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「エリアナ・エウスターキオ?それが今のあたしの名前ね」
エリアナエウスターキオ、エリアナエウスターキオ⋯と、エリアナが繰り返し呟く。
そして、ふと思い立ったようにジルダを向く。
「エリアナって、もしかして「完璧令嬢」のエリアナ!?うわー、あたしと完璧令嬢じゃ月とすっぽんじゃん!!早く本来のエリアナを取り戻さないとヤバいね!」
あははと笑うエリアナ。
だけど悲観に暮れてる風でもなく、根拠なく楽観的に捉えて現実逃避に走っている風でもない。
言葉の軽さとは裏腹に、事実として捉え向き合う覚悟がある様に見える。
何故だかジルダは、この「記憶持ち」が軽薄なのか真摯なのか測りかねていた。
「あ、ちなみにジルダ?ジルダさん?も綺麗だよね!もしかしてこの世界って美男美女しかいなかったりする?」
「お褒めに預かり光栄です。私のことはどうぞジルダと、私はお嬢様の専属メイドですから。そしてこの世界の方々の容姿は美醜様々で御座います」
真面目に答えるジルダを、エリアナはニコニコ嬉しそうに見つめる。
「専属メイドって何となくのイメージでしか分からないけど、きっとエリアナの一番近くにいる人だよね?やっぱりあなたにして正解だったな」
そう言うと、エリアナはちょっと真面目な顔をしてジルダに向かって姿勢を正した。
「⋯ジルダにはさ、大事なおじょー様がこんな事になって申し訳ないけど。しかも前世がこんな奴で本当ごめんって感じなんだけど。⋯ふかこーりょく?ってやつだからさ。許してくれると嬉しいな」
そしてエリアナは体の前で握りこぶしを作ると、ニカッと笑う。
「なるべく早く元のエリアナ目指して頑張るからさ。って、それもかなりジルダ頼りなんだけどねー⋯いやもう本当申し訳ない、何から何までお世話になります!」
エリアナが今度は顔の前で両手を合わせるのを見て、ジルダは「どこをとっても貴族らしくない「記憶持ち」だ」と思った。
まずは何から教えようか。
この「記憶持ち」はお嬢様が「完璧令嬢」と呼ばれている事を知っていた。
お嬢様は公爵夫妻の期待に応えるべく、幼い頃から並々ならぬ努力に努力を重ねてこられたのだ。
元がお嬢様であるとは言え、並大抵の事ではお嬢様に追いつけないだろう。
何にどれだけどの様に応えるかで「記憶持ち」の本質を見極める事が出来る。
ジルダは腕が鳴ってうずうずするのを笑顔で隠した。
「お嬢様のお役に立てるよう、全力を挙げて尽力いたします」
「へへっ、頼りにしてるね」
翌日、学院にエリアナの姿があった。
数日休んでこの世界の事を頭に入れてから学院に行くべきではないかとジルダは助言したが、エリアナは断った。
「完璧令嬢がズル休みしちゃダメでしょ。第一王子の婚約者でい続ける為にも、無遅刻無欠席、成績優秀、品行方正の完璧令嬢でいなきゃね!」
ジルダは昨日半日共に過ごして、この「記憶持ち」が第一王子の婚約者という立場に固執するタイプの人間には見えなかったので少々驚いたが、自分が粗相をする事により婚約破棄でもされ、完璧令嬢の名に傷をつけてしまう事を危惧しているのだろうと思い直した。
「⋯第一王子の婚約者であらせられるのに、無遅刻無欠席はそこまで重要ではないかと思われます」
「だめだめ。あたしみたいなのはさ、一度自分を甘やかすと、とことん怠惰になっていくんだよ。目標も志も高くないと、完璧令嬢の足元にも及ばないんだよ」
そう言ってガッツポーズを決めるエリアナを見て、ジルダは不安を覚える。
(お嬢様は昔からご無理を重ねてご自分を追い詰める方でしたが、この「記憶持ち」も、どうやら同じタイプなのかも知れませんね⋯)
「とりあえずボロが出ないように、しばらくは体調が万全じゃないという事で、あまり喋らず様子を見ることにするよ」
そう言いつつも、エリアナは記憶が馴染んできた証拠か、元のエリアナの得た知識や身についた仕草や所作もかなり自在に披露できるようになっていた。
今はジルダと2人きりだからこそ、気安い話し方をしているだけに過ぎない。
その事を、元のエリアナが気が休められる場所を自分だと思ってくれていたからかも知れないと思うと、ジルダは嗜めることをせず「記憶持ち」の思うようにさせた。
そんな訳で、エリアナは無欠席記録を更新するためにも学院に出てきた。
エリアナは見慣れたはずの学院を嬉しそうに眺めて歩いた。
本当は端から端まで見て回りたかったが、上位貴族の多く通う学院であるからか無駄に広い敷地内を歩いて回るのは、前世で体力に自信のあったエリアナでも無謀だと瞬時に悟った。
生徒の多く居る場所を選んで見て回っていると、不意に呼び止められた。
「エリアナ嬢」
振り向くと、ブルーシルバーの髪の同じ年くらいの青年がこちらに向かって歩いてくる。
やっぱりこの世界は美男美女しかいないのではないか、もしくは美男美女もそうでない人も、顔面のレベルが高すぎるのではないか。
そう思えてしまう程格段に綺麗な顔をした青年が近付くにつれ、エリアナの目は見開かれ動機が激しくなるのを感じた。
学院内を歩いている間に、すれ違う生徒に挨拶をされることは勿論あった。
だが、それとは話が全然違う。
だって今、自分に話し掛けて近付いて来るこのキャラは、もしかしなくても⋯
「カルロ・クレメンティ⋯さま⋯?」
「ああ。昨日倒れたと聞いたが大丈夫か?」
アメジストの瞳が心配気に揺れている。
エリアナとしては微笑んで、もう大丈夫だと心配を掛けた謝罪と感謝を述べるべき場面だが、前世の光凛が顔を出して居座って引っ込まない。
それどころかハートにした目を確実にカルロに向け、口を手で押さえているが、押さえきれない思いと声が漏れ出す。
「お、推し⋯⋯っ」
隠しきれない前世の光凛は、もはや隠れるどころか前に前にと飛び出してくる。
「え、うわ、本物!どうしよう、写真撮りたい。許されるなら隅の方にでも一緒に写りたい。応援してますって伝えたい。幸せになって欲しい。聖女への一途な想いを実らせて結婚して欲し⋯」
エリアナとしても、この世界の住人としても、不可解な言動は止まらない。
と思ったが、強制的に止められてしまった。
「なるほど、エリアナ嬢はまだ体調が万全ではないらしい。⋯⋯失礼する」
そう言うとカルロはエリアナを横抱きにした。
「お、ひ、おお、お姫様だっこ⋯⋯⋯!」
カルロは校舎に向かって歩きながらエリアナに小さな声で囁やいた。
「あなた、転生者ですね?いいですか、とりあえず落ち着いて⋯」
「うあああああ、いけぼがすぎ⋯むぐっ」
カルロがエリアナの顔を自身の身体に押し付けて無理矢理エリアナの言葉を遮った。
そして、心なしか先程よりも歩調を速くして校舎に入っていったのだった。




