3.王国直属師団
勇気は走るアリサの後ろを全力で追いかける。自分では同年代のものからすれば並の速度程度と理解している。それでもアリサと勇気の走る速度の差は圧倒的だった。オリンピック選手並に早いんじゃないかと思いながら必死に追いかける。
人ごみ溢れる所でアリサの足が止まった。勇気は、ほっとして走る速度を抑え、アリサの下まで行く。アリサにこれ以上走り続けたなら、勇気は振り切られていただろう。
「アリサ、王国のなんとかという奴って?」
「多分≪王国直属探索師団≫。これは、何か大きな事件がある所に出てくる≪ヴァルハラ≫に存在する王国の先遣部隊よ。当然、全師団員が≪ザイエンデ≫。それも王国の中でも相当の手練れで構成されているの」
「皆がザイエンデか……」
アリサのように魔物と戦える集団という事で勇気の頭の中で完結させる。
「そう。もし探索師団の調査で探索師団だけでは無理だと判断されれば、さらに強力な本隊が来て事件を解決してくれるわ。だから探索師団はいわゆる先遣隊ね。探索師団の派遣の多くが、村なら村の長が悪い治安政治を行ってる場合の弾圧。でも、ウチの村長さんは凄い良い人だから問題はないわ。他に派遣された理由としては≪新たな迷宮≫の調査や≪強力な魔物≫の討伐だけど――」
「騎兵が通りますので御下がり下さい!」
アリサの声が男の大きな声で遮られた。しかし勇気とアリサには、その声の主が何処に居るか見えない。人という人が壁になってしまい、身長が高いと決して言えない二人には奥が見えないのだ。
その場で飛び跳ねて奥を確認しようとするアリサ。だが、それでも見えないのかムッとした顔で人の壁をジッと睨む。
「すいません」
アリサは人の波を分けるように強引に前へと行ってしまった。勇気も、なんだかなと思いながら次いでアリサと同じように人を分けて進んでいった。
最前線へと割り込んだ二人が見たのは、如何にも騎士といえる鎧を纏った姿の男数人だった。大声で村人を脇によって、これ以上前に出ると危ないと指示している。
「あれが王国直属師団か」
人の群れの中に居た誰かが喋る。
鎧を纏った騎士の軍が行軍をしていた。腰に剣、腕に長槍、背中に弓、多種に渡る騎士がザッザッと深い音を立てて歩む。歩兵、馬にのった騎兵、馬車、数えれば100人は超える軍。
勇気は中世の世界にでも迷い込んでしまった雰囲気に僅かながら胸が高まっていた。映画のような世界。現実ではありえない光景に凄いと息を巻いた。
勇気は目を点にして騎士達の行軍を眺める。そして目がある一点で止まった。他の馬より人回り大きく美しい白馬に乗った人物に釘付けになった。何故ならその人物だけ鎧姿ではなく、ローブで全身を包んでいる。加えて兜もせずに顔を仮面で隠していた。見るからに不気味な姿で、他の騎士が騎士と言えるだけに、杖は持っていないが悪の魔法使いが紛れてるだろ、と言いたくなるぐらいだ。そんな不気味な人物を暫く目で追っていると、アリサが勇気の袖を引っ張った。
「師団の行く先は村長の所。私も行くわ」
アナタはどうする、と勇気に尋ねるアリサ。勇気は迷うことなくアリサについていくと決める。
二人は人ごみの波を分けて外へと抜け出すと、若干駆け足で騒ぎの外へと走り出した。今度は勇気の足でも十分ついていける速度で安心する。
アリサが先導して住居の脇や道とも言えぬ場所を通り抜けながら進む。どうやら村長の住居に向かう正道は人が溢れすぎて通れないので、村長の住居に行くまではこっちの方が速いとの事だ。
身軽そうに動くアリサは息一つ乱さずに駆け抜ける。そんなアリサをみて、もう少し運動頑張っておけばよかったと僅かに後悔する勇気だった。
「アリサ!」
勇気が突然叫ぶ。同時にアリサは身を屈めた。
「嘘……なんでこんな村の近くに」
そこには二本足で立つ犬顔の魔物の4匹の姿があった。
魔物は携える剣をアリサの首元目がけて全力で振り抜いたのだ。しかし、それを超反応といえる速度でアリサはかわしてみせた。
「ユウキは後ろに下がって!」
アリサが大声で言うと、アリサの手には何時の間にか剣が握られていた。そして、低い姿勢で一気に距離を詰め、一閃、近くの犬顔の魔物に剣が通る。
「グルルルゥ――」
だが、その魔物はアリサの剣を受けたにも関らず、魔物自身の剣を振り返した。それをアリサは難なくかわしてみせたので心配はいらない。
勇気は、今の光景をみて動揺を隠せずにいた。魔物はアリサに斬られたハズなのに傷一つない。離れた場所からでも勇気の目にはハッキリと見えた。魔物がアリサの剣を受けてよろけていたのも見えた。だが魔物に傷はない。何故と疑問を持つが、勇気の疑問には誰も答えず、目の前では少女と魔物の戦闘が繰り広げられていた。
魔物に統率力は余り感じられない。動きがバラバラでチームワークもなく、魔物同士で傷つけあわないようにアリサを狙っているだけで、一対四でもアリサが優勢だと分かる。
アリサは一太刀も入れられずに一方的に振るった剣を魔物に当てていた。だが、幾ら剣を当てようとも、先ほどと同じように魔物はよろけるだけで目立った傷は見えてこない。剣の切れ味が悪いのか、魔物の皮膚が硬いのか。勇気には何故かと分からないが、このままではジリ貧では、と不安に駆られる。
自分にも戦える力が少しでもあれば、思う勇気。女の子に守られる自分が嫌になっていた。しかし、力があっても凶暴なアレに勇敢に立ち向かえるか分からない。また腰を抜かしてしまうのではないかとも思える。負けるな、という祈りしかできない自分にどうしようもなく腹が立っていた。
そして、ついに硬直状態が解ける。魔物の一匹が肩から胸にかけて斬られ血しぶきを上げたのだ。力なく倒れる魔物。残るは三体、戦闘は止むことなく続く。
相変わらずアリサに魔物の攻撃はあたらず、アリサの優勢な光景が繰り広げられる。
「あ……」
勇気が声を漏らした。初めに斬られた魔物がピクリと動き上半身を残る力の限り起こそうとしていた。
勇気の心臓が高鳴る。致命傷を受けている魔物がやろうとしている事を理解してしまった。投剣だ。瀕死の魔物が残る力を全てそれに費やそうと貯めて狙いを付けている。アリサはそれに気付いているか。恐らく気付いていない。残る三体の魔物に集中してしまっている。
勇気の身体が自然と致命傷の魔物に向かって動いていた。
止めるぐらいなら自分にも出来る。魔物が己の凶器を振り切る前に蹴り落とさねばと。
だが、遅かった。勇気の想いは無情にも間に合わない。後、少し反応が早ければ――
ガキンッ。
金属音が響いた。アリサへと放たれたハズの魔物の投剣は、目標を失ったように高く宙を舞い、それを放った魔物の首も宙を待った。
「グァッ」
似たような悲鳴が三つ耳に届く。勇気はアリサへと目を向けると首がない魔物が3つ立っていた。そして、幾ばくかして、ドサリと魔物の死体は倒れていく。
アリサの近くに男が立っていた。歳は30を超えてないだろう。長身に赤い髪。髪の色に会うような赤い腰マントが目立つ。上半身は身体の隆起が際立つような服装。普通ならオカシイと思える恰好だが、鍛えられた身体と否応なしでも分かる戦士としての風格が勇気を憧れるような感覚に落としてくる。
「大丈夫か、嬢ちゃん、坊主」
カチンと剣を鞘に納めて赤髪の男が喋る。
少し遠くにいた勇気は、アリサと男の下へと駆け付けた。
「ええ、助かりました」
アリサが男へと一礼する。勇気もアリサに倣って、礼を男へと述べた。
丁寧に礼をする勇気を見て男が微かに口元を歪ませる。
「ネームロスってのは難儀なもんだ。女すらも自分の手で満足に守れない。でも、最後のアレはいい判断だった。ま、もうちょい足速くなくちゃ駄目だな」
若干顔が赤くなる勇気。悔しさと不甲斐なさでそうなってしまう。この男が来なければ魔物の剣はアリサへ届いてしまっていたに違いなかった。
「アナタは今に行軍している師団の人?」
「ん? まぁな。魔物の気配があった気がしたから頼まれて抜けてきた」
アリサの質問に軽く笑いながら男は答えた。話しやすい雰囲気の男にアリサは続けて問いかける。
「そう。できればアナタ方の上官と話したいんだけど?」
「そりゃどうしてだ?」
「私が察するに村は強い魔物もでるわけでもないし、いつも通り平和そのもの、と思ってたわ。今、此処で魔物と戦うまでは。何かしら村の近くで異変が起こってるのでしょう。それならアナタ方の上官に聞けば原因も少なからず分かるでしょうし」
「確かに。まぁ、師団なら村長のとこに一直線だ。付いたらすぐに会談始まると思うぞ」
男の言葉を聞くとアリサはすぐに足を進めて行ってしまった。置いていかれる男二人。勇気は男を見ると両肩を上げて言葉を返してくる。
「目的地までもうすぐだから慌てることもないさ。近くに魔物の気配もないしな」
男は比較的に軽い雰囲気だ。悪く言うなら楽観的な人である。勇気もそんな男に親しみやすいと感じていた。そんな男に勇気は気負いなく問いかける。
「鎧は着ないんですか?」
勇気のイメージでは騎士と言えば鎧を纏い厳格で強いというイメージである。先ほど見ていた師団の多くも鎧を纏った恰好だった。しかし、この男は強いというイメージしか当てはまらず、騎士とはほど遠く感じた。
「あー、ありゃ動きにくいだろ。まぁ着るなら着るで便利なんだが、この装備でも意外となんとかなるもんだ。俺は性に合ってる軽い装備しか使わなくてな」
勇気は、男にごもっともと返すしかなかった。要は如何に軽装だろうと相手の攻撃に当たらなければ問題ないのだ。それは先ほどのアリサのように華麗にかわし続ければ何処に問題があろうというのか。強固な鎧は確かに安全と安心を補えるかもしれない。しかし、軽装も素早いという最大の特徴はあるのだ。
勇気は今にも鼻歌でも歌いそうな陽気な男と一緒に、目的地である村長の住居に向かって歩いていく。
男の言う通り魔物とは出会う事無く目的地へと付いた。他の住居とは違って一回りも二回りも大きい住居、これが村長の家なのだろう。周囲に他の住居は無く、周りには多くの騎士と言える恰好をした師団員や馬、馬車が待機していた。勇気の隣の男と違って勇気が思う騎士象の姿がそこにあった。
すぐに男と勇気は、ある所に気付く。明らかにそこに似つかない少女の後ろ姿と男の二人が言い争っている。周りの師団員も何や何やと眺めていた。勇気の隣の男も、それをみて楽しそうに笑う。勇気は、というとどうこの場を鎮めようかと考えながらアリサへと近づいて行っていた。
「アリサ」
勇気が声を掛けるとアリサは振り向いて不機嫌そうな態度で「何」と返してくる。勇気は何か言葉を掛けてアリサをなだめようと考えたが言葉が一向に出ない。勇気はどうしようかと考えていると、アリサと言い争っていた二人の師団員が目に入る。その師団員は小娘を軽くあしらっていた態度から一転して、姿勢を正し真面目な表情で構えていた。
「ゼ、ゼクス師団長。会談の方はもう始まっていますがよろしいので?」
片方の騎士が言葉の中に焦りを含みながら話す。それはすぐ近くの者に対して。アリサと勇気はここですぐに理解した。アリサが求めていた上官は自分達を救った男だと。師団長といえば文字通り師団の長。此度行軍を率いている一番のお偉いさんである。
師団長“ゼクス”。周りとは一風異なる雰囲気の男。
しかし、勇気はコレを知って会談を最高責任者がサボってもいいのかという疑問に苦笑いしていた。
「いや、面倒なのはウチの方の副師団長に任していてな。アイツは俺より頭が切れるから、任せときゃ何とかなるだろ」
師団長ゼクスが師団員に言葉を返す。ゼクスの回答は実に軽いものだ。
「それで、小娘を苛めてるようだったが」
ゼクスの言葉は師団員の二人を黙らせる。どう上官に説明すればいいか迷っているようだ。そこでゼクスに語り返したのは師団員ではなく、近くにいるアリサだった。
「何で私が上官探してるって言った時に名乗らなかったのよ」
「俺に上官か? って聞かれなかったからな」
ゼクスの屁理屈染みた言葉にアリサは呆れる。
勇気は何処か子どもっぽくて面白い人だと、さらに親しみやすさが増していた。
「いいわ。とにかく私は村に何が起きてるか聞きたかったの。アナタ達はどういう理由で王国から派遣されたのかを。師団長のアナタなら全て分かるでしょう」
「確かにそうだ」
ゼクスは否定しない。全て知っていると素直に真面目な表情で答えた。
「だが駄目だ。あの魔物に手古摺ってるようなら尚更な。嬢ちゃんがいくらザイエンデだろうと今のレベルじゃ今回の件は手に余る。もし、俺が色々と説明しちまって嬢ちゃんに首突っ込まれたら困るんだ」
説得力があった。ゼクスはアリサの戦闘を見ていたのだから余計に言葉に力がある。
アリサに反論できる言葉はない。アリサも自分自身は未熟だと理解している時点で、師団長にこうまで言われるとどうしようもなかった。
俯くアリサ。彼女の表情は誰も見えない。そして、数秒後に顔を上げた。笑みも辛辣さもない至って真面目な表情と言えた。
アリサは会話していた騎士二人とゼクスに丁寧に一礼すると場を離れ、馬が道に残した蹄の跡を逆らうように歩いて行ってしまった。
「どうだ、坊主。行けば死ぬのが分かってる舞台に女を送ってやる男なんていねぇだろ?」
ゼクスがアリサの後ろ姿を見ながら勇気に問いかける。
「後味が悪くなりますね」
勇気もアリサの後ろ姿を見て答えた。
「俺も同じ意見だ」
勇気はゼクスへと視線を移すと、ゼクスが満面の笑みで勇気の頭を掻き毟る。決して嫌ではない。きっと、この人当たりの良さが彼を師団のトップに立たせるのだと勇気に思わせた。
ゼクスは満足したのか勇気の頭から手を離すと真面目な表情に変えて勇気に語りかける。
「勇敢と無謀は紙一重って知ってるか?」
「……はい。さきほどの自分のアレは無謀でしょう」
アリサの言葉を思い出す。≪ネームロス≫では≪ザイエンデ≫に傷一つ負わせられない。魔物も同様、≪ネームロス≫の自分では、どう足掻こうが勝てないのだ。それがこの世界の理。だから幾ら傷を負った魔物であっても勇気に魔物を倒す術は存在しないという事である。
「いや、アレは勇敢だ。ネームロスであろうとアレぐらいなら出来る。魔物に攻撃しても瀕死ならば逃げ切れるしな。あの時のお前は女を助ける為にいい判断をしたさ」
しかし、ゼクスの言葉は勇気が思った言葉とは反対だった。叱咤されようが貶されようがおかしくないと思っていたのに、ゼクスは勇気の行動を良いと認めていた。
「勇敢な少年、名前を聞いてもいいか?」
「……勇気です」
「そうか、ユウキ。お前の名を刻んでおこう。縁があればまた」
ゼクスはそう言うと村長の家へと向かっていた。勇気は、その後ろ姿に一礼してアリサが歩き去った方へと駆けて行った。
勇気は馬の蹄を頼りに道を走る。そして、すぐにアリサの姿を捉えた。アリサも特に急ぐ理由がなくなったので、勇気が追いつくのは当然ではある。
「アリサ」
名前を呼びながらアリサの横へと並ぶ。
アリサは俯いたまま勇気の言葉に気にせずに歩む。
「ごめんなさい」
突然のアリサの謝罪に勇気は驚いた。
謝罪は先に一人で行ってしまった為か、はたまた別の事象に対してなのか、何に対しての謝罪なのか勇気にとってハッキリと検討がつかなかった為、勇気は言葉を返さずアリサの言葉を待った。
「さっきのね。私はたった6しかレベルがないから突っ返されても当然よ」
「……すまないけど、規準が分からなくて」
レベルという概念。アリサの家で説明を聞いた限りソレが存在している事を勇気は十分に理解している。
アリサがレベル6ならば犬顔の魔物は、アリサが複数で相手取れたので同等かそれ以下。そしてアリサの今までの言動からするとアリサは低い方なのだろう。何にせよ勇気は推測する事しかできない。比較対象がなくては今一分からないのだ。
「さっきの男の師団員の二人の内一人が新兵だけどレベル22って言ってたわ」
するとゼクスと名乗った師団長は、間違いなくそれ以上だろうと勇気は推測した。
次に勇気が頭に浮かべるのは、レベルの上がり易さはどのくらいかなのだが、トントン拍子に上がるものでもないのだろうと考える。だからこそアリサは、これ程までに悔しい表情を浮かべているのだから。
勇気からアリサへ掛ける言葉は見つからない。勇気は、この世界では初心者、他に比喩するなら赤ん坊に等しい。勇気は赤ん坊の如く新しい言葉を覚え始めたばかりである。アリサの生き方や思いは経験も伝聞もしたこともない。アリサの気持ちが分からないのだ。慰めや元気づける言葉など浮かんで来るはずがない。
勇気が、ハッと驚いて急に足を止めた。アリサが、いつの間にか目の前で立ちふさがっている。
「ユウキは不器用ね。でも、ありがとう」
指を一本だけたてて微笑むアリサ。どうやら顔に出ていたのか自分の考えが読まれていたようだと勇気はアリサに苦笑いで応える。
彼女の笑顔は、とても素晴らしい。今までの人生で経験した中でも飛び切りに映える。そして、彼女は自分が思っているより強い。ずっと。それは戦いに身を置いているせいなのかは分からない。でも彼女の心は強いと勇気は思っていた。
蹄の足跡の方向を逆向きに辿り、暫く二人で歩いた。もう師団を見ていた野次馬の村民は帰っているようで村は静かなものだった。
アリサが勇気にあの店が料理店、八百屋、肉屋、など村の施設の説明をしたり、ある住居に住んでいる人は面白いなどの話をする。
二人はそんな平和な話を続けながら歩いていると、何事もなくアリサの家へと着いた。




