指の骨が折れた
医療連盟協会とは名の通り、全国の医師達が所属している連盟であり、その名簿に記載されていない者の医療行為は禁止とされている。
また名簿に記されている医師達の経歴も管理されているため、いつ、どこへ、どの位の期間留学していたかも分かるのだ。
受付の女性に王紋を見せた途端目を剥いて驚き、すぐに総管理者が案内をしてくれた。
用件を聞かれたので、アストリア国内で島国への留学経験がある者のリストを見せて欲しいと頼むと、ロビーで少し待つように言われる。
丁度手待ち沙汰になったのでアノンがウルに話しかけた。
「分かったの?」
ウルは近くにあった座り心地のよさそうなソファにすっと腰を下ろした。
「全然」
その割には随分と余裕そうである。
まばらに人がいるロビーをウルはぐるっと見渡し、まるで探し物が見つかったかのように僅かな間動きを止めたが、すぐに疲れ切ったようなわざとらしい声を作った。
「国外の人物が主犯かもな。ぼくはもうお手上げだ」
何かを察したレヌが調子を合わせて苛立たしく机を拳で叩いた。
「骨折り損か。父上に報告書まとめて後はお任せだね」
頬を膨らませながら茶番に乗っかるレヌに鳥肌が立ったアノンはふと、案外ここは声が響くんだなと引っかかりを覚えた。
それなりに待った頃、ようやっとリストを手渡される。
「うん、はずれだ。もう一回海賊を問い質してみよう。忙しい中邪魔したな」
「い、いえそんな! 滅相もないです殿下」
まだまだ少年の域にいるというのに、平伏したくなるような圧を感じるウルに総管理者がたじろいだ。
頭を下げた彼はアノンが冷ややかな目を向けていることに気付かない。
ウルは立ち上がり、そんな彼等に帰るぞと声をかける。
建物から出たところで指示を飛ばした。
「右端の奥にいた男、覚えているか」
「なんかまじーめに本読んでた奴でしょ。熱心だよね」
「彼、ぼく達が来てから1ページも読み進めていない」
きゅっと糸を結ぶように空気が引き締まった。
「たまにこちらを視界に収めて親指の爪を噛んだり、深く息を吐いて額の汗を拭う仕草もしていた。ぼく達が話していた内容に表情の変化や様子が一致している。足元にあった鞄は医師達が仕事道具を入れるのによく使うものだ」
「んだよ。兄上にかかったら楽勝じゃん」
「まだ決まった訳じゃない。でも疑う余地はある、今日あの場に居たことも含めて」
王城に戻ってからのウルの指示は的確過ぎるほど的確だった。
狙われた貿易船の資料をもう一度見直し、積荷の中に一貫して共通点があることを示唆してみせる。
それはアストリア国でしか入手不可な薬草であり、医師も国へ申請しなければ手にする事が出来ないものだ。
良質な状態のまま管理することが難しく、少しでも葉が茶色くなってしまうと薬としての効能が切れるばかりではなく、毒素が発生し高熱をもたらしてしまうのである。海賊に襲われたどの船にもこの薬草の種が積まれていた。
また、宝石や高値の骨董品などは闇市場に出回っていたにも関わらず、薬草の種だけは何処を探してもでてこなかったのだ。
医療行為をしていながら医師の資格を持っていない者、あるいは剥奪された者を重心的に調べ上げ、一人の男を割り出した。
中肉中背で何処にでもいそうな平凡な男である。
彼は異国語に堪能で5カ国の言語を話せるらしく、その中に例の島国の言葉もある。
そして何より、協会でウルが疑っていた人物だ。
一体、どこから何までが彼の手のひらの上なのか。その洞察力で見えたものは想像もつかない。
崇拝と畏怖の狭間で身震いした人間がウルに傅く光景がレヌは好きだ。胸を満たす清々しさとなんとも言えない優越感が癖になっているのだが、滲み出た表情を直視したアノンが心底気持ち悪いと言いたげに睥睨してくる。
同じ穴の狢のくせに自分はまともだと思っているのだろうか。度が過ぎたかまってちゃんだという自覚を持って欲しい。無自覚ほどたちの悪い事はない。
医師気取りの男もどうやら同じ類いのようで、プライドの高さに自覚がなく高圧的な性格をしているらしいことが調べていくうちに分かった。
それが原因でトラブルが起こり医師免許を剥奪されたにも関わらず、医療行為を変わらずに続けていて、ここ最近は選り好みした孤児院での活動を主としている。
慈愛を振り撒く犯罪者が海賊と組んだ理由も大体見当が付く。正当に薬を入手出来なくなったのだ。悪事と呼ばれる行為をしてまで守りたいプライドとはなんなのだろう。
金と名誉に溺れた末路に栄光が待っていると勘違いでもしていたのか。
アノンによりいつの間にか証拠が集められていたことには驚いた。これで騎士団の方も余計なしがらみなく動ける。
「個々で突き詰めていくのもいいが協力しあった方が効率的だ」
ウルによりレヌの右手とアノンの右手が無理矢理握手させられる。少しは仲良くしろという意味なのは分かるがいい返事を返せるかは別である。
血管が浮き出る程に握りしめ合い、痛みを超えて痺れすら感じるのだが二人ともにやにやと笑って離さない。
ウルはこれで第一歩だなと呟いているが都合よく解釈しないでもらいたい。
しかしまあ、確かに仕事上の協力関係は悪くない。
嫌いすぎて情報を共有してこなかったが考えを改めよう。
「いつまで握ってんだ気色わりい。早く離せ」
「そっちこそ離してよ。おれの手が可哀想でしょ」
「にたにたしてる奴のどこが可哀想だって?」
「にやにやしてる野蛮人が苛めてくるからね」
結局、どっちもどっちなのである。