最強傭兵と敏腕事務員と凄腕整備少年、そして辣腕メイド
アレスガルドに帰還した三賢者の前には惨憺たる状況が広がっていた。
仮にも自ら指導した兵らがあの青瓢箪…篠川一人捕らえるどころか、チューンナップして配備されたゼオルA…のみならずB型まで損壊させられ、それでいて相手の魔導機兵に一矢報いた痕跡は無かった。
…この際、篠川を逃したことはどうでもいい。問題はこんな簡単な命令が履行されず、寧ろ逃走された事…つまり「敗北」したことだ。
「ありえねぇ…」
澤田は取り巻きの二人と親衛隊を連れ、機を降りてその惨状を茫然と眺めていた。
こいつら、使えなさ過ぎだろ… 交戦しながら損害を免れた兵を含めれば、実に30機、一個中隊相当が雁首を揃えて、一機の旧型ゴーレムに掠りもしなかったという事だ。
あの、クソ陰キャ一匹相手に。
…そして、いくらゴミ雑兵どもと言え、その指導責任者である自分達の立場に少なからぬ責任と影響は免れられなかった。
実際、この連中には何度となく、対戦形式で直々にトレーニングを付けてやっていた。
「…申し分もございません。精兵とゼオルB型を与えられながら、おめおめとしてやられました」
正門守備隊長が堂々と直立不動の姿勢で失態を報告した。
…何より腹が立つのは、日本と違ってこいつらには土下座どころか頭を下げる習慣すら無い事だ。
図体と強面、そして喋り方だけは立派な守備隊長の腹に強烈な一撃をお見舞いして跪かせた。
「この役立たずの木偶の坊共が!軍学校で一体何を学んだんだ? てめーの母親にでも操縦を習ったのか?…ゴミ共めッ。部下共々、歩兵への転属も覚悟しておけッ!」
最悪だった。24機もの貴重な侵攻戦力が削がれたことは。
戦力の回復には時間と金が掛かる事だろう。 そして、これまで常勝無敗だった自分達の戦歴に要らぬ泥を塗られることになる。
…せっかく、ここの戦争のせの字も知らないボンボン国王を手懐けたばかりだというのに…
「三賢者殿、陛下がお呼びです。…此度の市中での騒動について直接、三賢者殿からの説明が欲しいと」
国務大臣が出しゃばって来た。…自分達がアレスガルド国王に懐かれてからというもの、日陰者であった存在だ。…この機に自分達の上げ足を引っ張り、を追い落として少しでも失地回復を急ごうという魂胆が丸見えの下卑た薄ら笑いを浮かべている。
…どうせ、市外を篠川とゴミ兵士共が鬼ごっこしている中、城に腰抜け王と共に裸で抱き合って震えていたのは間違いない。 腑抜け奸臣だ。…だが今は、このゴミ兵士共のおかげでその腑抜け奸臣と国王に良い材料を与えてしまったのも事実だ。
「これはこれは国務大臣殿。我らが鉄の火雨降りしきる戦場でブラスディアの敵中深くに喰らい付いている間、よくぞアレスガルドを守って下さいました。…あとで兵共から大臣殿の働きぶりと武勇譚を聞くのが楽しみです」
「いえいえ、そのような大それたものはありません。…ただ兵に落ち着き、陛下を守る事を本義としつつ各々の仕事を尽くすよう声を掛けただけですから」
――ふん、その陛下を守る為に正門を手薄にして、結果的に奴を取り逃がした訳だ。陛下の為という言葉で誤魔化せると思ったら大間違いだぞ。
…そういえばたしか、コイツには若い娘がいたな。…もう少し分かりやすいメッセージじゃないと伝わらないらしい。 不幸な事件から始まる家庭内不和にならなければいいが。
どす黒い笑みを浮かべ、国務大臣の脇を通り抜けた。
むしゃくしゃする。 …あの商会の受付女、好みだったな。 日本じゃあるまいし、ここなら尚更人権を剥奪して都合の良い奴隷とする事など訳は無い。そのための汚れ役を働く部下も、闇商人とも人脈を築きつつある。…後の楽しみにさせてもらおうか。
国王からねちねちとした遠回しな叱責と嫌味を受けた後、国務大臣が自分の娘を王族の運営する警備の強固な学園に移していた事は余計に彼らを苛立たせた。…そして、当てにしていた小娘も篠川の逃走と時を同じくして、完璧すぎるタイミングで姿を消していることを知ったのはその直後だった。
「…たった一人のゴーレム乗りと事務係のお嬢ちゃんで傭兵だぁ?ははは、おままごとする年じゃねーだろ!その売り込みとビッグマウスは買うがな!」
屈強な歴戦のゴーレム乗り達の悪意無い哄笑は、一時間と経たずに凍てついた無言へと変わった。
ブラスディアの王都近くでスクランブルしてきた兵に案内された先で、ジャックスは自らを売り込んだ。
…表面上は慇懃無礼かつ傲岸不遜を装っていたが、仮面の下では割と必死だった。
自分の身一つならそこまでムキにならなくとも良いのだが、少女一人を誘って連れ出して来た以上、惨めな思いをさせる事はできなかった。
ここで、自分は絶対に必要不可欠な存在にならなければならない。自分が必要になれば自動的にレオナもこの国に必要になる。
標準的な射撃武器を手に入れただけで、ジャックスと武尊は二個小隊の標準部隊など敵では無くなっていた。自分の本来の強みは遮蔽物が多く立体戦闘が可能な市街戦だったが、平原地帯でも十分だった。
今も、身を隠す物が何一つない荒野のど真ん中にブラスディア王国軍の魔導機兵、ツヴァイハンダーA型が死屍累々と転がっていた。
当然の如く武尊はほぼ無傷。
武尊の旧式ながらのレーダーマップさえあれば、この程度の練度の兵がもう二個小隊増えて一個中隊レベルになったとしても無傷で捌ける自負があった。
無敵になる訳ではない。常に逃げ道を一ヶ所以上確保しつつ、敵の射線を可能な限り絞るだけ。
強いて言うなら、敵そのものが遮蔽物。
機体は破壊はしていなかった。
彼らはこれか始まるであろうアレスガルドの侵略に備える大事な戦力資源だったから。射撃武器だけを破壊し、投降、もしくは格闘自慢の相手も全て格闘で捻じ伏せた。
格闘自慢と言っても自分ほどゴーレムの手足を使いこなせていないので、圧倒するのは容易だった。
…そして、えげつない完全勝利をまざまざと見せつけた挙句、脅し文句を叩き付けた。
「今なら有利な条件の代わりに格安で雇われてやる。交渉は一回きり。気に入らなければラガルメスかアルカディアへ流れるだけだ。…俺が居ない状況で、俺と同等の腕を持った三賢者率いるアレスガルドの軍勢とやり合うかどうか、よく考えると良い」
…幸いにも、自分の戦いぶりを見た元魔導機士の高官が一早くブラスディア軍・元老院中枢に怒鳴り込み、自分達を獲得するために破格の待遇を土産にしつつ、こちらの要求を全面的に呑んだ。
要求した十分すぎる給料と必要な武器弾薬・食料等の補給物資の他、出撃の拒否権や休日もしっかりと確保した。 …この他に例の元軍人である高官がブラスディアから、租借地の半永久的な貸与…そして拠点手配、更には腕利きの整備兵と身の回りの世話係となる使用人の手配を申し出てくれた。
…少々脅し過ぎたかと申し訳ない気もしたが、願っても無い申し出だったので、こちらもそれ以上ゴネずに条件を受け入れた。
「…レオナさん、申し訳ないのだけど…もしよかったら、ここで働いてくれる事務員さんが見つかるまで事務処理の面倒を見てもらえないかな?」
ダメ元で頼み込んでみたが、レオナは快く引き受けてくれた。
「勿論です。雑用だってこなしてみせますよ」
「いや、そこまでは…でも、使用人さんと上手くやってもらえるとありがたいかな」
与えられた拠点は、元が地元の名士が所有していた小さな城じみた豪邸を改装したものだった。
十分すぎる居住空間と、屋敷の一画…元は小劇場があった場所をくりぬいて改装した広いハンガーを有し、傭兵としては常識破りな待遇を受ける事となった。
(後が怖いと言えば怖いが…こりゃ良い)
ハンガーに収められた愛機・武尊に取りついて駆動系のメンテナンスをした後、装甲を剥いで内部フレームを入念に覗いているたった一人の整備兵が居た。
整備兵は本来、ゴーレム一機に付き最低でも3、4人はつくものだ。だが、彼は一人で作業に没頭していた。
「…内部フレームのアッセンブリに問題でも?」
声を掛けると、日焼けした肌の少年が振り返った。…自分より少し年下だろうか。
「初めまして、ヴィロクです!…内部フレームもアッセンブリも最高ですよ。…難癖をつけるなら、やたら錆びてて、ケチって屑鉄でも使ったのか、って思う所っスけどね。でも、それにしたって骨太で武骨、良い仕事してますよ。誰がカスタムしたのかは分かりませんが、ノーマルのままのヘビーだったらとっくにパイロット諸共鉄屑戻りだったでしょうね」
「うん、俺がカスタムしたんだ」
「…あー、失礼しました。今のは…」
「いや、分かってもらえて嬉しいよ。…どうしてもヘビーで戦いたかったんでね」
「よくこんな自動管制もオートバランサーもついてない、農耕機械みたいなマニアック機に乗ろうと思いましたね?」
「なんだか相性が良くってね。…カタログスペックじゃ測れない性能って、人にも機械にもあるもんさ」
「開発部の頭でっかち数字オタク共に聞かせてやりたいっスよ」
「元は開発を?」
「…オタク共とは反りが合わなくて。…何よりココが敵わなくて」
ヴィロクはトホホ、と漏らしながら自分の側頭部を指さして見せた。
「俺も頭はアレだから力になれるとは思えないけど、実戦データなら提供できるかもな。…いつか俺や皆があっと驚くような発明してくれよ、ヴィロク」
「はい!これからよろしくです、ジャックスさん」
ヴィロクと別れ、少し休もうと自分のネームプレートが掛けられた部屋へと向かい、ふかふかのベッドに身を投げ出しながら夢見心地に思った。
…浮かれていられるのは今だけだ。これだけの待遇をさせた以上、戦場でその見返りをたっぷりと支払わねばならない。 さもなくば…分不相応の贅を貪った者の末路は古今東西、お伽噺の中でも相場が決まっている。
足音も無く、ノックだけが突然響いて、ビクリと身を起こした。
「失礼します、御主人様」
部屋に入って来たのは、まだ15になったかどうかの極めて小柄な少女だった。真っ白な髪に肌…アルビノだろうか…髪も肌も、白と言うより、色そのものを奪われたような儚さがあった。 雪ウサギのような、そこだけ赤い瞳がどこか痛々しく感じる。 …その赤い瞳さえ、光を奪われたように無感動だった。
あどけない顔に反し、絵本でしか見た事のないメイド服を隙なく着こなしている。
「あ、家政婦さんかな?…御主人様は止そう。僕の事はジャックスでいいから」
こくり、と少女は頷いた。
「シャーリーと申します。 …ジャックス様、湯浴み、お食事どちらも準備が整いましたのでいつでもどうぞ。お風呂はジャックス様専用の浴室がございますので、そちらをお使い下さい」
「あ、ああ…ありがとう、シャーリー」
空腹を覚えて食堂へと向かった。 既に整備を終えたヴィロクがナイフとフォークを野蛮に使いながら旺盛にステーキに貪り着いており、背後に控えるシャーリーにジト目で何やら物言いたげな視線を投げられている。
「ああ、ジャックスさん、お先に頂いてます!いやぁ、一人で整備に行けって言われた時はどんだけこき使われるかと思ったけど、凄い待遇ッスね!料理も美味いし、俺なんかにもデカい個室が付いてるし!おまけにジャックスさんはホントに戦ってるんスか?機体に傷らしい傷が無くて疑いたくなっちゃいますよ!おかげで仕事は楽っスけど」
「ははは…これでもアレスガルドでは大立ち回りしたつもりなんだけどね」
「冗談っスよ!装甲は擦過傷以外ノーダメですけど、内部の駆動系消耗部品はえげつない減り方してましたから。…もしかして元がよほど古かったのかな?それにしても尋常じゃない減り方してたから、相当変態じみた三次元機動とかしてたんじゃないっすか?」
鋭い。完全に言い当てられている。…見た目は機械好きな子供だが、駆動系のダメージまでは頭が回らなかった。…彼に整備してもらわずに連戦していたら、思わぬ足元をすくわれていたかもしれない。
扉を開閉する音が食堂に響いて、レオナが入って来た。
「わっ、美味しそう!全部シャーリーさんが?」
こくん、とシャーリーが頷く。
「それじゃ、皆揃った事だし頂こう。シャーリーもほら座って…って、シャーリーの分は?」
「私は別に食べますので」
当然の事だと言わんばかりに返す。
「そう言わずに、できれば次回からは一緒に食べたいな」
ヴィロクに若干の当てつけも兼ねて言ったが、当の本人は気付いてすら居ない様子だった。
「…御命令とあれば」
同じくヴィロクを横目で見ていたシャーリーが応じた。




