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「あたしの事殴っていーよ!いや、殴ってください!!」
フィオリーナを生徒会の補助役員にすると決まった翌日の生徒会室にて、エリアナは棚からファイルを取り出すカルロの横に仁王立ちすると、しっかりと目を見つめて言い放つ。
カルロは呆れたように半目でエリアナを見たあと、手に取ったファイルに顔ごと視線を戻してしまった。
カルロと2人になれる機会を狙って、ようやくクラウディオもフィオリーナもいないタイミングを見つけたと言うのに。
いつ仕事中毒のクラウディオが来るか分からない為に廊下の方の気配を伺いつつ、「ほら、早く」とカルロを急かす。
カルロは面倒くさそうに溜め息を吐きながら机にファイルを置くと、今度は身体ごとエリアナの方を向いた。
「殴らねえし」
「それじゃ、坊主にする?お金を払う?指を詰めるのは令嬢としてどうかと思うけど黒川が望むならふぐっ」
カルロに両頬を掴まれ強制的に黙らされたエリアナ。
両頬を掴まれていなくても黙っただろう。カルロの顔が怒っている。
この間ブチ切れたカルロの様子から、もしかしてと思ったが、流石に指を詰めさせる趣味はないらしい。
少し安心した、前世の黒川の人生に。最悪の想像よりは至極真っ当に生きられた様だ。
「何の話だ?」
「きちんとけじめをつけようと思って。日本人として思い出せる限りのけじめのつけ方を提示してみたんだけど。どれが良いか黒川が決めて。さっき言ったの以外でもいーし。この際土下座でも何でも。でも土下座なら他に誰もいないところにしてね、エリアナとして流石にふぐぐっ」
「何の、話だ?」
カルロがイライラしている。
今度小魚をプレゼントしよう。カルシウムだいじ。
鍛えてるなら尚更骨は丈夫にしないとね。
おっと。
両頬を掴んだ手が、緩めて掴んでを繰り返し始めた。
えっと、えーっと?
そう言えば用件を言っていない?かも??
「何かうやむやになっちゃったけど、一度ちゃんと謝罪をしなきゃと思って」
「何の?」
「黒川が、⋯先輩に殺された事」
段々と尻すぼみになってしまったがカルロにはちゃんと聞こえたようだ。
片眉を上げると不機嫌そうに答える。
「何でお前が謝んの?」
「だって、あたしのせいで⋯」
自分から話題にした事だけど、気まずくて視線を外したいのにカルロに顔を掴まれて上を向かされている。
せめてもの抵抗で視線をカルロの肩あたりに落とす。
「最初に言ったろ?あの後何もされてないって」
「それはアレでしょ?気を遣って⋯」
「何で俺がお前に気を遣わないといけねーんだよ?寧ろお前が気を遣え」
目を逸らしていたはずなのに半目のカルロと目が合っている。確実に目が合っている。ふしぎ。
「ごもっともです、はい」
それはそうと。
先刻から顔を掴んだカルロの手が、掴んだり緩めたりの動きを止めている。かと言って掴まれてもいない。
何て言うか、ただ、顔に手を添えられている感じ?
落ち着かない。離してほしい。
しかし先程からバレない程度に顔から手が離れる様に動かしてみているのだが全然離れない。ふしぎ。
掴まれていないのに離れない。ふしぎ。
え?くっついているのかな?
完璧令嬢エリアナの肌はもっちりしっとりだから、カルロの手が吸い付いてしまっているのかな?
エリアナが困り悩んでいるのに構わず、カルロは続ける。
「俺が死んだのは、あれから5年後だ」
「ぶっ」
「だからお前は関係ない」
顔に手を添えて上を向かされているからエリアナが吹き出したのはバレているはずだが、淑女としてあるまじきだから気付かないふりをしてくれたのだろうか。
「え?あ、うん、そーなんだ?えっと、ごめん?ちょっとお花を摘みに、いってきます⋯?」
あからさまに挙動不審なエリアナの顔からようやくカルロの手が離れた。
近くのお手洗いに駆け込むと、とりあえず手を洗って気持ちを落ち着ける。
「えっ⋯」
「!?」
勢いよく洗ったせいで、いつから隣にいたのだろう女子生徒にかかってしまったようだ。
「ごめんなさい」
ハンカチで拭こうとすると「エリアナ様にそんな事させられません」と恐縮されてしまった。
「それではこれは差し上げるので、申し訳ないけれどご自分で拭いてくださる?」
ハンカチを手渡すと女子生徒はそのまま出ていってしまった。
この辺りは生徒会室の他には資料室や空き教室が多く、一般生徒があまり利用しないので、まさか人がいるとは思わなかった。
完璧令嬢としては、駆け込む所を見られてない事を祈るしかない。
(落ち着けあたし⋯⋯っ)
て言うか、黒川、何でよりによって5年後に死んでんのよ。
やだやだ、もう。信じらんない。
あー、もう、このまま帰りたい。
生徒会室に寄らないで教室に戻ってしまおうか。
エリアナは溜め息が止まらない。
でもダメだ。
ここで話をうやむやにしてはいけない。
それに、あの様子だと黒川は覚えていない。
(そうだよ。あたしにとっては死ぬ少し前のやりとりだけど、黒川からすれば死ぬ5年前の事な訳で、5年、⋯5年、⋯⋯5年かぁー)
肺の中の空気を全て出し切ったんじゃないかと思うほど長く長い溜め息を吐き出すと、エリアナは両頬を叩いて気合を入れた。
「よしっ」
とにかく。今日の目的はあたしのせいで先輩に殺されたのであろう黒川に謝罪すること。
一度でダメなら許してもらえるまで何度でも。
黒川に鬱陶しがられても淑女の微笑みで乗り切ってやる。
「お待たせ致しましたふぐっ」
生徒会室に戻るなり、机に軽く腰掛けファイルを見ていたカルロに両頬を掴まれた。
定位置かな?カルロの手の定位置かな?
落ち着くとかそう言う事なのかな?
それじゃあ仕方がないよね。うん。
「素で話せ」
「お待たせ!さっ、話の続きをどうぞ!!」
余計なことは言わない。
長引くともっと怒られる。
ブチ切れたカルロはめちゃめちゃ怖い。
学習した。
「何が聞きたい?」
え?いいの?聞いていいの???
聞きたいことは山程ある。
エリアナの頭は賢いはずなのに、前世の話だからか混乱してまとまらない。とりあえず、順番に。
「謝罪は受け入れてもらえるの?」
「謝罪してもらう必要がない」
興味なさげにカルロが答える。
手はエリアナの両頬を掴んだままだ。
「あの後何もされなかったのなら、どうして5年経ってから殺されたの?わざわざ5年待つ必要なんて⋯⋯」
本当にそうだろうか。
「⋯⋯⋯本当は、あの後先輩に何かされたんじゃないの?それで5年後に命を落とした⋯」
だとすれば、5年間黒川は植物状態だったのではないか、そこまでじゃないとしても痛みや何らかの症状に苦しんだのではないか、楽しくキラキラした学生生活を送れなかったのではないか、輝かしい未来をあたしが奪ってしまったのではないか⋯⋯
悪い想像は止まらない。
そこへカルロの溜め息が聞こえた。気がした。
「あの後、あの先輩は憔悴しきってた。だから何も言われてないし何もされてない。それは本当だ」
カルロの親指が反対側のエリアナの頬に移動した。
掴む形から完全にエリアナの頬にカルロの手が添えられている。
エリアナがそれに気付いた瞬間、カルロの親指がエリアナの頬を滑った。
エリアナは知らない内に涙を流していたらしい。
「⋯⋯っ」
エリアナは急いで後ずさると自分の手で涙を拭った。
淑女らしからぬが仕方ない。
ハンカチは先刻どこぞの女子生徒にあげてしまった。
「ごめん、分かった。あの後は何もされてないんだね」
泣くのはひきょうだ。
男は女の涙に弱いって誰かが言ってた。
TVでしか見たことないけど。
「黒川と先輩が会わなければ殺されることもなかったはずだよね?どうして5年経って先輩と会ったの?偶然?偶然を装った何か?つけられたとか?待ち伏せされたとか?」
どうして5年後なのか、なんて、黒川にだって分からないのかも知れない。
先輩が何を考えていたのか、何も考えていなかったのか、5年と言う空白も意味なんてないのかも知れない。
たまたま5年経ったある日運命のイタズラだかなんだかで黒川を見つけたのかも知れない。
それでも⋯
「黒川が殺された理由にあたしが関係ないなんて有り得ない。あたし抜きで先輩と黒川に接点なんてないじゃん。それとも5年の間に何か別の接点ができた?⋯殺される前に先輩からあたしの話を聞いたんだよね?先輩は黒川に何を言ったの?それでもあたしは関係ないって言えるの?」
「お前が言われたくないだろう昔話を色々聞かされた。殺された理由はお前に関係ない事だから教える必要はない」
エリアナの涙がついたのだろう、カルロが自分の手を見ながら投げやりに答える。
眉を顰めても半目になってもいつもエリアナを睨みつけてくる目が、今は合わない。
「⋯⋯それでも聞きたい」
聞かなければいけない。
カルロが何か隠し事をしているなら、それは光凛のせいだ。光凛の為に口をつぐんでいるのだろう。
それなら無理矢理聞き出すのも光凛の役目だ。
「前に、先輩が黒川に目をつけた理由があたしだって言ったじゃん。直接の理由が他にあるとして、それでも根本にはあたしの責任があるんだと思う。それとも本当にあたしとは全然関係のない別の理由があるって言うなら聞かせてほしい。殺される程の他の理由って何?」
⋯⋯⋯カルロと目が合わない。
それがこんなにも悔しくて悲しい。
どうにか視界に入ろうと覗き込んだその時、扉が開いてズカズカと誰かが入ってきた。
「それはだね!黒川少年が「あの先輩」とやらを少年院送りにしたからなんだぞ!!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯え。誰?」




