45
「吐き気がするのは、簡単に死を選ぶお前に対してだ」
カルロがエリアナを見下ろす。
先程までと変わらず、顔つきが暗いのに目に妙な光を宿している。
あー、これはアレだね。ブチ切れカルロだね。
でも一応さ。内容が内容だけに。
言い訳というか。否定というか。
しておきたいと言うか。しておいた方が良さそうと言うか。
「えーと、少々誤解があるようだけど。いくらあたしがバカでも簡単に死を選んだりはしないよ?」
降参ポーズのまま、エリアナがカルロを見上げる。
カルロがエリアナの両頬を掴んだ手を離してくれたが、その代わりと言わんばかりに顔を寄せてきた。
「中級魔物を目の前に、丸腰で魔物よせの香を塗りたくって、それで生きて帰るつもりだったと?」
改めて口にされると、何かとんでもないスゴい事をした気になってくる。
でもあの時は、ああするしかないと思っちゃったんだよね。
なんちゃらハイってやつ?
て言うかさ、あんなバカでかい魔物に貧弱そうな眼鏡とか弱い乙女2人が襲われて、誰一人犠牲にならず生きて帰れるなんて、いくらあたしがバカで能天気でも、流石に思えないよ??
マンガじゃあるまいし。
あ、やばい。ジルダがすごい顔してる。
すごい顔っていうか顔色もやばい。
今にも倒れそう。
キースは?キースは隣にいるね?
ってキースまでそんな顔で見るのやめて。
「うーん、そんな事もあったかな?まあでも無事に帰ってこれた事だし。ねっ」
「フィオリーナを守るためなら自分がどうなっても構わない、そう思っていたんだろ?」
めでたしめでたし。はい、この話はおしまい。そう言いたいエリアナをカルロがそう簡単に許してくれる筈がなかった。
エリアナは溜め息を吐きたいのを堪えると目を閉じて首の後ろを揉んだ。
「うーん、フィオリーナを守れるならそれ位思った、かも?」
「一緒に生きて戻る努力を怠った」
「ふは、無理ゲーにも程があるわ。たしかにあたしは最悪の事態も覚悟していた。だけどあたしだって、フィオリーナのウエディングドレス姿は見たいし、フィオリーナの子供も見たいし、子供の成長を見て感動しているフィオリーナを見守っていきたいと思ってるからね。生きて戻れるならその方が良いと思ってたよ」
カルロは溜め息を吐くと眉間のシワを深くした。
「フィオリーナに、お前に命を懸けさせた罪悪感を一生背負わせるつもりだったのか」
「それ、は⋯⋯⋯⋯そう。⋯そうか、そうなるのか⋯」
可愛い上に天井知らずの優しさを持つフィオリーナのことだ。
しばらくはあたしのことで心を痛めてしまうに違いない。
フィオリーナにはなるべく身体に傷一つなく帰してあげたかったけど、その結果心に傷を負わせてしまえば意味がない。
それでなくても怖い思いをさせてしまったと言うのに。
「傷付けたくない守りたいと言って、一番傷付ける事をしてるのはお前だ」
(ああ、まただ。またこの顔をさせてしまった)
カルロが辛そうな顔で呟くのを見て、エリアナは思わず目を逸らしたくなる。
カルロもフィオリーナが心に傷を負うことを心配してるんだな。
優しい。
その優しさがフィオリーナに伝わるといいのにね。
「辛そうな顔をさせてごめん」
「お前は何に対して謝っているんだ」
カルロが眉を顰めてエリアナを睨む。
カルロは優しい。
こんなに優しい人を困らせてはいけない。
こんなに優しい人を悲しませてはいけない。
こんなに優しい人を煩わせてはいけない。
「大丈夫だよ、エリアナの身体も命もちゃんと大事にするから」
あとさ、こう言うのって、結果的にみんな無事に帰れたからこそ言えることだよね。
だから良いことなんだ、きっと。
何より、こんな事でケンカなんてしたくない。
「カルロ。助けに来てくれてありがとう」
エリアナがカルロをまっすぐ見て微笑む。
一瞬目を見開いたカルロが訝しげに口を開いた。
「⋯だれを?」
「え?」
誰って、そりゃフィオリーナを。
あたしだけでは守りきるなんて無理だったし。
助けが来るまでのせめてもの時間稼ぎのつもりだったし。
それには誰かに助けに来てもらえないといけなかったし。
ワンチャン眼鏡ネズミ教師が火事場のばか力でフィオリーナを連れて逃げ切ってくれてたかもだけど。
あ、そうか。あたしも助けてもらったんだ。
フィオリーナを助けに来たらあたしが魔物に立ちふさがってるんだから、それはきっと驚いたよね。
魔物を倒すにはあたしを撤収しないといけないし。
心身共に迷惑をかけてしまった訳か。
いやはや申し訳ない。
「そうだったね、ごめん。あたしまで助けてもらって」
「その「ごめん」は何に対する「ごめん」なんだ?」
「あたしまで助けてもらって、ごめん」
カルロが深い溜め息を吐く。
「お前は小学校からやり直せ」
「ふは、耳がいたい」
前世でもよく言われたなー。
「「あたしなんかを助けさせてしまって、ごめん」じゃない。「あたしを助けてくれて、ありがとう」が正しい」
前世で何度もしたやり取り。
「ふは、やっぱり黒川は」
先生になると良いよ
その未来をあたしが奪ったんだ。
やっぱり、「ごめん」で合ってるよ。
どんなに言っても言い足りないんだよ。
黒川の人生を滅茶苦茶にした償いはちゃんとするからね。
でも今はこっちが優先。とエリアナはカルロを見据えた。
「それでカルロ、背中と肩を見せて」
一方のカルロはもう用はないと言わんばかりにエリアナから離れると、ドカッと椅子に座った。
「お前こそ脇腹を診てもらえ」
「脇腹?あたしの?」
なんで?と思わず服をめくると、カルロが頭を抱えたフリをしてあからさまに違う方向を向いてくれた。
優しい。紳士的。この世界の男性っぽい。
いや、黒川は前世でも紳士だったな。
いやいや、それよりも脇腹って何。
「なんじゃこりゃあ!!?」
左の脇腹が内出血している。
なんで?いつの間に?なんで??
あと、カルロはなんで知ってるの???一番の謎。
「いいか。お前はあの教師を拘束した時、右手でバッグの中身を検める為に、教師の腕に差し込んでいた棒の片側を自分の脇腹に固定させ反対側を左手で持った」
まるで見ていたかのような解説。流石だよカルロ。
「あの教師が抵抗したのか、お前が絞め上げたのか、脇腹に圧が掛かった結果がそれだ」
「ほえー、なるほど」
エリアナは感心したつもりだったのだが、気の抜けたような返事をカルロは無視してジルダに向き直る。
「ジルダ、こいつを医療チームの所に連れて行くんだろ?左脇腹の処置と一応左腕を中心的に全身くまなく入念に診てもらえるように頼んでくれ」
ジルダが涙目で、ぶんぶんと音が聞こえそうなくらい首を縦に振っている。
だけどごめんジルダ。
医療チームのところにはまだ行けないんだ。
「それでカルロ、肩と背中を見せて」
エリアナがカルロの顔をのぞき込むと、カルロはうんざりした顔で返す。
「そんな事よりお前は早く医療チームの所へ行け。俺も後から行くから」
「爆発音が聞こえたのにあたしはほとんど衝撃を感じなかった。カルロが庇ったからでしょ?」
食い下がるエリアナにカルロが溜め息を吐く。
「俺は防弾防刃のボディアーマーを着ていたから平気なんだよ」
「じゃあ、腕を上げてみて」
尚も譲らないエリアナをカルロは半目で見やる。
「⋯⋯⋯固定して痛み止めを飲んでおけば、どうと言うことはない」
「それは充分どうと言うこと「ある」だよ!」
食ってかからんばかりの勢いでエリアナがカルロに詰め寄る。
カルロは観念したのか、背もたれにもたれ掛かりながら気怠そうに答える。
「そうだな。痛い、もの凄く痛い」
「!!だったら今すぐ⋯」
「駄目だ」
医者を呼びに行こうとするエリアナをカルロが厳しい語調で引き止める。
「どうして!?」
「今回の事でフィオリーナの件とは別にクラウディオの立場を脅かそうとする連中の存在が明らかになった。合同演習で何かあればクラウディオに責任を取らせようとするだろうな。しかも右腕である俺が負傷したなんて隙を見せるようなものだ」
たしかに。
バリケードが壊され中に入った生徒が中級の魔物と遭遇した。
それだけでも安全管理不足の責任は大きい。
その件で怪我人が出たとなると、クラウディオを陥れたい人間に餌を与えるようなものだ。
クラウディオのことを考えるなら、カルロの怪我は医療チームに診せずに内密に処理すべきだが⋯
「だけど⋯、だったら今すぐ家に帰ってかかりつけ医に診てもらうとか!それがいいよ!!そうしよう!キース、すぐに馬車の手配を」
エリアナがキースを向くと同時に、カルロの声が制する。
「この後緊急会議なんだ。他に破られたバリケードがないか既に確認に回ってもらっているが、会議の後はそちらに合流する。言ったろ、クラウディオの右腕である俺が今抜けるのは悪手だ」
「だって、それじゃあ⋯」
カルロはさっき、もの凄く痛いって言った。
カルロが言うくらいだから、きっとすっごいすっごい痛いんだ。処置は早い方が良いに決まってる。
何より、このまま何の処置もしないで会議や森の中に入っていくなんて⋯
「だからお前がやるんだよ」




