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「お嬢様は、味覚がおかしくなった訳ではなかったのですね」
安心した様な複雑な表情でジルダがカルロを見ている。
クレープを食べたエリアナがお手洗いに立ったタイミングで、堪らずにジルダがカルロに声を掛けたのだ。
「以前にも申しましたが、お嬢様のお屋敷でのお食事をワンプレートにご変更した際に、カルロ卿の仰る通りにお嬢様のお食事の味付けをご変更致しました」
カルロは前世からエリアナ、つまりハタノヒカリの味覚が鈍いのではないかと感じていた。正確には味覚に限らないのだが、それはさておいて。
今世でも一緒に昼食をとる様になって、楽しそうに笑う姿を見ながら「おいしい」とは言わない事に違和感を感じていた。
だから確認の為にエリアナの食事の一品の味付けを変更するように頼んだのだ。
薄目にしたり濃い目にしたり、辛めにしたり甘めにしたり、塩味を強くしても酸味を強くしてもエリアナの反応は変わらないと報告を受けた。
後半の変化は味のバリエーションだと受け取ったとしても、濃い薄いはそうはいかない。
もしかすると料理人のミスだと思い庇おうとしている可能性を考え、極端に薄い味付けを数回続ける様に頼んだ。
渋られたが、極端に濃い味付けで体を壊すよりマシだろうと言いくるめた。
それでもエリアナは何も変わらなかったと言う。
ジルダもエリアナが口にした瞬間の表情を注意深く観察してくれていた様だが、どんな味付けだろうと眉1つ動かさない。
何を出しても満足そうにたいらげると言う。
次第にジルダもエリアナの味覚がおかしくなったのではないかと疑い始める程に。
「今日ので分かっただろう?エリアナ嬢の味覚は正常だ、安心して良い」
ジルダに向けられた言葉とは裏腹にカルロの表情は曇っている。苛立っているようにも見える。
「それは大変喜ばしい事ですが、つまりは、どう言う事なのでしょうか?どうしてお嬢様は⋯」
カルロは答えない。
苛立ちを抑えるように目を閉じて考え込んでしまった。
それでもジルダは諦めない。
「私はお嬢様の専属メイドです。お嬢様に関する事は全て教えて頂きたいのです」
「⋯⋯⋯あいつが自分をどうでも良いと思っているからだよ。味は感じているんだろうが自分の食べる物の味がどんなであろうと気にならない。食べられたら何でもいい。いや、食べれなくても気にしないな、あいつは」
投げやりにそこまで言うと、カルロはふと思いついたようにジルダを見据えた。
「あいつ、夜は⋯⋯、いや、本人に聞いた方が良いな」
頭を振ったカルロは眉間を揉むと、わざとらしい位に穏やかな顔をジルダに向けた。
「まあとにかく、エリアナ嬢は偏食もなく出されたものは全て食べている様だし、食事に関してはエウスターキオ家の料理人の皆さんを信用しているので特に問題なさそうだ。俺の個人的な疑問解消に協力頂き感謝している。お陰で変な心配を掛けてしまったことは大変申し訳なかった」
この話はこれでお終い、と言わんばかりにカルロが席を立つのを、ジルダは何だか落ち着かない心持ちで眺める。
確かに、ジルダにとってエリアナの味覚に異常がないことが確認出来た事でこの話は終了して問題ない。
これ以上は「エリアナ」ではなく「記憶持ち」の問題なのだろう。
それならばジルダの出る幕はない。
ジルダに出来ることは何か気付いたことをカルロ卿に報告するのみだ。
そう。それでいいはず。
カルロが再び戻ってきた時にはクラウディオとフィオリーナを連れていた。
「悪いが俺とエリアナ嬢は先に済ませてしまった。エリアナ嬢が2人のために考えたメニューだから、じっくりと味わってゆっくり休憩すると良い」
予め手配しておいた別メニューをエリアナの気遣いのように装ったのか、先程のエリアナのアイディアを即採用し元々それに対応出来るように手配済みだったのか、はたまた予めカルロが手配していたメニューとエリアナの見立てが同じだったのか、定かではないが、功績は全てエリアナに譲るつもりらしい。
それらを知ってか知らずか、運ばれてきた皿を見て感心し喜ぶクラウディオとフィオリーナを見て満足そうなカルロをジルダは複雑な面持ちで眺める。
この後、生徒会室で顔を合わせた時にクラウディオとフィオリーナはエリアナに感謝と賛辞を伝えるのだろう。
するとエリアナはカルロのした事に気付き「流石はカルロだな」と感心し、もしかしたらフィオリーナには「本当はカルロがフィオリーナの為にやった事だよ」のような事をこっそり告げるかも知れない。
そしてエリアナはカルロにお礼の品を贈ろうと考え、何が良いかとジルダに相談してくるに違いない。
そういえば最近、エリアナが「カルシウム、カルシウム」と唱えながらカルロ宛に小魚を送っていたが、あれはどうしたのだろうか?
そんな事を考えながらジルダが生徒会室に着いた。
エリアナはお手洗いから戻ろうとして、クラウディオとフィオリーナを迎えに行くカルロに出会い、そのまま先に生徒会室に戻ったのだと言う。
その際にキースをエリアナに付いていく様に指示を出してくれたと言う事なので、ジルダもお手洗いに寄らせてもらった。
つまりエリアナとキース、その後にカルロ、それから遅れてジルダが生徒会室に着いたのだが。
「⋯⋯⋯何をしているのですか?」
顔面蒼白の上、涙目で死にそうな顔のキースと、その前で両手を広げて立ちはだかるエリアナ、そしてそんな2人と向かい合うように立つカルロの後ろ姿が見える。
後ろ姿で見えないが、キースの様子から察するにカルロは鬼のような形相をしているのだろう。
いや、醸し出すオーラがえげつない程凶悪だ、
鬼どころでは済まないレベルで怒り狂っているに違いない。
ジルダが、キースを犠牲にいかにしてエリアナを守るか考え始めると、エリアナの助けを求める悲痛な声が聞こえてきた。
「ジルダ、⋯ジルダ!助けて!!カルロがキースを殴ろうとしてるの」
ジルダは溜め息を吐きたい気持ちを堪えると、きっぱりと言い放った。
「大丈夫です、お嬢様。一発や二発殴られた所でキースは死にません。さあ、安心してこちらへお越し下さいませ」
キースの涙目に悲しみと絶望の色が加わった。
そこへ追い打ちをかけるようなエリアナの言葉が続く。
「だめだよ、ジルダ!ちゃんと見て!今のカルロは視線だけで人を殺せそうな勢いだもん!!キースなんて顔の判別もつかないくらいグッチャグチャのボッコボコにされちゃうに決まってる!」
「そうと分っているなら、一刻も早くそこから離れてこちらにいらして下さいませ」
相変わらずきっぱりと言い放ったジルダだったが、今度はジルダの瞳が絶望に染まる番だった。
「だめなの!怖くて足がうごかない!!!」




