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この世界に魔法はない。
魔法はないが魔瘴はある。
魔瘴は森の奥深く人の手の入っていない野生の土地に湧くと言う。
だから森の奥に行くほど魔物は瘴気の影響をより多く受け凶暴さを増していくらしい。
エリアナが通う学院では、いくつか専門的な知識や技術を身につけるための授業がある。
その中でも特に主だって行われているのが、「魔物を倒す為の武術系」と、病気や怪我、また、瘴気による影響を治す為の「薬学を始めとした医療系」である。
「合同演習は、1年生と2年生の合同で行われるの。「薬草等を採取、加工」または「森の入り口付近に生息する弱い魔物を実際に倒す」のどちらかを選択する実践演習となっているのよ」
生徒会室にエリアナとフィオリーナが隣り合って座っている。
クラウディオとカルロと共に早めの昼食を終えたエリアナは結局その後も通常通りに授業を受け、放課後に生徒会室の前でフィオリーナとばったり出会い今に至る。
エリアナの説明を、フィオリーナがこくこくと頷きながら真剣に聞いている。
前のめりで、メモでも取りそうな勢いだ。
思えばフィオリーナは継母からの嫌がらせで家庭教師はついていなかったと言う。
異母姉との関係が悪く、学院内の立場も入学当初からいいものではなかった。
となれば、同年代の同姓から何かを教わるのは初めての経験なのではないだろうか。
一言でいって可愛い。めちゃめちゃ可愛い。とにかく可愛い。
可愛い以外の言葉が出てこない。
何て言うか、中型犬とかそんな感じ?
人懐こくって愛嬌があって中実そうな、イメージ。あくまでもイメージ。
決してフィオリーナを犬扱いしたわけじゃないよ。
可愛らしい人間の女の子だよ。
考えてみたらあたし、前世含めて後輩って初めてなんじゃない?
何かソワソワしちゃうね。
あれ?でも、コンビニのバイトは黒川よりあたしの方が先だったから、あたしの方が先輩だったんじゃない?
⋯⋯かわいい後輩、という感じではなかったよな。
なんでだ。
「なんだ、今日は帰るのやめたのか?」
生徒会室の扉が開き、かわいくない元バイト後輩が入ってきた。
エリアナは「何のことかしら?」と言う視線でカルロを見ると、「余計なこと言うじゃないよ」と言う微笑みを向けた。
そして淑女の微笑みでフィオリーナに向き直る。
「ちなみに、薬学を選ぶと危険が少ない代わり、加工に時間が掛かるため長期間の演習となるわ。そして討伐を選ぶと短期間で終わるけれど、弱いとは言え魔物は魔物、それなりに危険度が高くなるの」
「危険⋯」
不安そうに目を伏せるフィオリーナ。
これはこれで庇護欲を掻き立てられる可愛いさだけど、やっぱり笑顔が見たいよね。
「大丈夫ですわ、フィオリーナ様。前もって安全なエリアを確認したあと、そこから先に進めないようにバリケードを作りますの。そして当日は魔物討伐経験の多い先生方や有志の卒業生が監督・補助に立ち会って下さいますわ」
「それは⋯安心、ですね」
安心したように息を吐くフィオリーナ。
まだ全力の笑顔とはいかないけど、こう言う笑顔もレアで良い。眼福。
「さっすが〜、エリアナせ〜んぱい」
カルロの揶揄にエリアナは淑女の微笑みで返す。
「当然ですわ。フィオリーナ様は素直で可愛らしく、教え甲斐があって優秀な可愛い可愛い後輩ですからね」
可愛いの回数が多かったのはご愛嬌。これでも足りないくらいだ。
フィオリーナはエリアナに褒められる度に縮こまって最後は亀みたいになってしまったが、これはこれで可愛い。
すごいなー、ヒロインっていつどこで何をしていても可愛いんだな。それともフィオリーナだから可愛いのかな。
どっちでも良いけどね。可愛いから。
「おやおや、まるでかわいくない後輩がいたかの様な物言いだな」
自覚があったんかい。
「先輩を先輩とも思わない後輩なら、いましたわね」
カルロがフィオリーナに「これを覚えるように」と言いながらファイルを手渡したあと、机に別のファイルを置いていく。
1つ、2つ、3つ目でフィオリーナの目が死んだのが見えた。
大丈夫だよ、フィオリーナ。
そんな表情も可愛いよ。
「それはご愁傷様。余程、先輩だと敬うに値しない言動があったんだろうな」
カルロが人を小バカにした笑いを向けて、事もなげに言う。
「あら、そんな筈は御座いませんわ。私、その方が場に早く馴染めるように前もって紹介をしておいたんですのよ」
その甲斐あって従業員にもバイトにも気に入られた黒川は、バイト初日から親しみを込めてあだ名で呼ばれてた。
「たいしょう」って。
大将、大賞、大勝
どれか知らないけど、多分、「大将」?
新人バイトなのに指揮官かよ!流石、黒川!
って思ったもんだ。なつかしい。
「お前、何て言って紹介したんだ?」
カルロが怪訝そうな顔をエリアナに向けた。
エリアナは得意げに答える。ただし、あくまでも淑女らしくだ。
「「毎朝ここでおにぎりを買ってる男の子です」ですわ」
「間違いねえ。お前が余計な事言ったせいで、俺はしばらく変なあだ名で呼ばれてたんだからな」
余計とはなんだ、余計とは。
売上に貢献してくれる良いお客さんだと店長も喜んでいたと言うのに。
「「大将」ですわよね?何も変ではございませんわ、むしろ誇らしいあだ名だと思いましたけど」
「あれはな、おにぎり好きの天才画家から取ったあだ名だ」
何か、TVで見たことあるかも。
たしか、白いランニングに半ズボンの坊主頭をしたおじさん?
「おにぎり、好き⋯」
「お前のせいで俺は無類のおにぎり好きだと勘違いされていたんだよ」
「事実では?」
現に毎日おにぎりを4〜5個買ってきていたじゃないか。
「嫌いじゃないけど、あだ名にされる程好きだった訳でもねえ」
え。まじか。
衝撃の事実。
「もしかして、パン派でしたの?」
「どっちかと言うと麺派、かな」
そんな事言われるとアレを思い出してしまうじゃないか。
「⋯久しぶりに食べたいですわね。ラーメン」
「ラーメンも良いが、俺は蕎麦が食いたいかな」
「ああ⋯、お蕎麦も良いですわね」
「どこかで作られてねえかな」
「記憶持ちが」という言葉は、フィオリーナがいるから口にしなかったのだろう。
「クラウに聞けば何か情報が入ってくるかも知れませんわね」
但し、めちゃめちゃ職権乱用だ。
第一王子の婚約者という立場の。
ん?それはそれで婚約解消の理由になるかも??
「やっぱり、私、黙っていられません⋯!!」
突然、悲痛な声が聞こえた。
エリアナが声のした方を見ると、フィオリーナが意を決したと言った風にカルロを見たあと、エリアナに真剣な眼差しを向ける。
え。なに。
めちゃめちゃ可愛いな。




