護衛の定義。
今私は旦那様以外の男の人の腕の中にいる。
何故かって?
茶飲み友達に襲われたからだよ!
あれからすぐに回収された私。
お代官様に襲われる町娘宜しく、「善いではないか善いではないか」「あ~れ~~」な具合に新しい世界に足を突っ込みかけたその時、
「姫さんいる~?」
抜けた声と共に入口からひょっこり顔を出した見知った明るい色の頭に、まさに助け舟!と咄嗟に声を上げた。
「ライラちゃん!ヘルプミ――!!」
「コラ。ライラちゃんって言わないでっていつも言ってるでしょ・・・って、ちょっ、何やってンノォォオオオー!?」
部屋に響く野太い叫び声。
あんまり聞きたいもんじゃないな。
しかしそうも言ってられない今の状況。なんかいつの間にか際どいとこまでドレス捲り上がってるし、足と足の間にはカルディアの身体がすっぽり嵌っちゃってるし、って、ちょ、どさくさに紛れてどこ触ってんのよ!?手!手ェエ!!
「キャアアア!ディアッおま、ストップ!ストップゥウウ!!」
ドレスの中に潜り込もうとしていた淫靡な手を目にしたライラちゃんことシグルドは、情けなくも悲鳴を上げるとのしかかる女王様の下から慌てて私を引き抜き、すかさずその逞しい腕の中に抱え上げ見事なバックステップでカルディアから距離を取った。
「姫さん無事!?無事!?アウト!?」
「セーフよライラちゃん!ナイスタイミング!だけど悲鳴が汚いわ!」
「ヒドイ!オレ純粋に心配しただけなのに!」
ってかライラちゃんって言わないでね。
グスンと態とらしく涙を拭う、この大男。
180cmは余裕で超えてそうなムキムキマッチョがそんな可愛い仕草したって・・・・・・可愛いわよ、バカッ!
服越しでも分かるほど鍛え上げられた立派な筋肉に思わずヨダレが垂れる。くそぅ、イイ身体しおって。
マッチョだなんて恋愛対象には成り得ないが、妄想対象としてはとっても美味しい。え、ガチムチ受け?
世間の腐ったお嬢様方には綺麗どころしか受け入れられない方も中にはいらっしゃるだろうが、私にとってはもはや主食の域だ。うまし糧。
体格差にしても年齢差にしても小さい子に鳴かされてる姿とか見ててゾクゾクする。
是非とも乳首にピアス開けて上半身拘束されたままギャッグ咥えて“散歩”してくれないだr(ry)
ダメダメダメ。
思わず自分の欲望に流されそうになった。
落ち着け、私。テヘペロテヘペロ。
気を取り直しまして、このオレンジ髪の兄ちゃんはシグルド・ライラ・ディフェル。一応私の護衛って事になるのかな?
部屋で過ごすことが多いのに護衛とか大袈裟だと思うんだけど、心配症のルーがどうしてもって言うんで護衛兼遊び相手として選ばれた側近の一人で、明るい色の髪を右側だけを短く刈り上げたアシンメトリーな髪型に、少し着崩したモスグリーンの軍服を纏た姿は中々様になったちょい悪騎士様だ。
言わずもがな、その顔立ちはアジア圏内ではまず見かけないような彫りの深さで、瞳は少し明るめの翡翠色。隣に並ぶと私のノッペリとした顔が浮き彫りにされます。
え、何?嫌がらせ?
ルックスだけで言えば女遊びの激しい非常に軽薄そうな男に見えるのに、その実態はと言うと割烹着が似合いそうな口煩い世話焼きなオカンそのもので、やれ知らない人に付いて行くなだとか、やれ食事の前にお菓子を食るなだとか、
がぁあああ!!
完全に子供扱いしてるわよね!?
そりゃあアンタ達に比べたら、アラサーなんてまだ目も開いていない赤ちゃん同然かもしれないけれど、これでも私立派な一社会人だったのよ!?
とうの昔に成人式は迎えてるわ!
そう抗議しても、
「だって姫さんいつも勝手に部屋抜け出してフラフラしてるし、飯だってちょびっとしか食わないじゃん」
悲しいかな、スッパリと言い切られそれがまた的を得ていて、ぐぅの声も出なのが辛い。ぐぅ!
と言うか、シグに比べたら大概の人は皆小食になるに決まってるじゃない。
誰がキロ単位でお肉食べるかっつーの!
いっぱい食べないと大きくなれないぞとか、もうとっくに成長期は過ぎてますぅー。
この年になって成長するのは横幅ぐらいよ!
そんな子育てに熱心なママはと言うと、私を抱き上げたままいつの間にか装いを正したカルディアとメアリーに向き合い、若干目尻を釣り上げ、
「ディア、オマエいい加減にしろよ?」
「ッチ。煩い奴が来やったか」
「ちょ、公爵様が舌打ちって!っつーか姫さん押し倒して何しようとしてンノ!?」
「フフフ、野暮なことぬかすな。妾はただ愛を囁いていたまでよ」
「だぁあああ!それは“時”と“場所”を考えろっていつも言ってんだろ!?メアリーも何の為に傍に控えてるんだよ!」
「・・・・・・・・・?」
「え!?そこ無反応!?何、そのなんだっけ?みたいな顔!本気で忘れてる!?思い出して!自分の仕事超思い出して!」
なんかシグの目にキラキラしたものが見えるけど、それは男の汗ってやつですか。所詮どの世界でも女性は逞しい。
なんとなくこうなることは分かっていたので、ポンポンと項垂れた頭を撫でてやる。
お母さん業も中々大変ね。
「それでシグはどうしたの?」
今日は一日ルーの方についてるんじゃなかったっけ?
昨日そう言ってたような気がするんだけど・・・よいせと腕から降ろしてもらいながら随分と高い位置にある顔を見上げて問いかければ、
「あ、忘れてた。陛下からの伝言。今日はもう上がれそうだから、部屋の方で待っていてほs「がってんしょうちのすけじゃぁああ!!」って、あー・・・」
シグの言葉を聞き終わる前に、サンルームから飛び出した。
なんだと?旦那様が帰ってくるだと!?
いつもならもうちょっと遅くなるはずなのに、朝言ってた通り本当に早く終わらせてくれたんだ・・・!
ひゃほーーい!!
「姫さんったらまた男らしい雄叫び上げちゃって・・・」
既にルーの事で頭がいっぱいの私に、淑女がドレス持ち上げて走り回るってどうなの?などと言う、シグの呆れ地味た声など届いているはずもなく、目の前にあった障害物と言うなのソファーを正面からハードル競争よろしく飛び越えた。
よしっ10点!
「なんじゃもうアレは戻ってくるのか。つまらぬな」
「なんか姫さんの気配が揺らぐのを感じたみたいだぜ?お蔭で陛下イライラしちゃってあっち超大変」
「ほぅ・・・それはそれは。王妃に手を出すとは不届きな者もおったものよのぉ。しかし、余裕のない男は早々に見切られると思わんか?まぁそうなればナツキは妾が育むがな」
「ははは・・・その辺はオレノーコメントで、ってコラ!姫さんそんなとこに登っちゃダメでしょ!?」
「ハッ!?」
二人が話しているのを尻目に、ドア近くのチェストに上がろうとした所を目敏くシグに咎められた。
ッチ、シグのくせに生意気な。
「舌打ち!?姫さんまで舌打ちしちゃう!?カルディア!お前がそんなんだから姫さんまでマネして素行が悪くなるんだよ!」
「フン、喧しいわ鳥頭めが。そんな訳なかろう?妾に似るのなら、気高く気品に満ち溢れる筈じゃ」
そう言って何故かカルディアからは慈愛に溢れた微笑みを頂いた。
・・・アレ?それって私褒められてないよね?
「まぁ、ナツキは少々元気が有り余っとるようだしのう。どれ、妾の手で一から躾けてやろうかえ。なぁに、直ぐに自ら足を開いて強請る様になるわ」
「ちょっと待て。嫌な予感しかしないんだけど、・・・それって何の躾け?」
「ナニ、とは不躾な事を聞く。妾が自ら施してやるのだから決まっておろぅ?そうさなぁ・・・五日もあれば充分か」
「ギャー!姫さんディアから離れてー!!喰われる!完璧に喰われちゃうからァア!!」
「イエッサーー!!」
シグと一緒に私の顔まで青褪める。
明らかに匂うR18の香りにガタガタと足を震わせ、素早くシグルドの背に隠れると目の端には青い女王様の真っ赤に染まった唇の端が楽しげに吊り上がってるのが見えた。
ヒィイイイ!
だから私は新世界の扉を開く予定は今もこれからもないのよ!!
「メアリー!」
シグを盾にして、カルディアの本気とも取れる蠱惑的な眼差しを避けながら既に空気になりつつあった夜空色の侍女様に助けを求めると、そっと手渡された真っ赤な細い革ベルト。
「黒髪には赤が映えると思います」
またこのパターンか!
思わず持っていたそれをギュッと手の中で握り潰す。
一体いつの間に持って来たのよ!?さっきの今でよく用意したわね!?
合皮ではない本革のような手触りのそれ。所々に豪華にも小さな宝石なんかも散りばめられてちゃって、匠の技こんな所で見たくなかった。しかも良く見ればコレ、ネームプレートまで付いてるし。
ベルトの丁度中央でユラユラと揺れる四角いシルバープレートには流れるような流暢な文字でくっきりと「愛玩動物 ナツキ」と見て取れる。
ちょっと彫った奴出てこい。
何達筆で指名してくれてんの!?
何度も言うようだけども、私一応ルーの奥さんなのよ。妻であって、ペットでは・・・
「・・・これを付けられると陛下はお喜びになられるかと思いますが」
「え、ホント?」
「はい、間違いなく」
そっかー、ルーが喜んでくれるならペットっていう手もアリだな。
寧ろ、猫や犬扱いされていた方が今以上に一緒に居られるんではなかろうか?
執務をするルーの足元に擦り寄ってマーキングしてみたり、柔らかな太腿の上でゴロゴロしたり、あれ?どうしよう、今してる事とそんなに変りがなかった。
「ちょ、メアリー!余計なこと言うな!姫さんの目すんげぇ輝きだしたから!マジで人間か殴り捨てようとしてるから止めとけ!んで、姫さんも正気に戻って!陛下のペットになんかなったりしたら、鎖で繋がれて一生外に出れなくなっちゃうよ!?」
「あ、それ全然あr「アリじゃねーから!」・・・えーー」
私の中で今監禁ブームが到来中なのにー。
シグって何気に常識に捕らわれる人よね。イヤラシイ顔してる癖に。
「・・・姫さん、今失礼なこと考えなかった?」
「いえ、全く。これっぽっちも」
私はいつでも自分に正直なだけよ。そう続ければカルディアも楽しげに目を細め、
「そうじゃ。硬いことを言うなシグルド。良いではないか、本人がこう言うておるのじゃし。そうさな・・・愛玩用の家畜となれば、まずは王道に獣人属の耳と尾でもつけてみるか?鱗魚の下肢も捨てがたいが、アレは陸で交わるのにはちと不便だからのぉ。翼も騎乗位か後背位もしくは、「教育的指導ぅううう!!!」・・・なんじゃ、喧しい」
「今、エげつねぇこと言おうとしただろ!?したよな!?オマエ、ゼノンと同じ悪食なんだから、姫さんの前では発言に気を付けろよ!」
「何を言う。妾は気に入った物しか食しはせん。アレと同じにするな」
「イヤイヤイヤ、オマエ等どっこいどっこいだから。軽く最低ライン下回ってるから。もうちょっと“マナー”ってもんを気にして!片付ける方の身にもなってやって!」
「フン、そんなモノ知らぬなぁ。・・・まぁ、首輪なんぞ付けて彼奴に独占されては堪らぬし、これはお止め」
代わりにイイモノをやろう。
そう言ってカルディアは持っていた首輪を奪い取ると、
「あっ・・・」
チクリと走った首筋の痛み。
カルディアの指が触れた場所からピリリとした刺激が走った。
何?今の。静電気?
「まぁこれで虫除けにはなるか。それにしても・・・やれ、ほんに耐え性のない奴よのぉ」
「は?」
「ふふふ、何でも無い。こちらの話じゃ。どうやらお主の旦那は虫の居所が悪いらしい」
「え?ルーが?まっさかー。あの温厚でプリチーな紳士代表のルーが機嫌悪いだとか・・・マジっすか」
「大マジじゃ。珍しく苛立っておるわ。彼奴が怒りを露にするとは、オオコワイコワイ。面倒な事になる前に妾は立ち去るとするかの」
男の嫉妬は醜くてかなわん、そう言ってシグの方に目を向けると、シグもそれを分かっていたように、「ハイハイ」とカルディアの後を追うように扉に向かう。
「ちょっと送ってくるから、姫さんは部屋で待っていてくれな。どうしても外に出て行きたかったらメアリーを連れて行くこと。分かった?」
「え、あ、うん。了解です」
「それから高いとこからジャンピングハグして陛下をお迎えするの禁止な?」
「・・・」
「返事はー?」
「はいはい、分かったわよ。今日はしない。これでイイんでしょ?」
「今日は、じゃなくてこれから先もダメ!何でいつもそう危ない事しようとすんの。それからハイは一回で、「ハイ、サヨウナラ」あ、コラ!」
ガッチャンと勢い良く扉を閉める。
言いつけを守る良い子ですからね、私は。
だから「ちょっと姫さん!?人の話は最後まで聞きなさいっていつも言ってるでしょ!?」なんて言葉、この重厚な扉の前では全然聞こえませんわよ。ほっほっほ。
「後で煩くなっても知りませんから」
「大丈夫でしょ。帰ってくる間に忘れてるって」
だってシグだし。
そう告げるとメアリーも「それもそうですね」とサラリと流した。何気にシグに対しての扱いが雑になるの仕方ない。だってシグなんだもの。
けど今日はどうしようかなー?
最近の日課になりつつある扉前でのお出迎え行事。
なんだかんだ言っても、新婚と言えば玄関先で繰り広げられる「お帰りなさいアナタ。ご飯にする?お風呂にする?それとも今直ぐ合体すr(自重)」の遣り取りに多少憧れがあるわけで。
でも、ただお出迎えするだけじゃ面白みに欠けるから毎日趣向を凝らしてるんだけど、今日はついてない事にオカンに見つかってジャンピングハグ禁止令が出てしまった。
うーん、昨日はカーテンの隙間に隠れてストーカーごっこしたし、一昨日はツンデレキャラになって「おかえりだなんて言わないんだからね!」とか言ってたら笑顔で「ただいま、奥さん」って言われて返り討ちで萌え死にそうになったし。前に一度死んだフリをしてドアの前で転がっていたらちょっとした騒動になって、後でルーにメッてされちゃったしな。
あの時は多くの人に迷惑掛けてしまった。
王妃様反省、反省。
まさか再び救護班が出動するとは思わなかったわ。なんか大きな地鳴りも聞こえたし、まぁうっかりそのまま寝ちゃってたって言うのもいけなかったんだけどもね。
そんなこともあって、一度シグに「何も仕込まなくていいから出迎えぐらい普通にやって!」と泣きつかれたが、そこはホラ。おめぇ、新婚には多少の刺激は必要不可欠だべ?と、どこの言葉か良くわからない方言を使いまくって言い募り、何とかお許しを貰った。
危ない事・皆を心配させるような事はしないというお約束付きで。
もう本当にシグがオカンにしか思えなくなってきたんですけどー・・・。
心配させる私も私だが、いい加減シグもシグだろう。
見た目はイケメン騎士様なのに、すっかりお母さん業が板についちゃって、私マッチョなオカンなんて嫌よ?
そんな事を思っていると、後ろから不意にメアリーに声を掛けられた。
「・・・下がられた方が宜しいかと思いますが」
「へ?なに、
ゴンッ
「「「あ」」」
何か言った?と振り向きざま続く筈だった言葉は無理やり飲み込まされ、一瞬痛みで意識が遠のきそうになった。
鈍い打撃音と衝撃で気が付けばさっきよりも目線は低く、目いっぱいに映るのは真っ赤な毛足の長い絨毯。どうやら思いの外勢いが強かったらしく、バランスを崩して前のめりにこけてしまったようだ。
ホラ言わんこっちゃないと溜息を吐くメアリーの視線も痛いが、今はぶつけた後頭部の方がもっと痛い。
典型的なお約束展開に、ぬぉおおお!と頭を抑えてのた打ち回る私を見るなり、扉を開けた張本人であろうルーは顔色を変えて駆け寄ってきた。
「なっナツ!?なんでこんなトコに居たのー!?」
「いや、あの、ルーを待ってたんだけど・・・帰ってくるの意外と早かった、ね」
「うん、急いで戻ってきたからっ。それよりも今すごい音がしたよ!?」
大丈夫?
小さな手で髪を掻き分けて、赤く腫れ上がった場所を触られるとピりりとした痛みが走る。
「ぴぎっ!」
「あぁ、大きなたんこぶ出来てますねぇ」
ルーの後ろに控えていたゼノンは呑気にお見事とか言ってるし、
ちょ、手伸ばしてこなでよ!
痛いって言ってんのに更に触ろうだとか、どんだけ鬼畜なの!?
「ごめんね?僕、気が付かなくって・・・っ」
ゼノンの手を掻い潜って、愛しの旦那様を抱きしめると、ルーは腕の中で痛い?痛いよね?と大きな瞳をうるうる潤ませている。
うわ、やっべーめっちゃ萌えr、ゲフン。
「ッ大丈夫よ。私がちょっと不注意だっただけだから」
邪な思いを押し止めて、痛む頭に顔をしかめながら起き上がろうとすると、慌てたようにルーに止められた。
「ん?何?」
「ちょっと待ってね」
そう言って小さく何かを呟くと、一瞬にしてルー右手が青い炎に包まれてって、
「ちょっルー!」
燃えてる!燃えてるわよ!?
頭が痛いとか言ってる場合じゃないから!
ルーの可愛いお手々が!ルーのぷりちーふにふにのお手々がぁあ!!
ぴぎゃぁあああ!!と喚く私にルーは苦笑し、
「ナツ、そんな声出さないの。僕は大丈夫だから・・・ほら、じっとしてて?」
そう言って躊躇いなく頭に当てられた炎に一瞬ビクッと身体を固くするが、あれ?熱くない。
「ね?平気でしょ?」
「・・・うん」
目に見えるのは確かに青い炎なんだけど焼ける痛さなんて全くなく、寧ろ心地よいぬくもりを感じる程度の温かさだ。ほんわりと患部に染み渡って思わず抜けた声が出そうになる。(イカン。オヤジ化してしまう)
「ルーも熱くはないんだよね?」
「もちろん。・・・それよりどう?もう痛くない?」
時間にしてそう長くはなかったと思う。
さっきまでズキズキしていた場所に手を回し触れてみると、痛みが嘘みたいに無くなっていた。
ついでに言えば腫れ上がっていたタンコブも綺麗に治っていうようで、燻っていた熱も引き完全に元通り。
これが魔法ってやつですか。
確か結婚式の時にもお世話になった筈なんだけど、あの時は気が動転して周りを全く見ていなかったのよね。改めて見てみると、やっぱすごいわ。
「ありがとう、もう全然痛くないよ」
「良かったぁ。傷もない、よね?」
「ええ・・・ってかルーってば大袈裟ね。ドアで頭ぶつけた位で傷が残ったりしないわよ」
「そうですね。衝撃で多少頭は弱くなるかもしれませんが・・・いえ、既に手遅れでしたね」
「ゼノン、おだまり」
うふふ、あははと二人の間に冷たい風が吹く。なんなのコイツは。目を合わせれば残念な子を見るような目で見てくるし、口を開けば人を小馬鹿にしたような言葉のオンパレード。
シグが世話焼きの私のオカンならばゼノンはルーの母。私からすれば姑的存在。
まさか異世界に来て嫁姑問題が発生するだなんて・・・ッチ。
「ナツキ様?お顔が悪いですよ?」
「生まれつきです」
自分の顔を基準に考えるんじゃないわよっ
私だってそれなりに・・・中の中って自覚はあるんだからね!
瞳孔全開で目の前の常に大輪の薔薇を背負っているような麗しの宰相を睨んでいると、クイックイッと下から服を引っ張られた。呼ばれるまま視線を下げると、
「ゼノンばっか構っちゃイヤ」
そこには愛らしく、凶悪な小悪魔の如く旦那様がぶーと唇を尖らし、上目遣いでの抗議をしていた。
・・・・・・・・・・・・。
ぶほぉおおお!!
な、何なの!?このごっさ可愛い生物は!!
アヒル口だなんて、この子なんてアルティメットウェポン装備してんの!
テラめんこい!テラめんこいんですけどぉおおお!
「ナツは僕のことしか考えてちゃダメなんだからね?」
メッと立てた小さな人差し指が唇に触れ、フニフニと突っつかれる。
思わず口に含みあまつ舌で蹂躙しそうになるのを耐える私は出来た嫁だと自画自賛しても良いだろう。
威力が半端ない!!!
ふんはーぴすぴす
ふんはーぴすぴす
こりゃ堪らん!と、おかしな呼吸リズムになったのを感じ取ったのか、
「もうっナツったらー。僕の話し聞いてるぅ?」
小さな手でドレスの胸元をぎゅっと握りしめながら見上げてくるルー。
ぶはっ!き、聞いてます!勿論聞いてますとも!顔はデレデレだけどそれは仕方ないわよね!
緩みきった表情のままヘドバン宜しく高速に頷く私に、ルーも満足したようで、
「ナツ、約束ね?」
「あい!!」
ああ、もうっ本当に可愛いな!私の旦那様は!
興奮が冷めやまらずルーの小さな頭にちゅっちゅっと唇を落とし、サラサラの黒髪に顔を埋める。
甘い、まるで砂糖菓子のようなその香りに頭はクラクラ。ふは~幸せ。地上の楽園はココにあったのね!
ハスハスと十二分にルーの香りを堪能し、そう言えばゼノンが居たんだっけかなと思い出したかのように顔を上げると、あれ?
さっきまで口煩く傍らに居たはずのゼノンとあとメアリーの姿も無い。いつのにか部屋はルーと私の二人っきりで、扉の開く音したっけ?
「あの二人は下がって貰ったよ。ナツとの時間邪魔されたくないし」
なんと。
じゃあこれからは夫婦の大切な時間ですね。分かります。
そそくさと旦那様を抱き上げてソファーの上へと移動し、自分よりも遥かに小さい身体にゴロゴロと甘える。
なんて至福の時・・・!
そんな私にルーも慣れた様子で、緩く結われていた髪を解き、優しく頭を撫でてくれる。
何気にルーってば髪フェチよね。ぐふふふふ。
どうやらルーが結っている髪よりも、そのまま下ろしてる髪の方が好きだと気がついたのはいつのことか。未だパーマの取れてない毛先をクルクルと指に絡め遊ぶルーを見て笑が漏れる。
「あ、そう言えばルー今日あんまり機嫌良くなかったの?」
「ん?何で?」
「カルディアが帰り際にそんな事言ってたから。ゼノンにセクハラされた?やり返しとこうか?」
「セクハラはされてないから行っちゃダメ。・・・でもちょっとだけ嫌なことはあったかな」
「何ですと!」
それは大変!といそいそとルーの小さな背中に回していた手に力を入れ、胸に抱き込んだ。
私の可愛い旦那様が憂いを帯びているとか、非常事態勃発じゃない!
「愚痴ならいくらでも聞くから言ってね?」
「ふふ、もう大丈夫だよ。ナツがギュってしてくれたから嫌なことも全部吹き飛んじゃった」
ありがとうと笑うルーにキュンと胸が打ち抜かれる。
本当にめんこいな、私の旦那様は。
まだまだこの世界に不慣れな事の方が圧倒的に多い今の状況で、王妃として手伝える事が微々たる物しかなくて口惜しい。
今の所、私の仕事と言えば偶に訪れる少年・少女達とのお茶会ってどうなの?
ルーからはそれも立派な仕事の一つだよって言われるけど、子供達とお茶してお話しているだけのこの状況、私にとってはただのご褒美にしかなり得なくて。ここじゃOL時代での実績も何も役に立ちゃしない。
ううう、早く何か私にも出来る仕事探さないと。
せめて医療系の仕事をしていたらその持ち前の知識で多少は立ち位置変わったのかな。グスン。
曇った私に気がついたのか、ルーは顔を顰め、
「また何かつまらない事考えてる?」
「っう。私って本当に役立たずだなと思って」
「もうっナツってば。またそんな事言って」
「だってぇ・・・」
「ナツは僕の傍にいてくれるだけでいいんだよ。それだけで僕嬉しいし・・・それに今は蜜期の最中だから、余計な事考えないでゆっくりしててっていつも言ってるでしょ?」
「ルー・・・」
そう、今は甘い甘い蜜期中。要はハネムーンな訳だが、どうやらこの国では王様に嫁いだ花嫁さんは寿命云々を王様に合わせる為、その期間の間に身体が王妃様仕様にカスタマイズされるので出来るだけ部屋に篭って大人しくしてなければいけないらしい。
私の身体を気遣って、生活に不便が出ないようルーが色々注意してくれているのは知っている。
知ってはいるが、小さな旦那様を差し置いて完全な引きこもりニート生活を満喫するのは流石に抵抗があるのよね。
しかも何もせずにグータラしてるだけで大勢の人にかしづかれあれこれと“お世話”される特典付きときたもんだ。
私は一体何様だ。いや、お妃様だけどね?
引き篭ること自体は嫌いじゃない。むしろ大好きだけども、着替えやら食事の準備やらはたまたお茶を入れることですら、自分で出来ると言っても何一つさせてもらえないのは少々息苦しくもあり、同時に申し訳無さを感じる訳で。
与えられるだけ与えられて、ただ甘えてそれを甘受するだけって慣れてないのよ。
根っからの庶民の私としてはこれがもっぱら悩みの種の一つだったりするんだけど、ルーやシグその他諸々ゼノンに至るまで皆声を合わせて「気にするな」って言う始末。
生まれもってお貴族様は分からないでしょうね、この心苦しさが!
早くこの状況を打開しなければとは思うものの、それをどう実行に移せば良いのか検討がつかない。
私本当にダメ人間になっちゃいそうよ。
それにほら、元の世界でいた頃はスキニーブームで体型維持に気を配っていたけれど、最近じゃあ動くことも少なくなったからお腹まわりに浮き輪が・・・止めよう。悲しくなってきた。
「あ、そうだ。今日メアリーに渡してたの飲んでくれた?」
「うん、イチゴシロップみたいな奴よね?お菓子にかけて食べたよ。けどあれ何のシロップ?」
懐かしい味で美味しかったけど、まだ私の知らない果物の蜜だろうかと尋ねると、蜂蜜色のおめめを細めて
「ヒミツ」
しぃーと、小さな人差し指を口に当てながら無邪気に笑う旦那様に再びキュンキュンしていたのは言うまでもない。きゅん!
「ナツが好きならまた用意するよ」
「ほんとに?ありがと~」
私はご機嫌にルーを乗せながら、今度はアイスに掛けて食べようかななんて、呑気な事を考えていた。
「・・・もう少しで一緒だからね」
「ん?何か言った?」
「ううん、何にも。今日も一緒にお風呂入る?」
「勿論!」