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エリアナがシャワーを終え個室から出ると、学院の制服が用意されていた。
流石は公爵令嬢の専属メイド。準備が良い。
エリアナは素早く身体を拭き制服を身にまとうと、一目散にシャワー室から出ようとドアノブに手をかけた。
が、開かない。
なんで?閉じ込められた??なんで!??
怖くなってドアノブをガチャガチャしていると、背後からジルダの冷静な声が聞こえた。
「お嬢様、鍵がかかっているだけです。髪を乾かしますのでこちらへお座り下さいませ」
そうだよね、シャワー室だもんね。
鍵は掛けないとね。
エリアナは気まずさを淑女の笑みで隠しながら、一刻も早くシャワー室を出たかった目的を果たす。
「ねえジルダ?フィオリーナ様とクラウディオ殿下はご無事だったのかしら?ついでに眼鏡⋯⋯私達に同行してくれた先生は?」
「お二方とも大きなお怪我もなく、ご無事に学院にお戻りになられております。引率の教師は怪我がない事を確認された後ケヴィンに連れて行かれました」
ジルダがエリアナの髪の毛を乾かす手を止める事なく答えてくれる。
心なしか後半、声のトーンが下がった気がするが?
ジルダのお気に召さないのは眼鏡ネズミ教師かな?ケヴィンかな??
「殿下もフランチェスカ侯爵令嬢も、今は医療チームから体調や衣類で隠れた部分に負傷がないか等の確認を含めた診察を受けていらっしゃいます。それが終わり次第、お嬢様のご様子を伺いにいらして下さると言付かっております」
ちゃんと診てもらえてる様で良かった。
しっかり隅々まで調べてもらわないとね。
あたしの事は気にせず、どうぞごゆっくり。
エリアナは安心したように息を吐くとジルダを見上げる。
「それではカルロ様はどちらにいらっしゃるか分かるかしら?確認したい事があるのだけれど」
「カルロ卿、ですか⋯」
ジルダが表情を曇らせ言葉をにごす。
エリアナが不安な気持ちを抑えてジルダの言葉の続きを待っていると、ドアをノックする音が響いた。
ジルダが誤魔化すように慌ててドアに向かうと、鍵を開けて来訪者を確認する。
「やあエリー、調子はどうだい?無茶をするだろうとは思っていたけれど、予想以上の無茶苦茶だったね」
穏やかな声でニコニコとクラウディオが入ってくる。
「クラウこそ。大きな怪我がないとは聞いていたけれど、元気そうで良かったわ」
あと無茶苦茶じゃないよ、バカなりに考えた結果だからね。などとは言わず淑女の笑みで返す。
「フィオリーナ嬢に、いくらエリーは大丈夫だと言っても自分の目で確かめるまではと聞かなくてね。彼女自身を医療チームに診てもらうのに一苦労だったよ。あとで元気な顔を見せてあげてほしい」
フィオリーナも元気そうで良かった。
あんなに怖がっていた森に入る羽目になった挙句、中級魔物に遭遇するなどと言う最低最悪のハプニングが起きたにも関わらず、あたしの心配をしてくれるなんて。フィオリーナの優しさって天井知らずなんじゃない?メーターぶっ壊れてんじゃない?
え。天使なの?それとも大天使?
ミカエルかな?ガブリエルかな?ラファエルかな?
「勿論ですわ。⋯それで、カルロ様のお怪我は大丈夫なのですか?」
フィオリーナの底抜けの優しさに思わず緩みそうになる顔を引き締めながら、エリアナがクラウディオに尋ねる。
「カルロも私達同様、軽い怪我程度で済んだから安心して。あと、うーん⋯エリーはまだ会わない方が良いかな」
クラウディオが優しい笑顔で諭すように告げる。
嘘を言っているようには見えないが、第一王子ともなればそんな芸当お手の物なのかもしれない。
「それは、隠したい程の怪我をしていると言うことですか?それとも」
「もの凄く怒っているから、だよ」
クラウディオが苦笑いする。
「分かりました。それならば会いに行きます。今すぐに」
「エリー?私の話を聞いていたかい?」
焦った風でもなく、むしろ呆れた様な面白がってる様にクラウディオが笑う。
「聞いていましたよ、勿論。カルロ様が私に対してお怒りでいらっしゃるのでしょう?それも、もの凄く」
もの凄く、を強調してエリアナが答えると、一瞬クラウディオが眉を上げたあと、困った様に笑う。
「良いのかい?前にカルロに怒られて怖がっていたじゃないか」
なるほど。
クラウディオは心配してくれていたのか。
優しい。
フィオリーナも優しいけどクラウディオも優しい。
エリアナの周りは優しい人で沢山だ。
中身があたしで申し訳ないね。ほんと。
「それはそれ、これはこれ、です」
「なるほど」
クラウディオが子供みたいに笑う。
クラウディオの17歳らしい笑顔を見るとエリアナは嬉しくなる。
「カルロ様に確認したい事があるのです」
エリアナが言うとクラウディオが興味深そうな目をした。
「それは急ぎ確認が必要なこと?私も聞いていいのかな?」
「そうですね、カルロ様に確認してからなら、⋯あ、確認したい事をクラウも聞いて良いかを確認してから、という意味です」
「ふふ、では確認の確認が済んだら私にも教えて欲しいな」
そう言ってクラウディオがいたずらっ子みたいに笑うのを了承だと受け取ったエリアナは、「クラウは止めたとちゃんとカルロ様に伝えますから」と念押ししてようやくカルロの居場所を聞き出すことに成功した。
生徒会室の隣。最近ではよくフィオリーナに勉強等を教える時に使っている部屋だ。
エリアナはノックをするが返事を待たず部屋に入る。
電気はついていないけれど、カーテンを開けているからそこまで暗くはない。
そう言えばそろそろお昼ご飯の時間かな、などとエリアナが余所事に気を取られそうになって慌てて室内を見渡す。
カルロは頬杖をついて俯いて座っていた。
寝ているのかとも思ったが、カルロは目線だけでエリアナを確認すると、またすぐに目をふせてしまった。
「カルロ、背中と肩を見せて」
エリアナはとにかく用件を伝える。
怒っていようが寝ていようが、これだけは確認しておかなくてはいけない。
ところがしばらく待ってもカルロの返事がない。
「カルロ、身体の調子はどう?」
エリアナは聞こえなかったのかと思い、室内に入りカルロに近づくと先程より数段大きな声を出した。
「吐き気がする」
よかった、今度は答えてくれた。
だけど返ってきた内容がよろしくない。
吐き気を抑えようとして、こんな居眠りしてるみたいなポーズだったのか。
「トイレに行く?保健室に行く?バケツか何か持ってこようか⋯」
「俺に構うな、出ていってくれ。⋯むしゃくしゃする」
これは具合が悪い故のこの態度か、それとも⋯
何と言うか、カルロの目つきがおかしい。
目が据わっていると言うか、何やら含みのある目つきをしている。
「これ以上お前といると頭がおかしくなりそうだ」
エリアナはカルロの常らしからぬ様子にピンときた!
これはもしや噂に聞いた、戦闘後の興奮冷めやらぬ例のアレでは!!?
「はわわ、えっと、その、⋯しょ、娼館に行く?それともおねーさまに来てもらった方が良い?」
「待て、お前は何の話をしている?」
カルロがエリアナに怪訝な顔を向ける。
「あ、大丈夫!分かってるから!!きっとガマンするのすっごいすっごい辛いよね!あの、あたしすぐ出ていくから!!あれ?でもここベッドないし、どう⋯あ、いや、うん、余計なお世話でした」
エリアナが顔の前で両手を振りながらアチコチ視線をさまよわせる。あからさまに挙動不審だ。
そのまま部屋を出ようと後ずさっているとカルロが立ち上がって強い語調で止める。
「おい待て、今は出ていくな。お前は何かとんでもない勘違いをしている」
「勘違いって⋯、あ、ああ、そうだよね。さすがに違うところに移動するよね。ここベッドないし」
「いや、もう、ベッドベッドうるせえな、何なんだ、お前」
カルロが苛つきを隠さずエリアナを睨むと、エリアナはハッとして口を手で押さえる。
「え。まじか」
「待て、おい。今度は何をどう勘違いしてやがる」
カルロが頭が痛いと言った風に額に手をやると、それを照れ隠しと受け取るエリアナ。
「いや。うん。良いと思うよ。趣味嗜好は人それぞれだから。どんな性癖があってもカルロはカルロだよふぐ」
「お前はセックスのことしか頭にないのか?それともお前の中の男性像がそうなのか?本当ろくな男とつるんでなかったんだな」
とうとうカルロが我慢ならずにエリアナの両頬を掴む。
「ええまあ、特定の恋人を作らず不特定多数と関係を持つような輩は、カルロさんにとって本当ろくでもないと思います、はい」
両手を肩の高さで上げ降参のポーズをとるエリアナ。
「でもクラウディオは違うだろ?」
「え。そりゃあクラウディオは違うでしょ」
カルロがまたおかしなことを言い出したとエリアナは思っているが、怖いので逆らわない。
「いずれ解消する予定だとは言え、一応婚約してんだろ?クラウディオの為に生きようとは思わなかったのか?」
「⋯⋯うん?」
何の話?
て言うか、吐き気は?むしゃくしゃは?
頭がおかしくなって訳わかんない話が始まったの??
エリアナは目をパチクリさせながらカルロを見る。
「思わねえからこそなんだろうな」
「うん?何が?」
「やっぱ推しじゃねえからか?」
カルロがブツブツと独り言なのかエリアナに問いかけているのか分からない呟きを続ける。
おかしな話も黙って聞いていれば半分は無理でも1/3位は理解できるかと思ったが、なかなかその1/3が出てきてくれない。
「だから、何が?」
「フィオリーナは?フィオリーナの為に生きようとは思わねえの?」
「え。まって。まじで何の話?」
おかしな話がどこまでも終わらない。
これはもうさっさと、おねーさまを呼ぶべきなのでは?
「俺が吐き気がするのは、簡単に死を選ぶお前に対してだ」




