20.ケルン(寄り)視点 三人称
鍵であり愛し子であるカナをいったん置き、ケルンが転移したのは王もどきの居城だった。昔から、転移するならこの部屋にすると宣言していた広間に下りる。予想通り、鍵の関わるこの非常事態中だ、常勤の番がいたようで。
「大地の精霊殿、鍵の一行さまにございますか」
丁重にかけられた声にケルンが是と返せば、そのまま王の謁見の間に通される。見る間に人が少なくなったあたり、自分の人嫌いもまた忘れ去られていないようだとケルンは考え、鼻を鳴らした。
「大地の精霊殿か。良く来てくださった」
「異例の事態が発生したので確認に来た。良いか」
宗主の言葉に被せぎみに発生すると、謁見の間にぴんとした空気が張りつめる。目の下に濃い隈を作り、疲れ果てているようにしか見えない王に同情することなく、ケルンは告げる。
「このたびの鍵はつがい持ちの龍の伴侶であった。分をわきまえ、真名を口に出すことは控えた方が幸いであろうな。加えればさらにあれは違う龍のつがいでもあるゆえに、今後は一切、表舞台に立つことはあり得ぬだろうよ」
「そ、…………それは」
「守護者は3名。通常よりも保護意識が高く、これをしてさらに鍵の庇護も高められる。我としてもあれを保護することに何らためらいは覚えぬな。……さて本題に入る。我と龍たちにより扉の位置は把握できよう。今回の施錠、教会の関与は無用と判断した」
「お待ちください」
「約状により、我、大地の守護者が眷属であるケルンが施錠を見届ける。よもや我の言葉、疑いまいな?」
「それはもう。しかし」
「では我の通達はこれにて終了とする。……ああそうだ、守護者から要望があったな」
ケルンが王の言葉を意に介さずに一気に言いあげたせいか、玉座に座ったままの王の顔色は蒼白だ。本来なら対等であることを示すために一段降りてくるのだが、それさえも忘れているようだ。
さもありなん。
トールはついと一歩を踏み出した。自分の思惑から遠く離れた事態など手に負えるものでもないだろう。今回の召喚、鍵騒動は傍から聞けばいっそ哀れですらある。
もちろん、自分には関係のないことだが。
「宗主殿。私は守護者の一員、トール。差し出がましい直訴をお許しください。鍵に代わり今回の支度金を受け取りに参りました」
「…………したくきん」
「はい。このたびの鍵は異例中の異例だそうですね。ですが旅をするにも息を吸うにも些少の金額が必要なことに変わりはありません。大陸の正確な地図、少額から準備された使いやすい財布、もしくは仮に清算できる割礼のようなものが欲しいのです」
「…………」
今まで、遅れがちではあったものの返事を返していた王がふいに黙る。ブックロゥは含み笑いを懸命に押し隠しながら口を開いた。
「許しもないままの発言、失礼します。僕も守護者の一員、ブックロゥです。宗主殿、旅に必要なものは揃えてから召喚するのが定石なれば、その程度の支度はすでにお済みでしょう。なので僕からの提案です。買い物をした場合、それをもって鍵と守護者の位置を伝えることにいたしましょう。さらに扉を閉めるごとに特定の物を買うなどしてもいいかもしれません。全体の進捗情報などはこちらにわかるはずもないでしょうが、最後の扉ともなれば盛大に龍たちがそれと示すと思いますよ。……このたびの鍵の利用は諦めたほうが宗主殿のためでしょうね。表舞台どころか、龍の執着が二体分です。連絡手段すらも限られるでしょうから、せめてこのくらいは守護者からの譲歩を」
はっとしたように宗主が息を飲んだ。ほら、やっぱりとブックロゥは口角を吊り上げる。
龍の執着を甘く見すぎているのだ。鍵の利用なぞ彼らが許すはずもない。施錠の成否報告すら考えてはいないのだから。
お待ちを、とあちらこちらから上がった必死な声はライとケルンの、実に冷ややかな目線で黙らされる。ケルンに至っては鼻づらにしわを寄せ、歯をむき出しにした。不快だというあからさまな威嚇に、王も、謁見の間にいることが許されるほどの上位階級の者も冷や汗をかく。
どうやら今回の鍵は、龍二体、大地の精霊、さらに守護者四人もの庇護を得ているようだ。
その意味をようやく腹に刻み込んだ王が立ち上がる。壁際に立つ自分の右腕、宰相に支度袋を持ってくるように伝えてからふらふらと段を下り、ケルンのそばに立った。膝を折り、右手を胸にあて深く頭を下げる。
最大限の敬意を表したままで王は顔を上げた。
「扉を閉める役目、なにとぞお願い申し上げる、と言伝願います」
「……承った」
「さらに、守護者殿の要望も了解しました。…………あぁ、これを」
目を見張るような素早さで用意された袋をライが受け取る。ずしりと重たいそれの中身を見、やれやれと肩をすくめて袋の中から武器、それにきらびやかな装飾品を抜き出した。宰相に次々と突き返していく。
「あまり製作者の感情がこもりすぎているものはな、確実にあの龍たちが壊してしまうだろうよ。こっちで有効活用したほうがいい。この手の、目印代わりのあれこれもな」
「…………承りました」
きっちりと、魔法の掛けられた装飾品や武具防具だけを選り分けてみせた守護者に、宰相が冷や汗をかく。鍵の関係者は誰一人として意外そうでもなく不快も示してはいない。それが逆に、宰相と王に深く覚悟を負わせた。
かなり軽くなった袋から、ライが小袋と丸められた紙、また違う小袋を取り出す。それで支度用の袋の中は空になった。宰相が指し、一番小さな袋が割符だと教える。
「割符の裏書は宗主となります。ゆえに買い物をされた場合、守護者のいる位置と買い物内容はこちらに逐一、報告が入ります。また、先の守護者殿がおっしゃっておられた通り、扉を一つ閉めるごとに何か特定の物を買われるのはいい案だと思われます。何といたしましょう」
「そう、だな……酒か?」
「いいね」
「楽しみです」
「悪くない」
「では、『ジラルトゥーシュの18年物』とご指定を。限定品の上に嗜好品です。十分に印の役目を果たすかと」
「ふむ、了解した」
軽くうなずいたライが一歩をさがる。同様に他の守護者も引いた。ケルンがその横につく。
「施錠のあいだは約状どおり、何か緊急で伝えたいことがある場合のみ陣が通信方法となる」
「存じております」
「では、成功を祈れ」
「「成功を、お祈り申し上げます」」
宰相と王は揃って最敬礼を取る。それが自分たちにではなく鍵に向けてだと理解した彼らは笑って礼を受け取った。その一瞬後には掻き消える。
「…………以降、決して今回の鍵について手出しはならぬ」
「ですが、その通知の徹底をどう図ればいいか……」
疲れが倍増し、倒れるようにして玉座に戻った王は頭を抱える。似たようなしぐさで額に手を当てた宰相も王と同じ認識をしているだろう。すなわち、『愚かな者どもの措置よりも龍の報復』だ。二体分の執着を受ける存在など聞いたこともない。龍の溺愛は、たとえ一体分でも人の身には余る。それを考えれば鍵自身には哀れとしか言いようがない。
そう、それを利用せざるを得ない自分たちも、また。
「二体ともなれば、この小国が滅びるのに一晩はいるまいな」
「三時間というあたりでしょうか。龍の属性にもよりますが。…………王よ。さらにげんなりする事実がございます。龍の内、一体はつがい持ちだとご忠告がありましたでしょう」
「…………まさか」
「さようでございます。彼らの執着からするに、鍵がつがいの龍からの庇護をも受ける可能性があるのです。もしくは……いえ。これは口にせぬ方が幸いでしょう」
「そうだな。……ああ、そうだ。口にしなければ来ぬ未来やもしれぬ」
はは、と力無く笑った王がさらに頭を強く抱える。
決して事態を甘く見ていない自分でさえも無意識のうちに鍵の利用を組み込んでいた。
鍵は偉大なるパワーゲームの要だ。それに目がくらんでしまえば龍の執着を軽く見る馬鹿どもは必ず現れる。賭けてもいい。
だが、もしも鍵のあずかり知らぬところですら、利用されたと分かるや否や龍の報復が始まるだろう。彼らは徹底して伴侶やつがいへの干渉を嫌がる。真名を呼ぶだけのことですら、大陸を隔ててまでも嫌がるあの性質。うっかり命なんぞ狙った日には、その領地ごと地図から消えてなくなるだろう。厄介極まりない。
「…………面倒だ」
「はい」
ため息をついていれば事態は解決しないだろうか。
王は切実に、心の底からそれを願い……また、ため息をついた。
ケルン寄りの三人称予定でしたが、無理でした。っていうかケルン、要ちゃんと離れてるから、面倒だとかうざいだとか、早く帰りたいってその手の感情で満ち溢れてそうです。もう想像もできない。
思ったよりケルンからも執着されてますよ、要ちゃん。そこに肉欲があるのかは、むしろ私が知りたいです。




