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カルロは溜め息を1つ吐くとゆっくりエリアナに近付いてきた。
エリアナは思わず身構える。
カルロはエリアナに関わるとロクなことにならない。
カルロはいい加減エリアナから解放されるべきなのだ。
「エリー、カルロに聞きたい事があるなら今のうちだよ?」
クラウディオがカルロと腕をガッチリ組み、ニコニコと反対の手で机に積まれたファイルを手に取り目を通していく。
カルロを捕まえておく役目はするけれど、仕事に専念するから自分の事は気にせず話をしろ、という意味なのだろう。
仕事も気遣いも出来る王子だ。
「聞きたいこと⋯」
沢山ある。
先輩は黒川に何を言ったの?
黒川は何を知ってるの?
どうして先輩を少年院送りにしたの?
どうして黒川は⋯
ちがう。本当に聞きたいのはそんなことじゃない。
どうしたら黒川は幸せになれる?
黒川が結婚したい女の人って誰?
黒川の望みは何?
黒川の欲しいものは?
黒川がしたいことは?
「黒川は⋯何を、考えてるの?」
カルロがエリアナの目を見つめる。
エリアナも目を逸らさない。
「聞かなきゃ良かったと思うかも知れねえぞ」
「それでも、聞きたい」
聞かなければいけない
「俺はお前から離れる気はない」
「それ、は⋯。たしかに。聞かなきゃ良かった」
ああ。そうだよね。黒川はお見通しだから。
そしてお人好しなのか責任感が強いのか
今世まであたしの面倒見ようとしてくれちゃって。
そうやって今世も
それはそれは頑張って
そして黒川の幸せな未来を奪ってしまうんだ。
だからこそ
あたしから離れてあげるべきだ。
「そしてお前が俺から離れることも許さない」
エリアナは思わず笑いが溢れる。
どうして黒川には全部バレてしまうのか。
「ふはっ。聞かなきゃ良かったことばかりだ」
エリアナは眉を下げて笑うと、カルロを見上げた。
「けじめをつけたい。その方法は俺が好きに決めて良い。そう言う話だったな?」
「それが、けじめ?」
「そうだ。だから逃げんじゃねえぞ」
たしかに。
関わらないと決めた人間に離れるなと言うのは罰だ。
望んだ望んでないに関わらず、ようやくつけた決心を揺るがされる。
「傍にいて償え、ってこと、かな?」
「そうだ」
償いはする。何だってする。
だけど、傍にいることが罰になるのは、あたしではなく黒川の方じゃないだろうか。
「あたしと関わると、ロクなことにならないよ?」
「ロクなことにならない俺を最後まで見届けろ」
たしかに。それは罰だ。
あたしのせいで不幸になる黒川を傍で見ていろだなんて。
「幸せに、なれないよ?」
「幸せにしてくれるんじゃなかったのか」
そうだよ。
黒川は幸せになる為にあたしに関わっちゃいけないんだよ。
それなのに、離れるなと言う。
「それが、あたしの罰?」
「そうだ」
黒川は知らない。
あたしの浅ましさを。
だからこそ、こんなことが罰になると本気で考えているんだろう。
黒川は。優しすぎる。
やっぱりあたしは完璧悪役令嬢になるべきだ。
「うーん。私は何を聞かされているんだろうね?カルロ、もしかしてエリーにプロポーズしてる??エリーは私の婚約者なのだけど」
先刻までの緊張感が嘘のような穏やかな声が聞こえた。
エリアナが見上げると、クラウディオはまるでカルロに見せつけるようにエリアナの手を取った。
カルロは呆れた顔をクラウディオに向ける。
「プロポーズ?何を言ってるんだ、お前は」
カルロが眉を顰めながら、エリアナは小首を傾げながら、ケヴィン、キース、ジルダの方を見た。
ケヴィンはニヤニヤしながらうんうんと頷いている。
キースは死にそうな顔で頭の上で両手を交差させて大きなバツ印を作り、ジルダは青い顔でゆっくりと首を振っている。
え。早速ロクなことになってない!
とうとうカルロが不敬罪に問われてしまう!!!
「クラ、クラウ⋯」
もう一度クラウディオを見上げると、ニコニコとエリアナを見つめている。
そうだった。
多分クラウディオはニコニコと人を裁く人なんだった。
だけどカルロはクラウディオの幼なじみで腹心で⋯。
あああ、きっとクラウディオはニコニコと人を裁いて心で泣いちゃう人なんだ。
「クラウ⋯だめです、誤解です、冤罪です」
どうしよう?どうしたらいい??
カルロとは何でもないよ、って。
あたしは王子の貞淑な婚約者ですよ、って。
「は、はははははぐでも、しますか?」
エリアナは両手を広げてクラウディオを見上げる。
一瞬目を丸くしたクラウディオが、口を手で覆い肩を震わせはじめた。
泣いてる?笑ってる?⋯震えるほど怒ってる!??
「エリー。手が少し冷たかった。温かいお茶を飲んで少し休憩するといい。ジルダ、食堂に茶葉をいくつか揃えさせたからエリーに飲ませてやってくれ」
無邪気な笑顔のクラウディオがエリアナの頭を撫でたあと、ジルダに優しく声を掛けた。
ハ、ハグは?
するの?しないの??
両手を広げたままジルダを見ると、またもや首を振られた。
そこでようやく手を下ろしたエリアナは、後ろ髪を引かれるようにジルダと生徒会室をあとにした。
クラウディオの言っていた食堂とは、王族専用の食堂のことだろう。
クラウディオが一緒じゃなくてもエリアナやカルロも自由に使えるようにしてくれたようだ。
流石だよ。思いやりの権化だよ。半分どころか全身優しさの塊だよ。
その優しさをカルロの不敬罪(※冤罪)に是非とも発揮してください。切に。切に。
「そんな不貞腐れた顔をするもんじゃないよ、カルロ。どう見ても誰が見ても、カルロを庇った上でのあの行動だよ」
ジルダがエリアナを生徒会室から連れて出てすぐ、クラウディオがカルロを窘めていた。
エリアナの「ハグ」発言から、いや、クラウディオがエリアナの手を取った時から、カルロの機嫌がすこぶる悪い。
「そうだろうな。俺が気に入らないのはそこじゃない」
不機嫌を隠すでもないカルロは手際良く書類の束を仕分けていく。
機嫌が悪かろうが不貞腐れていようがカルロは仕事の手を決して緩めない。
感情を押し殺す場の多い貴族社会に身を置く者として、クラウディオは自分と2人の時くらいカルロを好きにさせてやりたい気持ちもあるが、先程からキースが死にそうな顔を通り越して魂が抜けそうになっている。
「エリーは余程カルロが大事なんだね。涙目でプルプル震える姿は何ともいじらしかったよ。一体エリーの中の私はどんな極悪非道なイメージなんだろうね」
「極悪非道どころか、正統派の白馬に乗った王子様だよ」
「まったく、何が気に入らないんだい?カルロも「王子様キャラ」とやらを目指したかった、とかかな?」
ヘロイーズから聞いたことがある。
カルロ達が前世で生きた世界で、女性から人気が高い男性のタイプの1つだと言う。
もっとも自分はキャラではなく正真正銘「王子」な訳だが。
「違う。⋯お前がその気になれば、あいつを手に入れるのは簡単だろ」
顔を伏せ書類整理に没頭していたカルロの顔がチラリと見えた。
思っていたより表情が暗い。
単に機嫌が悪いとか不貞腐れているとかそう言うレベルではなさそうだ。
「私がエリーに心酔すると言う話かい?うーん、それはまあ、可愛らしいとは思うけど」
「お前は小さい頃から国の為の結婚を覚悟していたからな。無意識にそういう感情を排除しているだけだ」
「⋯⋯⋯そうだね。私がエリーを気に入る可能性は充分にある。それで?カルロは大人しく身を引くのかい?」
エリアナは美しいし、最近は可愛らしさも増している。
だが、この先もきっとカルロの言うような感情をエリアナに持つことはないだろう。もとい、エリアナに限らず、だ。
そう言う自分を自覚している故、今口にしたことは全くと言って良い出鱈目だ。
手っ取り早くカルロに発破をかけることにした訳だが、返ってきた反応は期待していたものとは違う。
「⋯⋯お前が本当にそれを望むなら」
「うーん。そうだったね、カルロはそう言う奴だった。⋯⋯カルロ。エリーが「記憶持ち」だと知らせてくれた時に言ったことを覚えているかい?」
『お前はこの先聖女と出会って、いやまあ正確にはもう出会ってるんだけど、それで聖女と結婚する。だから、エリアナ嬢は俺がもらう。良いよな?』
「私はあの時、カルロの話を信じたからと言うよりも、カルロが私に何かを頼んできたのが初めてだったから、話を聞いたんだよ」
カルロの返事はない。書類をめくる音がひたすら聞こえてくるだけだ。
それでもクラウディオは穏やかに丁寧に言葉を紡ぐ。
「カルロが思っているより、私はカルロが大事なんだよ。カルロを幸せにしたい気持ちは私も同じだ」
「⋯そんな歯の浮くような台詞を恥ずかしげもなく口に出来るお前が羨ましいよ」
カルロが書類を持つ手を止め、半目でクラウディオを見る。
「成程ね。拗ねているのかと思ったら弱気になっているんだね。⋯初めてじゃないかい?カルロがそんな姿を私に見せるのは」
「⋯今日、あいつが初めて自分から俺に会いに来たんだ」
カルロがぽつりとこぼす。
クラウディオは小首を傾げて苦笑した。
「私は惚気を聞かされているのかな?」
「とうとうあいつから動いたってことだ。俺に許しを請うてその後は離れていくつもりだったんだよ」
「まさか」
クラウディオはニコニコといつもの笑みを崩さなかったが、内心、訝しんでいた。
「聞きたい事が山程あるはずなのになかなか出なかったのは、あいつの中で「最後」のつもりだったからだ」
少し前までのエリアナからは想像もつかないが、いくつか聞き齧った「ハタノヒカリ」ならそんな事も有り得るのだろうと思う。
カルロでさえ手を焼く一筋縄ではいかない「ハタノヒカリ」にクラウディオは密かに興味が湧いてきた。
「でもまあ。逃さねえけどな」
不敵に笑うカルロにいつもの調子が戻ってきたと、クラウディオは悪戯の相談をする子供のような笑顔で返す。
「次はどう動くと思う?」
「そんなの決まってる」
『許してもらおうなんて思うのが間違いだった』




