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ファースト・ミッション  —再会―


 アレには参った…


 皴一つ、シーツのズレ一つ無くベッドメイキングされ直されているベッドになんだか申し訳ない気分で横になり、ジャックスは入浴後の火照った体を冷ましていた。


 ()()()()はちょっとした旅館や民宿にあるような、一人で入るには贅沢過ぎるタイル張りの浴槽と広々とした浴室だった。

 体を洗い落とし、銭湯に来た気分で湯船に浸かっていると、いつの間にか湯気の中に赤い目を光らせた白い人影が立っていて、悲鳴を上げかけた。


「なっ、何でここに!?」

 タオルを巻いたシャーリーが無表情に自分を見下ろしていた。

 メイド服を脱ぐと一際、その小さくか細い肢体が儚げに見える。


「ジャックス様の湯浴みをお手伝いしに参りました」


「あ、ありがとう。でも大丈夫、もう終わったから…!」

 湯船の縁に張り付いて身を隠す。

「出遅れましたか。気が至らず、申し訳ありません。 次回からは入浴の前に一声お声がけ頂ければ…」

「いやいや、次回からも一人で大丈夫! シャーリーだってこれだけの屋敷を管理して忙しいんだし。…あぁ、それと食事も君が?」

 こくり、と小さく頷いた。

「とても美味しかったよ。ありがとう」

 シャーリーの能面のような無表情だった顔が柔らかみを帯び、深々と頭を下げて退出していった。




 …タオル一枚越しの、正に陶磁器のような肌を思い出しかけ、慌てて妄想を振り払った。

 同時に扉からの唐突なノックにびくりと跳び上がりかけた。

「ジャックスさん、起きてますかっ?ブラスディア軍の方がお見えです」

「わかった、すぐ行くよ」

 レオナに応じ、すぐにベッドから降りて…支給されたブラスディア軍の赤とグレー基調の軍服に着替えた。 …午後九時…挨拶に来るには微妙な時間だった。急ぎの連絡か…緊急任務か。


 応接室に入ると、立派な口髭を蓄えたいかにもと言った風貌の40代と30代の屈強な男が二人座り、更に記録の為にレオナがテーブル脇に控え、4人分のライ麦茶を配り終えたシャーリーが盆を手に少し離れた壁際に控えていた。

   

 テーブルに向かうと、男達が大柄な体を立ち上がらせて敬礼してきた。見様見真似の敬礼で自分も返した。年嵩の男の方が口を開いた。強面に反して穏やかな口調だった。

「夜分に申し訳ない。私はブラスディア魔導機兵団長のライヴェルトだ。こちらは副官のウェイン少佐だ。…マーカス議長に君を売り込まれてね。聞いたよ。実弾入りの危険な腕試しをして、荒くれ者揃いの我が精鋭第一師団第一大隊の二個小隊を、武器破壊と格闘で完全に制圧した、とね」 


「初めまして。魔導機士として雇われたジャックスです」

 互いに挨拶を交わして同時に着席した。

 マーカスとは自分を買ってくれた元軍人のブラスディア政府高官だった。


「我ながら無茶をしたものです。第一大隊は手強かったです」

「その割には無傷だったそうだが?」

「…運にも助けられましたから」

「運も実力も申し分ないという訳だ。…そこで頼みたい仕事がある」

 ライヴェルトはウェインに目配せして続きを譲った。


「先程国境警備隊から通信があってな。アレスガルド軍の強襲部隊が国境線を越え、我が軍の警備拠点を攻撃している。ここを落とされれば重要鉱物採掘場への道が寸断されるのみならず、このブラスディアの胸元に刃を突き付けられることになる。 

現在、ログリム砦は二個小隊のゴーレムと四個小隊の歩兵で防衛している状況だが、既に少なからず被害が報告されている。…敵の強襲ゴーレム部隊さえ撃退できれば持ち直せると見ている。

…かといってこちらが大部隊を動かせば、他が手薄になる。認めたくないが現状、我がブラスディア軍魔導機兵の充足率と練度はアレスガルドのそれに劣ると言わざるを得ない。…そこで君に白羽の矢が立ったという訳だ」


 自分は拠点を侵攻された事が無いので防衛戦に関しては素人だった。…だが、歩兵さえいれば、万一の時にはそのまま奪還戦に切り替える事も可能だ。


「…万一ですが、砦に入り込まれて味方歩兵が壊滅していたら、自分一人ではどうにもなりません。しかし歩兵部隊の応援があれば、万一ログリム砦が制圧されたとしても奪還する事が可能です」


「それに関しては安心して欲しい。優秀な歩兵を約束しよう。君はとにかく、敵の魔導機兵を叩く事に専念して欲しい。…かなり旧式のゴーレムを使っていたと聞いているが、夜戦は可能か?」


「はい。非純正を無理矢理代用した暗視レンズを組み込んであるので」


 ただし、無理矢理取り付けた代償として現行機のナイトビジョンに比べれば視界明瞭とは言えない。しかし最悪、視界が無くとも投光器とレーダーマップがあるので、視界が無くとも蝙蝠や潜水艦のようにそれを頼りにして戦える。


「ではすぐにでも出撃を要請したい。既にこちらに向かって歩兵も向かっている所だ」

「確かに命令を受領しました」

 

 互いに立ち上がって敬礼を交わし、二人の軍人を見送った。


 部屋に戻るといつの間にか先回りしていたシャーリーが魔導戦闘服を用意してくれていた。どこか鎧を思わせる硬質的なデザインを多用し、実際にある程度防御力もあったが、それは機体が擱座し、機外での戦闘やサバイバルの為の機能だった。

 そしてメインの機能は、魔導機士の魔力伝導効率を上げ、長時間の作戦行動を実現する事だった。

 

 …この際恥ずかしがっている場合ではない。魔導戦闘服は割と重く、手伝ってもらった方がスムーズに着用できる。シャーリーに手伝ってもらいながらつなぎタイプの戦闘服を着用し、小剣と拳銃の装備されたベルトを渡された。 その他にエマージェンシーパック…敵中や厳しい環境下で擱座して放り出された際の命綱となる、保存食や簡易衣料品の入ったサバイバルキットを渡された。


「ジャックス様、どうか御無事で」

 シャーリーが一際深く頭を下げた。

「何から何までありがとう。…行ってくるよ」


 続いてハンガーに向かうと、既にレオナがヴィロクを起こして機体の最終点検と起動準備に取り掛かってくれていた。 起動準備にも5、10分はかかるので、機体を暖めてくれていて助かった。


「夜分の出撃、ご苦労様です。燃料も武器も万全っスよ。左右のレッグカーゴに予備が3マガジンずつ入ってますし、腰裏にショートナイフも。 ライフルは弾の互換性の為にブラスディアの制式マシンライフルに換装しました」


「アレスガルドのライフルは精度が高くて好きだったんだけどな。このマシンライフルの長短はどんな感じ?」

「精度はアレスガルドのにどうしても負けますね。でも、頑丈さと信頼性はこっちの方が上です。装弾は同じ30発です。…スナイパーライフルにしますか?5発しか装填できませんけど」


「いや、こっちがいい。 セットアップありがとう。レオナもありがとう。二人共、あとはゆっくり休んでいて」


 武尊に乗り込み、機体を前進させた。 …うん、前よりさらに調子が良くなっている。動きのレスポンス…キレからして違う。


 ヴィロクが巻き取りチェーンに取りついてシャッターを引き上げた。満点の夜空の下、夜闇が広がっていた。 その闇の彼方から光点が一つ、近づいていた。


(味方の歩兵部隊か)


 …光点は一つのままだった。嫌な予感がしたまま待ち受けると、何とバイク一台だった。

(冗談だろ、バイク兵一人…?)

 何かの嫌がらせか?…そりゃ、乗ってるのがHOGで遊んでいた時のようにエマだったら分かるが…


 バイクが武尊の足元で停まった。ヘルメットを取ると、相手は唖然として武尊を見上げ、そしてジャックスも同じ顔で足元の歩兵を見下ろした。慌ててハッチを開け、顔を見せた。


「エマ…小山なのか!?」

「じゃあやっぱり篠川君!?」

 会話は嚙み合っていなかったが、是である何よりの証左でもあった。

「何てことだ…まさか君までこの世界に…」

「うん。なんかチャラそうな神様?に送られて…でも、神様に言われた通り何とかやれていたんだけど」


 彼女もあの事故で死んで、この世界に転移していたのか…しかし、彼女の正体があのエマなら、確かに一騎当千の最高の歩兵だ。


「…任務は聞いている?」

「うん。結構ヤバそうだけど、篠川…ジャックスがパートナーなら楽勝なんじゃない?」

「こっちも今、懸念が無くなった所だよ。…やっちゃう?」

「やっちゃおう」

 

 通信回線の周波数を共有し、エマがヘルメットを被り直した。自身もハッチを閉め、暗視機能をオンにした。…視界は今一つ。やはり、マップを併用しつつ行動するしかなさそうだ。


 ハンガーの中から帽子を大きく振るヴィロクと、心配してくれているのかこちらを見守り続ける二人の少女の陰が見えた。


 ジャックスは武尊を器用に扱い、武器を持たない左手でサムズアップして見せた。


 ホバーダッシュに移行し、ぼんやりとした緑色の視界とマップの地形図を参照しながらログリム砦を目指す。


『こっちに来てからどうしてたの?』

「不法投棄現場のガラクタ山に転送されてさ。その中に埋もれていたコイツを修理してアレスガルドに…そうだ、アレスガルドで澤田や中嶋、山岸達もこっちの世界に転移していた。…なんか、この世界に来てより生き生きしているみたいだった。…それこそゲームみたいに酷い事を…」

『澤田君達が…』

  

 彼女とて本来は所謂カースト上位女子だ。…前世からの知り合いを選ぶなら、あちら側と合流したいかもしれない。


『…私、ジャックス…いや、篠川君に謝らないといけないね。 …ごめんなさい、見てみぬ振りしてて。他の子たちと一緒に…笑ってた』

「…仕方ないさ。俺だって、逆の立場だったら絶対に助けたりなんてできなかった。少なくとも俺は小山の事はちっとも悪く思ってないよ」


 今は一緒にこの世界で命を賭けている。自分から謝罪もしてくれた。それだけで十分だった。

 

「それに、この世界に来た以上は過去の嫌な事は流そうよ。…また、ゲームで遊んでた時みたいに仲良くやろう、エマ?」

  

『……ありがとう、ジャックス』


 漆黒の夜闇の中に明々とした光が見えてきた。

 激しい猛攻を受けるログリム砦の城壁が照らし出され、重装型ゴーレムが巨大な鉄槌で城壁の一部を破壊した所だった。




『畜生!俺達は見捨てられたのか!?増援部隊の影も形も見えねぇじゃねーか!』


 城壁の上からランチャー兵と共に城壁を襲ってくる敵の2個中隊…30機余りに向けてマシンライフルで応戦していたツヴァイハンダ―A型が一機、爆散した。


『クソッ、また誰かやられたぞ!?…ケインかよ…畜生!』

『ああ、ポーカーの支払い分、あの世まで持ち越しだな!…待てよ、レーダーマップを見てみろ!』


『歩兵1ユニットだけじゃねーか!伝令かよ!?』

『いや…よく見ろ、敵味方識別信号のないゴーレムが居るぞ!まだ敵に気付かれてねぇ!』

『歩兵一人とゴーレム一機で何が変わる…』


 ドドド、ドドド、とバースト射撃音が響き渡る。

 城壁をハンマーで叩き壊したアレスガルドの重装魔導機兵…ゼオルE型が両腕関節を撃ち抜かれ、その場で立ち尽くした。


『なんだ!?スナイパーなのか!? 貴重なスナイパーを出してくれたのか!?』

『…いや、妙だ。隠れずにこっちへダッシュしてくるぞ? あれじゃ自殺行為だ』  




「…エマ、君は生身なんだから気を付けて」


『ありがとう。けど私、ステータス高いからゴーレムの攻撃でも喰らわない限りそうそう死なないから』

「それでも、無茶だけはしないで。…リスポーンも無いから。 無事に帰って、また君と色々話したい」


 エマのバイクと別れ、ジャックスはホバーダッシュで左右にドリフト回避しながら敵部隊からの銃撃を回避した。


『なんだアイツは…砦の援軍か!?』


『…なんだ、よく見ればコケ脅しのオンボロだ。あれで…』

 頭部を撃ち抜かれ、ゼオルA型が一機崩れ落ちた。 周囲のゼオルが崩れ落ちた僚機を茫然と見下ろし…銃口と共に顔を上げた。


「もう遅いッ!」


 更に三機へ銃弾を叩き込み、破壊した。弾倉交換しつつ、マシンライフルを背面ラックに収納してヘビーソードを抜いた。

「死にたくなかったらどけぇッ!」


 巨大なヘビーソードの一振りで三体のゼオルが腰部を切られ、最後の四体目は切れ味が鈍って刃が敵機を凹ませて叩き壊した。


『な、なんだコイツは!?敵の重装型か!?』


 武尊は手近な一体の膝関節に蹴りを放って破壊し、敵中から一時離脱した。無骨なシルエットが夜の森へと消えていく。…この一連の多重ヒット&アウェイで二個小隊分のゴーレムが戦闘不能になっていた。


『旧式に見せかけた敵の新型だ!追え!何としても破壊しろ!攻城部隊はここで…』


 再び森から現れた武尊が、攻城部隊…ゼオルE型とゼオルD型…カノン砲を装備した砲戦仕様機の横腹へと襲い掛かった。

 急襲に最も脆弱なⅮ型と、旋回性が最悪のE型では対処できず、まずⅮ型が餌食となった。悪あがきに発砲した砲ははるか彼方の空へと消え、武尊の振り下ろすヘビーソードに一刀両断された。


 ジャックスの巧みな操縦によりその反動を利用され、ようやく武尊の方を振り向いたゼオルE型がハンマーを振り上げた。


「やっぱり遅いッ!」

 というか、間合いがなってない。突進すると見せかけて一瞬だけ停止し、鼻先を強力なハンマーが空振りして台地を耕した。

 当たれば武尊など一撃でパイロット諸共スクラッププレスだ。 が、当たらなければ何にもならない。

 E型の腰を横薙ぎに切り払い、重装甲を物ともせずヘビーソードはE型を両断した。

 ヘビーのメリットのもう一つは、現行機に劣らない出力…パワーだ。農民が重機代わりに使うのも頷ける。


『おのれ…!こうなったら…』

 歩兵隊が崩れた壁から砦内に侵入し、内部から制圧しようと侵攻を始めた。こちらには二個中隊の歩兵が用意されている。敵は高々一個中隊にも満たない。砦がこちらの歩兵のものになれば、連中はこの砦をむざむざ破壊するか放棄するかの二択を迫られる。


『な、なんだこの女は!?』

『どうした!?』  


 …応答は無かった。



 城内に侵入した歩兵と守備隊の歩兵が白兵戦を繰り広げる中、数で勝るアレスガルド軍の歩兵隊は力押しで主要施設…ゴーレムの補給品が収められているハンガーへと殺到した。


 ここが抑えられれば守備隊ゴーレムとジャックスの武尊はいずれ弾切れ、燃料切れとなり、撤退を余儀なくされる。


限られた人員で守るしかないため、浮足立ったわずか二人の守備兵がゲート前に立つだけだった。そこへ二個小隊40人もの兵が押し寄せる。


「投降しろ、さもなくば死…」


 アレスガルド兵の足元に銃弾が撃ち込まれる。


 サブマシンガンとサーベルで武装したエマがハンガーの屋根に佇んでいた。


「投降して。さもないと…」

 一斉射を浴び、エマの姿が霧散した。


「ぐあぁああッ!」

 発砲した兵の一人が腕を切り落とされていた。 振り向いた兵達に容赦ない銃撃がシャワーのように浴びせ返された。


「…ごめんね、こっちも死にたくない理由ができちゃったから。殺されるくらいなら殺して生き残る」


「このアマッ…」

 振り向き様にサーベルで切り掛かった兵の手が、やはりサーベルごと転がった。


 他の兵が放った銃撃を潜り抜け、エマのハイキックが兵の頭蓋を粉砕する。


「こいつ…バケモンか…!?」


 …やがて、朝焼けと共に砦の内外が静けさを取り戻した。 残されたのは破壊された大量のアレスガルド軍ゴーレムと、幾人もの敵味方の死体。 そしてアレスガルド兵捕虜。


 ジャックスはコックピットハッチを開け、その光景を見渡していた。

 …ゲームの時や、これまでは無かった血生臭い匂いと光景がそこに広がっていた。


 …その中にエマも、悲しげに立っていた。 

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