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真っ暗な部屋にエリアナは横たわっていた。
自室のベッドの上で、カーテンの隙間から差し込む月明かりをぼんやりと眺めている。
エリアナの部屋には時計がない。
歴代の「記憶持ち」が前世でなじみの深いタイプの時計を開発したようで、前世の記憶を取り戻した当時は置き時計があったのを、お願いして取り払ってもらった。
あの「カチコチ」音が眠れない焦りを増幅させるのだ。
光凛の記憶を思い出してからエリアナは、1人の時間が憂鬱でたまらない。
怖いのか嫌いなのか苦手なのか。自分でも分からない。
前世からそうだった。
だからなるべく誰かといたくて、あの部屋に集まる仲間達と一緒に過ごすようになった。
眠れない時はベッドから出た方が良いと聞いたことがある。
「寝ないといけないのに眠れない場所」になってしまうからだとか何とか。
そんな言い訳をしながらベッドを出る。
本当の本音を言うと布団でもベッドでも、横になっているのが落ち着かない。
物心ついた頃の光凛は、大抵の時間をうずくまって座っていた。
起きている時も寝ている時もただうずくまっていた。
光凛の記憶を思い出す前のエリアナはきちんとベッドで横になって寝ていたはずなのに、今ではそんな日々があったことが信じられないくらいに落ち着かない。
気が付くとうずくまっている。
窓辺に立ち外を眺め、ソファに座り、また窓から外を眺め、床にうずくまって見上げた窓から外を眺める。
そんなこんなで「寝ないといけないのに眠れない場所」ばかりが増えていく。
そうして空が白み始めた頃、気を失う様に眠りにつく。
前世と違いエリアナは起こしてもらえるから、その点ではちゃんと寝ていられる。
前世では遅刻しない為、寝過ぎない様に寝ていた。
ちゃんと寝ないように仮眠を取るつもりで椅子に座って寝ていた。
同じ短時間睡眠でも、今世の方が眠りの質は良いように思う。
それでもエリアナの肌の質を落としてしまったわけだが。
「ぷるぷるスベスベもっちもちの極上肌を取り戻すために、睡眠の質を上げないとなー。⋯快眠法だか何だか、前世で聞いたことがあったんだけど⋯⋯」
ああ、たしかあれも黒川だ。
全くもって根っからのおかん体質。不憫が過ぎる。
何のどれが効くか分からないからと、医学書からネット上の眉唾ものまで、手当たり次第に試してみた時期があった。
その全てに、黒川は律儀に付き合ってくれたのだ。
あたし1人だと何をしでかすか分からないと言って。
お目付け役も大変だ。
「ふは、一緒にラジオ体操もしたっけ」
窓を開け、両手を上げて伸びをしたエリアナは、深呼吸をして窓の外を見やる。
最近は夜が短くなってきた。もうそろそろ本格的に夏が来る季節だ。
光凛の人生における大きな変化は夏に多かったように思う。
だからだろうか、夏は色々と思い出すことが多くて何だか疲れる。
暑いはずなのに頭も心も冷え冷えとして感じるのが何とも居心地悪い。
それでも幸いなことにこの辺りは蝉がいないと聞いた。
アレはだめだ。頭の中に一斉に鳴り響く蝉の鳴き声。
蝉の鳴き声が聞こえると身体が固まる。
目の前の景色がとまって、記憶の中の映像が動き出す。
蝉の鳴き声でかき消された声とその分鮮明な映像。
母親が何か喚いている姿。
先輩が何か喚いている姿。
ああ、そうか。
アレはどちらも蝉のうるさい時期だったのか。
(あ、やばい)
聞こえるはずのない蝉の声が
いるはずのない母親の姿が
先輩の姿が───────
その瞬間、突風に煽られた。
「⋯⋯は、あっ⋯⋯はあっ⋯はっ⋯⋯⋯」
いつの間にか息を止めていたらしい。
エリアナは肩で息をしながら、緩慢な動きで窓を閉めた。
汗が止まらない。
それなのに頭も心も寒々としている。
(よくない、よくない、これはよくないぞ⋯)
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着けそう言えばこの世界に餅つきはあるのだろうか?歴代の「記憶持ち」に熱烈な餅好きがいてもち米と杵と臼を残していってくれているかも知れない。
「⋯こん⋯⋯きいて、みよ⋯」
そう言えば外国の雪だるまは3段も4段も重ねていたのをTVで見た。あれ、あたしも作りたいな。この辺りは雪が降るんだろうか?
「⋯こんど、きいてみよ⋯」
そう言えばこの世界にかき氷はあるんだろうか?そろそろ時期だと思うのだけれど、かき氷があるとしてシロップは何味があるんだろうか?いつだったかTVで見たレインボーかき氷とか試してみたいんだけど
「今度、聞いてみよう⋯」
ああ、すごいな。
口唇欲求とか何とか、カルロが言ってたから今日は独り言を言ってみてたんだけど。
関係あるのかないのか分かんないけど、何か落ち着いてきた。気がする。
やっぱりカルロはすごい。カルロ様様だわ。
はあ、とため息をついてエリアナはうずくまる。
流れ出す汗は止まったが、既に吹き出した汗で身体中が気持ち悪い。
やっぱり1人はだめだ。
1人でいると思い出しても仕方のないことを思い出す。
前世の記憶が戻った頃は黒川を裏切った日のことを繰り返し繰り返し思い出していたっけ。
忘れてはいけない。
だけど思い出したからと言って何が出来るわけでもない。
罪悪感に押し潰されそうになって、それが何になると言うのか。
それで黒川が喜んで満足するならいくらでも潰されてやる。
だけどそうじゃないから。
黒川にはそんな事で罪滅ぼしにならないから。
決して忘れはしないけど、引きずられて時間を無駄にする事はしたくはない。
それなら黒川の罪滅ぼしになる事を、今世の黒川の人生を実りある幸せなものにする為に出来ることを、考えるべきで、実行にうつすべきだ。
あと、どうせ思い出すなら少しでも今世の役に立つことを思い出したい。
そう思って、この世界に関する情報の為に映画の内容を思い出そうとしてみたり、黒川への罪滅ぼしに黒川の願いとか望みとか好きそうなものとか思い出そうとしてみたり、とある将来設計の為にそれに関係する情報が前世の記憶に残っていないか思い出そうとしてみたり。
そんな風に眠れない時間を過ごしている。
あと、光凛の時は出来なかったけど、エリアナになってから出来るようになった「読書」。
「さて、今日はどの本にしようか」
どうせ眠れないのだからと、あれこれ本を読んでいる。
うそ。
本当は探してる情報があって、こっそり調べてる。
カモフラージュに色々な本を読んでいる事もあって、なかなか求める情報は見つからない。
今はまだ有益な情報を手に入れられてない。
だから正直焦る気持ちがあるが、だからと言ってそれに関する本ばかりを読んでバレる訳にはいかない。
慎重にいかないと。
決してバレる訳にはいかないのだ。
特にカルロには。
何かを決心した瞳でスッキリした表情のエリアナが立ち上がると、両手両足を広げて明るい声を出した。
「ラジオたいそ〜だいいち〜」
この日を境に、エリアナの部屋から調子の外れた軽快なメロディが聞こえてくるようになった。




