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錆の巨人


 …顔を猫に爪で鷲掴みされるような痛み。

 

 酷い寝苦しさに目を覚まし、ゆっくりと体を起こした。

 顔に異物が張り付いていて、その鉤状の足が痛みの原因だった。角を短くしたカブトムシのような甲虫を顔から振り払い、ゆっくりと周囲を見渡した。


 静かな山中。手つかずのままの美しい山の斜面が…錆の浮いた人工物の山で穢されていた。


「うわぁ…すげぇガラクタの山」


 だが、それに目を背けて斜面から反対方向を見ると、どこまでも続く平原が見えた。

「おお…本当に異世界なんだな…」

 ガラクタ山の傍らには小さな小屋らしきものがあった。 恐る恐る覗いてみるが、もう何年も使われていないらしく、粗末なベッドと机、それに工具棚があった。

 工具棚には…見慣れた工具があった。

 現実世界の工具ではない。 現実世界ではDIYなどとは無縁だった。

 HOGのゲーム世界で使用する、カスタム・修理時に使う工具類だ。 


 手に取って試してみる。魔力を一消費し、問題なく作動した。ごく少量の魔力を消費して使用する魔導工具で、機械の溶接、切断、そして先端パーツを交換するだけでスパナやレンチのような締め付け・緩め外し作業にも使える万能工具だ。

 


 …だが、肝心のゴーレムが無い事には何にもならない。町に行ってこれを元手にどうにかするしかないのか?このままボーっとしていればサービスの食料も食べ尽くしてしまってどうにもならなくなる。ふと思い当って財布を取り出して見ると、この世界の通貨に置き換わっていた。500ゴールド。


 …この世界の物価相場は分からないが、ゲームの一般常識から見てもそう決して多くないであろうことは想像できる。


 更に自分の状況を確認する。…ステータスを意識すると、確かにゲーム世界で自分がキャラクリエイトしたジャックスの名と顔と共に、自分の状況がホログラムのように浮かび上がった。…レベル1、HP、MP共に30ずつ。職業無し、スキル無し…本当にモブの村人の設定だ。衣服もそれっぽいものに変わっていた。持ち物が同等品に置き換わっているため、ボストンバッグは布の大鞄に、リュックは革のものに変わっていた。その中に入っていた着替えもこちらの世界の物に代わり、あとは果物やパン、干し肉など、長持ちしそうな食品と水筒が入っていた。神様からのサービスと言う訳か。


 たしかに、転移先がこんな山奥の不法投棄場所では食っていくのに苦労しそうだ。…場所もはずれ以下、と言う訳か?


 ガラクタ山に何か使えそうなものが無いか調べに戻った。


(しかしすごい量のガラクタだ…崩れてきたら俺なんか一発でお陀仏だな)

 

 いくら天国行きが約束されていようと、そんな終わり方は嫌だ。今にも崩れて来そうガラクタ山の鉄屑表層雪崩に最大限警戒しつつ、ガラクタの中を覗いて回った。 錆びた剣のような物を発見し、それに手を掛けると、少しだけ抜いた所で切っ先が無い事に気付く。


 …ゴロ、と不吉な音がして、背筋を凍らせながら脱兎の如くガラクタ山から離れた。


 鉄屑や鉄骨が盛大に崩れ落ち、周囲に散らばった。崖下にも転がり、耳障りな轟音と金属音が幾度となく響き渡った。


 小屋の影まで逃げていたジャックスの目に、雪崩が終わったガラクタの中に一際大きな塊が映った。


「あれは…」


 ゴーレムのシルエットだった。…知っている。ヘビーと言う、HOGサービス当初、全てのユーザーが最初に乗り込むことになる旧世代ゴーレムだ。

 現行サービスでは新規参入者はもう二ランク上のゴーレムが初期搭乗機として与えられる。その為新規参入者がヘビーを入手する方法は無く、公式としてもゲーム世界の設定としてその名を残しているだけだ。

 また、ヘビーは現行のゲーム環境ではどんなにカスタムしても決して現行の初期搭乗機にすら敵わないとされ、誰も使う者は居なかった。


 …自分以外は。


 雪崩の心配が要らなくなったガラクタ山へ再び歩み寄る。

 そこに鎮座して眠る、錆だらけの巨人を見上げた。


「…お前も見棄てられたクチか?」


 棄てられた巨人は眠ったままだった。


「それじゃ、ハズレ者同士、お互い仲良くやろう」

 …おそらく、これが自分の活かせるものだろう。


 


 リアルで自分に出来るのか不安だったのも最初だけで、ゲーム最初期の手探り感…あの時の新鮮な感動を追体験するようで楽しかった。

 

 ヘビーの肝心な動力減と操縦系は生きていた。…恐らく、部品取り用に残しておいた故障機が利用されないまま次世代ゴーレムが普及して、ズボラな投棄者によってこうしてゴミ山に埋もれていったのでは無いか? 

 

 …そのおかげでこうして自分が好き勝手出来るのは皮肉なものだったが。


 しかし旧世代ゴーレムであるヘビーには、先天的な弱点があった。

 それは骨格フレーム…文字通り人間でいう骨のフレームが、当時の戦争時の事情により製造段階からコストカット…ケチられ、現行機に比べるとヨボヨボのお爺さん並なのだ。 まずはその骨格フレームの肉盛りから始めた。

 

 材料である鉄屑との相性は抜群だった。 

 これも善し悪しだが、ヘビーの材質は主に鉄で、現行機の魔石と違って極端な防御力や特殊効果は無いが、このゴミ山にあるガラクタで幾らでも増強化できる。

 

 可動域と関節部が干渉しないか時折ヘビーに乗り込んで動かしては確認しつつ、暗くなるまで…魔力の限り作業を続けた。

 

 続いて外骨格、そして装甲の強化…これだけ欲張って重量過多にならないのがヘビーの唯一と言ってもいい、ロストテクノロジー扱いされてネタにもされている魔導エンジンである。


 実際、これはゲームでは半分バグのような物だったが、それでも幾らカスタムしても、例の設定である骨格フレームの脆弱性に起因する基礎性能の低さとカスタムの幅の無さがネックとなり、ヘビーは幻のネタ機体として消えたのである。


 しかし、そんなヘビーが自分の最終的な愛機だった。この世界での最初の邂逅が愛機になるとは、運命じみた物を感じずにはいられない。


 改修作業は順調に進み、バッグの中の食料が心許なくなる頃、遂に最終セットアップに取り掛かった。


 コックピットに乗り込み、レバーハンドルとフットギアを慎重に操作し、ゆっくりと立ち上がってみる。

 …難を上げるなら、資料設定上ヘビーの名前の由来の一つとして、この操縦機器の重さがある。

 パワーステアリングを搭載しない古い車のように、動作には少々筋力が必要となった。これがモヤシ体型の自分のネックとなるが…機体に慣れるしかない。


 動かし方は体が自然と理解できていた。まるでゲーム操作のようにヘビーは思い通りに動いてくれた。


「いいぞ……!」


 少々激しい動きも問題無し。ゲーム同様、動かし方に難と独特の癖があるが、それは寧ろ自分にとって一種のリズムでさえあった。 …大排気量のエンジンの振動や音が堪らない、というものに近いかもしれない。


 ソードやライフルなどの武装は流石に無かったが、鉄材を寄せ集めて溶接した大きめの剣を自作してみた。魔導工具で刃付けもした。


 可能な限り錆を削り落とした後、小屋の中で見つけたペール缶を幾つか引っ張り出し、最後の仕上げをした。

 ダークブルーに白、赤のアクセント。全身を愛機同様にペイントし、折れたヘッドアンテナも適当な部材を代用して直してやった。


「今日からお前は武尊だ。…お前がいなければ俺はこの世界で何の特技も無いからな。よろしく頼むよ」


 肉盛りして塗装したせいか、発見時の寂しげなスクラップ感は消え、精悍な印象を蘇らせた武尊を見上げた。


 さて…この世界がゲームと同じ世界観なら、大きく三つの国…勢力がある筈だ。

 

 アレスガルド・ブラスディア・ラガルメス。 プレイヤーはこの何れかの勢力に属し、その枠の中で大なり小なりの自身のチームを持っていたのだ。


 あのゲームの中では自分は盗賊団として暴れていたが、流石にこの世界では盗賊ごっこはやめよう。とりあえず、この武尊を使って何か真っ当な仕事をしよう。モヤシの自分ではダメでも、5メートルのゴーレムに出来る仕事ならいくらでもあるだろう。例えば…農業とか治水工事とか…災害救助とか。


 …じゃあその鉄屑剣は何だと言われれば、自衛用としか言えない。なにせ、この世界にどんな危険があるか分からないのだから。


 …あのゲームでも時折現れたチーターや荒らしのように、頭のネジが一ダースくらい溶けてなくなったようなのが現れないとも限らない。 こういう世界は大抵、法治国家の壁から出ると無法地帯と相場が決まっているのだから。


 ゲーム内と同じように…いや、それ以上に機体を完璧に操作できるよう、その日一日かけてじっくりとあらゆる動作をトレーニングした。

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