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「お前、ハタノヒカリだろ?」
そう言われたのはエリアナ・エウスターキオ。
公爵家の令嬢であり、この国の第一王子の婚約者でもある。
豊かなブロンドの髪とルビーの瞳を持ち、目鼻立ちのはっきりした顔に透き通るような白い肌。
その姿に「ハタノヒカリ」と言う日本人らしい名前は、到底似つかわしくないように思える。
勿論「ハタノヒカリ」が欧風の顔立ちをしている可能性もあるだろう。
だが、ここで出てきた「ハタノヒカリ」は、日本人らしい愛らしい顔立ちをした、小柄な黒髪の少女なのである。
ところが、当のエリアナ本人にとっては、ばっちり心当たりのある、そして17年慣れ親しんだ名前。
秦野光凛
それがエリアナの前世での名前であった。
そう、エリアナは転生者だった。
そして「ハタノヒカリ」という名前を指摘してきた目の前の男も、転生者である。
エリアナが前世の記憶を思い出したのは昨日のこと。
新学期。
今年度で通っている学院の2年生になるエリアナが、入学式の片付けをしていると、突然、見知った景色や人物、そして見知らぬ景色や人物が映画のように頭に流れてきた。
突然の出来事に、エリアナは意識を失い倒れてしまったらしい。
気が付くと自宅の自室で寝ていた。
使用人達には大変心配を掛けた様で、特に専属メイドには泣かれてしまった。
お嬢様は頑張りすぎるんです、とお小言と共に置かれた温かいお茶を口にしてひと息つき、まだ理解の追いつかない頭を押さえるエリアナの口から出た言葉は「とうとう始まったのね」だった。
「彼女」が学院に入学してきた。
その日が「物語の始まり」なのだ。
物語の題名は「聖なる乙女と英雄の剣」
エリアナが前世で読んだであろう小説。
もとい、とても流行った小説で、映画化もされていた。
エリアナは映画を観たのかも知れない。
たしか前世のエリアナは小説を読むタイプではなかった。
最初に思い出したのは小説(映画)の内容だった。
そして前世の自分が次々に思い出されていくにつれ、段々とこの世界の現実味が薄れていくのを感じる。
それこそ小説の中の様な、まるでTVでも観ている様な、他人事の様な不思議な感覚が強くなっていく。
改めて自分の姿を見た。
鏡に映る姿はブロンドの髪が美しく、ルビーの瞳と高い鼻梁、形のいい唇が赤く色付いている。
見慣れた自分の顔のはずだが、今は何だか違う。
TVや雑誌でしか見たことない様な、とびきり綺麗な顔がこちらを見ている。
「え、なにこれ!?めちゃくちゃかわいい!て言うか美人!!」
周りを見回すと、呆気にとられたような顔のメイド服の女の人が1人いる。
手招きしようとして、日本と外国のジェスチャーは違うと聞いた事があるなと思い出し、「こっちに来て」と声をかける。
おずおずと動き始めたメイド服の女の人が、はっとして慌てて駆け寄る。
「お嬢様、やはりどこか体調が優れないのでは?すぐにお医者様を⋯」
メイド服の女の人が「失礼します」と言いながら、エリアナの額に手を当てたり、手首に自身の指を当てたりするのを、慌ててエリアナが止める。
「待って!お願い、話を聞いて」
メイド服の女の人が心配そうな怪訝な顔をするが、医者を呼びに行こうと扉に向かいかけた身体をエリアナに向き直す。
とりあえず話を聞いてくれるつもりなのだと理解したエリアナが微笑む。
「ありがとう。⋯⋯⋯えっと、ごめんなさい。まず、あなたの名前を教えてくれる?」
「⋯⋯ジルダです。お嬢様」
ジルダがまたも泣きそうな顔をしている。
明らかに今朝までのエリアナと様子が違うのだ。
意識を失い倒れたと言う際に頭でも打ったのではないかと、心配しているに違いない。
優しい人だ。
この部屋で目を覚ました時に手を握っていてくれて、泣きながら心配して怒ってくれたのも、ジルダだった。
エリアナをとても大事に思ってくれているに違いない。
この人ならきっと大丈夫。そう確信したエリアナはジルダの目をしっかりと見て、しかし優しい笑顔を心掛けると、ハッキリとした口調で話し始めた。
「えっとね、こんな事言っても信じてもらえないのが当たり前だと思うんだけど。でも、あなたを見込んで話すね」
「⋯はい」
ジルダが戸惑いながらも頷く。
「あなたも、今のあたしが今までのあたしと違うって、おかしいって思ってるよね?そうなの。あたし、前世を思い出したの。えっと、前世って分かる?この世界でもそーいうの、ある?」
「⋯⋯⋯はい。分かります」
ジルダは、この世界に「前世の記憶持ち」が一定数現れる事を教えてくれた。
ただし、その存在は限られた人しか知らないらしく、ジルダは祖母の知り合いに「記憶持ち」がいたそうで、祖母から話を聞いたことがあったと言う。
「その人のおかげで、思ったより簡単に信じてもらう事ができたってことだよね?え、あたしすごいラッキーじゃない?うわーたすかったー!!話したのがあなたで本当よかったよー。ありがとう!」
エリアナが破顔して笑う。
お嬢様はこんな笑い方をしない、とジルダは混乱する。
「それでね。あたし今、記憶が混ざって混乱してるのね。て言うか、むしろ前世の記憶の方が強めっぽい?⋯⋯⋯ぽくない?あなたもそう思わない??」
エリアナは自分の頭に手を当てたりポンポン叩いてみたり、目線だけ上に向けてうーん?と唸っている。
ジルダは聞いて知っていたのと実際に見るのとでは、こんなにも違うものかと、「百聞は一見にしかず」を見事に体感していた。
「え、⋯ええ⋯」
「だよね!⋯落ち着いてきたら元のあたしらしくできるんじゃないかと思うんだけど。て言うか、そうじゃないと困るよね?」
「え、⋯ええ、そうですね⋯」
「やっぱり!そう思うよね!!だからね、それまでどうにか誤魔化しつつ、元のあたしらしくできるように、協力してもらえないかな?」
エリアナの人懐っこい、だけど媚び過ぎない笑顔に、思わずジルダは気を許しそうになる。
コホンと咳払いを1つして気を引き締めつつ、だけど悪い気がしていない自分にジルダは驚く。
それは姿形がエリアナである事に起因する、どうやらそれだけではないようで。
ジルダはエリアナが小さな頃から仕え、本音を言えば雇い主であるエウスターキオ公爵よりもエリアナに忠誠を誓っている。
そんなエリアナと似ても似つかないこの「前世持ち」の事が、どうやらジルダは嫌いではなかった。
「勿論です、お嬢様。私に出来る事があれば何でもお申し付け下さいませ」
それを聞くとエリアナは安心したようにはぁーと息を吐き、嬉しそうにジルダに満面の笑みを向けた。
「ありがとう!⋯それでね、一番最初に聞くべきはやっぱりコレだと思うんだけど」
と、前置きをしたエリアナは、自分の顔を指差して尋ねた。
「この、ぜっせーの美女のお名前は、なんて言うの?」




