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ジルダは文字通り頭を抱えた。
元々機嫌が悪くなっていたカルロだが、それを差し引いたとしてもここまで怒らせる程の事を、しかもほんの数分で、一体何をしでかしたのだ。
「⋯⋯何があったのですか?」
なるべく落ち着いた声の調子を心がけるジルダ。
カルロを刺激しないように、そしてエリアナを安心させてこちら側に避難させるべく。
そんなジルダの意図に気付くはずもないエリアナは、教師に怒られる子供のようにポツリポツリと白状しはじめた。
「ちょっとね、いたずらを仕掛けてみようかなって。サプライズっていうの?それでさ?気分転換というか、非日常感というか⋯」
なかなか本題に入らないエリアナをジルダが優しい声色で促す。
「何をなさったのです?」
「ちょっとね、隠れて、それで驚かそうと思って。キースにあたしがいなくなったって言ってもらって、それでカルロが慌てた所へ「ばあっ!」ってね⋯」
いや、子供か
そう言いたい気持ちをギリギリの所でおさえたジルダが努めて優しく窘める。
「それは、カルロ卿がお怒りになるのも致し方ございません。完全にお嬢様が悪うございます。しっかりと反省なさった上で謝罪をなさるべきです」
ジルダがきっぱりと告げると、エリアナが申し訳なさそうに続ける。
「それはそうなんだけど、それで終わりじゃなくて。キースにあたしがいなくなったって言ってもらおうと思った時に「キースを巻き込んだら悪いな」って思っちゃって。キースは何も知らないことにしようと思って、全然違うところに隠れることにしたのね。出ていくタイミングも変えて。そしたらキースは共犯じゃなくなるな、と思って⋯」
段々とジルダは頭が痛くなってきた。
やはりそんなジルダに気付かないエリアナは一生懸命よく分からない身振り手振りを使いながら説明を続ける。
「そしたらカルロがすごい怒ってキースに掴みかかって、でもその時は殴らなくて、あたしを探すのが先だって言ってるのが聞こえたから、あたしも慌てて出ていって「ドッキリ大成功〜!」って」
バンザイと言った風に両手を広げて上げながら、「てってれー」と陽気なメロディを口ずさんだエリアナは場違いに気付いたのか、段々と声が小さくなっていく。
「それを聞いた途端、カルロがキースに向かって行って、あたしが見つかったから先刻の続きだって言ってキースに掴みかかろうとして⋯」
「⋯⋯⋯何をしているのですか⋯」
「あたしが、いくらキースは関係ないって言っても信じてくれなくて⋯」
「いいですか、お嬢様?キースがお嬢様の作戦を知っていようがいまいが、「お嬢様が行方知れずになった」と言う状況を作り上げた事に問題があるのです」
ジルダがエリアナに諭すように言うと、エリアナは目をパチクリと言う音が聞こえそうなほど瞬かせる。
「え、あ、そ⋯っか。そうなるのか。あ⋯、ごめんなさい。あたしはただ、カルロにびっくりドッキリを仕掛けて楽しんでもらいたかっただけだったの⋯」
眉を下げたエリアナがカルロを見る。
「だって、カルロって何を贈っても嬉しそうじゃないし、それならモノを贈るより形のないもの⋯思い出っていうの?そういうヤツの方がいいかなって思ったんだよ。そしたらドッキリを仕掛ける丁度いいタイミングが出来たから、それで、⋯⋯⋯⋯怒ってる?」
「ああ」
カルロがぶっきらぼうに答える。
「それは、えっと⋯、あたしに⋯だよね?」
カルロが片眉を上げるのを見て、慌ててエリアナが自分の胸元を手のひらで叩く。
「えっと、あの、あたしだから!悪いのは全部!!だから、殴るならあたしを殴って!」
それを聞いたカルロがわざとらしく溜め息を吐く。
キースはもうやめてくれと言わんばかりにエリアナを見つめるが、当のエリアナはカルロをまっすぐ見据えている。
「殴るならそいつを殴る。お前には別の何かを考える」
カルロが低い声でしかしはっきりと呟く。
エリアナが拝むように身体の前で両手を擦り合わせる。
「だめだよ、殴ったら!その分もあたしが償うから、お願い!!ねっ!」
「⋯お前は、俺が何に怒ってるかちゃんと理解してるのか?」
絆された訳ではないだろう。面倒くさくなったのか、馬鹿らしくなってきたのか、段々とカルロの態度が軟化してきた。
今ならエリアナをこちら側に避難させる事が可能なのではないかとジルダはしばし思案した後、流石にキースが気の毒になってきたのでこのまま様子を見ることにした。
「してる!してるよ!!エリアナとして迂闊な行動を取って心配を掛けたから怒ってるんだよね?もうしないよ!約束!!指切りげんまん!」
ガッツポーズで力説するエリアナにカルロは眉を顰めていたが、最後の言葉を聞いて不敵な笑みを返す。
「⋯ほう?だったらしてもらおうか」
カルロはそう言うと徐ろにエリアナに向かって手を差し出す。
「え、っとぉ⋯?」
両手を上げて降参ポーズのエリアナが目を泳がせる。
カルロは差し出した手を振って意地悪く笑う。
「するんだろう?指切り」
「うぅ」と唸りながらエリアナが手をグーパーグーパーグーパーグーパー、往生際が悪くいつまでもグーパーを繰り返したあと、目も口も手もギュッとつぶってから「えいっ」と言う掛け声と共に小指を立てた手をカルロに向かって伸ばした。
そして、伸ばしたまま動かない。
動かない。
何も起こらない。
エリアナがそろりと目を開けると、意地悪く笑ったままのカルロがエリアナを眺めている。
「お前から、するんだよ?」
ゆっくりと、優しい声でカルロが言う。
その初めて聞いた声色にキースとジルダは目を見開き身震いをするが、エリアナはそれどころではない。
(たしかに、言い出したのはあたしだもんね⋯て言うか、何で指切りなんて言っちゃったかな⋯⋯)
でも、約束と言えば指切り。指切りと言えば約束。
TVでしか見たことないけど。
そう、前世も今世も含めて指切りなんてした事ない。
それをまさかカルロとするなんて⋯
エリアナはおそるおそる、カタツムリの歩みの様にゆっくり過ぎるほどゆっくりと小指を近付けていく。
ようやくエリアナの小指の先がカルロの小指の第二関節に触れるか触れないかと言うところで⋯
「いやあ、エリーのおすすめメニューだって?とても素晴らしかったよ、有難う。気持ちも新たに引き続き勉強に身が入りそうだ」
「本当にその通りですわ、エリアナ様!有難うございました!とてもとても美味しく頂きました」
場にそぐわない穏やかな男声と、緊張と感激が入り交じった女声が生徒会室に響き渡る。
クラウディオとフィオリーナだ。
勉強の為に隣の部屋に戻る前に、エリアナに礼を伝えに生徒会室に立ち寄ったらしい。
最初こそ何のことか分からず狼狽えていた(あくまでも淑女らしく)エリアナだが、何かを察したようで「お気に召したようで嬉しいわ」と微笑んだ。
そしてフィオリーナにこっそりと何かを囁くと、フィオリーナが信じられないものを見る目をカルロに向けた。
そんなフィオリーナを見てエリアナはくすくすと笑いながら人差し指を立てて自分の口元に持っていく。
そんな2人を眺めてニコニコと微笑むクラウディオと、何かを諦めたように溜め息を吐くカルロ。
「じゃ、俺は教師陣と卒業生達への諸連絡に出てくる。そのまま今日は帰るから、お前達も遅くなる前に切り上げて帰れよ」
カルロがそう言って書類の束を片手に生徒会室を出るのを見送りながら、エリアナが机に残された1枚の書類を見つけた。
そして「カルロ様、忘れ物ですよ」と追いかけて書類を手渡す。
その時、何故かカルロが驚いた顔をしたのをジルダは見逃さなかった。
そして、エリアナの口が「やくそく」と動いたのも。
どうやら、「ゆびきりげんまん」とやらは無事に終わったようだ。




