6.夜明け
日が眩しい。思う事はそれだった。瞼を閉じても日の光を感じる。
目を開けば、見知らぬ床が見えた。座って寝ていたのだから床が見えて当然だ。そして、現実の世界に自分は居ないのだな、と改めて思う。
違和感に気付く。上着が昨日新しく仕立てて貰った物から変わっていた。同じ所を上げるなら見た目は、コスプレ染みた格好に見える所だ。サイズは幾分か大き目なので変な感じが治まらない。
立ち上がると真っ先にテーブルに目が行く。救いの≪凶器≫が置いてあった。自分の手に比べると幾分大きいそれは、不釣り合いなのだろう。手に取ると深夜に起きた記憶が甦る。身体がブルリと震えるが、深呼吸をして抑え、凶器を懐に入れた。
「起きよったか」
玄関からバナードが現れる。
バナードは勇気の姿を見ると笑って無事なようで何よりと一言添え、テーブルに物を置いた。
「朝早くだがレクに頼んで新しい服を仕立ててもろうた。返り血のついた服を着たままではアレなのでな」
勇気がテーブルに置かれたソレを手に取る。昨日と同じ上下セット。しかしデザインが異なっている。オーダーメイドだから当然といえるが職人の魂を感じた。
勇気はバナードに礼を言うと、自分が借り受けた部屋へと行って着替えをパッと済ます。着替え前の服の内側に入っている≪凶器≫を移し替えて着替えを完了させた。
居間に戻るとコーヒーカップがテーブルに二つ置かれている。片方がバナードの前、もう片方は空き席の前。バナードは顎で座りなさいと指示すると、勇気はその通りに座る。そして、目の前にある珈琲を軽く口へ含んだ。
バナードは勇気に語りかけずに新聞のような紙面を読んでいる。勇気に紙面の内容は読めない。
勇気は話せる題があれども、それは自分から語り掛けられるような話題では無いので、じっと珈琲カップに睨めっこしたり、飲んだりと時間を潰しバナードの反応を待っていた。
チリンチリン。
来客を示す鐘の色が響く。
「失礼する」
そう言って家へと入ってきたのは、大柄の男性だった。体格がいいのと表情の柔らかさが親しみやすい雰囲気を醸し出している。歳の瀬は40過ぎたぐらい、自分の父親と同じくらいだろうかと勇気は男性を見て思う。そして彼が誰かという事を、すぐに分かっていた。昨夜の絶望の中で生き残った内の一人。戦いの中でアリサの名を告げ、勇気と共に逃げろと言ってくれた人。
「物騒な客人だのう、村長」
バナードはコーヒーカップを手にとって席を移り勇気の隣へと座った。
村長が軽バナードの言葉に対して軽く笑い、一礼して家へと入る。そして、村長の後ろから一つ遅れて入ってくる人物を見て勇気の目が輝いた。
「よう、ユウキ」
「ゼクスさん!」
師団長ゼクスが満面の笑みを送りながら家へと入ってくる。
勇気は彼を見て心底ホッとした。生きているのが不思議なくらい深い傷だったのだ。知り合ったばかりだが、それでも人の生がこんなにも嬉しいと思う事は初めてだった。
ただゼクスの姿を見て気になるのは、傷を隠すためなのか昨日と違って全身を包むようなローブを着ている事だった。
村長とゼクスが失礼と礼を投げてから、勇気とバナードの正面に座る。勇気はどうしようかと迷うが、そのままでいいとゼクスに言われたので会合の中に混じる事になった。
「失礼する」
そして、さらに遅れて、あの仮面の男がゆっくりと入って来た。仮面の男はテーブルの席に座ることもなく壁に寄りかかる。誰も彼の事は気にしてないので勇気も口を出さない事にした。
バナードがコーヒーカップをテーブルに置いた所で村長が口を開く。
「バナード老、そちらの少年、ユウキ君だったか。彼はいつここに?」
「昨日の昼過ぎじゃよ。裏手の森奥深くでアリサが魔物に襲われている所を助けたようじゃ」
バナードが慣れた口調で村長へ返答する。
村長はバナードを敬っているようだ。歳の差のせいなのか勇気には知り得ないが、そうであるのは間違いない。
「気になるか?」
「え、ええ」
ゼクスが勇気に楽しそうに語りかけ、受けた勇気は若干動揺しながら返答する。
勇気は目の前の村長達の会話を聞きながら、傍でコチラを見ているだろう仮面の男に気が向いていた。何故、仮面を外さないのだろうか。彼は何故、昨夜馬を貸してくれたのだろうかと意識が行っていた。
「すまんな。コイツの事情でコイツ仮面外さねぇんだ。まぁ悪い奴じゃないし、優秀な奴だから勘弁してやってくれ」
ゼクスが言うと仮面の男が笑った気がした。師団長の彼が言うのだから、勇気も仮面の男については諦めるしかないと素直に受ける。
「ところで、ユウキ。昨日、洞窟で魔物を倒した武器を見せて貰えるか」
ゼクスのお願いに勇気が懐にしまったソレをテーブルの上へと出した。
銃身は普通の拳銃よりも長い。グリップは自分にとっては大きいが大人なら十分に握れるグリップ。弾装は見当たらない。無骨なデザインと形容できる拳銃だと感じていた。
ゼクスが手にとって、まじまじと眺める。昨夜、その威力を端からみていたので構える事はしない。万が一放ってしまえば危険だと判断しているようだ。
ゼクスは拳銃をテーブルへと置いて眺めながら隣に座る村長へと尋ねた。
「初めて見る武器だ。ガイ、アンタならどうだ?」
「私も初めて見る武器ですな。私よりも知識に関しては此方のバナード老の方が数段すぐれておりますが」
「いや、ワシも見た事もない」
ゼクス、村長、バナードと順にテーブルへと置かれた拳銃に視線を落とす。
しばらく三人が唸っていると、壁に寄りかかっていた仮面の男が動いた。仮面の男はトットッと足音を立ててテーブルへと近付き、凶器を手に取る。
「拳銃だ。型はシングルショットピストル。弾装はなく、リボルバーでもなく、一発しか装填不可能。ただし改良の仕方によっては弾の径を自由に変更も可能で応用が利く武器とも言える」
淡々と話す仮面の男の説明に勇気が驚いた。元からソレが何かと知っているかのように喋る男。彼は見た目からして不気味だ。しかし今の彼は、勇気にとって自分と知る知識を共有していると親近感が湧いていた。
「ケンジュウ? 聞いた事もない武器だが……」
「≪解析≫してみろ。武器の説明にそう書いているだろう」
「お、マジだ。でもよく分からん単語が混じってるなぁ。弾装ってのは矢筒みたいなもんか?」
ゼクスがウィンドウを開き、何やらウィンドウを眺め読んでいる。
勇気が項垂れる。もしやとも期待していたのだが。どうやら仮面の男の拳銃に対する知識は、ゼクスが現在しているように≪解析≫という力で行ったものに違いなかったから。ここは現実ではない。魔法染みたものがあるのだから、知ることは簡単なんだろう。
ゼクスが読み終わったのかウィンドウを閉じると、勇気に対して質問をする。
「ユウキ、昨夜、魔物を滅したように弾は込められるのか?」
「いいえ。自分も銃なんて使ったのは初めてで、こんな特殊な銃じゃ弾の込め方も知りません」
素直に答える勇気。そもそも弾の込め方が分からなかったせいで昨夜は二体目の≪悪魔≫を相手する時に絶望したのだ。弾が有り、銃に弾の込め方が分かっていたら、その絶望も少しは和らいでいただろう。
ガチッ、という音が仮面の男から鳴る。それは仮面の男が手に持つ拳銃から鳴った音だった。拳銃は二つに折れて形を変えている。仮面の男が拳銃を傾けると、するりと拳銃の中から薬莢が仮面の男の手へと落ちた。
「中折れ式の銃だ。こうすれば弾を込める事が出来る」
仮面の男は取り出した薬莢を再び拳銃へと込め、そして、また手の中へと薬莢を落とした。勇気はそれが空薬莢だと悟る。一度撃ってしまえば、もう使えない弾丸だ。
「でも自分は替えの弾を持ってません」
「それならば仕方があるまい」
仮面の男が言うと、手首を返して二つに折れた拳銃を元に戻し、拳銃と空薬莢をテーブルの上へと置いた。そして話は終えたと、さっきまで寄りかかっていた壁へと戻って行く。
「ってことは、やっぱり弓矢みたいなものかコレは? コレに合う矢がないと武器として成り立たないと」
ゼクスが空薬莢を手の中で転がしながら言う。
「ああ。昨夜の事は一発限りの切り札だろう」
答えたのは仮面の男だった。ゼクスは、そりゃ残念だと諦めた意思を示すように空薬莢をテーブルの上に転がして手放す。空薬莢は中央に置かれた拳銃の下でピタリと止まった。
「どうやら村長の話によると、ユウキはこの村の住民じゃないようだな」
ゼクスが言う。これは村長が初めに質問した内容で、この場の皆が分かっていた。
ゼクスの表情が軽い表情から緊迫した顔へと変えて勇気を見ていた。その余りの真剣さに勇気が息を呑む。
「率直に言おう。ユウキ、俺の師団に来ないか?」
ただ簡潔に、ゼクスは尋ねた。
「いいのですか、私は幾ら師団長と言えども私情で自由に加入させられると聞いた話が一つもありませんが」
返答したのは勇気ではなく、村長だった。
この村長の言葉でゼクスが言った内容が如何に例外な事なのかを、勇気は一瞬で把握する。
そして、次に口を開いたのはバナードだった。
「普通は試験を行い、過酷な訓練を積み、幾つもの時間を掛けてやっと見習い。さらに数年で師団員じゃのう」
一瞬の沈黙が流れる。
「ユウキ、ウィンドウを開いてみろ」
勇気はゼクスの指示に従い「チェック」と呟いてウィンドウを開く。すると驚く事が起きていた。項目が一つではなく、数個に渡って増えている。そのウィンドウ画面は、アリサに説明してもらったアリサのウィンドウと同じだと確定的に分かるものだった。それは≪ザイエンデ≫という証拠。≪ネームロス≫ならば項目は一つ。しかし今、複数あるソレは勇気が≪ザイエンデ≫であると決定づけていた。
「何で急に……」
疑問の声を上げる勇気。
「本来、ザイエンデは生まれた時の奴がほとんどだ。ただし、極稀に後天的にネームロスからザイエンデとなるものがいる」
ゼクスの言葉で勇気は自分が極稀の人物なのだと、納得するしかなかった。複雑な気持ちになる。これで自分は力を得た。魔物を退治する為の力。それは力なきネームロスを助ける為に使わねばならないのでは、と考えさせられた。
「ゼクスさん。先程の話ですが、ゼクスさんが自分のこの武器を頼りにしているのなら、自分を率いれるのは止めた方がいいと思います。この武器は、そちらの方が言ってたようにコレは一発限りのもので、昨日みたいにもう使えないかも知れないんですよ」
自分は強大な≪悪魔≫を倒した。この事実はゼクスも知っている。それは、テーブルの中央に堂々と置かれた拳銃のお陰だ。
「ああ、それでもだ。俺はユウキの生き様を買っている。この武器じゃなくてな」
ゼクスの目的は武器ではなく勇気という人柄。そう言われると勇気も少なからず嬉しかった。突発的な強力無比の力ではなく人としての人格が誉められ認められている。ゼクスに御世辞はない。きっとこの人は、そんな事は言わないと勇気は思っていた。
しかし、ゼクスの提案は勇気を悩ませる。それは師団にいれば危険が伴う。昨夜の出来事で重々に承知している。だがザイエンデならば力なきネームロスを救わなければ力の持ち腐れ。でも、きっと勇気自身が戦わないと決めてもココにいる皆は何も言わないだろうと勇気は感じていた。
勇気の最終目的は己の世界に帰る事だ。しかし、それがいつになるかは分からない。帰るまでの時間を、バナードの家でネームロスの如く悠々と過ごすか、師団に入り弱き者を助ける為に戦うか。二つに一つ。
勇気はテーブル上の凶器を睨みつける。
分かっている。自分の気持ちは既に。昨夜の≪悪魔≫と対峙した時点で、アリサを守ろうとした時点で、己の生き方を決めていた。
「……分かりました。自分の力が何かに役立つっていうなら」
「そうか。ユウキ、お前の大いなる決断に感謝する。俺達は明日に此処を発ち、国に戻るから、その時に迎えに来よう」
ゼクスが立ちあがると村長と仮面の男を連れて、話は終わりと、家を出て行った。
「バナードさん、短い期間でしたが御世話になりました」
勇気は立ちあがってバナードに深く一礼する。
「いやいや、いいさ。子どもが一人増えれば返って賑やかになって楽しかったからの。自分の生き方は自分で決めるものじゃ」
嫌味もない笑みで純粋に言葉を返すバナード。
「今日一日はウチに泊まりなさい。師団もユウキがココに居た方が分かり易いじゃろ」
「では、御言葉に甘えて」
ユウキが答えると、バナードは空になったコーヒーカップを二つ抱えて台所へと行った。
アリサが居間へとやって来たのは太陽が真上を昇った時だった。初めに会ったのは勇気。勇気が「おはよう」と言うと、素直に挨拶を返していた。
昨夜のように空虚な雰囲気はないので、一まず安心と勇気はホッとする。
勇気、バナード、アリサで簡単に昼食を済ますと、バナードが買い物を頼むと勇気とアリサにお願いしたので二人は素直に家を出て村中を散策していた。
「ごめんね」
アリサが突然謝る。
「私が勝手にしたから、ユウキも皆も危ない目に会わせちゃった」
アリサの声が尻すぼみに小さくなっていく。昨日の昼までの凛とした威勢は感じられない。
「でもアリサが抜け出してなかったら、きっと師団は全滅してた。結果論だけど、アリサが行かなかったら、ゼクスさんも付き添ってた師団員の人も村長も助かってなかったと思う」
弱々しいアリサを励ますように言う。しかし、事実でもあった。昨夜の戦闘はジリ貧だったのだ。ゼクスは戦闘不能、付き人の師団員は戦闘が出来る精神状態ではなく、村長も後一歩で死んでしまう所だった。
仮面の男と一緒に行ければ状況がもっと好転していたかもしれない。だが、それも今となっては過去。勇気は結果は最善と口が裂けてもいえないが、一人でも生き残る者が居た結果があるのは良い事だと思っていた。
「アリサが村長さんを助けたいって気持ちは分かるから、オレはアリサには悪いとは言えないよ」
親を助けたいという気持ちは、勇気にも十分に理解できる。アリサにとって村長は本当の親ではないが親代わりの人だ。見捨てるなんて出来ようか。
「昨日の昼は私が助けたのに、昨夜からはユウキが私を助けてばかりだね」
「助け助けられが人なんじゃないかな」
勇気が言うと、アリサは微笑んだ。
年頃の少女の笑み。この笑顔を守れて良かったと勇気は痛感する。
それからアリサと二人でバナードに頼まれた買い物をこなし、レクの服屋へと行って新しい服のお礼を言いに行き。最後に村長の下へと行った。村長の家には師団の人は居なく、村長だけが昨日の傷を癒すためにゆったりとしていた。
十数分、アリサと村長が話した後に村長の住居から帰路につく。帰り道のアリサは村長と話せたお陰か元気を大分取り戻していた。
「アリサ、明日になったらオレ、ゼクスさんに付いて王国に行く」
勇気が話を切り出す。
「そう」
アリサは一言添えるだけだった。
「アリサには感謝してるよ。本当に。ありがとう」
彼女は微笑むだけだった。そして「頑張ってね」と一言だけ添え、家へと歩む足を進めていた。
チリンチリン。
来客を知らすバナード家の鐘の音。勇気にしてみれば二度目の鐘の音になる。
外からは朝陽が射し込み、天気は快晴を告げていた。
「朝早く悪いな」
玄関戸を開けて入ってきたのは赤髪が目立つ師団長のゼクスだった。昨日と同様に全身を包むようなローブ姿である。
「出発の準備は?」
「大丈夫です」
勇気がゼクスに応える。
もともと勇気がこの世界に持ち込めたものなど衣服ぐらいだ。それと新たに手に入れた凶器は懐にしまっている。準備なんて要らないに等しい。
「嬢ちゃんはどうした?」
「恐らくまだ寝てるかと」
勇気を見送るのはバナードだけだった。
「いいのか?」
「はい。昨日ちゃんと話しましたから」
勇気はアリサを無理に起こそうとはしなかった。今からでもゼクスに行くのを辞めるといえば辞められるだろう。バナードもきっと歓迎するに違いない。でも勇気は行くと決めている。その決心がアリサを無理に起こして話した時、揺らぎそうな気がしたから「いい」と言った。
ゼクスは「そうか」と一言発する。出発の時だ。
「待て」
勇気が家から出ようとしたところでバナードが勇気を止めた。
振り向く勇気。するとバナードが白い布で巻いた両手で治まるぐらいの何かを勇気に差し出していた。
「加護のついた短刀じゃ。持っているだけで効果があるから常に身につけておくといい」
「ありがとうございます、バナードさん」
礼をして、バナードからの贈り物を丁重に受け取る勇気。そして別れとなった。
バナードは玄関戸から出て、勇気の去る後ろ姿を見送る。その表情は何処か寂しそうにしていた。
ゼクスと勇気が二人で村中を歩く。ゼクスの話によると王国までは来た時同様に馬車と馬を使い帰るようだ。村の出入り口で帰路の準備は終わっているとの事で、そこまでのんびり歩く事となった。
勇気は村の中での知り合いはほとんどいないし、知っている人には挨拶を済ませていた。これで未練もない。
朝早くという事もあって、ほとんどの村人に会わずに村の入り口へと到着する。
師団員は、二日前と比べると見るからに減っていた。全員で20余名程度。およそ8割程度が死亡したという事になる。勇気は暗い気持ちになるが、それを察したのかゼクスが勇気の背をポンと押す。
「ユウキは俺とコッチだ」
ゼクスが笑いかける。この光景を見て悲しいのは、師団長である彼だ。それでもゼクスは辛い顔一つも見せはしなかった。
ゼクスの案内である馬車に乗る。馬車は四人が向かい合って座れる席があった。後ろ方向の座席に座るゼクス。勇気はゼクスの迎え側に座った。
「兵糧詰みの馬車だけどすまんな。飯がないと兵が餓死しかねんからさ」
「いえ、まったくもってその通りだと――」
馬車が少し揺れる。新たな乗員が増えたせいだ。
勇気は、新たな乗員をみて若干身体が引ける。何度みても不気味なのだ。全身を白いローブで隠し、仮面をつけた人というのは。
「おっと、お前も一緒に乗るって珍しいな。やっぱりユウキに興味津々ってか」
「それもある」
仮面の男は単調に応えて勇気の隣に座った。
「あの、師団長はゼクスさんという事で分かるんですが、コチラの方の名前は何と」
もっともな勇気の疑問である。ゼクスは勇気が会った当初に自己紹介してくれた。しかし、仮面の男の名は知らない。分かるのは、勇気に白馬を貸してくれた事。そして≪悪魔≫を倒す程の力を持つ人物という事だけである。
「あー、実を言うと俺もコイツの名前知らねぇんだ。だからウチの副師団長ってことで、みんな副師団長と呼んでる」
「え?」
「どうしても教えたくないんだと。顔も見せたくないし、名前も教えてくれねぇ。名前知ってるのは王様だけだったか?」
「さてな」
仮面の男、副師団の応えは単調で短い。話すのが面倒とでも言いたそうにしている。
ゼクスは部下であるハズの副師団長のぶっきら棒な態度に気にせず、くっくっと笑う。そして笑ったまま、身体を乗り出し、勇気の後ろの荷台に手を突っ込んでリンゴと思わしき果実を手に取っていた。
「一師団として、それでいいんですか……」
「まぁ、コイツは信頼出来る奴だから問題ねぇさ。俺がこう言うんだ間違いない」
ゼクスがリンゴを丸かじりした所で馬車が走り始める。
勇気はコレで村とはお別れ。本当に短い期間ではあったが思い出はある。恐怖もしたし感謝もした。出来ればもう一度訪れたいと思いながら、心の中で出会った人達に感謝していた。
「ユウキは村の民じゃないんだったよな。じゃあ何処から来たんだ?」
ゼクスから質問が飛んでくる。
しかし、この質問に困る勇気。どう説明すればいいか分からないのだ。むしろ、説明してもいいのかどうか。異世界から来た、などといれば不審がられるのでは? 危険人物だとして牢屋に入れられるかもしれない。ただゼクスは信用できる人物である。理解を促せないかもしれないが、全部話したなら元の世界に帰る手助けをしてくれるかもしれない。
「喋りたくないなら喋らんでいい。人なら隠しごとがあっても不思議じゃねぇしさ。この副師団長様みたいにな。ま、話せるようになったら教えてくれよ」
色々と思考を巡らせているとゼクスから続けて言葉を貰ってしまった。
「すいません……」
謝る勇気。結論として、今は喋らず落ちついてから相談しようという事に勇気の考えは落ち着いた。
「じゃぁユウキから何か聞きたい事あるか。些細な事でもなんでも聞くぞ」
なんでも聞く。寛容なゼクスは、勇気にとってとてもありがたい存在である。しかし、これは逆に困らせた。聞きたい事が多すぎて何から聞けばいいか分からない。とりあえず聞きたい事、という事で勇気は自分の中を検索し始める。そして一つ、検索した結果、これが一番困ってるというものがあった。
「……文字を勉強するための教科書ってありますか? ここの文字は読めなくって……」
「何だ、読めんのか」
≪ウィンドウ≫を開いても文字が全く読めない。自分のウィンドウすら読めないとなると正直困る。幾らザイエンデになったとはいえ不便過ぎるのも問題である。
「でも喋れはすると。識字能力がなくてもおかしくねぇが不便だわな」
ゼクスが自分のウィンドウを開き、慣れた手つきで片手で動かしていくと、数秒程度であるモノがゼクスの手に収まっていた。紙と羽ペンである。ただ白いだけで、とても整った長方形の紙。それは製紙技術はあるのだろうと思わせる質だ。そして羽ペンの方は一見すると現実世界でもありそうなものだが、中央に小さな≪水晶≫が埋め込まれている。勇気はきっと魔法の力が加わっているに違いないと思った。
ゼクスはリンゴをかじりながら、さらさらと短い文章を綴った。そして文字の下に二つ区切るように線を引く。
「こっちの文字が師団長。で、こっちの文字がゼクス」
ゼクスが書いたものを勇気に見せる。
勇気は、やはり文字の形態がよく分からない。せめてアルファベットなら楽だったのだが、と嘆く。
「数字は分かるんですが……」
「ほぅ。ってことは算術が出来るって事か」
とても関心するように言うゼクス。
勇気は、算術? と少し疑問に感じたが、学校でならう算数や数学と同じものだろうと考えた。
ゼクスが数字をパラパラと紙に書いて行く。逆向きでも分かるそれは、さっきの文字とは違って安心するものだった。
「分かるか?」
7桁の数字が上下に二つ並んでいる。一見四則演算かと思ったが、記号はなく横に文字が並んでるだけだ。
「その横の文字は、どういう意味ですか?」
「これは上の数字から下の数字を減算しろって意味だ」
「それなら……18525です」
少し悩んで暗算で答える。
ゼクスは自分の下へと紙を戻して唸ると、一桁ずつ順に書いていった。
「お、合ってるな。じゃぁ金の勘定は出来ると。それで算術は何処まで出来る?」
「今の以外なら数字を足し合わせたり、掛け合せたり、割ったりできます」
加法、乗法、除法、と初めは言おうとしていたが、伝わるか不安だったので今のように言い直した形で説明する。
「算術の教養はあるのか。ほぅほぅ。学者目指すのもよさそうだな」
ゼクスが笑って褒める。
勇気にとっては小学生レベルの問題だったのだが、こう言われるとこの世界ではどうやら数学は余り広まってないか、発達仕切ってないようである。勇気も別段生活するだけなら四則演算さえできれば困るものでもないと思ってるので、不思議と思わない事にした。
ゼクスは楽しそうに紙に数字を書いて行く。そして問題として勇気に見せた。勇気は横に添えられた言葉は、どういう意味か聞いてから、それを素早く暗算で答える。答えられる度に関心するゼクスと一生懸命答える勇気。しばらくゼクスと勇気の算数のやり取りが続いた。
「そろそろいいか」
勇気がゼクスの出す算数の問題を解いた数が30程過ぎた頃になって副師団長が呟く。
ゼクスは「何だ?」と聞くが、副師団長は答えず、且つ仮面を揺らさずに後ろの荷台を片手でごそごそとまさぐった。
「うひゃぁ!?」
高い悲鳴が上がる。副師団長ではない。かといってゼクスや勇気でもない。今の悲鳴は男には出せない声色。そして、勇気はその悲鳴を聞いた事があった。
副師団長が片手でソレを持ち上げて、目の前、ゼクスの隣の空いてる席に座らせた。
「アリサ!?」
「ユウキの連れの嬢ちゃんじゃねぇか」
顔を真っ赤にした少女が出てきた。どうやら二日前に引き続き今日も荷台の荷物の中に隠れていたようである。
「おいおい、副隊長殿、嬢ちゃん乗ってるの知ってただろ?」
「乗る時にそれもある、と言った筈だが」
副師団長の言葉を聞いて、確かに言ったと納得するゼクス。
勇気は、二人のやり取りを聞いて苦笑いをするしかなかった。
「あー、引き返すか? 今なら間に合うけどよ」
「ユウキ、バナード老から頂いた短刀の布を解いてみろ」
副師団長はゼクスの言葉を徹底して適当に流すようだ。なんだか可哀想である。
とりあえず勇気も今は副師団長の言葉通り、懐から白い布で巻かれたそれを取り出し、布を解いてゆく。すると手の平より少し大きい刃渡りの短刀が出てきた。刀身は銀色。使ってないと言いきれる程に新品同様の輝きだった。そして白い布のある部分に気付く。白い布に黒色の模様。それが文字であるとすぐに分かった。
「ゼクスさん、自分文字が読めないんで読んで貰ってもいいですか」
勇気がゼクスに白布を渡す。
ゼクスは一つ喉を鳴らしてから、書かれている文字列を読み上げ始めた。
「ユウキ、私の孫が恐らく我が侭を通し迷惑を掛けるだろう。だが、孫が決めた道、どうか可能ならば邪慳にせず、孫を支えてやって欲しい。バナード」
簡素に纏められた言葉が述べられる。
この布をバナードが勇気に渡したのは出ていく直前。それまでバナードは、いつものようにコーヒーを飲んで紙面を読んでいただけで、白布を用意していた素振も取っていない。つまりバナードは、アリサが密かについて行くこと知っていた事になる。
バナードの想いを聞いたアリサは白布の文字を見て茫然としていた。
「嬢ちゃんは、どうしたいんだ。正直、村にいたときとは比べ物にならないほど辛いぞ。もしかすると二日前の悲劇と同じ目に会う可能性だってある」
「私は――」
口ごもるアリサ。ゼクスは真剣な表情で彼女を見ていた。
「ゼクス、少女に無理強いするのは師団長としてどうか」
言葉を続けたのはアリサではなく、くっ、と笑うように喋る副師団長であった。
勇気はコレを見てこの人も笑うのか、と変な事を考えてたぐらいである。
「こんな時だけ冗談いいやがって。まぁいい。帰りたくなったら俺が金を出して帰らせるさ。王国見学もいいもんだろ」
とりあえず、アリサを連れて行く事が決定される。
前途多難と思われる旅路が始まろうとしていた。




