48.
探し物はなんですか?
見つけにくいものです。嘘。
いいえ、すぐに見つけられますとも。
にゃむにゃむと答えたつもりが、本当に口に出しちゃってたみたいだった。軽くふきだしたミハルの声で完全に目が覚める。覚める……また寝てたのかよ私。猫か!
起き上がろうとして、あまりのだるさにびっくりした。頭が揺れる。ぐるぐるする。
ミハルが起こしてくれて、それでブックロゥがお水をくれた。いい匂い。お夕飯の匂いだ。
お腹が減ったから起きたんじゃないよね私。食い意地張りの助じゃないよね。大丈夫だよね。
テーブルにはまだ何もセッティングされてない。中庭をガラス越しに見る。よかった、まだ暗くなりすぎてない。そこまで寝こけてない。
視線をやれば、一拍遅れで頭がぐらつく。トールが心配そうに、少し薬が合ってないんじゃないかって言い出した。彼らにとってはそこまで強い薬効はないはずなんだって。あ、そう。体格とかじゃなくて? う、ん? 子供用を最初からくれてたの?
はは、と我ながらうつろな笑い方で返す。ああまぁそりゃそうだよね。薬だもん、初めての人になら効果の弱いものからくれるよね。普通ね。
そろそろとソファから足を下ろす。トイレに行って帰って来るだけの簡単なお仕事です。ってきちんと説明したのにミハルは思案顔だ。おいおいやめろよ、そっちのフラグは立たんでいいから。老人介護の旗とかねぇよ。ないよ?
どっちにしろあまりにふらつくもんで、トイレから帰ってくるまでの短い時間にブックロゥからお手伝い禁止令が出てしまいましたのことさ。うぇ、私ったら役立たず。
ぼんやりしてるうちにミハルが私を自分の方にもたれかけさせた。逆らう気も起きなくて人形のように言うなりだ。仕方ない、このみっともなさを逐一見られてる身としちゃね。
心配をかけすぎてる。
もう怒らないのか? って通りがかりのライがあんまり楽しそうに言うんで、うろうろ目が泳ぐ。恥ずかしい。八つ当たりしたことをどうやって謝ればいいのか……大人のスルースキルを身に付けてよ兄さん。って、これ、あれ? からかわれてるの? 嫌味じゃなくて?
ミハルが軽く蹴ったのをきれいにかわすライは上機嫌で、ミハルだって怒ってるわけじゃない。そうやって戸惑うのがかわいらしすぎるって頭を撫でられるついでに、頬にキスだ。他のところにも。ミハル……首はくすぐったいって言ってるのに。
これでひと段落、あとは盛り付けと食べるだけー。そう言ったブックロゥがテーブルにつく。先に座ってたトールと私の薬について何やら話し始めた。いつの間にそんなに仲良くなったのか、レシピらしい紙をひろげてああでもないこれを減らせ、ああ、こっちか? いやこれだと鎮痛に振りすぎだろうとかやりあってる。真剣な大人はかっこいいね。意味がよくわかんなくてもね。
かたりと音がして後ろのガラスが開く。ミハル以外の人外が帰ってきたみたい。出かけてたの? おかえり。そう手を伸ばすとケルンとユーリも手を伸ばしてくる。癇癪を起こしてからかなりのストレスが消えたのか、それとももしかしてミハルで慣れちっゃたのか、すんなりと彼らにキスができたし、してもらえた。そっか、この手のことは私が構えたら恥ずかしくなるんだな。ふっつーの顔して、しれっと受け流せばいいのか。そっか。
ふわふわしてる感情のまま、ふわふわとご飯を食べた。
この間も飲んだ、すごーく美味しいお酒は、今回は見送った。鎮痛剤とアルコール、ダメ、絶対。体調だってよくないしね。
プロか! ってくらいにパーティーセッティングされたテーブルから下がる。ああほんと、この薬は強すぎるかも。まだ自力で立てない。ミハルにお願いして、正気の時ならしてもらうはずもないお膝抱っこでご飯を食べたことも恥ずかしい、はずなんだけど。そこまで嫌がる思考がない。ってことはそこら辺りまで、うん、鎮痛と鎮静を兼ねた薬なんだろうな。それをリクエストしたし。
もういらないのか、と聞かれたので手を振って返事にする。もともとこの時期はほとんどご飯がいらないんだよ。ライとバルトまで心配げな顔をしてたのが笑える。
意外ときっちり、お父さんしてるんだ。二人とも。
トールとブックロゥにおねだりして、ソファに沈み込んでから本を出してもらった。市場で買ったんだって。私向きに何かある? って聞いて、女子供用の冒険ものを出してもらう。恋愛モノはまだ早いって言われましたよ首相。じゃあトールとブックロゥはどういう意図でその本を買ったんだよ。エロ本なの? 抜き本?
「抜き本……。直接的な単語がショックなことがショックだな。ほんと、僕は早いところ君の印象を書き換えないとね。それに、やらしい本にそんなに食いつかれると僕の好奇心がうずきそう。カナ? 内容がわかるんなら悪戯してもいい?」
「一緒に読んでくださるのなら、カナにこの本を渡せますが。ええ、ところで今日は誰と寝ますか?」
「は?! ……っつか、は?」
ハンサムさん達って色気も出せたんだ……。むしろ私が死にそう。息を止められて。
流し目だけで悪戯を成功させるとか、ブックロゥ、見た目だけのショタの実力を発揮したね! ガチで怖いね!
や、いや、そうじゃない。違う。
「誰と寝る?」
「そうか。うっかりしていたな。いまだに我とミハルの寝室がないのか」
「あ、……あぁ。そういうこと」
すっげぇびっくりしましたよ船頭さん。そういえば言ってましたね。昨日、……昨日か? なんかえっらい昔のことみたいだ。濃いなぁ、一日。
「ナーナ? 昨夜ではないですよ? あなたは眠って過ごしてましたから気が付いてないんでしょうけどそれなりの時間がたってますから。どうしますか? 今夜は僕と眠ってもらえますか?」
「カナ? 本については冗談です。けれど、もう少し面白そうな本なら確かに私の自室にありますよ。一緒に夜更かししてみます?」
「体調が悪いって言ってるんだから俺……ああ、いや、カナ。違う」
ライが手を振ると、どうしてだかみんながハッとしたように息を飲んだ。んーぅ? 何?
「あのね、僕たちがほんの少し人恋しかっただけなんだ。誰かと一緒に眠りたかっただけ。いつもなら一人で寝るのが当たり前なんだけど、こんな特殊事情でしょう? 何日かにいっぺんくらい、あわよくばキミと眠りたかったんだ」
嘘くさい。っていうか年頃の成人男性が言える言葉か? これ。
私は呆然とブックロゥを見る。この人たち、作戦を変えてきたようですよ町長。なんだ? どうしてこんなくそったれに大きい不自然さに気が付かないの? 私、馬鹿だと思われてる?
寂しいだとか、大人の男が言うわけないでしょうに。あいつら、プライドで生きてるんだよ? 言うに事欠いて人恋しかったとか。すらすらーって言うことがもう、本当の理由は違うよって説明してくれてるようなもんじゃないか。
「今は体調がよくないからとりあえず断るのは当たり前だとして、んーと、でもそもそも、大人の男の人と一緒に眠れるわけがないよねブックロゥ。えっと、そりゃあだってユーリとケルンは違うよ? だからこの二人ならいいけど、でも二人とも外で寝るんだよね? だから私は、新しい部屋ができるまではここで眠るよ。ソファで」
「…………僕に同衾の許可をいただけるのはすごくうれしいんですけど、ナーナ…………。どうしてでしょう、微妙に理不尽な感覚がします」
「愛し子よ。実にいわく言い難い経験を感謝する…………」
あり? どうして二人は落ち込むの? なんか嫌だったの? やっぱりほんとは一緒に寝るのダメだったの?
んでもって兄さんたちはどうしてそんな不思議な顔をしてんのさ。真面目に複雑そうだ。これを言い表せる気がしない。私に。
「私、ここで本を読んでていい? 勝手にしてていい?」
「ああいいとも。我らも好きにさせてもらう。なぁミハル」
「え?! ミ、ミハルはもうどっかに行っちゃうの?! あ、や、うん、そりゃそっか、ゴメン、えっと」
「カーナ。私は今からこいつと外に出る。お前が呼べばいつでも帰ってくる。トイレに行きたいくらいの些細なことでも必ず呼びなさい。本のページを押さえてほしい、でも構わない」
ものっすごく機嫌のいいミハルが何度も私の頬を舐める。軽口が、ほんとの軽口でうれしい。情緒の不安定、少しはましになれてるかな。大人しくしてれば大丈夫?
ミハルが全身で私に執着してくれるから、私も少しの時間で落ち着ける。いってらっしゃい、と笑えた。バルトが頭を撫でてくる。あ、一緒には行かないけどケルンもユーリもお出かけするんだ。わりと真面目な話、人外にとってはこの家は狭いんだろう。私が落ち着きさえすればもっと、彼らも外に出られるだろうか。安心してもらいたい。この人たちにも。
自然体で、お互いともに過ごしたいんだ。きっと、長い付き合いになるから。
ミハルたちをお見送りしたあとは大人しく本を読んだ。時々出てくる不思議な言い回しっていうか、慣用句? みたいなものを時々、兄さんたちに聞く。
静かな時間の内でぼそりと、長くなるなら訓練室みたいなのが欲しいなぁ、と言ったのはライだった。トールとブックロゥも頷いてる。自室じゃ……狭いか。当たり前だね。
「じゃあ、ミハルとユーリにお願いしようか」
「ずいぶんと気安く言うね? カナはその手のお願いは心が痛んだりしないんだ?」
「する。どっちか言わなくてもするけどね、ブックロゥ。あの軽々さを見ちゃうと申し訳ないの気持ちは薄れるん……あぁ、そっか、トールたちはこのおうちができたところ、見てないんだ。あのね、このおうち、材料費がゼロなの」
「は?」
「マジで。龍ってすごいなぁって私が思ったの、それが最初だもん。んーとねぇ、どんなんがいい? って言われて、テントみたいなの、って答えて」
「うん、ごめんね、カナ。テントって、僕の知ってるテントのことでいいの? 簡易宿泊施設?」
「そうだよ、ブックロゥ。んー、防水加工した布を三角形に吊り上げるようなアレね。ちこーっと大きめのそんなんかなぁって言ったのに、ミハルたちが作ったのがこのお屋敷だったの。なんか、私の深層心理を読み取って、家って単語から組み上げた……みたいなことを説明された気がする」
「カナ……。いやしくも龍ならば、つがいなり伴侶なりを簡易施設に入れようとはしないものなのですよ。知らなかったのでしょうが」
「だってトール、ユーリはあの時、私の好みの屋敷をどっかから……その、転移させるって言ったんだよ?! 対価も払わずに持ってきたものに図々しく入れるわけがないじゃん」
「ああ……。そうか。それで龍がお前のためにこの屋敷を作ったのか。簡素だがやはり他の手を入れたくなくて、応急で済ませたのかと思ってたんだが」
「っあー、や、そんなことも言ってたよ、ライ。良く聞いてなかったけど。あのね、どっちにしろ材料は、その辺の砂だったから。二人して、ミハルなんか私を後ろから抱っこしたまま、ひゅー、どーん! だよ。砂が溶けて材料になるとか、ちょっと私の感覚を超えてるね。理解不能だよ」
「……僕にしてみれば、それで済ませるカナもなかなか、不思議だけどね」
とんとん、とブックロゥが自分のマグを指差す。うーん、いらない。まだ何も飲まなくていい。仕草だけで断るとにこりと笑われた。
そんな些細な手指の動きで意思疎通ができること、ふふ、私もうれしい。
「とにかく、ミハルとユーリにとってこの手のお屋敷を作ることがなーんにも負担じゃないっぽい感じだったし。材料費もかかんないなら、私だって頼むのにそこまで良心は痛まない。私だってそこまでいい人じゃないんだよ?」
「ん…………うん、そうだね」
困ったような顔をしたブックロゥが首をかしげる。ライとトールは勢いよくふき出して爆笑だ。なんじゃそら。あり? 笑われる要素がさっきの言葉のどこにあった? これでも図々しすぎる? っつか、トールの爆笑はレアだ。ミハルの肩で息する姿と同じくらいのレア度だって思うんだけど。どうだろう。
「カナ。お前は今夜、そのソファで眠ると言ったな? では寝付くまでこうして、話をしていていいか? お前の世界の話が聞きたい」
「それは是非にでも聞きたいです。カナがきつくなればそこでお開きにしますから」
「カナ? いい?」
目尻を拭いながら笑いを収めたトールがぱたりと本を閉じ、代わりにノートらしきものを取り出す。何でその流れになったのかわかんないけど構わない。私だって、兄さんたちのいる世界のことが聞きたい。そうだよ。世界と、層についても質問したい。
私たちはくすくす笑いと満足げな頷きをもってたくさんのことを話した。
夜中にこっそり私の様子を見に来たミハルが「寝なさい!」と怒っちゃうくらいの夜更かしな時間まで。




