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「言いたいことはそれだけか?それだけだな?許可なく触れるなだと?許可するつもりなんざねえくせに。知ったことか」
エリアナが目を逸らそうとするのを、カルロは頬を掴んだ手をやめ、両手でエリアナの顔を包み込むと自分の方を向かせる。
「カルロ様、おやめくださ⋯」
エリアナはどうにか逃れようと、嫌々と顔を振る。
淑女などと言ってる場合ではない。
触れないで欲しい。離れて欲しい。
どうしてカルロがここまで怒っているのか。
むしろ、怒るのはエリアナの方ではないのか?
「やめて欲しいなら先刻の様に手を払えば良い。何なら突き飛ばしても良い。エリアナ嬢なら出来るはずだろ?段々とメッキが剥がれてきてるぜ」
カルロがエリアナから目を逸らさずに薄く笑う。
光凛が自分からは触らないことを揶揄しているのだ。
そして事実、エリアナは唇を噛み拳を作るだけで、その手がカルロの体に触れることはない。
カルロが舌打ちをして畳み掛ける。
「折角、穏便に済ませてやろうと思ったが。あんな巫山戯た話を聞かされた上に、お前がその態度を通すつもりなら、こっちも考えを改めるしかねえよな。生ぬるいのはやめだ。お前、明日から昼飯を食いに来い。絶対、だ。来なかったら担いでても引き摺ってでも連れて行く」
エリアナは返事をしない。
カルロの手から逃れようと、身をよじらせ顔を動かすだけだ。
「エリアナでもハタノヒカリでも、飯さえ食えば俺はどっちでも良いんだからな。とにかく来い、分かったな?逃げんじゃねえぞ。あと唇を噛むな、指を突っ込むぞ」
カルロがエリアナの頬に添えている親指をずらしてきたので、エリアナは慌てて唇を噛むのをやめた。
だが指の動きが止まっただけで、カルロの目の鋭さは変わらない。
エリアナは混乱している。
前世の黒川も厳しかったがこんなではなかった。はず。
カルロの騎士としての荒々しさが加わったとか、そういう事だろうか。
それとも光凛が知らなかっただけで、黒川は根気強くこういう本性を隠して光凛に接してくれていたのだろうか。
それともそれとも、光凛が死んだあと何年生きたか知らない黒川の人生に何か良くないことがあって、黒川の性格に影響を与えたのだろうか。
とにかく控えめに言って、怖い。めちゃめちゃ怖い。
思わず涙が出ちゃいそうになるのを淑女の矜持で乗り切ったくらい、怖い。
黒川の性格を変えてしまう程の人生の転機は、光凛と関わったせいではないのか。
何より黒川は先輩に殺されたと言うのだから、黒川が死んだのは間違いなく光凛のせいなのだ。
黒川は光凛と関わるとロクなことにならない。幸せになれない。
怖いけど、ここで頷いちゃダメだ。
もう、カルロはエリアナに必要以上に関わるべきではない。
そう決心したエリアナがカルロを見上げたその時。
「いいな、私も同席したいな」
場にそぐわない穏やかな声の主に気付いた瞬間、エリアナは目と口をかっ開いて固まった。
淑女にあるまじきだが、悲鳴が出るのを我慢しただけ褒めてもらいたい。
大変申し訳ない話ではあるが、完全に忘れていた。
この国の第一王子であるクラウディオ。
キラキラと眩しく、隠しきれない爽やかイケメンオーラを放つその尊き存在を、完全に、忘れていた。
いや、だって仕方ないよ。
キラキラオーラも霞む程の禍々しい暗黒オーラが眼前に迫っていたのだから。
そう。眼前に。迫って。
⋯⋯⋯え。これ、まずくない?
カルロは今、仮にも第一王子の婚約者であるエリアナの顔を両手で持って、脅すように昼食に誘っている。
これは不敬罪になるのではないか。
「あのクラウディオ殿下これはあの」
「食事の場に書類を持ち込まないと約束するなら許可するぜ」
あろうことか、カルロはエリアナの顔を両手で挟んだままクラウディオに向き直る。
「ねえカルロ。そろそろエリーの顔から手を離してあげなよ。あと、怖がってる」
見るとクラウディオは書類をさばく手はそのままに、ニコニコとカルロとエリアナを見ている。
分からない。
もしかしたら、第一王子ともなるとにこにこ笑いながら人を罰する事だってあるのかも知れない。
「あの、クラウディオ殿下、これは」
「生憎、こいつがちゃんと飯を食うと約束するまで手は離せねえ。あと、お前もだからな。クラウディオ。お前も同席してちゃんと飯を食うと言うのは、面倒がまとめて片付いて俺としては大歓迎だ」
この男は、折角エリアナがカルロの不敬罪をフォローしようとしてるのに、またしても邪魔してきた。
しかも何か王子も一緒にお昼ご飯を食べるとか言い出した。
それは、⋯⋯それは、楽しいかもしれない。
けど、完璧令嬢を休む時間がなくなると言うことで。
あれ?でも最近はそれをやめていた訳だから、それなら別にいいのでは??
「⋯⋯ご一緒、します」
わあ。本当にカルロの手が離れた。
なんか清々しいぞ。
誰にも掴まれていない頬の開放感の何たることか。
ほっと息をついたエリアナとは正反対に、キースとジルダが引きつった顔を見合わせる。
「いやいや、流石に我々は待機ですよ。ねっ」
自分に言い聞かせるように頷くキースの横でジルダは、「お嬢様の食生活と天秤にかけて「記憶持ち」が脅される事を選んだ罰かも知れない」と、巻き添えにしてしまうかも知れないキースに憐れみの眼差しを向けていた。
「そうと決まれば、何か軽く食いに行くぞ」
カルロが生徒会室の扉を親指で示す。
「今からですの?」
これはアレだね!放課後に友達と食べて帰るヤツだよね!!
中学の時に2回くらいやったけど、高校に入ってからは出来なかったんだよね!!
顔が緩みそうになるのを淑女の微笑みで誤魔化すエリアナに、カルロが釘を差す。
「お前にはまだまだ言っておくことがあるからな」
「私は遠慮しておくよ。片付けないといけない書類がまだ残っているからね」
書類の山をポンポンと叩きながらクラウディオが微笑むと、カルロがその中から一束取ってクラウディオに手渡す。
「お前も今日はこれで帰れ。特に急ぎのものは先刻までに終わらせたはずだろう?残りは明日、一緒に片付けるぞ」
「やれやれ、カルロの過保護は女性に対してだけかと思ったが。年々世話焼きに磨きがかかっていくね。エリー?カルロにいじめられたら、ちゃんと私に教えるんだよ」
え。先刻ブチ切れて追い詰められていたアレはいじめられていたとは言わないのでしょうか。
それならばいじめられた事はないし、今後二度とごめんです。
と思いつつカルロを見ると、エリアナを見ながら炭水化物がどうだの、動物性タンパク質がどうだの呟いている。
そうなのだ。
結局カルロが厳しいのはエリアナを思ってのことなのだ。
カルロがあんなにブチ切れたのはエリアナが昼食をちゃんと食べなかったからだと言う。
お残しも、好き嫌いもしないエリアナだけど、カルロがあんなにブチ切れるくらいだ、この数日は昼食が少なめだったのかも知れない。
そう反省したエリアナは、このあとジルダから自宅での食事を序盤で終えていたことを教えられ、カルロからはワンプレートへの変更を提案された。
ワンプレートってアレかな?お子様ランチみたいなやつかな??




