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V.R.  作者: 橋伸弘
第1章 未知の世界
5/31

5.絶望の先に

 怪物の背丈は4メートルを超えている。その身丈にあった巨大な身体は人じゃ勝てないと直ちに脳へと伝えていた。特筆すべきは、身丈以上に大きな翼と頭に生やした二本の角だろう。勇気の目には、その姿はまさしく≪悪魔≫と見えていた。


 パキンと割れる音が鳴る。音の出所はアリサ。手元には何かの欠片が手元から崩れ流れている。アリサは目前に出現させたウィンドウを見て身体を震わせていた。


「嘘……レベル51――なんで、こんな場所に――」


 二人を乗せた白馬が駆ける。


「アリサ、捕まってろ!」


 勇気が力強く叫ぶと、アリサは言う通りに勇気にしがみつく。

 アレに勝てないのは誰もが分かる事だ。世界の仕組みを知らない勇気でも、あんな化け物は無理だと一目で分かる。白馬は、そんな騎手の意思を汲むようにすぐに逃げる為に駆けてくれた。勇気は、これほど優秀な白馬を貸してくれた仮面の男に心底感謝する。


 白馬が全力で駆ける。しかし勇気に白馬が駆ける方向を指定できるような技量はない。その優秀さにまたしても身を委ねるしかなかった。

 白馬の駆ける方向は王国直属師団が数人佇む方向だった。勇気も彼らなら何とか出来るかもしれないと期待が膨らむ。


「おい、お前ら、何故こんな――」


 師団の一人が勇気達に気付いたようだ。しかし白馬は師団に気にすることはなく、師団の奥にある洞窟の巨大な入り口へと駆けてしまった。


「っ、敵襲――ギャ――」


 勇気の顔が真っ青になる。

 悲鳴だ。今通り過ぎたばかりの所から間違いなく人の悲鳴が上がった。


「おいおいおいおい、嘘だろ!?」


 思わず声が上ずって出てくる。

 人が死んだ。あっけなかった。通ったばかりの方へ振り向けば肉片となった“モノ”がぼんやりと照らされる光の中にあった。あの悪魔の腕の一振りで死人が出てしまった。


 怒号と悲鳴と悪魔染みた声が反響して聞こえてくる。それは戦の音。全身に恐怖が襲ってくる。

 師団でも敵わない。未熟なアリサでは到底無理である。とにかく勇気達は白馬に身を委ねるしかなかった。来た道は≪悪魔≫が居て帰れないのだ。


 アリサが回した腕がさらに強くなった事を勇気は気付かずに、ただ前だけを見てどうすれば生き残れるか考えていた。

 白馬は駆ける。洞窟は広く、分かれ道がいくつもある所があっても、白馬は迷うことなく駆け続ける。


 かなり遠くへ駆け続けたが、後ろからは未だに怒号が小さいながらも響いてくる。それは師団が戦っている事を示していた。この耳を塞ぎたくなるような音がある内は、まだ安心だ。人が生きているのだから。もし、それが無くなったなら――。

 勇気の頭にはマイナスな思考しか生まれてこない。機転も糞もない絶望しかなかった。


 白馬は尚も駆け続ける。


「ユウキ……」


 アリサが勇気の名をか細く呼ぶ。アリサが何を言おうとしているか勇気には分かっていた。そう、“前からも怒号が聞こえてくる”のだ。嫌な想像しか出来ない。だが、ここで白馬から降りるわけにも行かない。全速力で駆け続ける白馬から無理に降りようとすれば、それはそれで死んでもおかしくないのだ。

 勇気達の正面に光が見える。月光のぼんやりとした明かり。そして見えてしまった。

 


 ここにも絶望があると。



 白馬が徐々に減速して止まる。丁度洞窟の構造が大広間の所だった。天井はなく、そこから月光が射し込んでいた。

 怒号が聞こえていた。それもそうだ。勇気達の20メートル程先で、たった二人の男が先ほどによく似た悪魔と交戦しているのだから当然である。


 酷い有様だった。何が酷いかと言えば、人であったものが飛び散っている。文字通り血の海だ。刀剣類が無差別に散らばり、その数だけ人が死んだのだろうと判断するしかなかった。


「ユウキ、その馬どうしたんだ」


 声の出所は、勇気達のすぐ近くだった。そこには勇気も知ったばかりの人物が壁に寄りかかるように座り勇気達を見上げていた。

 勇気がすぐに馬から降りようとするが、アリサの勇気の腰に回していた腕に阻まれる。勇気が一言「ごめん」とアリサに言い、アリサの腕を解いてから馬から降り、自分へと声を掛けた人物の下へ駆け寄った。


「…………」


 勇気は余りの悲劇に絶句する。

 王国直属師団、師団長ゼクス。横っ腹からおびただしい血を流し、額には脂汗を流し、勇気を見ていた。近くにいる師団員が涙を流して手に何かを持ち、ゼクスに向けて謝罪し続けている。


「ちょいとしくじっちまった。部下に良い所見せるのも難儀なものだ。ほら、お前も謝るのやめろって」


 ゼクスが笑って話す。話の内容だけ聞けば余裕に聞こえるが、状態を見ればいつ死んでもおかしくはなかった。

 近くの師団員は変わらずに謝罪し続けている。


「さっきの質問だが」


「彼女が貴方達を単独で追いかけていて、自分も彼女を追いかける為に足が必要だったのですが、仮面をつけた男の人に借り受けました」


 今度はちゃんとゼクスの質問に返す。


「そうか。だが、なんで――成程、一体ではなく夫婦の二体だったか」


 ゼクスが疑問の言葉を一度発したが、すぐに自己解決する。

 勇気はもう一体居るのを知っている。ただ、今はすぐソコに居るアレの怒号が邪魔して、もう一体のそれがココに近づいているか分からない。だから、何故ゼクスが気づけたのかは勇気は分からなかった。しかし、それについて深く追求する事もなかった。今はそんな事を聞いている場合ではないとゼクスの声に耳を傾ける。


「俺でもコレだ。嬢ちゃんのレベルじゃ手も足もでない。きっとガイ、いや、お前らの村長が逃げる隙を作ってくれる。そうしたら、その馬に乗って馬の為すままに走り、コレを届けてくれないか」


 ゼクスがウィンドウを開いた後に、小さな巻物を一つ勇気に手渡した。


「王国の本隊が来る。そうすればお前達の村も救われよう」


 勇気は、それを聞くと何が何でも達成しなければならない。そうしなければ、あの絶望が村を一瞬で包んでしまう。

 この時はまでは、そう思っていた。


「アリサ!?」


 勇気が名前を叫んだ。

 恐怖に打ち震えていた少女が自前の剣を手に取り、絶望へと向かって行っていた。

 何故かは分かった。交戦していたハズのたった二人の内の一人減っている。そして残る一人が壁に叩きつけられていた。アリサが慕う村長が居るのはゼクスの言葉の中で分かっている。きっとさっきの二人の内、どちらかがその人物なんだろう。


 勇気は二本の足で駆けていた。走り抜ける中で、地に突き刺さっている西洋剣を一本手に取って向かう。ゼクスが何か発していたように勇気には聞こえたが今は一人だけに集中しているために内容がしっかりと入ってこなかった。


 アリサが≪悪魔≫の左足に剣を全力の横振りで振り抜く。しかし、悪魔はビクリとも傷一つ追う事もなく、壁に叩きつけられた男へと歩み寄っていた。


「坊主、危険だ! アリサを連れて逃げろ!」


 壁に叩きつけ座り込んでいる男からアリサの名を呼ぶ怒声が送られてくる。

 アリサは戸惑うことなく悪魔の背を蹴り、首に目がけ全力で振り抜いた。それでも先程と変わらずに傷一負っていない。

 しかし、ソレは気付いてしまった。アリサという存在が居ることを。深い漆黒の瞳で見ていた。


「ハアアアアァアァァッッッ!」


 そして第三者であった勇気の叫びが響く。

 全力の叫びと共に剣が振られた。だが結果は虚しく分厚い体毛で覆われた図太い足に弾き返されるだけだった。

 


ザイエンデ以外では魔物に傷を負わせられない。


 

 その通りだった。幾ら騎士の剣を手に持ち、全力で振るおうが無力以外の何物でもなかった。

 ≪悪魔≫はアリサに標的が向いている。何度勇気が斬りつけようとも標的は変わることもない所か勇気の持つ剣が折れてしまった。


 ≪悪魔≫は、怯え後ずさるアリサを深く重い足で追い続けた。

 否応無しに未来が見えてしまう。



――嫌だ。



――死なせたくない。



――もう誰も。



――守りたい!



 想う。必死に。死んで良い訳がない。幾ら非現実であれ、人がこうも簡単に死ぬなんておかしいと。



 ――想いを乗せろ。さすれば自ずと答が出よう。



 声だ。勇気の声ではない。誰かの声が勇気の耳に届いた。

 勇気は全力でアリサの下へと駆ける。その刹那、≪悪魔≫の足も僅かに加速したのを感じた。

 勇気の方が悪魔よりも速くアリサの下へと辿り着く。同時に震えるアリサの身体を抱き寄せた。



 一撃で、葬らないと――シヌノハコチラダ――



 悪魔を見上げる。時間はない。

 剣技では勝てない。魔物の方が圧倒的に速い上に刃が通らない。本気で動かれるなら目で追いつけるかがやっとだろう。そうなれば懐に潜り込む事も敵わない。


 なら、何を。

 機会は一でいい。いや。一でなくてはならない。素人のオレに叶うのは多くて一撃だろう。

 懐に入らずに一撃で葬れるだけの究極の一が――



「あ…………?」



 気付いた時は手にソレが在った。

 ある程度の歳になれば誰もが知るだろう“現代の凶器”。

 その使い方は単純で、技術がなくても至近距離ならば誰もが、あらゆる生物を死に至らしめられるだろうソレが。


 ――狙うは頭。


 生物学上、脳を破壊すれば生物の生命活動は停止する。賭けるしかない。

 

 構える。後は“引鉄を引けばいいだけだ”。

 ≪悪魔≫が虫けらを消そうと動く。腕振りか、蹴りか。そんな些細な事はどうでもいい。

 アリサを抱える腕をアリサの頭に廻し、その耳を抑えるように腕の力を強める。

 後は失敗しないように集中力を高めるのみ。



 ―――――――



 形容しがたい“銃声音”が響いた。反動を受けた腕が痺れる。これ程に大きい音なのかと心臓まで衝撃を受けるぐらいだ。


 ≪悪魔≫は動かない。噛みつこうとしたのか勇気達の寸前に≪悪魔≫の顔があった。

 発砲音の後の変化はすぐに見分けられた。一本だけあった角が無くなっている。生え際の眉間には大きく丸い穴が一つ。それが勇気の手にある凶器によるものだと語っていた。


 勇気がアリサを抱えながら数歩下がると、≪悪魔≫はドザッと重い音を立てて崩れ落ちた。

 前のめりに倒れたソレは起き上がる気配を微塵も感じさせず臥したままだった。


「倒した……」


 勇気は溜息と同時に声を漏らす。自然とアリサの耳を塞ぐために回していた腕も力が抜けていた。

 ペタリと地面に座るアリサ。二人の視線は死骸と化した一本角だった≪悪魔≫に落とされていた。


「ッ! 駄目だ! もう一体いる!」


 勇気が叫ぶ。そうである。勇気達は元はと言えば、二本角の≪悪魔≫に追いかけられて此処まできた。一本角の≪悪魔≫とは異なる存在。同等の恐怖が未だ残されている。


 勇気は片手に収まる凶器を確認する。弾を打ったのは一発だけ。残る弾は幾つか? リボルバーではない。かといってグリップ部分に弾薬を詰める弾装もない。回転式でも自動式でもない拳銃だった。

 知識がないのでは埒が明かないと手にある凶器の自分なりの解析は置いて、もう一体の≪悪魔≫について考え始める。


 同じタイプの魔物。今度はあの入口に来た瞬間に集中砲火を当てればいい。いや、それでは甘いか? 遠くから射撃できる腕があるハズが無い。撃った時の反動も相当だった。一発外せば次弾の狙い、撃つ、までの動作に時間が掛かる上に、痺れたばかりの腕で狙えるとは到底思えない。それに弾が切れてしまえば替えの弾丸はどうする。

 やはり至近距離で頭を狙うしかないと結論に至った。しかし次は生き残れるとは限らない。さっきも分の悪い賭けだったぐらいだ。


 勇気は自分達が入ってきた入口目掛けて手にあるソレを構える。


 ≪悪魔≫独特の怒号が近づいてきていた。

 近づく、近づく、近づく。

 ≪悪魔≫の怒号がもう目と鼻の先ではないか、と思った時、二本角の≪悪魔≫の姿が現れた。


 躊躇う事なく引鉄を引く――。


「――――クソッ!」


 だが、勇気の持つ凶器が再び轟く事はなかった。弾が無い。リボルバーでも、オートマでもない銃の扱いを勇気は分かってなかった。


 近くの剣を取る。ハッキリと無理だと分かっている。先ほども剣で斬りつけても折れるだけだったのだ。でも、死ぬのなら何もしないよりも抵抗する。そうしなければ自分の腹の虫も収まるまいと敵意を剥き出しにした。


 勇気の足にいつでも行動が可能なように力が入る。

 だが、≪悪魔≫が動くことはなかった。入口から一歩身を乗り出して巨体を広間に露わにしているだけ。


 異様は異変に、そして決着へと導かれた。


 ≪悪魔≫が綺麗に真っ二つに分かれ、どす黒い血を噴き出して倒れ込んだ。

 巨体が地に伏し、広間の入り口奥から一つ人影が現れる。その影は勇気の目的の為の力を貸した人物であり、今もなお、その姿見が不気味と形容できる人物である仮面の男だった。


「ゼクス、無事か」


 仮面の男が広間に入り、すぐ左手側にいた師団長ゼクスへと語りかける。


「ふ、ふ、副師、し、だ、団、長……」


 ゼクスに対して謝罪を延々と続けてた師団員が仮面の男に視線を移して泣きながら喋る。


「すまない。遅くなった」


「いいさ。お前も来て終わった所だ」


 仮面の男の言葉に、ゼクスは笑って答えた。


「戦死者の弔いは後日にする。今は皆を安全な場に帰すのが先だ。生きている者は生存者の確認。傷が浅いものは重症者の手助けをし、馬車へ早急に運び出してくれ」


 仮面の男が言うが、生存者は見て明らかである。重症を負ったゼクス、付き添っていた師団員、武器を杖にして無理に起き上がろうとしている≪悪魔≫によって壁へ叩きつけられた男、そして床に茫然と座るアリサとその手を取る勇気。最後に仮面の男と合わせて、たったの六人だった。生存者がコレだけである。そこらに転がり地に突き刺さっている五十を超えた武器が事態の悲惨さをより明確に表わしていた。


 仮面の男はゼクスをもう一度見下ろしてから、近くに待機していた白馬の頬に軽く触れて勇気達の下へ白馬と一緒に歩き出す。


 勇気はアリサの片手を取りながら、屈んでアリサの様子を見ていた。


「大丈夫か?」


「え、ええ」


 勇気が声を掛けるも空返事しか返ってこない。これを見た後では仕方もないと思うが勇気の心配は消えない。自分もアリサの片手を取る手とは逆の手が若干震えているが、気をしっかり持たねばと心に鞭を打ち続けていた。


「ユウキ」


 勇気は不意に知らぬ声に掛けられる。振り向くと仮面の男と白馬が居た。何故名前を、と考えたがゼクスが教えたのではないかと思い質問の口は止める。


「馬は後で返せばいい。後ろの少女を連れて先に帰れ。お前達にも家族は居よう。心配を掛ける前に帰るといい」


 仮面の男が言うと、白馬が勇気の襟を掴み放り投げて鞍へと乗せる。器用すぎる馬に不思議と感じるが、もう驚くこともなくなった。

 次に仮面の男がアリサを軽々と担ぎ、勇気の後ろへと座らせる。


「礼は後で改めて」


 勇気も仮面の男の意向を素直に受け取る。ゼクスや村長も心配だったが、自分が乗せてる後ろの少女も心配だった。それに仮面の男が居れば、後は何とかなるだろうと思っていた。それなら、余り役に立たない自分は早々に切り上げて帰るべきだと判断した。


 勇気が手綱を取ると馬が駆け始める。


「アリサ、大丈夫か?」


「うん……」


 再び確認すると返事はちゃんと戻ってきた。馬から振り落とされないように腕を回してくれているため、とりあえず帰路は問題なさそうだ。後は≪悪魔≫が出ないように祈るぐらいである。


 白馬はここへ来た時と同じぐらいの速度で駆ける。速いが振り落とされる気配はない。

 馬上では、ほとんど無言の状態が続いた。勇気はアリサにときどき「大丈夫か」と聞くが、返ってくるのは依然と空返事ばかりだった。速く家に帰って寝かせるべきだろうと、心配の念は続いた。




 村につくと白馬は速度を落として村の中を進んで行く。村の入り口に馬小屋があるが、進む所を考えるとどうやら送ってくれるようだ。何とも気が利く馬だと思いながら、馬の気遣いに感謝する。


 しかし村には分かれ道がある。馬も分かれ道にさしかかるってしまうと、どちらに行こうかと立ち止った。アリサの家に行くには左というのが勇気には分かっている。何とか伝えようと左手に掴む手綱を軽く引いてみると白馬は左に曲がって進みだした。心底優秀だと思う。

 右に進む時は右手の手綱、正面に進む時は両手を軽く引くと白馬が思った方に進む。しばらく、白馬を進ませているとアリサの家に到着した。辺りはまだ暗いのに明かりがついている所を見ると、祖父であるバナードは起きているようだ。


 白馬は何を言うまでもなく、アリサの家の前で止まる。騎手の微妙な反応に、優秀な白馬は気付いたんだろうと納得した。

 勇気が自分の身体に回されている手を慎重に解くと白馬から降りる。


「アリサ」


 名を呼んで手を差し伸べる。アリサも気付いたようで、勇気の手を持って白馬から飛び降りた。


「ありがとう、仮面の男の人にも伝えといてくれ」


 白馬は勇気の言葉を聞くと、村の入り口の方へと駆けて行く。伝わっているかはハッキリと分からないけど、きっと伝わっているに違いない。

 勇気は白馬にありがとうともう一度念じると、アリサの手を引いて家へと入って行った。


 扉を開けるとバナードがテーブルに一人腰掛けていた。テーブルにあるカップを見ると珈琲でも飲んでいたのだろう。


 バナードはアリサと勇気の姿だけを見て言葉を発しなかった。二人の姿は血まみれだ。勇気は一角の≪悪魔≫の返り血。アリサは同じ≪悪魔≫の返り血と座りこんだときについてしまった師団員の血が衣服に付いていた。

 勇気がアリサの手を引いてをアリサの部屋へと導く。


「アリサ。寝る時は服を脱いで寝なさい」


「……うん」


 バナードが言う。アリサは相変わらず空返事だった。


 勇気はアリサを部屋に入れるとすぐに扉を閉めて出て行った。それも祖父の命令をすぐに実行しようとしていたからだ。さっきまであんな事態を味わってはいたがココの判別ぐらいはキチリと出来ている。


 居間に戻るとバナードが勇気をジッと見ていた。勇気は覚悟が出来ている。気付いていて止め切れなかった責任もあるのだから、何を言われても動じずに答える準備はしていた。


「ユウキ、君も疲れているだろうから深くは聞かない。それで生き残っている王国直属師団は誰がおる」


「ゼクスさんが重傷です。あの傷では正直どうなるか分かりません。若い師団員の人もいましたが名前は分かりません。それとアリサの名前を呼んでいたのでおそらく村長さんだと思いますが、村長も深手を負ってしまいました。でも無事だと思います。最後に仮面の男の人が助けてくれましたが、その人も名前が分かりません」


 淡々と説明して行った。バナードは、ふむ、と唸ると考え込む。勇気は、その場で黙ってバナードを見ていた。


「事の顛末は村長に聞くとしよう。ユウキは寝なさい。疲れておるだろう」


「気遣いすいません。それと、玄関側で寝てもいいですか?」


 勇気の言葉に何故か、と首を傾げるバナード。


「またアリサが無茶しても嫌ですから。ここならアリサが部屋を出た時に分かります」


 勇気はそういうとバナードの返事を待たずに玄関戸の横で座り込んでしまう。

 その胸には、絶望を断ち切った救いの凶器が顔を覗かしていた。


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