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ケルン、と名前を呼び掛けてミハルの存在を思い出す。そう、私はちびーっとだけど学習能力のある子。むやみやたらに他の人の名前を呼んじゃダメ、今は。
「ごねんって……」
「扉の数は現時点でわからぬ。今までの事例からすれば3、4か所であったが、それならこの顔ぶれで移動したとして……さて2か月程度か。しかし」
「数も不明、場所も不明な扉だから、最低限がその時間ということだな。ではやはり、拠点を作った方がいいだろう」
「そうだね、ライ。あと、僕はやっぱり王もどき、宗主に会ってた方がいいと思うよ。カナは会わせなくていいだろうから、ケルンにだけついてきてもらって、話を通しておこう」
「カナが、鍵が扉を閉めること、教会からの後押しが不要であるということを、ですねブックロゥ。ええ、そうした方がいいでしょう。代わりに代金を少々頂けばあちらもこちらも対等です。その方向でいかがでしょうか」
…………五年の単語にぶっ飛んでいたら、ケルンとお兄さんたちの間でちゃくちゃくと話がまとまりました。おぉう、私、なんて空気。
しかも、最後にトールが私の方を見てから笑いかけてきたんで、キョドって思わず目を合わせちゃったよね! ミハルに優雅に舌打ちされたね!
「い、いいもなにも……私は、お留守番?」
自分のテンションが行方不明で無駄に疲れる。や、それは私の都合だから置いておいて。
っていうか、私のことなのに尻拭いを他人にさせてるみたいで気分が悪い。
私が呼び出されて、お兄さんたちが巻き込まれたんなら、私に責任がないの? コレ。
「留守番だな。これ以上の視線をカナが浴びるのは、私が耐え切れん」
「ナーナと僕たちは、じゃあ巣作りでもしましょうか。どうやらこの大陸の中央付近なら人がいなさそうですから、そこらあたりで」
「カナが宗主に会うのは僕も反対だよ? 僕たちのために居心地のいい空間を作ってくれる方がうれしいかも」
「カナ。私もあなたの作る空間を楽しみにしていますよ。基礎だけ作っておいて下されば、あとは一緒に仕上げていきましょうね。あなたの好みを聞かせてください」
「カナのいいように、家を整えてくれ。まずはトールの言うように基礎だけでいいから」
ものすごくささやかな責任の所在すら否定されましたよ、奥さん。おくさん?
……や、まぁいいでしょう。お兄さんたちの言い分はつまるところ、適材適所って奴ですよね。私みたいに今まで本物のお偉いさんに会ったことがないような人間だと、簡単に出す言葉にすら迷うもん。通行証代わりのケルンにも納得できる。
ミハルの執着もあるし、ここはお兄さんやユーリの言葉に甘えさせてもらおうかな。
「じゃあ……じゃ、ケルンとお兄さんたちに面倒なこと、お願いしていい? ミハルとユーリは私と一緒だよね?」
こんな、手を離すギリギリの土壇場になって理解したけど、どうやら私、ミハルとは離れたくないみたいだ。や、誰なら離れていいとか、そんなことじゃなく。
なんていうか、物理的に、この膝の中から出ていきたくないっていうかさ。
……変態っぽい本音に自分がドン引きしてる、けど、仕方もないかな。まだイロイロと立て続けに説明されたことがショックなのかもしれない。他人事過ぎて、一周回って冷静に『せめて手を離したくない』とか真顔で言いそう。ミハルに。
うわ、ガチで引くわ。
心の中のぐるぐるを悟られたくなくて立ち上がる。ミハルは案の定、ほぼ同時に私の手をつなぎに来た。ヒロトと同じような手のひらの感触。さらりとして頼もしくて。
きゅ、と握ったら、吐息だけで笑われて握り返された。見つめ合っちゃった私とミハルのそばを通り過ぎがてら、お兄さんたちが私の頭を撫でる。
「行ってくる」
「早く帰ります」
「カナのおうちがどんなのか、楽しみにしてるね」
「やれ、面倒な。すぐに帰るぞ、愛し子」
ケルンが私の太ももを尻尾ではたいて通り過ぎると、お兄さんたちの姿は揃って消えた。転移? あ、これが移動の魔術か。……うーわ、ちこーっとテンションあがる。
ぱたぱたとユーリが私の頭をはたくように撫で、手を振る。靴を履くように促され、まるで抱きかかえるようにして敷物から降ろされたあとでミハルも手を振った。焚火が、その存在ごと消える。敷物が一拍遅れてそれに続いて、前触れなく真っ暗闇にさらされる。
「……ミハル」
抱きかかえられたのはこのせいか。理解しつつも名前を呼ばずにはいられなかった。現代日本人で、鼻をつままれてもわからないような暗闇って滅多に経験しないよね。普通に怖いよ。それこそDNAに刻まれてる恐怖だって。
「僕もいます、ナーナ。手を握りますよ?」
甘く出されたユーリの声に同意するより先に、こっちも乾いた手のひらが私の右手を握る。どこまで強く握っていいのかわかんないみたいで、探られるように何度も力を入れられた。
目を閉じて、とミハルに言われる。二回目だったから心の準備ができた。目を閉じて、一呼吸。ごぅって音を聞いた後に目を開けると。
はい、そこは砂漠の始まりでした。ってな。
………………そりゃそうだ。うん。
砂漠なら人はいないよね。納得。
ミハルの手が伸びてユーリを押す。……私から引き剥がした、のかな? なんで?
私は目の前に広がる砂漠の光景、赤茶けた砂と岩と石しかない風景から目を回した。後ろには一抱えほどの大きさの岩が転がって緩やかに上がっていく光景がある。上がっていく……あ、あれだ。アンデスとかブラジルとかの高地っぽい。緩やかな山岳地帯っていえばいいのかな。いつかテレビで見た。
赤茶から始まって、濃茶、海老茶が入り混じる中、ところどころにくぼみや溝があって、緑がへばりつくように生えている。それが、山の真ん中あたりになると緑しかなくなって、その上は白だ。雪で。
……こっちに一番初めに来た時に見た、あの山っぽいグラデーションなんだけど、違うのかな。
きょろきょろと周りを見ていると、ミハルが私の耳の後ろでくすりと笑う。
「くすぐったいよ、ミハル」
「おやそれはすまない、カナ。くすぐったいのはここ? こっち?」
「うわわわわわ!!」
今、舌でぺろってしませんでしたか、アンタ! ゆ、指か?! え、どっち?!
「ナーナ。ナーナの好みを教えてください。屋敷の大体の作りでいいですから」
「や、やしき?!」
なんじゃそら。
ミハルの頭を上の方に持ち上げて、なんとか指とか、その、えーと、その他を私のうなじから引きはがす。そうしながらユーリの質問をかみ砕いた。
「えっと、ユーリが言ってるのってベース、拠点のことだよね? そしたらそれはきっと、全員分が入るサイズの……なんていうか、建物だろうけど」
「はい。ですから、その上でナーナの好みの建築様式が聞きたいです。僕たち龍の好みでは少なくともナーナが快適に住めるとは思えません。たとえば部屋数がいくつ、何がしたいからこんな用途の部屋を、と言われればそれに合わせて転移させますので好きなだけ注文を言って頂ければ」
好きなだけの注文とか料理か。や、っていうかなんて言ったの? 転移?
「移動させるってこと?」
「そうです。僕たちが作ってもいいんですけど、それよりは右の物を左にする方が早いでしょう?」
「…………うん?」
ちょ、ちょいまて。それはつまり、いわゆるひとつの
「無断で、ユーリの物でもないものを、どこからか、転移?」
「はい」
きょとんとした顔をされましたけどね!? うぉーい、常識!? 常識さん仕事して!!
「終の棲家ならもちろん、他の存在がかかわるような材料で住処を作ったりもしませんが、仮ならば妥協しましょう。ちょうどよく、こちらの大陸で現在、使われていない屋敷がいくつかあるようですからそれを」
「まってまって待て」
それ窃盗だから。私、無理だから。
なんて、どうすればやんわり伝えられるのかな。だってミハルもユーリにもお金の概念がなかったよね。私を抱っこしてるだけで幸せそうな後ろのミハルに至っては、もう会話にも参加してこないしね?
「そ、そんなんじゃなくて、できれば自力で解決したいなぁ! て、テントみたいなのとかってある?」
「…………ふぅん? ああ、いえ、テント、ですか?」
不思議そうな顔のユーリに慌てて、テントの概念を説明しながら地面に簡単な絵を描く。どうして私が出来あいの屋敷を持ってくるプランを拒否するのか、それは納得しないけれども理解はしてくれたようだ。他人の物を無断で使いたくないっていう理屈は、むしろミハルの方がわかんなかったようで。
まぁ、それが我が伴侶の言葉なら従うよ、って笑ってくれたのはいいんだけどさぁ。
「ユーリ、手伝え」
の一言で、…………えーと、簡易テントの建設が始まったようです。
ち、ちーとってこういうことなんですね教授……。
現在、私の目の前では正気を疑った方がかいい光景が繰り広げられています。
ははは、それを言うならこの世界に落ちてきたこと自体が正気を疑った方がいい事態だけどね。むしろ夢じゃないことがすごいよ。
それにしても乙女ゲーなり、少女恋愛小説ってすごいよね。漫画もそうだけど、『お屋敷を建てた』だけで説明しちゃうんだもんね。
今まで読んだ中で、この手の描写がなかったことがようやく理解できましたよ係長。係長?
だってアレよ? 一言で説明するなら魔法。
ミハルが高熱で地面の砂を溶かして沸かして、ぼこぼこになったものをユーリが空気で作った型枠に入れる。冷却。……あぁそっか、急冷すると弾けるから温度変化を極力遅くしてるんだね。それもあっての空気型枠か。
で、それを複数作って、型枠ごと向こうの空き地に置く。
何度かその作業を繰り返しているとあら不思議、鉄骨みたいな柱、壁の心材、ベニヤみたいに薄いのはまた材質を変えたんだろうな、の壁表面材ができましたとさ。テントどこ行った。屋敷の材料じゃねぇかコレ。
床材はまた違う色と加工で……あ、スレートか。近々代建築で言うところのスレートじゃなくてホンモノの奴ね。あれっぽいものを何枚も作っては放置、冷ましてる。
その間に、いったいどのあたりまでベース、拠点を作る気なのか知らないけど山裾の方の土地が慣らされて、平らになる。
そのあとも想像通り。
柱が、まず四隅に刺さった。これは文字通り、地面に刺さったのね。ひゅーん、どーん! 擬音で言うとそんな感じ。
次に柱が地面に組まれていって、床が貼られて。同時に壁が表面、心材、表面の順で飛んだ。どういう作りなのか、曲げられる素材で出来てたパイプらしきものも床を這ってた。
てき、ぱき、しゅるり。……ん、音で表すならこう。
鉄骨は空を飛ぶ。小屋組みを見せてそこへ納まると、スレートがそれを追った。ちゃっちゃっちゃ。ここの効果音はそれ。
最後に建具。ドア、扉、窓は外に向けては屋根ぎりぎりに細く長く。玄関はポーチ形式。シンプルこの上ない形。
ずどん、ずどん、ずどん。形容するならそうとしか言いようのない音で、たった今組み上がった部屋の横に同じような形の『部屋』が接続されていく。…………ふぅん、屋根が急こう配だったのはこういう理由だったんだ。増築されていく分に合わせて、屋根が面積を増していく。どうも伸び縮みする組み方だったみたい。
しかも、何も言ってないけど好みは知られてた、のかな? 家は回の字の形だ。落ちてきた部屋の位置とかから推測するに、おっきな中庭がある。
「……あ、そう。チート。チートってこういうこと、言うんだ……」
以外の何を言えと。
ぽっかーんと私は、あっという間に出来上がった『家』を前に、口をあけた。
※鉄骨、と要ちゃんが言ってるのは、断面がI型である、材質が木じゃない、程度の意味です。スレートも狭義の意味でなく薄い瓦、くらいの認識だと。




