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「死にたくなければ、魔物に関するアイテムを全て寄越しなさい」
魔物が出てきた直後、エリアナは眼鏡ネズミ教師の両腕を背後で束ねて拘束した。
両腕を束ねる際に道中で拾っておいた木の棒を差し込んであるから、体格差の割に威力は高くなっているはずだ。
王太子妃候補として自分の身を守る術を身につけていて助かった。
眼鏡ネズミ教師を拘束する寸前に緊急事態を知らせる狼煙をあげたから、少し待てば助けが来てくれるはずだ。多分。と言うか来てください。
エリアナは眼鏡ネズミ教師を盾に魔物に対峙する。
フィオリーナは直前で木の陰に突き飛ばしておいた。
逃げるなり助けを呼びに行くなりしてくれれば良いけど、危険なら動かずにコトが終わるまでやり過ごしてくれればそれで構わない。
フィオリーナの安全が最優先なのだから。
「アンタが何の準備もなくここまで来るはずがないわ。魔物から身を守る為のアイテムをフィオリーナに、逃げる為の時間稼ぎのアイテムを私に寄越すのよ」
エリアナが眼鏡ネズミ教師の荷物を漁る。
変に抵抗されない様に、拘束する時に強めに痛みを与えておいたが、まだ抵抗するつもりなら拘束している腕へプレッシャーをかけるだけだ。
とは言え後で働いてもらう必要があるから、痛みを与えるのも程々で済ませておきたいのが本音なのだが。
そこはね、眼鏡ネズミ教師の態度次第だからね。
「何、これ⋯」
眼鏡ネズミ教師の持ち物を見てエリアナは頭を抱えた。
バッグの中には薬草が数種類と香が1種類入っている。
エリアナの声を聞いた眼鏡ネズミ教師は喜色を含んで吐き捨てる。
「へっ、お前にはこの有難いアイテムを使いこなす事など出来まいよ。勿論私の素晴らしい頭脳を持ってすれば簡単だが、お前達に教えてやる知識は1つたりともぐわぁああ痛い痛い痛い」
「アンタさ、バカなの?」
薬草に関しては、眠れぬ夜のお供、最近読んだ本に丁度載ってた。
「これは目つぶし、こっちは嗅覚を狂わせる薬草、これは痺れを起こさせる薬草だけど中級以上に効果を求めるには量が少ない。何より火が必要だったはず⋯」
エリアナが眼鏡ネズミ教師の持っていた薬草を1つずつ解説していく。
眼鏡ネズミ教師の身体が段々と強張っていくのは、拘束された腕を痛めつけられているからだけではない様だ。
「これ、フランチェスカ家が用意したものならアンタ、口封じに消されるのね。アンタが用意したものなら勉強不足。学者として大成するのは諦めなさい」
フィオリーナの継母がケチったのか、眼鏡ネズミ教師を消すつもりでこの程度しか与えなかったのか、それとも金銭を受け取った眼鏡ネズミ教師が魔物対策を甘く考えていたのか、とにかく足りない。
こんなものでは魔物から逃げ切るにはオリンピック級の瞬足が必要だ。
この眼鏡ネズミ教師がそんなに機敏な動きを出来るとは思えないが。まあ、人は見た目によらないものだから。
さて、どうやってフィオリーナをここから安全に逃がそうか?
エリアナは眼鏡ネズミ教師を拘束する力を強めると、改めて魔物の観察を始めた。
鳥型の魔物だ。
名前は知らない。けど大きい。
怖いと言うよりはひょうきんな顔をしている。
前世の海外アニメに出てきそうな顔。
どうやら雑魚だと侮られているようだ。
ありがたい。
そうでなければ現れた瞬間に全滅させられていた事だろう。
狩りを楽しむタイプの魔物だろうか?
逃げる獲物を追いかけていたぶるのがお好み?
それならばエリアナが囮になれば済むので簡単だ。
だけど、そうじゃない気がする。
余裕を見せてこちらの出方を伺っているのが分かる。
出方と言うのか、逃げ方と言うのか、知らないが。
勿論、逃がしてくれるつもりなど微塵もない事はヒシヒシと伝わってくる。
何て言うか、多分この魔物、性格が悪い。
ものスゴく悪い。
ひょうきんに見えた顔も、意地の悪そうな憎たらしい顔に見えてきた。
この魔物、貪欲に1人も残らず捕まえたいタイプだったら面倒だな。
1人で満足してくれないかな。
ピチピチの17歳の乙女ですよー。
ぷるぷるのスベスベですよー。
あ。だめっぽい。
舌なめずりしながら1人1人じっくり眺めて、どう料理しようかシミュレーションしてる。気がする。
だったら⋯
この性格の悪さだから、怖くて動けない獲物の前で動ける獲物をいたぶって見せしめにするタイプ。だと良いな。
あたしが囮になっている間に、実際に怖くて動けないフィオリーナを眼鏡ネズミ教師が担いで隙を見て逃がしてくれたら良い。
「悪いけど、アンタにも腕の一本や二本の犠牲は覚悟してもらうよ」
そう言いながらエリアナは眼鏡ネズミ教師を突き飛ばした。
その先にいたのは、フィオリーナ。
「エリアナ様、なにを⋯!?」
フィオリーナが悲鳴のような声を上げるのを無視して、エリアナは眼鏡ネズミ教師を見据える。
「アンタはその子を連れて森の外に出なさい!!彼女に傷1つ付けずに逃げ切れたら、フランチェスカ家から受け取るはずだった倍の金額をあげるわ!!!」
ただし、あたしが生きて戻れたらの話だけどね。
エリアナは眼鏡ネズミ教師のバッグから取り出していた魔物寄せの香を自分に塗りたくると、中級魔物を挑戦的な目で見上げた。
今すぐいたぶる標的として選んでもらえるように挑発をしながら。
「さあ、アンタの相手はあたしよ」
「この、クソ馬鹿⋯っ」
瞬間、目の前が真っ暗になる。
布をかぶせられたのだと気付いた時は身体が浮いていた。
同時に耳をつんざく様な爆音が聞こえた。
魔物の鳴き声なのか爆発音なのか両方か。
それはともかく、胸やお腹が圧迫されてるし腰や足が固定されている。気がする。
何これ。抱えられてる?誰に?何で?
しかも正体不明の布のおかげで風は感じないが、かなり圧を感じるので抱えられたまま運ばれているのだろうと推測される。
それはそうとこの正体不明の布、⋯⋯⋯カルロの匂いがする。
どこに連れて行かれるのかも分からない。
多分、目の前が暗くなる瞬間に聞こえた声と正体不明の布の匂いから推測するに、エリアナを運んでいるのはカルロだろうけど。
そう考えると落ち着かない。
落ち着かない理由は他にもある。
(何もしゃべらない⋯)
カルロは元々おしゃべりな方ではないけど、何て言うか、怖い。あとが怖い。
ひしひしと怒りを感じる。
まとめて怒られるなら、ちびちびとネチネチと言われた方が気が楽かも知れない。
新たな発見。
とか、言ってる場合じゃない!!!
「あ、の⋯カルロ?だよね⋯?」
エリアナが勇気を振り絞った瞬間、正体不明の布が取り払われた。
と、同時に頭から水をぶっ掛けられた。
まあ、水と言っても温水なのだが。
「シャワー⋯?」
連れてこられたのはシャワー室だったらしい。
学院にシャワー室がある事は知っていたが、入ったのは初めてだ。
男子生徒はよく訓練後に使用しているらしい。
男子生徒用⋯にエリアナを連れてくるとも思えないし、女子生徒用にカルロが入るとも思えないので、ここも王族専用とかそんなだろうか?
「これで香を落としてこい」
そう言ってカルロはシャワーヘッドをエリアナに押し付けると個室から出ていった。
エリアナはしばらくカルロが出ていったカーテンを見つめていた。
(カルロの、顔が)
カルロの顔が見えなかった。
シャワーを掛けられたからではなくて、カルロが意図して顔を見せないようにしていた。気がする。
(怒ってる、んだよね?)
なぜだか、この前見たカルロの辛そうな顔が思い出される。
悲しそうな目と。
何かを言いたいのに諦めたように食いしばった口元と。
苦しいのを堪えるように歪められた眉と。
(あんな顔をさせたかった訳じゃないんだけどな)
うまくいかないな、と独りごちてエリアナは勢いよく水を出すと頭からかぶった。
今度は温水ではない。最大限に水温を下げた冷水。
(冷たい、寒い)
エリアナは冷水を当てて身体の感覚がなくなっていくのをじっと待った。
(消えろ、消えろ、消えろ)
抱えられていた間ずっと嫌でも感じていた
カルロの手に掴まれた、感触




