9.これから
勇気、ゼクス、アリサ、最後に副師団長の四人は、洒落た雰囲気の空間にいた。
落ち着きを示す木の色。カウンター越しに並ぶ豊富な酒瓶と装飾に凝った棚。そして、壇上で音楽家三人がハーブを奏で綺麗な音色が空間に包む。
ゼクスが紹介した昼食用の店だった。
勇気が初めに入店した際、何処か大人が寄るバーにでも入ったのかと思っていた。
店内の半分が客で埋まり、わずかにガヤガヤとしは居たが、客の雰囲気も比較的静かなのだ。そんな余り経験のない雰囲気の店に勇気の体が強張ったが、ゼクスは「楽にしろ」と茶化すような笑顔で言ってくれたので幾分か楽になった。
その後、二人は店内に入ってゼクスが店の奥に進んでいく。すぐに勇気は視線が集まるのを感じた。ゼクスが王国直属の第四師団というのだから、それも当然だろう。ゼクスは名実共に相当な力を持っているのだ。そんな人物が訳も分からないひ弱そうな少年を連れて歩いている事に気にならないという方が無理な話だ。
ゼクスと勇気は一番奥の四人がけのテーブルに腰掛ける。勇気もその向かいにと腰掛けた。
「飲み物はどうする。酒飲めるのか? それとも別の物がよかったらココなら何でも用意できるぞ」
「えっと……」
勇気が悩む。
酒には興味があった。こうゼクスが進めるのだから自分の年頃でも飲んでも問題ないに違いない。しかし、今はどうしても飲む気にはならなかった。ならば、あるかどうか不安もあるが今日まで飲んでない且つ、自分がよく愛飲するものはあるかと聞いてみる。
「お茶ってありますか。甘みのある紅茶じゃなくて、渋いものなんですが」
「茶か。珍しいもの飲むのな」
そういうとゼクスはウェイトレスを呼んで注文を始めた。
間もなく、サービストレー抱えたウェイトレスが到着する。トレーの上にはワイングラスと酒瓶、それと大き目のコップに勇気も見慣れた色の飲み物が在った。
ゼクスはウェイトレスからグラスと酒瓶を受け取ると自分でグラスに注ぎ、ぐっと一気に呑んだ。見ている勇気は豪快だ、と思いながら自分もウェイトレスから受け取ったコップに口をつける。中見は見た目通りで注文通りの冷たいお茶だった。勇気は茶という飲料があることに感謝する。なければ今後は水ばかりの虚しいものになっていたハズだ。
しばらくして、アリサと副師団長が店内に入店する。周囲の客は、副師団長を見て一瞬ギョッとしていたが、それもすぐに取り止め自分達の食事へと戻っていた。
「入らなかったのか?」
ゼクスがにやけた表情で副師団長を見ながらアリサへ問いかけた。するとコクリと頷くアリサ。
副師団長の両手には大きな袋。おそらくアリサの衣類だろう。傍から見れば、まるで買い物に使われた父親である。勇気は笑いが込み上げてきそうになるもなんとか堪えていた。
副師団長はゼクスの隣に腰掛け、アリサは勇気の隣に腰掛ける。そのすぐ後にアリサは勇気が飲むコップをまじまじと見て問いかけた。
「何飲んでるの?」
「お茶だけど」
どうやらアリサにとっては初めての飲み物のようだ。
ゼクスがアリサに何を飲むかと聞くと、勇気と同じものがいいと言ったので、そのように注文する。
「苦い……」
それが、お茶を飲んだ彼女の第一声だった。
しばらくして料理が届く。大き目の丸い皿が二つ。料理は、どこからどうみても勇気もよく知るピザだった。ゼクスが言うにはピザを作る店は限られているようで、その中でもココの店は断トツに美味しいという事で通っていると言う。
ここで勇気は副師団長が仮面を外すのかと思ったが、どうやら食事は一緒に取らないようで読書を始めていた。こちらもゼクス曰く「いつもこうだから慣れてくれ」と言った。
食事中の話題はアリサが「ゼクスは何番の師団なのか」というものだった。
「え……本隊なの……?」
「意外か?」
「それは……」
尻すぼんでいくアリサ。
ゼクスは笑って済まし、豪快にワインを飲んでいく。失礼なんだろうが、細かいことは気にしないと言っているようだった。
それから店に来る前に泥棒をゼクスが捕まえた話を終えて、話題は王国内についてに変わる。
ゼクスが自分のメニューウィンドウの≪地図≫を開いて、勇気とアリサに見せながら説明していく。この王国は中央に城があり、四方向に≪商業区≫、≪居住区≫、≪農業区≫、≪師団区≫最後に中心に位置し高い塀で円形に囲まれている≪城下≫に分かれている。ただしゼクスと副師団長は農業区には面倒だから余り立ち寄らないと言い、もっぱら師団区と商業区、加えて城下だけと言った。
そして重要な事として最後に説明を付け加える。師団の宿舎は全部師団区。とりあえず寝床としては師団区、買い物や料理店に行きたいなら商業区にいけば何とかなると言ってウィンドウを閉じた。
食事が終わり次第店を出るとゼクスが店の一歩外で立ち止まる。
「俺は寄る所あるから後は頼む」
ゼクスは両手に大きな袋を抱えた副師団長へと言うと、一人何処かに行ってしまった。
副師団長がついてこい、と言うので勇気とアリサは大人しくついていく。
勇気はついていく際、周りに注意しつつ≪地図≫を開き、自分達が何処を歩いているのか確認しながら進んだ。
しばらく進むと師団区に入ったのが地図上で分かった。
アリサと勇気には寝泊まりできる個別の宿舎が未だ与えられていないので、ゼクスと副師団長が利用する宿舎に行くと副師団長は言う。
師団区を歩いていると何人もの師団員にあったが、その全てが副師団長に一礼して道をあける者ばかり。副師団長に緊張して挨拶する師団員を見て、やはりみんなそうなんだよな、と一人納得する勇気だった。
「ここ一体が第四師団の宿舎だ」
副師団長が足を止めたのは、二階建て石造りの白色の建築物前。無個性に見えるそれは、副師団長の住む処にピッタリだと思わせた。
中に入れば、外観と似た閑散とした雰囲気に包まれていた。ある物と言えばテーブル、椅子、置物といえば本棚ぐらい。必要最小限で済むような部屋だ。
「二階は倉庫だ。扉はどれも鍵が掛かっているから開けられない。一階に、居間、台所、寝室、浴室、トイレがある。好きに利用するといい」
副師団長は今まで運んでいた大きな袋をテーブルの上に置き、居間に設置されている本棚から本を一冊漁る。そして近くの窓を全開に開けて腰掛けた。すんなりと一連の動作をこなす所を見ると、窓辺が副師団長の特等席のようである。
「じゃあ、寝室を貸してもらうわ」
アリサがテーブルに置かれた袋を両手に抱えて部屋を移っていく。その際にアリサが勇気を一度睨むが、そんな悪趣味な事はしないと勇気は視線で応えた。
勇気は、どうしようかと悩むんでいると、アリサが持って行った袋より小さい袋が一つテーブル上に残っているのに気付く。
「それはお前のだ」
副師団長が察して勇気に声を掛ける。
勇気が袋の中を確認すると数点の衣服が入っていた。持ちの着替えは少なかったので、これならば衣類について何とかなりそうだと息を吐く。
とりあえず勇気は椅子に座ってウィンドウを開く事にした。副師団長と会話するという案も思いついたが、慣れつつはあるも苦手意識が抜けないので止めておく。
早速メニューウィンドウの≪道具≫を開き、本日ゼクスに買ってもらって物をマスター登録して収納する。右上のサブウィンドウの容量の値は≪18.9/34.8≫と示されていた。まだ余裕がある。
次に新しく手に入れた物を≪装備≫で確認する。
≪鉄の剣・炎熱≫
ATK(攻撃力): 35 MAG(魔攻力): 30
Capa(容量):5.5
必要値STR(腕力):12 INT(魔力):10
一般的な鉄の剣。
ある程度の炎の力を有する。ただし炎耐性のある魔物には炎の力は減算される。
≪犬革の衣≫
DEF(防御力): 12 MDF(魔防力):6
必要値 VIT(耐力):7 LIF(生命力):7
Capa(容量): 2.4
主にコボルトの革で作られた衣。
≪犬革の籠手≫
DEF(防御力): 8 MDF(魔防力): 3
必要値 VIT(耐力):7 LIF(生命力):7
Capa(容量):1.3
主にコボルトの革で作られた籠手。
≪犬革の下衣≫
DEF(防御力):10 MDF(魔防力): 4
必要値 VIT(耐力):7 LIF(生命力):7
Capa(容量):1.9
主にコボルトの革で作られた下衣。
ひとまず全ての装備に触れて装備のE印をつけておく。
犬革一式の加護の合計値は防御力『30』、魔防力『13』。
≪鉄の剣・炎熱≫は自分のステータスを考えると≪聖者の短刀≫がなければ装備不可のものだ。武器屋の優男の店員の言った通り、ステータス加算効果を含めて装備出来る物を選んでいる。
「装備は現界させねば意味をなさない。ただし、装備した防具は5つ目以降現界させると6つ目からは加護を受けられなくなる。そうなればただの衣類と変わらない。武器ならば攻撃を当てた武器の加護値で決まる。覚えておくことだ」
副師団長から急に言葉が飛んできた。
重要な情報だと勇気は記憶に入れて作業を進めて行く。
副師団長が言う加護は攻撃力や防御力の数値。優男の武器店でも似たような事を言われた。あの時は、装備の≪必要値≫についてだが。
今の話を整理すると、まず装備を表に出さなければ反映されない。つまり犬革一式をウィンドウ上で装備していても≪犬革の鎧≫だけ表に出しているなら防御力は『12』と魔防力『6』の≪犬革の鎧≫だけの加護値しか反映されない。全てを表に出す事で合計値の防御力『30』と魔防力『13』が反映される。
また武器の方は、攻撃力『35』の≪鉄の剣・炎熱≫と攻撃力『1』の≪聖者の短剣≫を装備しているが、刃を当てた方しか加護は受けられないという事。両手に片方ずつ持って≪聖者の短剣≫を相手に当てても攻撃力『1』の加護しか得られない。無理に短剣を振るう意味はないだろう。
整理出来た所で次は実際に装備を行う。
勇気は集中して、犬革の鎧を装備すると念じた。すると衣服の上に防具を身に纏うことになった。二つ着ることになったせいで、とても違和感がある。デザインも悪くないのだから、いっそ家でくつろぐ以外は、犬革のコチラを着続けた方が何かといいのだろうなと思った。そこで軽装店の女性店員の言葉を思い出す。カスタムで設定すれば早着替えできると。一度、≪カスタム≫の項目は開いたことはあったが、あまりのウィンドウ量に唖然として以来開いていない。しかし、今度ばかりは弱音も言ってられない。便利にするために頭を使う作業を始めた。
勇気がカスタムを弄り始めて半刻。途中副師団長が暫く留守にするといって出掛け、居間の残っているのは勇気一人になった。そんな勇気は頭を抱えながらウィンドウを色々と操作している。
「これで、出来たか……?」
勇気が念じると、身に纏っていた普通の衣類の上下から一瞬にして加護が受けてある防具へと変化した。
出来た、と思わずため息が出る。まるで変身魔法のようなソレは苦労したかいがあったと勇気に思わせていた。
目的としていた作業は終わった。装備を普通の衣服に切り替えて辺りを見渡す。居間には誰もいないし、寝室へと消えて行ったアリサの姿は一向に出てこない。きっと女の子だから着替えを慎重にしているのだろう。
では、とテーブルにある衣服が入った袋を取って立ち上がる勇気。目指すは浴室。やることもないので身体を清める事にした。
勇気が風呂から上がったのは、さらに半刻以上経過した後だった。この王国までは長旅だった為に、身体を清められなかったのだから長風呂にもなる。それに加え、アリサの家の浴室と違い、浴槽があった。それを嬉々として丁重に使わせて貰ったせいで遅くなってしまった。
袋に入っていた布で体を拭き、新しい衣服を見に纏う勇気。
洗濯したい衣服はどうしようかと悩む。洗濯機は当然ないし、手洗いなのだろう。とりあえず。新しい衣類は全て、ウィンドウに収納して、空いた袋に洗濯したい衣服を入れることにする。
≪道具≫の残容量については、加護がついてない物は容量が0.1固定と知ったので気にしていなかった。
居間へと戻るとアリサが座って本を読んでいた。アリサは勇気に気がつくと本を閉じて勇気に向かって言う。
「お風呂いい?」
「問題ないよ」
アリサは勇気の返答を聞くと本を本棚にしまって、さっと行ってしまった。
一人居間で、ムッと唸る勇気。何故か分からないが急に、こっ恥ずかしくなったので頬を叩いて平静を取り戻した。
いやらしい事は考えてない。多分。
勇気はさらに頭を振って、一度脳内にあるものを空にする。そして、本棚の前に立った。勇気の目にはしっかりと日本語で映っている。とりあえず情報になるだろうと≪王国の歴史≫という本を手に取って読み始めた。
勇気が≪王国の歴史≫読み始めて、さらに時間が経過した。
目が疲れてきたのを感じたので、一旦パタリと閉じて休憩する。そして、得た情報を頭の中で纏めていた。
この王国≪グラズヘイム≫が生まれて約660年。何処からも侵略される事はなく不落の王国として続いていた。
王国が生まれた理由は、王国付近に存在する≪迷宮≫の存在だった。魔物という人に害為す存在は迷宮から湧き出てくるらしい。ただ王国が建国される前も各地に点々と≪迷宮≫はあったそうだ。今もなお世界中に≪迷宮≫があると書かれている。しかし、そのほとんどの迷宮は浅く、最奥まで到達すると魔物が湧き出なくなる。魔物は危険な存在であるという認識は昔から変わっていない。ただ、魔物は多くの魔法資源を有する。駆逐すれば、革となり、材料となり、魔法具となるなど恩恵も得られるのだ。この恩恵の力は大きい。魔物のお陰で王国が発展したと述べられているぐらいだ。
他には、この王国近くの≪迷宮≫が発見されてから、年という概念が生まれたようだった。1年は約365日と書かれている。この理由としては約365日置きに世界で地響き、つまり地震が起きるためという事だ。その地震後、世界各地の迷宮の構造は変わるらしい。これは一般的に≪迷宮変化≫と呼ばれている。年の終わりは≪迷宮変化≫の為、迷宮に立ち入ってはならないと注意喚起されているようだ。もし迷宮変化時に迷宮に居ると、迷宮内で迷ったり、危険地に送り出されたりするせいで、死亡リスクが高まると言われている。
王国の迷宮は余りに深い事から特殊とされ≪ラグナロクの迷宮≫と名づけられている。未だに最奥まで辿り着いたものがいない。だからこそ、今もなお発展し続けているのだ。
また≪ラグナロクの迷宮≫に対し、最奥に行くかどうかの議論が辛辣と書かれていた。最奥まで行けば魔物という危険を消すことできる。だが、それは魔物から生み出される資源が無くなってしまうという二面性があるのだ。魔物の危険性と資源の有用性。≪ラグナロクの迷宮≫から発見される魔法具は、とても力の強いものが多く。だからこそ人々は悩むのだと。
「魔法具……」
勇気は呟く。いままで散々みてきた。武器、防具、水晶。それらは魔法具なんだろう。ここで思う。元の世界に帰るための魔法具は手に入らないかと。この本には、魔法具の事は詳しく載ってないようだ。なら今度はそれに関する書物を手に入れるべきだと考えた。
≪王国の歴史≫を本棚におさめて。本棚を眺める。すると魔法具と書かれたタイトルの本が2、3冊目に入った。一冊だけ取り出す。
「むー、まだ帰ってきてないのね」
そんな呑気な声が飛んできた。湯上りのアリサである。白い顔が赤みがかっているのは暑さのせいだろう。それにいつもより薄着だ。
勇気から見ると目につくアリサのソレだが、さっきまでの王国の歴史の事を思い返して平静を保っていた。
アリサは勇気に気にせずに台所に行き、ガラガラと何やら探っていた。
「飲み物ばっかり……冷水晶は施してるけど、保存食ばかりじゃない。まぁ、あるもので晩御飯作るしかないわよね」
ぶつぶつと文句をいいながらアリサは台所のカウンターにビンを一つ置く。さらに台所を漁りコップを二つ持って、勇気が腰掛けるテーブルへと座った。
アリサはビンの中身をコップ二つに注いで一つを勇気に渡す。薄らと黄色い透明な液体。勇気は注がれたそれから仄かに香る匂いから何であるか分かってしまった。
「これって、お酒じゃ……」
「アルコール低いから大丈夫じゃない? それよりもアルコール高い方がよかった?」
アリサは気にせずに飲む。まるでジュースでも飲んでいるかのように飲んでいる。
勇気はやはりこの世界に飲酒の年齢制限はないんだな、と思い初めての酒を味わった。
陽もすっかり落ちたところで、片手に袋を抱えた副師団長とゼクスが帰ってきた。
帰ってきた時の第一声は晩御飯をどうするかだ。また商業区に食べに行くかどうか尋ねられる。するとアリサがご飯を作るという事で決定された。
アリサが厨房に入ると、アレがないのか、コレはないのかとゼクスに料理道具について尋ねていたが、色々とないそうだ。なんでもゼクスも副師団長もほとんど自炊を行わないとのこと。もし、自炊するとしても適当につまみと酒で済ますと言う。その時のアリサは、だらしのない男を軽蔑するような目だった為に、忘れない記憶となってしまう勇気だった。
副師団長が帰ってきた際に持っていた袋の中身は食材で、副師団長がもしも自炊する時の為にある程度買ったそうだ。アリサが中身を見てとりあえず合格と言う事で話が治まる。
夕食は三人、アリサが料理を始めた頃には副師団長の姿はなかった。いつもの事だから気にするなとはゼクスの言葉。昼と同じく食事は共にしないのだろう。
料理器具がないせいで思った料理が作れないとアリサが言ったものの、出来あがった料理に関しては勇気もゼクスも好評だと言葉で示した。それでも納得いかなかったのかアリサは少し不機嫌である。
食事を終え、食器洗いは勇気が担当した。
それも終えるとゼクスが勇気とアリサを呼んだので二人ともついていく。ゼクスが案内したのは寝室だった。
「あれ、さっきはベッド一つだけだったような」
言うのはアリサだ。しかもベッドが真横に二列並んでいる。部屋の間取りのせいか。ギリギリで仕方ないといえばそうなのだ。一人部屋に二つを無理に入れてるという感じだ。
「開いてる部屋ないから頼むわ」
ゼクスが二人の肩をポンと叩く。
何を言おうとしてるのか、この本隊の師団長は。
「まぁユウキなら間違いも起こさんだろ。別に起こしても構わんが静かにしてくれよ。コッチが寝れん」
ヒュッ、と風を切る音が鳴った。平手打ちである。アリサの恐ろしい程の速い振りが空を切った。狙いは当然色ボケしとる赤い髪の男だが、難なくかわしてみせるその人物。さすが師団長だと関心している勇気であった。
ゼクスは風呂入るから、後は適当に夜更かしせずに寝ろ、と言って去っていく。
寝室は勇気とアリサの二人。嫌な空気というよりも変な空気だ。
アリサがジロッと勇気を睨むと、スタスタと部屋の奥のベッドに腰掛けた。
勇気は、ゼクスが言っていたような気を起こす度胸もないし、元々起こす気もない。それでも幾らか緊張する。ベッドが二つあるとはいえ。これだけギッチリと並んでいると、意識するなと言われても意識してしまうのが男の悲しい性だった。
「アウト」
アリサが天井に光る水晶に向けて言葉を発すると光が消える。すぐにアリサは横になって布団に潜ってしまった。
勇気もこうなってしまうと寝るしかない。アリサとは別の手前側に位置するベッドの中に潜る。
二人は互いに背中合わせ。
勇気は恥ずかしさと自制心に表れから、そうしないといけないと思いそうしている。そして寝れば問題ないと言い聞かせながら瞳を閉じた。
「ねぇ、ユウキ」
「何」
互いに背中越しに声が聞こえてくる。
「私がついて来た事に何も言わないの?」
「……分からない。そもそも何でついて来たんだ? 師団に入りたかったのか?」
沈黙。アリサは答えなかった。
「無理に答えなくていいよ。オレも濁してる言葉あるし」
「そう」
再び沈黙する。
「あの時の事、謝罪したけどお礼言ってなかった。助けてくれて、ありがとう」
あの時、それは洞窟で≪悪魔≫に追われた時。全て言わずとも勇気はすぐに気付いた。忘れられない絶望と悲劇の日。
勇気は次の日のアリサの顔は忘れない。
今では初めて会った時のように凛としているが、あの日だけは、とても弱々しかった。いつ泣き出してもおかしくないぐらいにか弱かった。壊れてしまったのでは、と心配した。でも彼女は強かった。次の日には、まだ弱々しくはあってもちゃんと話ができた。今になっては、やんちゃしてるぐらいだ。彼女は思っている以上に強いのだろう。
「いざ目をつけられたら体が動かないのも戦士としては二流以下よね」
「オレもアレには恐怖したよ。副師団長の白馬がいないと、まず初めの二本角の奴にも恐くて逃げれなかっただろうしさ」
「でも、アナタは自分の意思で私を助けたじゃない」
「火事場の馬鹿力って奴かな。守りたいと思ったから」
アリサが、クスッと笑うのが勇気の耳に届く。
「でも守りたいなら抱くのはおかしいんじゃない? 突き離した方が合理的でしょ」
ごもっとも、と勇気は心の中で納得する。
あの時の勇気はアリサを抱えたていた。二人で固まっていれば、あの≪悪魔≫なら一振りで同時に殺せている。それなら離れ離れになった方が生存率も少なからず高いに違いない。
「でも離したくなかった。ほら、手の届く範囲の方が安心するだろ。ペットだって撫でて愛でるものだし、離したくないものだ」
「私はペットなの?」
「そういう訳じゃないけど、ただの例え」
「分かってるわよ」
アリサは冗談、冗談と軽く笑う。
「あの時が一番安心した。守って貰えてるって」
「そう言って貰えると嬉しいかな」
数秒の沈黙が流れる。
二人の背中合わせは変わらない。
「ありがとう、ユウキ」
「ああ」
その後、二人は会話を交える事はなく、今日一日の終わりを告げた。




