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49.


ぷちぷちと草をむしる。草じゃない。葉っぱか。ハーブっていうんだよ気取っていえばね。うん、レモングラスみたいな匂い。


「このくらいで足りる? ブックロゥ」

「あともう一束。その1/3が欲しい」


はーいと元気よく中庭に戻って、植え込みに潜り込ませている香草をちぎる。これを使うって予定の食材は魚、それとも肉だろうか。ライやトール、ユーリたちが取ってきたご飯の素は、私にそのままの形で見せられることはなかった。初めて市場に連れて行ってもらったときに倒れそうになったのが悪かったらしい。

うん、だけど現代日本人にとって、その場で絞められて解体される動物はちょっと刺激が強すぎるよ。アウトだよ。


私が、こっちにきてから初めての生理を迎え、大癇癪を起こした日から大体、一か月がたっていた。


人間、慣れるもんだよなぁってのが今のガチ本音かな。これだけ甘やかされた境遇で慣れるもなにもないけどね。ただ享受してるだけじゃん。そう言われても仕方ない。

けど、私だってあれから扉をいくつか閉めたんだよ? ユーリとケルンが先に出て、扉を探してきてくれる。彼らがそうやって事前にマーキングしといて、そこに転移。私が施錠した日はお祝い。そんな流れが出来上がるくらいには、私だって綻びを綴じてきたつもりだ。


けど、ケルンいわく、さすがに今代は異例尽くしのことがある、んだって。


まずは扉の量。今まで例と比べても異常に多いんだそう。閉めた数が6個を数えた時点でケルンが王様に会いに行って確かめてきた。そこで話し合って、みんなして不思議だって結論になったらしいんだけど。

この大陸に、今は扉が集中してるらしい。

つまり、本来なら並行して現れるはずのよその大陸の分まで、この大陸、私が施錠してまわってる土地にほころびが出現してる状態みたいだ。ほころびが形を成すまでの時間も目下、最大加速中。なんじゃそら。

そんな困惑を横に置くと、ケルンがわかんないことは、やっぱりこっちの神様付きの神官にだってわかんなかったみたいだ。だから、しょうがない、私が世界を救う! ってノリでわりと頻繁に扉を閉めてまわってる。一か月間に六個でしょ? おっおー。かなりのハイペース。


時々、「特定に失敗した」って帰ってくるケルンとユーリが凄味のある微笑を浮かべてくることもある。うん、今までに二回くらいかな、あった。

どうもそれは、私じゃ手に負えないほころび、歪みだったらしくて。鍵の施錠を待つまでもなく壊してしまえって判断で、『無かったこと』にしてしまったみたい。

そうやって破壊された歪みは霧散して、ちょっとの時間をかけて収束。また扉、ほころびの形になっていつかは表に出てくるから、それまでは待って、空いた時間に違う扉を閉めていこう。

そういうふうに断言しちゃう見届け役と保護者と龍の言い分に、私としては納得するしかないよね。


何事にも先達はあらまほしけれ。

先代の鍵の人とかの意見を聞きたいところだ。


失敗した、って言う単語が、私のためを思ってなされたことなのか、その通りの言葉の意味なのかわからない。実力不足が悔しいなぁ。過保護で干渉して来がちな彼らの無駄な甘やかしじゃないこと、祈りたいところではある。

んで、今の私は何をしてるかっていうと香草をむしってる、んだよね。くるくるって茎で簡単なブーケガルニを綴じて、中庭から部屋の中に戻る。途端に軽くむせた。充満する野生の匂い。肉かぁ。ってことは最初に煮込む……はずだ。ブーケガルニにして正解。

これ、とりあえずの灰汁取り用なんだって理解してたけど。しまった、先に聞けばよかったかな?


今朝、そろそろ体調不良の時期だろう? って言われて、そんなことみんなの前で言ったらダメでしょーーーってミハルに切れて、ふてくされた私はブックロゥと一緒に料理の下ごしらえ中、なのです。素材が料理の材料になるまでは見せてもらえないけどね。

人外たちはなんだかんだと外出中。ライとトールは、新しく作られた部屋でいろいろしてる、と思う。ほぼ一か月前、この家に落ち着くのと同時にユーリとミハルに増築をお願いしたんだ。ちょっとしたジムみたいな中部屋は鍛錬用で、それに加えて兄さんたちそれぞれに作業部屋まで作ってもらった。今はもう、龍二人の寝室もあるよ。

あ、ミハル相手に切れたの単語が不穏かもしれないけど大丈夫。誰に言ってるのかわかんないけど私は元気です。


なんていうか、あの人たちの反応を見るに私の『切れた』状態は生温いらしい。本気で嫌がると即座に謝ってくるからどっかで見極められてるんだろうな、アレは。


ブックロゥに野草の束を渡すとお礼を言われる。それからすぐに、また中庭に行っておいで、と指示された。甘い。手伝えとか言ってほしいなブックロゥ。畜生、この体調じゃ無理すれば吐くか。それを、見越されましたか。

ごめんなさい、と頭を下げると、じゃあ僕のためにおとぎ話を思い出してくれる? なんておねだりされた。なんだかトールとブックロゥは最近、こうやって私に昔話をねだってくるようになった。異世界交流ですな。頷きつつ、匂い退避のために中庭のベンチ移動。座って、はふ、と一息。


ああ、いい天気。


目を閉じて、シンデレラやかもとり権兵衛の話を思い浮かべてみる。一寸法師だとかはまだいい。けど、あまりにも有名なものはごっちゃになりがちだ。誰かのパロディだったり、リスペクトした結果のストーリー展開だったりして私が混乱することもある。

幸いなことに、今はブックロゥもトールもお話の収集段階なんだって。ってことは、これまでに話したことのある昔話は彼らのノートにそれぞれまとめられ、研究材料にされてる、んだろうな。層が違ってもそこまで人間としての営みは変わらない。同じような物語はいくつもこちらにありますよ、ってトールが笑ってた。


そう、層と世界の微妙な違いも理解したよ。つまり、世界は一つ。だけど層は無数。彼らの定義だと、私の考えるパラレルワールドに近いあり方らしい。三千世界かぁ。小説では時々あるよね。そんなんで流しておいた方が賢い気がしたので曖昧に頷いておいた。ちなみに、存在する人間の数だけ世界があるんだけど、このあたりは哲学だよーってうそぶいたブックロゥからは、おやつを取り上げることで窘めにもしてみた。

ん、難しいことを難しくしちゃったらダメでしょ。

問題は常にシンプルに。答えもね。

目を閉じていた私に、ふわりとショールがかけられる。ついでに、ぴったりと体をくっつけられて座られた。一拍遅れの香りはユーリだ。目をあけると、至近距離でにっこり笑われた。

近い。相変わらず近いんですが中学生。


「お疲れなら、そのまま寝ててもらっていいのに」

「いやこんな距離で目ぇ閉じる人はいないでしょ! 恋人か!」


言った後でぎくりとするのも毎度のことだ。どうにも慣れない。相手の心を疑うのが失礼なことはこの一か月間に身に染み込まされたけど(詳細は勘弁してほしい。素で)。やっぱり誰かが私のことを好きで、できるなら少々の強引な手段を使ってでも私を恋人にしたいっていう思考は常駐してくれないよ。無理だよ。私の常識とかけ離れ過ぎ。

ユーリは、私が身をすくめるところまで予測しておいて距離を詰めてくる。からかって、私がこうやって甘すぎる言葉たちを拒絶しないように、だだ漏れがありふれた状態に持ち込もうとしてくる。うん、ずるくはないよ? 恋と戦争の格言を持ち出すまでもなくそれも戦略だからね。


受け入れられるかって言ったら、微妙だけど。


「この匂いは、臓物の下処理ですね。ナーナがあれを好きなこと、緑髪は良く知ってます。僕としてはそれがちょっとだけ悔しい。僕だってナーナを喜ばせたいです。今は、ナーナ、何もしてほしいことはないですか?」

「臓物? 下処理……あ、あれか! トマト煮込みだ! やった、ブックロゥありがとう!! んでもって教えてくれてユーリもありがと。えっと、してほしい事はこの距離を遠くしてくれることだけど」

「できません」

「で、っすよねー!!」


やけくそのようなテンションで叩き落とされたおねだりを拾う。


「えっと、じゃあ、冷凍庫からアイスクリームが欲しいな。カロリー控えめの方」

「はい。では取りに行き……いえ、こちらはどうでしょうか。こちらの大陸の、先日に扉を閉めた場所の反対側で買ってみたんです」


ブックロゥは、賢者なんだって。うん、私が想像できる範囲での賢者、そのままでした。見た目がえっらい若いけど。意味なくかっこいいけど。そして万能。

まさかねぇ、賢者だからってお菓子のレシピまで知ってるとか、こっちは思ってないでしょ。さらさらーって書きつけた文字が材料表だとか、想像もしてなかった。


ほんとうに。こっちの世界でアイスクリームが食べられるとは思ってなかったよ。私は。


しかもカロリーを控えめにしてみたよ、とかあっさり言われちゃったんだよ?!

カナも女の子だから、そういうの、気にするんだよね? とか言いながらニコニコさしだされたアイスクリームはシャーベットじゃなくて定番のミルクバニラ、お茶のフレーバー、そして果物ベース。私の好みで作ってくれたそれらに、どれだけありがとうって言っても足りないくらいのありがとうだよ。

それなのに、なのにだよ? ブックロゥってばお礼は唇にするキスでいいとか、そんなふうにからかってくるだけなんだ。…………って、うん、そのすぐ後で交わされたみんなとの会話で、それがガチだったって今は理解してるから。

そのときにきちんと、ほっぺチューで決済してるから。


そうやって、たまにブックロゥが作り置きしてくれてるアイスクリームを、ユーリにおねだりしてみたんだけど。ユーリが出してきたのはタコス? みたいなものに包まれたクレープだった。中身に生クリーム、果物、アイスクリーム。おぉぉぉぉ。まさか異世界でアイスクレープが食べられるとか! すげくねぇ?!


「食べる~! ありがとう!!」

「ナーナ? 僕が食べさせてあげたいのですが」

「全力でNO!」

「ええ。だと思いました」


ユーリとの会話も、ひやっとすることはするんだけど最近じゃ力が抜けてきてる気がする。どこからか取り出したアイスクレープを受け取ってかぶりついた。ユーリが毎回、どこからそんなのを取り出してんのかは何回も聞いたんだけど。不思議空間でいいやってのが私の結論でした。

いやいや何とかの狭間とか、そんなんはイイよ。ばっさり亜空間収納だよ!

冷たい。甘い。美味しい。

にこにこしてると、ユーリも穏やかに笑ってる。食べる? と突きだせば大人しくかじられる。これには照れない。や、照れるより先に。


「カナ? またそんな美味しそうなものを龍に貢がせたね? 僕にもくれる?」

「おっと、甘いものか。ふーん、一口でいい。くれ」

「では、私にもお相伴をいただけますか? いえ、好奇心です」

「食べすぎだよ、みんな! っあああ、もうあんま無いじゃん!」


そう、照れるよりも先に、一口おばけたちの攻撃で私のスイーツが無くなっちゃう方が切実。いつの間にか湧き出してくる彼らの「あーん」に応えなきゃいけない義理はないけどね。美味しいものはみんなで分け合って食べたいし。


「そうやってナーナが甘い顔をするから。こいつらが、最近ではお土産としてわざと一つしか買っていないことを知ってますか?」

「そ、それはびっくりかな」


けどまぁ、なぁ。そもそも兄さんたちは甘いもの嫌いなんだろうし。無理なくね? っと、それより。


「ユーリ? このアイスクレープって、買ったのが大陸の端っこってこと?」

「はい。今度の扉はそちらです。ナーナの体調がよくなったらお連れしますので、今は様子見ですね。ふふ、植物です」

「また? ふーん、私、できれば動物がいいんだけど。なんかさぁ、最初の話だと、ほころびって人間に重なることもあるとか言ってなかった?」

「……そう、でしたか?」

「だよ。ケルンに聞いた記憶があるし。うーん」


「ナーナは、相手が人間の方が、いいんですか?」



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