7.ウィンドウ
「よし、今日は此処で野営だ」
ゼクスが師団員へ指示を出す。師団員はテキパキと作業を始めた。
今、勇気とアリサは、王国につくまでは客人という事でくつろいでもよいという事になっている。むしろ、作業の邪魔になるから追いやっている形に近い。
勇気は馬車の中で外の作業を眺めていた。師団員の半分は寝泊まりするテントを建てる係と夜食の準備で火を起こす師団員。師団員が火を起こす際は≪赤透明の石≫を片手に用いている。バナード家であったように、きっと≪水晶≫なのだろう。
残る半分は武器を構えて周囲の見張りと周辺の散策を始めている。恐らくは魔物の警戒。野営ともなれば危険も伴う。現実の熊よりも性質が悪い。
「おい、坊主達、料理できるか?」
そんな軽快な声が、アリサと勇気が待機していた馬車へと響いた。師団員の一人が馬車内に顔を出したのだ。
「俺はガウェイン。それで、料理できるならよかったら手伝って欲しいんだが」
一目見た感じでは、おじさんに差し掛かろうというぐらいの師団員である。言動も何処かおじさん臭い。でも勇気にとっては、それぐらいの方が親しみ易くていいと感じていた。
「おい、ガウェイン。客人だぞ」
「いいじゃねぇかパーシバル。野営はしんどいんだから美味い飯ぐらい食いたいだろ」
パーシバルと呼ばれる男もガウェインと同じぐらいの年齢だろう。軽い口調で喋り合い、仲が良く見える二人は昔からの戦友であると告げていた。
「私が手伝います」
アリサが馬車から身を乗り出して行く。ガウェインは歓迎だとアリサを連れて火を起こす師団員の下へ行ってしまった。パージバルも気難しい顔をしながら、その二人の後についていく。
自分はどうしようか、と悩む勇気。幾ら手伝わなくてもいいと言われても何か出来ないかと考えた。
自分も料理は多少出来るとはいえ、絶対的に美味しい料理が出来る訳でもない。そもそもこの世界の調味料も何があるか分からなくては手出し出来ないでいた。料理は調味料さえあればある程度誤魔化せるモノもあるのでコレは痛い問題である。
ガタリ、と来客を示すように馬車が揺れる。無言で入ってきたのは、やはりというか副師団長であった。
勇気は迎えに座って構えた副師団長に首を傾げる。
「どうかしましたか」
「そのままでいい。少し目を閉じていろ」
何故と問いかけたくなったが、威圧的な雰囲気がそれを許さなかった。
仕方なく言われた通りに両目を瞑る。数秒後、両目に温かさを感じた。次に若干遅れて額にも同じ温かさを感じる。
「目を開けても構わん」
時間にしてみれば本の十秒程度だった。
勇気は目を開いてみるが何も変わらない。目の前には表情も変わるハズがない不気味な仮面をした副師団長がいるだけだ。
「ウィンドウを開いてみろ」
副師団長の威圧的な雰囲気に呑まれながらも黙って実行していく。
「あれ……?」
驚く。読める。今までミミズのような文字列が読めるようになっていた。
項目は6つ。上から順に≪道具≫、≪装備≫、≪スキル≫、≪ステータス≫、≪地図≫、≪パーティー≫、≪カスタム≫と勇気も読める日本語で書かれている。
何故急に、と考えれば、きっと副師団長が何かしたのだろうとしか答えてが出てこなかった。
「村を出発してすぐにお前がここの文字は読めない、と言っただろう。だからお前が読める文字に変換して、その文字を見えるようにした。他者のモノも見えるようになっている筈だ。但し読めるだけで、お前が知る字を書いても私達には分からないだろう。優秀な学者なら分かるかもしれんがな――もし、戻して貰いたいのなら私の下に来い」
副師団長は言う事は言ったと、馬車を颯爽と出て行ってしまった。
今の出来ごとにも驚いたが、たったアレだけの会話から推測する鋭さを持っている副師団長にも驚いた。同時に副師団長の前では、余りおかしな発言は出来ないと思う勇気だった。
とりあえず、ウィンドウを読めるようになった今、確認するに越した事はない。メニューウィンドウにある6つを上から順に確認する事にした。
まずは≪道具≫。指で項目に触れると≪道具≫の項目の背景の色が変わり、画面が切り替わる。メニューウィンドウと言える最初の画面は縮小化され左に。中央には広く映る空欄のウィンドウが浮かび上がった。さらに右に中央よりは大きくないが空欄の画面が縦長映っている。これが≪道具≫のメインウィンドウとサブウィンドウだろう。
ここで試したい事があった。物の出し入れだ。アリサがソレをやる場面を何度も見た上に、ゼクスがペンや紙を取り出すのも見ている。何か手頃なものがないかと考えると、懐にある物を思い出した。早速、白い布の中に巻かれた短刀と拳銃を取り出して膝の上へと置く。
どちらのウィンドウ画面にも変化はない。再び考え始める。そしてアリサの言葉を思い出した。「意識して行う」だ。ウィンドウを開く時もそう。ならば、これもそうではないかと意識してみる。するとサブウィンドウに文字が浮き上がっていた。
白布
聖者の短刀
Unknown
直訳というかそのままの物がある。白布だ。文字に触れてみると白布の文字の背景が≪道具≫に触れた時と同様に反転する。背景の色が変わるのは選択している状態という事なんだろう。そして、さらに右に小さなサブウィンドウが現れた。
収納
説明
上の収納の文字に触れてみる。すると白い布が音も無く消えて、短刀だけが膝の上に残った。中央のメインウィンドウを見てやれば白布の文字だけが載り、右のサブウィンドウの白布が消えている。
勇気は感動した。まるで魔法だと。同時に異世界であるという現実も突きつけられるが、それ以上に今自分が起こした事に感動していた。
喜びを味わいながら、中央の文字に触れる。
解放
説明
解放の文字に触れる。するとパサッと畳まれた白い布が膝の上に落ちた。今度はメイウンウィンドウの白布という文字が消えて、右のサブウィンドウに白布という文字が増えている。
これでウィンドウの出し入れのルールが理解できた。とりあえずは白布を収納して、この場から消す。
次に≪聖者の短刀≫の文字に触れた。
登録
説明
収納の項目はなく、代わりに登録の項目が存在していた。
勇気は迷わずに登録のボタンを押してみる。すると中央のメインウィンドウの更に上に浮かび上がるように、もう一つウィンドウが現れた。
≪聖者の短刀≫をマスター登録しますか?
『はい』 『いいえ』
短い文と可否の文字。これだけだが勇気は何を意味するか推測できていた。
『はい』の文字に触れる。
≪聖者の短刀≫はアナタに登録されました。
その文字が浮かんだウィンドウは3秒ほどで消える。そして、最も右側に映る小さなサブウィンドウ内の文字が、登録から収納へ変化していた。
バナードは加護付きのものだと言っていた。つまりコレは盗難防止の処理であり、加護付きのものは登録すれば安心を手に入れるものなのだろう。もし誰かに盗まれたり、魔物に取り上げられた場合何らかの防衛機能が働くに違いないと勇気は考えた。
聖者の短刀の説明の部分に触れる。先ほどのマスター登録のウィンドウと同じように中央にウィンドウが浮かびあがる。
≪聖者の短刀≫
ATK(攻撃力)1 Status All(全体ステータス)+5 Capa(容量) 1.2
魔物を殺しうる力は皆無の短刀。
所持しているだけで、呪いに対する抵抗が上がる。また加護値が0になった場合、一度だけ加護値が回復する。回復した後、この短刀の加護が消える。
攻撃力1、説明通り低いのだろう。後ろの全体ステータスは詳しく分からないが、後でメインウィンドウのステータス画面を見れば分かってくるだろうと今は置いておく。その後ろの容量もひとまず頭の隅へと追いやった。
最後に長文の説明が入っている。バナードの言う通り持っているだけで効力を発揮するものだ。後半の能力が見るからに凄まじく便利なものではと思い、バナードに感謝する勇気だった。
収納の文字を押して短刀を膝の上から消す。中央のメインウィンドウには新たに今収納した物の文字が書かれていた。
さて、と最後に残ったモノを見る。これが右のウィンドウに残っている≪Unknown≫に違いなかった。
残った文字に触れる。収納と説明の二項目だけだった。とりあえず、と説明の文字に触れる。
≪Unknown≫
―
中央のウィンドウに浮かび上がったものはこれだけ。何とも寂しい。
ゼクスや副師団長のように詳しく調べたいなら、≪解析≫のスキルを得ないとどうしようもないようだと諦める。
収納の文字に触れると拳銃もさっきまでと同様に膝上から消えて中央のウィンドウに≪Unknown≫と文字が浮かび上がっていた。
最後に中央の右上に浮かんでいる数字に目をやる。
≪7.9/27.8≫
これは村の中でアリサにウィンドウを見せて貰った時も見たが≪道具≫の容量の数字だ。聖者の短刀の容量『1.2』がココに相当する。
左の数字が右の数字を超えてしまうと、それ以降の収納が不可能になる。数字を見てやれば簡単に計算出来るだろう。
十分に余裕があるなと思い、左のメニューウィンドウから≪道具≫の下の≪装備≫へ指を触れる。すると中央のメインウィンドウが切り替わった。
≪聖者の短刀≫
≪Unknown≫
二つの項目だけが浮かび上がっていた。
まずは、と聖者の短刀に指を触れる。すると≪聖者の短刀≫の左側にアルファベットのEが浮かぶ。装備という意味があるEquipmentの頭文字のEだとすぐに思い立つ。そして、右上と右下を見てやれば異なるサブウィンドウが浮かんでいた。
ATK(攻撃力) 1
Status ALL(全体ステータス)+5
weight 1.2
呪力耐性
加護蘇生(破戒)
右上は≪道具≫の説明で見たものと同じ。右下のものも同じように単語と説明を照らし合わせれば、どういう意味なのかは理解できる。
続けて≪Unknown≫にも触れれば≪聖者の短刀≫と同じく左側にEの文字が浮かぶ。しかし右上と右下の説明画面はハイフンだけで何も載って無かった。こればかりは仕方ないと諦める。
ここで不便だと思う事が一つあった。こちらにも出し入れの項目があれば便利なのにと。そうすれば。それに出すのに一々ウィンドウを開いていては魔物と戦う時不便である。≪悪魔≫を倒した時のようにパッと手に現れれば、と。
「…………」
そんな考えを張り巡らせていると右手に≪拳銃≫が現れていた。もしやと思い短刀も出そうと念じる、すると左手に短刀が現れる。最後に白布は?と念じてみたが現れない。では収納は、と念じてみると拳銃も短刀も手元から一瞬で消えた。これらから、どうやら装備しているものは念じれば出し入れは比較的容易だと理解する。
またもや魔法染みた事象に密かに喜ぶ勇気。そのままの気分でメインウィンドウの≪スキル≫の項目に触れる。中央で上に細く小さなサブウィンドウと下に大きなメインウィンドウの二つに分かれていた。
≪剣士Lv1≫、≪銃士Lv0≫
Not found
下のウィンドウがNot found、つまり無いという事だろう。訓練もしてない自分では仕方ないと諦める。
上のウィンドウでは≪剣士Lv1≫の色が変わっているので、デフォルトで選ばれているのがコレだろう。その隣の≪銃士Lv0≫に触れてみる。
Unknown
下のウィンドウには、またしてもこの文字だ。どうやら銃に関するものはUnknownで統一されているようである。この世界で銃は相当珍しい事は、バナード家で知ったのでどうしようもないと諦めて次に進んだ。諦めてばかりだが仕方なし。
次はメニューウィンドウの≪ステータス≫の項目に触れる。
≪勇気≫
Lv 1
HP(加護値):177/177 MP(魔法値):7/7 TP(技術値):7/7
STR(腕力):7+5 VIT(耐力):7+5 INT(魔力):7+5
RES(魔防力):7+5 LIF(生命力):7+5 DEX(安定力):7+5
AGI(速力):2
Capa(容量):34.8
素直に綺麗な数字だと思った。7という縁起のよい数値で統一されている。これが偶然なのか、ザイエンデの知識を余り持たない勇気には分からない。
加護値が0になると拙いのだろう。この値が多いに越したことはない。数値の横に+5とされているのは≪聖者の短刀≫の効力だと分かった。
最後に一つだけ気にかかる数値がある。それは速力と表記された数値だ。これだけやけに低い上に≪聖者の短刀≫の効果が乗ってないようだ。
ふむ、と悩んでも答えは返ってこないので諦める。分からないものは分からない。
それと容量の数値が先ほどは、20代だった気がするが、と頭を回す。そして、もしかすると聖者の短刀によって加算された数値のお陰かもしれないと思い至った。
早速装備を外して試してみれば見事に予想的中だった。容量が『27.8』まで下がっている。
短刀の容量が1.2だから完全に付け得だ、と思いしっかりと装備しておいた。
次のメニューウィンドウの項目である≪地図≫に触れた。
Not found
仕方がない。そんなもの持ち合わせてないので何も言えない。
諦めて次の≪パーティー≫の項目に移る。
またしても中央に大きなメインウィンドウ画面。そして右側に横書きの文字列が縦に並ぶサブウィンドウ画面が浮かんでいた。
『アレックス、マーティ、アリサ、ガウェイン、スティーブ、ゼクス』
アリサ、ガウェイン、ゼクスと知っている名前が浮かんでいる。
勇気は馬車から外に顔を覗かせた。アリサがガウェインとパーシバルと一緒に給仕をする姿が見えた。そういえばパーシバルの名前がないと勇気はもう一度サブウィンドウを確認する。しかし何処にも見当たらない。パーシバルが偽名という訳はないだろう。それにパーシバルに限らず他の師団員の名前も見当たらない。サブウィンドウに書かれてる以上に師団員はいる。初めは周囲の人が載っているのかと思ったら、そうではないようだ。
とりあえずどういう条件で右側のウィンドウで載るのかは置いて、アリサの文字に試しに触れてみる。文字の背景色が反転しただけで他に反応はない。試しにダブルタップもしてみるが、代わり映えしなかった。
唸る勇気。やはり返事は誰からも来ないので保留だ、と次の項目の≪カスタム≫に触れる。
「うわっ……」
何やら小さなウィンドウがいっぱい出てきた。これは読むのもキツイと悟り「アウト」と言って、ウィンドウを閉じた。お腹も空いてきて集中力も低下してきたので目が極限に疲れそうな作業は勘弁したかったのだ。
トン、と馬車から飛び降りる勇気。目指す所は一直線。自分がよく知る人が給仕をしている所へ。
「坊主も手伝いにきたか」
ガッハッハッと笑う丸太に腰掛けているガウェイン。隣のパーシバルは凄く鬱陶しそうだ。
「一人も寂しいので様子見にと」
「ああ、そうだな。一人は寂しい!」
ガウェインは更に豪快に笑い続ける。
そしてアリサは、というと大きな鍋の中をジッと見て料理の出来具合を観察しているようだ。
鍋の下には赤透明の石。見て分かるように火の代わり。お陰で鍋の中身がコトコトと言っている。
鍋の中身は見るからにホワイトシチューだ。アリサは時々、片手に持つおたまでアクをとって料理の出来具合に仕上げを施していた。
勇気も一人だけ立って見ているのもおかしいので、アリサが腰掛けている丸太の横に座る。
コトコトコトコト。
単調な音を聞きながらジッと待った。アリサは鍋に集中。ガウェインは隣のパーシバルにちょっかいを掛けて遊んでいる。
「んー……」
アリサがおたまでシチューを少し掬って味を確かめ唸る。味に納得できてないのか表情はよろしくない。アリサは表情を元に戻すと、もう一度おたまで少しシチューを掬った。
「どう?」
「え……」
訪ねるアリサ。シチューを掬ったおたまを渡そうと無表情のアリサ。
困惑する勇気。そのおたまで、いいのかと内心動揺しまくる勇気。
そんな勇気を見てアリサは首を傾げる。
「あ、ああ」
変な声が出たような気がしていたが気にせず、アリサからおたまを貰う。
そして、シチューを掬ったおたまに口をつけた。
アリサが口を付けた所とは逆の所に。
「……うん、いいんじゃないか。十分美味しいよ」
「うーん、塩味が足りない気がするけど、ユウキがそう言うならいいのかな」
勇気が空になったおたまをアリサへと返す。
若干心臓の鼓動が早いと静かに深呼吸する勇気。そして、ガウェインとパーシバルの様子を見て、どうやらさっきの自分を見てないようだと安心した。
そんな勇気のホッとした様子とは裏腹に、遠くで密かに見ていた赤い髪の男が一人笑っていた。




