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「恐れ多くもクラウディオ殿下はお食事に対して大変無頓着であらせられます。そしてお嬢様も同じ様にお召し上がりになるのです」
ジルダが控えめにしかし逡巡なく訴えてくるのを、カルロは苦笑いで返す。
「クラウディオな。あいつはまた、書類を片手に仕事の話をしながら簡単につまめるもので食事を済ませてるのか」
「はい。お嬢様も同じ様に」
ジルダがまるで祈る様に顔の前で指を組みコクコクと頷くと、カルロは眉を寄せ遠くを見る。
「それも前と変わらないんだな。あいつはいつも一緒に食べる相手と同じものを同じ様に食べてた」
だから好き嫌いもこだわりもなく何でも食べる代わりに、日によって食のバラつきが酷かった。
よく集まっていた仲間に、タバコや酒ばかり好んであまりきちんと夕食をとらない人間が多かったのも、良くなかった。ハタノヒカリは勿論タバコも酒ものまなかったが。
(本人に、食に対しての関心がないのが何より厄介だったな。いつ何を食べたか聞き出すのに一苦労だった。まあ関心がないのは食事に限った話じゃなかったが⋯)
なんて、
昨日の事のように思い出せる自分は我ながら往生際が悪い。とカルロは自嘲する。
ハタノヒカリと直接関わった期間なんて1年にも満たなかったと言うのに。
(あいつの面倒を押し付けられたのは高1の時だったか⋯)
懐かしい気持ちを振り払い、カルロはジルダを見据えると深い溜め息を吐く。
「なあジルダ?俺はあいつの、ましてやクラウディオの、保護者でも何でもないんだが」
「⋯⋯⋯では、その当時に、どうされていたのかだけでもお教え下さい」
食い下がるジルダにカルロは目を細める。
こんな侍女がついているなら少しは安心だ。
あいつは自分の事にあまりにも無関心が過ぎる。
少なくとも今世は「エリアナのため」と言えばある程度の制御が可能だと思っていたのだが。
(思った以上にあいつの中で「ハタノヒカリ」と言う人間の価値がなさすぎる)
「何が聞きたい?」
「カルロ卿が、あのお方の食生活を放っておくとは思えません」
「⋯俺の補食用の握り飯を分けてやってた」
母親が作る朝飯や弁当だけでは足りなかった為、登校時にコンビニで買ってたおにぎりだ。
(休み時間に俺が食ってるとあいつも食ったんだよな)
嬉しそうにおにぎりを頬張るハタノヒカリの顔を思い出して口元が緩みそうになるのを、カルロは手で覆って誤魔化す。
「⋯⋯カルロ卿。明日、いえ、今日から補食をお召し上がりになるご予定は?」
ジルダが遠慮がちに、だが強引な提案をしてくるのをカルロは呆れたように肩をすくめた。
「昼飯を一緒に食わないのに補食を一緒に食うとは思えないがな。それよりも家での食事に誰かを同席させるか、クラウディオの食事改善を図る方が現実的だぞ」
「それが難しいからこそのご相談でございます」
まあ、一介の公爵家使用人が第一王子の食事に口を出すなんて到底無理な話だ。
エリアナ本人にその気があればクラウディオの食生活にメスを入れることが出来たかも知れないが。こちらも期待は出来ない。
「以前に一緒に食べていた友人は?」
「最近お嬢様とご昼食をご一緒出来なくなった機会に、ご婚約者様とご一緒にご昼食をお取りになられ始めたご様子です」
「⋯⋯⋯あんたが一緒に食ってやりなよ。何ならキースも貸すぜ?俺がいなけりゃ喜んで食うんじゃねーの?」
面倒臭くなってきたのか、ハタノヒカリの事を考え過ぎたのか、カルロの素が出てきた。
「お嬢様は本来、使用人と食事の席を共にする様な、その様なお方ではございません」
「俺が脅してやろうか?ジルダとキースと一緒に昼食を取らなけりゃ⋯、そうだな、あいつの前世の話を1日1つずつ話すぞって。何ならクラウディオに話してやっても良いんだが」
「⋯効きますでしょうか?」
「記憶持ち」が脅される事と、お嬢様の食事が改善される事を、天秤にかけたのだろう。
一瞬悩んだジルダが縋るようにカルロを見る。
「いや、ないな。あいつ、自分のこと誰に何を言われても気にしなかったわ」
お手上げと言わんばかりに溜め息を吐くカルロにジルダが眉を顰める。
「そう睨むな。何か良い脅し文句を考えるから」
「エリーをあんな食事につき合わせてすまないね、デートでは美味しいものを食べに行こう」
生徒会室の外の殺伐とした空気も何のその。
生徒会室内では年頃の婚約者達が談笑している。
勿論その手には大量の書類がさばかれていく。
「あら、私は充分満たされましたよ。きっとクラウと一緒だったから、ね」
エリアナが花が綻ぶような笑顔でクラウディオを見る。
「まさかエリーがああ言った食事を許容してくれるとは思わなくてね、今日の昼食は来ないと思っていたんだ」
「私にはクラウと一緒に食べられるだけで充分ご馳走ですよ」
淑女らしい微笑みは崩さないものの、本当に嬉しそうに笑うエリアナに、クラウディオは申し訳なさと、もっとその笑顔が見たいと言う気持ちに気付いて、思わず眉が下がる。
「エリ⋯」
「そんなわけ、ないだろう⋯?」
地獄の底から響く様な声が聞こえて、クラウディオとエリアナが扉の方を見る。
「カルロ」「カルロ様」
「仲睦まじい感じを出せば許されると思うなよ⋯!あんなのは食事とは言わない!!ナッツ数粒如きに成人の一食に必要な栄養価を求めるな!!バランス良く食え!!お前らは子供か!!!!!」
怒り心頭と言ったカルロに、徐ろに立ちあがったエリアナが対峙すると、淑女然として宥める。
「カルロ様、クラウは決して食事をぞんざいに考えている訳ではなく、多忙の余り」
「甘やかしてんじゃねえ。仮にも婚約者なら体調管理に気を遣ってやっても良いんじゃねえか?何、一緒になって適当なもん食って終わらせてんだ」
「本当にその通りでございます。クラウディオ殿下の食生活に関しまして、カルロ様にご心配をお掛けしました事、私の不徳の致すところでございま、ふぐっ」
最早慇懃無礼と言えるエリアナの言葉をカルロが遮る。例によってエリアナの両頬を掴んで、だ。
完璧令嬢を強調するかの如く丁寧が過ぎる物言いに腹を立てているのでは、勿論、ない。
カルロがエリアナの頬を掴んだまま凄む。
「クラウディオじゃねえよ、お前だよ。クラウディオは朝と晩にマトモな飯を食ってんだよ。で?お前は?お前、家でも禄に食ってねえんだろ?ネタは上がってんだぞ」
「まさかその様な事⋯。我がエウスターキオ家の料理人を、ひいては我がエウスターキオ家を侮辱する様な発言、看過できかねますわ」
エリアナがカルロの手をパシンと払うと、強い口調で睨む。
カルロは気にした風でもなくエリアナの腕を見ている。
「料理人の事を思うなら最後まで飯を食ってやれよ。⋯まあ、その話はあとだ。で、お前。今日の授業中、ちょっと意識飛んでたろ?俺の目を誤魔化せると思うな。お前の無駄にデカい目は起きてんのか寝てんのか丸わかりだ、つったの忘れたか?エリアナになっても変わんねえからな?」
エリアナが一緒たじろいだ様に見えたが、すぐに淑女然として微笑む。
「嫌ですわ、カルロ様。どちらの女性と勘違いなさっているのか存じませんが、私、カルロ様とその様なやり取りを交わした事はございません。そして先程からのカルロ様の目に余る言動は、クラウディオ殿下を思ってのことと大目に見ることに致します。ですが今後クラウディオ殿下の婚約者である私に許可なく触れることはお控えください、ふぐぐっ」
またしてもカルロがエリアナの両頬を掴んだ。
掴んだだけではない。
手の力を緩めては掴んで、緩めては掴んでを繰り返す。
いい加減にして欲しいとエリアナがカルロを睨んで、そして、固まった。
カルロが、今まで見たことがない程までに怒っている。多分。
表情を殺しているが、目が、とんでもない目がエリアナを見据えている。
「言いたいことはそれだけか?」




