのか、ローゼリアはそっぽを向く。

 彼女は内緒話を極端に嫌う。

 特にエクシエさんが関わるとなればなおさらだ。


 そんなローゼリアをなだめながらも、久しぶりに会う二人と近況報告のような会話を続ける。

 時間にして小一時間ほど経過した時だった。


 「そういえば、一昨日かしら。豪炎鬼に会いましてよ」

 「えっ、あの人たちも王都にいるの?」

 「いえ、王都に向かう途中、たまたま出会いまして」


 龍殺しで有名なSランクパーティーの豪炎鬼。

 世界中を旅しており、辺境や未踏領域ばかりを渡り歩いていると聞く。

 あまりにも王都に姿を現さないため、若い冒険者の間では 『本当に実在するのか』 と、都市伝説めいた扱いを受けることすらある。

 同じSランクだった俺も実は一度も対面したことがない。


 「その時に耳にしたのですが、何やら龍が活性化しているようで」

 「不穏だなぁ……」

 「現状、被害はないようですが、半年ほど前に突如として出現した迷宮もその影響かもしれない、と」


 ふむ、迷宮と血濡れの件はほぼ同時期に起きたから、何かしら関係があると疑ってはいたが……


 「本当に不穏だなぁ……」


 再度、口をついて出てしまう。

 覇天の円卓、豪炎鬼、龍の活性化。

 冒険者をやってきた経験上、面倒事が起きるタイミングとしては完璧だ。

 もはや条件は全て揃っていると言ってもいいだろう。

 だが、今の俺にやれることはない。

 しいて言えば、何も起きないでくれと祈ることだけだ。


 「安心してほしい。レオンの力は借りない」

 「それ、フラグって言うんですよ」

 「フラグ?」


 エクシエさんでも知らないことがあるんだな。

 流石、母さんだ。


 その後は特別問題になりそうな会話はなく、本当に顔を見に来ただけだったのか、茶菓子と紅茶を残さず平らげた二人は、あっさりと家を後にした。

 覇天の円卓が開かれることもあり、おそらくやるべき事がたくさんあるのだろう。

 もう少しだけ話をしたかったが、彼女らは俺とは違い現Sランク冒険者だ。仕方がない。


 それにしても、あまり聞きたくない内容を聞いてしまった。

 Sランク冒険者が集うこの王都で、俺の手を借りなければならない緊急事態が発生することなどないとは思うが……


 「よしっ、寝よう!」


 こんな時は寝るのが一番だ。

 悩み事は一人で考えずに共有する。

 それがレティナとシャルとの約束だから。


 頭を空っぽにするため、布団に潜る。

 そして、静かに瞼をつむった。

















 「……ン」



 遠くで誰かが呼んでいるような気がした。



 「……レオン」



 この声は……



 「レオン」


 しっかりと鼓膜まで響いたその声に、俺は反射的に瞼を開けた。

 視界に映り込んだシャルの顔は茜色に染まっており、浅い眠りから覚めたのだと理解する。


 「あれ? 今日は早かったんだね」


 上半身を起こすと、そこにはレティナの姿もあった。

 だが、いつもの彼女とは様子が違い、何故か物憂げな表情で俯いている。


 「大事な話があるの」


 そう言葉にしたシャルの瞳は、一点の迷いもなく俺を捉えていた。


 ふ、不穏すぎない……?


 この尋常ではない雰囲気に胸の奥がざわつく。

 もちろんマリーのような嫉妬心から来るものではない。

 これは言わば、恐怖だ。冷や汗が背中を伝うほどの。

 突然突きつけられた 『大事な話』 に、俺の心臓は早鐘を打ち始めるのであった。

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