11
エリアナは放課後の生徒会室でクラウディオと書類整理をしながら談笑している。
年頃の婚約者達の逢瀬として些か色気がないが、多忙を極める第一王子兼生徒会長としては仕方あるまい。
1日会話をしない日だってあるのだ。
それはそうと、カルロ、ズルくない?
「頭も切れて武術にも長けているなんて流石だよね。何より才能もさることながら努力を惜しまないんだ。頼もしい限りだよ。だが少し心配だね、カルロだってかなり忙しいはずなのに鍛錬も欠かさないと聞くし」
なるほど、主君がワーカーホリックなら腹心も負けじとワーカーホリックだと言うことか。
クラウディオが休めばカルロも休むのではないだろうかと思ったが、エリアナが思いつく事などクラウディオもカルロも分かっているだろう。
そして、かく言うクラウディオも、結構引き締まった体つきをしていそうだ。
見たことないけど。
一度、腕まくりした時に思いの外がっしりした腕が太くて意外だと思ったのだ。
優しくて穏やかな雰囲気にそぐわない、これがギャップか、と感心したものだ。
ギャップはともかくこの王子、鍛えてやがるな。
「今のクラウには鍛錬よりも休養を優先してもらいたいわ」
「ははは、エリーに心配を掛けるなんて私もまだまだだね」
「あら、心配もさせてもらえないなんて寂しいわ」
おっと。密室に婚約中のお年頃な男女が2人。(扉の向こうには従者とジルダが控えているはずだが、それはそれ)何だか甘い雰囲気になってきたぞ。
それでも何もないのが第一王子クラウディオだ。
何だか、安心するね。
エリアナから、光凛から、手を出すことはない。決してない。
クラウディオが何もしなければ、何もないのだ。
そして立場がそうさせるのか、性格がそうさせるのか、それとも政略結婚と割り切っているのか、クラウディオの真意など知らないが。とにかくクラウディオがエリアナに何もしないことは知ってる。
こう言う時、この世界は良いなと思う。
そこまで考えてエリアナは少なからず自分がクラウディオの事を好ましく思っている事に気付く。
好ましく思っている相手に触られる事が光凛は嫌なのだ。
(そうか、あたし、王子のこと嫌じゃないんだなー⋯)
エリアナは、先日フィオリーナとお茶をした時に、フィオリーナから聞かれたことを思い出す。
「エリアナ様は、クラウディオ殿下の事をお慕いしていらっしゃるのですよね?」
「え⋯」
「いえ、あの、決してお二人の仲を疑っているわけではないのです。お互いを想い合い尊重して支え合う姿はとても尊く美しいと思っております」
慌てて弁解するフィオリーナの言葉はもうエリアナには届かない。
あたしは、エリアナは、クラウディオを好きなのだろうか?
エリアナは貴族として政略結婚を覚悟していた。
だから好きとか嫌いとか考えたこともなかった。
素晴らしい立派で凄いお方だと認め尊敬している。
隣に立てることを恐れ多くも誇らしく思う。
同時に少しでも負担を減らせるようにお役に立てるように、もっともっと研鑽に励まなくてはと思う。
好きとか嫌いとかそんな感情を抱くことすら烏滸がましい、尊きお方。
⋯⋯そもそも好きとか必要かな?
好きだと欲張ってしまう。欲しがってしまう。
そんな感情、あたしが持っていいはずもないのに。
とは言え、ここはエリアナとして聞かれているのだ。
淑女らしく完璧令嬢らしく返すべきなのだろう。
「有難う、殿下の事は勿論お慕いしているし、貴女の言う通り尊重し支え合っていけたらと願っているわ」
またお茶に付き合ってくれると嬉しいわ、と別れを告げたエリアナ。
その背中を見送るフィオリーナの呟きはエリアナには届かなかった。
「もしかしてエリアナ様もカルロ様の事を、なんて思ったのだけど⋯」
「エリーの方は問題が1つ解決したらしいね?」
クラウディオの声にエリアナの意識が戻される。
「ええ、嵩増しで請求されていた分は既に回収済み、関係部署には1人として逃すことなく然るべき処遇を与えておいたから、今後しばらく同じ様なミスで予算を過分に請求される事はないはずよ」
「頼もしい限りだね。では例のご褒美デートは近いうちに叶いそうかな」
クラウディオが悪戯を思いついた子供のように笑う。
え、なに。
もしかしなくても王子も楽しみにしててくれたの!?
うわ、めっっちゃ嬉しい!
そうだよね、あんな働き詰めじゃあ嫌になるよね!!
たまにはパーっと気晴らししたいよね!!!
「ええ、クラウはどこか行きたい所は?」
「私はエリーが行きたい所に連れて行ってあげたいな」
それじゃあ困るのよ、それじゃあ。
結局、この時代この世界のお年頃の男の子が何を喜ぶか、分かんなかったんだよね。
アドバイスをもらおうと思ってたカルロはまともに相談に乗ってくれないし、何なら不機嫌になるし。
中身が光凛のエリアナがクラウディオに近付くのを警戒してるんだろうな。
まー、黒川みたいなのが傍に居るならクラウディオの将来も安泰かもね。
働き過ぎで身体さえ壊さなければ。
「それではクラウのご褒美になりませんわ」
「エリーの嬉しそうな笑顔がご褒美だよ」
え、そんな事、何の下心もなく言う男いるんだ。
いや、まあ、いるだろうけど。
TVでしか見たことないけど。
何の恥ずかしげもなくさらっと言うの、すごい。
王子だからかな、すっごいサマになってる。
さすがリアル王子。
「それでは、お互いに連れて行きたい所を考えておくと言うのはどうです?」
「いいね、楽しそうだ」
やっぱり、こうやって笑うクラウディオは年相応に見えてかわいいと思う。
かっこいいクラウディオも素敵だが、かわいいクラウディオは貴重だからかな、こっちの方がより好ましい。
うーん、だけど、クラウディオって結局はフィオリーナと結婚するんだよね?
黒川にも婚約解消するって言っちゃったし。
そうなると、あんまり仲良くするのも良くないよな。
いずれ婚約解消される身としては気持ちよく婚約解消されてあげる為にも、後腐れのないように、変に情が移らないように、政略結婚としての婚約関係を貫くべきだったのだ。
でも、もう約束しちゃったし。この1回だけなら良いかな?
それにデートって言うか、お疲れ様会、みたいな。そうそれ!
で、その後は王子が無理しないように適度に見張りつつ、距離感を保って、踏み込みすぎず、近付きすぎず。
うんうん、良いんじゃない?
一見すると淑女らしく微笑みを絶やさないエリアナの、微妙な百面相を密かに楽しんでいたクラウディオが小さく呟く。
「今のエリーは、どこに連れて行ってあげたら喜んでくれるだろうね?ああ、楽しみだな」




