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練習の成果

 レイアードが短文詠唱のレベルを徐々に上げ、中級程度の攻撃魔法を繰り出せるようになる頃には、マルクランは跳ね返す術をほぼ自分のものとし、跳ね返す方向性も定まっていた。そこに至るまでには、レイアードの魔法がマルクランに直撃したり、杖に魔法を纏わせようとして杖に直撃したり、纏わせきれずに取りこぼしたり、紆余屈折を経たのだが。それでも短時間で習得できたのはマルクランの実力があってこそのことだっただろう。

 ウィルフレドもレイアードに負けず劣らず短文詠唱を我がものとし、やはり中級程度の攻撃魔法を展開できるようになっていた。そこから更にレベルを上げていくか、無詠唱を練習するか悩んだところで、防御魔法の短文詠唱ができた方が立場上いいだろうという事になり、そちらにスイッチした。

 ルーナリアは新たな事を始めるウィルフレドの側でアドバイスをする事になったが、マルクランの取りこぼしの対応をしたり、レイアードが行き詰まっていればそのアドバイスをしたり、とにかく3人の間を行き来する事になった。いくらお互いに防御魔法を重ねがけしているとは言っても、攻撃魔法の直撃はない方がいい。いつになく神経を尖らせていたため、その疲労感はなかなかのものだった。


「リア、疲れただろう?大丈夫か?」

「殿下」


 もう3人それぞれの動向に気を張らなくても大丈夫だろうと判断し、壁際にあった椅子に座って一息ついたところでウィルフレドが近づいて来た。慌てて立ち上がろうとしたルーナリアはそれを止められ、半分離れかけたお尻をまた椅子に戻した。


「リアは教えるのが上手いんだな。みんな目に見えて上達した。まさか1日で、しかも短時間でこんなに変わるとは思わなかったよ」


 少し離れたところにあった椅子をルーナリアのすぐ隣に置き、ウィルフレドもそれに座った。


「私が上手というより、皆さんがしっかりと基礎を理解していたからですよ。詠唱をただの暗記だと思っている人だったなら、こうはいきませんでした」


 嬉しそうに、楽しそうに笑うウィルフレドに、ルーナリアは苦笑いを返す。

 前を向けば、防御魔法の短文詠唱を試す傍ら、簡単な攻撃魔法を放つレイアードと、もっともっとと言わんばかりにニコニコして魔法を跳ね返すマルクランが目に入る。レイアードは無表情ではあるが、新しいことを覚えるのが楽しいのか、たまに口角が上がっていた。


「いや、前に課題に手こずった時にマルに教えてもらったことがあるが、あいつは自分の感覚で物を言うから全く理解できなかった。だから誰にでも出来ることではないと、俺もレイも分かっているよ」

「そう…なんですか?」

「マルはさ、天才肌っていうのかな。研究者気質っていうか…、独特な感覚でやってるから、まずあいつの説明を理解するのに時間がかかる。というか、あいつの説明を理解できた試しがない。新しい術式を考えた!ってよく言いに来るんだけど、いつも何を言ってるかわからないんだ。実際に見て、ようやくそういうことかって分かるくらいでね」

「あぁ〜…、分かる気がします」


 ルーナリアはマルクランと知り合って日が浅いが、彼のオリジナルの魔法は面白いと思っていた。結界の内側に色をつけるとか、小窓を作って内側からだけ物を出せるが外からは介入出来なくするとか。実用性のあるないにこだわりはないらしく、面白いと思ったものはなんでも魔法に組み込んでみようと思うらしい。それがルーナリアには新鮮だった。

 あの型に囚われない、新しいものを恐れない人は、この学園においても異端だろうし、言うことを理解できなくても仕方がないのかもしれないと、ルーナリアは苦笑した。


「それでも、やはり皆さんが上達したのは、素質が大きいと思います。それから、以前は父にも師事されていたんですよね。だとしたら、土台はしっかりしていたはずですから。私は少しお手伝いしただけに過ぎません」

「あー、フォルマのあれは…、今思うと強固な土台を作ってくれたのだとは思うが…。いかんせんその方法がな…」


 過去を思い出し、苦い顔をするウィルフレドに、ルーナリアはまたも苦笑を返す。


「とにかく、手伝っただけと言うが、リアがいなければ僕達は今日ここでこんなにレベルアップはできなかった。それは事実なんだよ。リアのおかげだ。ありがとう」

「私で…お役に立てたのならば、光栄なことです」

「役に立つという言い回しはアレだが、リアに感謝していることは間違いないよ」


 困ったような顔をした後、ふっと笑みを浮かべたウィルフレドから、ルーナリアはゆっくりと目をそらした。

 部屋の中央では、防御魔法を強化しながら攻撃魔法を繰り出すレイアードと、それを都度跳ね返すのではなく、受け止めた魔法にさらに重ねて受け止め、どこまで耐えうるか実験をしているらしいマルクランがニヤニヤしていた。


「…楽しかったです」

「え?」


 ルーナリアの小さな声を拾い、ウィルフレドはその横顔を見た。その言葉とは似合わない、どこか切ない表情に息を飲む。


「このように、みんなでワイワイ何かをするなんてこと、久しくしていなかったので…。1人でも平気だと…思っていたんですけど…。やっぱり、みんなで何かをするのって、楽しいですね」


 年の近い子がいない山で育ち、学園でも敬遠されていたルーナリアは、みんなで何かをするという体験がほとんどないのだ。勉強も、魔法も剣の鍛錬も、フォルマと2人か、エルザを加えた3人だった。フォルマもエルザも、大好きな、大切な家族だが、友人達のような気安さはない。


「楽しくて…、寂しくなっちゃいました…」

「リア……?」


 前を向いたままのルーナリアの表情はよく見えなかったが、口元は笑っているようだった。けれど、声の調子から笑っていないことは明確で、ウィルフレドは少し慌てた。泣いているのかとも思ったが、やはり隣にいるだけではそれは確認できない。


「これからも、何度だってできるよ。短文詠唱はできたけど、僕はまだ無詠唱はできないし、レイもそうだ。マルはリアから刺激を受けてまた色々な魔法を作り出すだろう。今はまだリアに教えてもらう事ばかりかもしれないけど、けして利用しようと思っているわけではないよ。僕達だってリアと一緒にこういう時間を過ごすことは楽しいと思っているんだ。あそこでレイとマルが楽しそうにしているのも、きっかけはリアだ。リアがいなかったら、あの2人はあんな風に真面目に練習なんてしないんだよ」

「そう…なのですか?」

「レイはマルに実験台にされるのを嫌がるからね。もちろん僕もだけど」


 不安そうな瞳で見上げてきたルーナリアの頭を、ウィルフレドはくしゃくしゃと撫でた。


「僕達は友人だろう?次も、その次もあるよ」

「次……」

「僕は友人以上を狙っているんだけどね」

「な…っ」


 思いがけない言葉に慌てたルーナリアの頭を更に撫で回し、ウィルフレドは顔を上げさせないようにした。


「もうっ、殿下!」


 ワシャワシャと髪の毛を洗うようにいじられ、ルーナリアは思わず非難の声をあげた。そんなことは全く気にならないとでもいうように、ウィルフレドはルーナリアの頭を撫で続けた。


「早くリアが僕達に…、僕に馴染むといいのになぁ」

「やめてくださいってば!」


 頭を掻き乱すその手を抑え、どうにか引き剥がそうと奮闘するルーナリアの顔は、もう寂しさには包まれていなかった。








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