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V.R.  作者: 橋伸弘
第3章
27/31

27.新たな繋がり

 第二師団長エレインに「リーゼ」と呼ばれた小柄な少女。

 少女は、ぽっかりと空いてしまった出入り口から早足でエレインの下へと辿り着く。


 勇気を比較対象におけば、エレインはゼクスよりも小さく、自分よりも高い女性であるが、リーゼと呼ばれた少女は自分より頭一つ分以上小さい程に小柄であった。


「この子の名はリーゼ、私の娘だ」


 エレインが少女の頭に手を乗せて言う。優しく自慢気な表情だった。

 溺愛といえばそれまで。しかし、ソレ以上に自分の娘を大事にしていると云った顔だ。


 勇気からすると、リーゼは自分よりも恐らく5は年下の少女である。

 勇気がリーゼに目を合わせればピクリと跳ねあがり逸らされてしまった。その眼は母親と一緒で力強く感じるが、人見知りなのか何処か臆病そうにしている。

 ここで勇気が何気ない疑問を浮かべる。この子がおよそ10歳ならば、母親のエレインは何歳なのだろうと。少なくとも20代後半ではあるだろうが、とても30を超えてるように見えない程若々しい。ゼクスと同じ歳ぐらいと言われればそう思えるし、ゼクスよりも下と言われればそう思える程の見た目と美しさを持った女性なのである。


「あ……」


 勇気が声を微かに上げて気付く。エレインが自分を見ている事に、それも自分の考えをまるで分かっていたかのように貫いていた。


「いや、よい。恐らく私の年齢を考えたのだろう」


「すいません……」


 やはり気付いていたようで、勇気はすぐに謝った。

 女性の年齢を考えるなんて大変失礼だと勇気は思っている。

 しかし、何故だろうか。エレインの表情は、さっきの言動に関わらず嬉しそうに笑みが漏れていた。


「コイツ、若く見られたと思って良い気になってんだよ。女なんて30過ぎたら録な貰い手いなくなるくらいに婆――」


 瞬間、ぶっ飛ばされた。赤髪の第四師団長が側頭の回し蹴り一発で自宅の穴の開いた出入り口からお出かけになられた。


 生唾を飲む勇気とアリサ。正直な所、二人はどうやってゼクスが家の外まで飛ばされたのかを理解できていない。ただ、あのゼクスですら反応できずに軽々と飛ばされた事実に、この人は第二師団長なんだなと思うしかなかった。


「生憎だが、私も身分と立場としてはこんな身の為か、夫との仲が睦まじくいかなくてな。この子が物心つく前に愛想をつかれてしまったのだ。寂しい思いをさせてしまっている」


「私はお母様が居るので寂しくありません」


 淡々と悲劇を語るエレインに、リーゼが強く言葉を告げる。そんな娘のリーゼを強く抱く母親の絆が繰り広げられているが、聞いている二人は二転三転と進み続ける展開に唖然と声も出ずに見守るだけであった。


「本題に入ったらどうだ」


 こんなとんでも劇に横槍を入れたのは、窓辺で変わらぬ様子で本を読み続けている副師団長だった。

 エレインが娘を離し、凛とした表情へと変貌させて腕を組み構える。


「私はコレより7日の間、国を出る。その間の世話をお前の所に頼もうとな」


「おいおい、勝手や過ぎねぇか。そもそも、世話役ぐらい雇えるだろ」


 ぶっ飛ばされた第四師団長が「よいしょ」という掛け声で椅子に座り戻ってきていた。怪我一つないのはさすがは師団長。だが、これだけの事があって平然としているのは馴れているのか、どうなのかは勇気達には分からず仕舞いである。


「私が常に頼む人材の都合が会わなかったんだ。そもそも誰のせいで遠征になったと思うんだ。誰が馬鹿の仕事を代わりに消化してると思っているんだ? 誰のせいで私は40日以上倍の仕事をしていると思っている? ほら、どうした云ってみろ」


「あァ、そうですね。俺のせいです。俺が60日も休む算段になってるから、エレイン様が代わりに仕事して下さっているんです」


 ゼクスは手を仰いで鼻で笑いながら皮肉気味に返した。


「そもそも、リーゼの世話役はお前じゃなくて副師団長に頼むつもりだ。だから心配するな。お前なんかに預ければ私の可愛い娘に何をされるか分かったもんじゃない」


「いや、副師団長と一緒に俺もこの家に住んでるんだが。むしろ名義としては俺の家だからな、此処」

 突っ込むゼクスの声にも関せずに、エレインはリーゼの頭を撫でながら勇気とアリサへ向ける。


「歳は今年度で10になったばかりだ。それでもお前たちと5,6は離れているだろうが、近い年齢に違いない。出来れば仲良くしてやって欲しい」


 エレインが頭を下げる。これは礼儀であり、人との信頼に必要不可欠である儀式。

 勇気もアリサもエレインの行動に驚いた。まさか国の高位であり、上官の立場である師団長が自分達に対し、こんな事をするとは思いもしなかったのだ。


「頭を上げて下さい、エレイン師団長。娘さんがここで数日暮らすなら仲良くするも当然です」


「そうか。そう言ってくれると助かる」


 勇気の言葉に対し、エレインは満足そうな表情を浮かべた。

 エレインがもう一度リーゼを抱き上げる。娘の温かみの全てを堪能するように長い時間かけて抱擁を行った。手放した時の眼差しは未だ物欲しそうに、しかし、それも一瞬でまた気高い表情へと変化し、家の出入り口へと足を向けた。


「ゼクス! くれぐれも我が愛娘に手を出すなよ!」


 エレインは背中越しに睨み上げて言う。

 言われたゼクスは至極鬱陶しそうに手を振るだけで返答はしなかった。

 パキッと小さな音が一つ、出入り口から鳴る。そこにはエレインが片手で水晶を握り壊したばかりの姿があり、その姿が瞬時に見えなくなる。

 出入り口にぽっかりと空いた穴は、何事も無かったかのように元通りに復元していた。


「自分で直すんなら壊さなければいいのによ」


 そんな愚痴を家主が綺麗な出入り口に向かって吐く。

 軽く溜息を吐くゼクスがリーゼへと視線を向ける。するとリーゼは眼を広げてビクリと跳ねあがり、逃げるように本を読み続けている副師団長に側へと行った。


「なんか俺嫌われてね?」


 リーゼが副師団長のローブの裾を掴みゼクスを見ている。その様子は誰もが警戒しているようだと一目で分かる姿だ。

 アリサが強張っているリーゼと、少女の様子を見て厳つい顔しているゼクスを見て一言放つ。


「師団長の顔が怖いんじゃないの?」


「仮面かぶってる奴のが気味悪いだろうが……」


 確かにと納得している様子のゼクスの部下が二人。

 しかし、そんな本を読み続け我関せずの副師団長もリーゼの頭に手を乗せ撫でてやる姿を見せていた。このお陰か、リーゼは警戒態勢から幾分落ち着いた様子を見せる。

 副師団長に似つかぬ一面を見て、意外と思う面々であった。


 次に動きを見せたのはアリサである。リーゼの側まで行き、小さいリーゼでも見下ろせるぐらいに屈み微笑んで尋ねる。


「えっと、リーゼって呼んでいい?」


 先ほどのゼクスを見た時と比べれば雲泥の差で警戒などしていない。こんなリーゼの様子に、いまいち納得できないゼクスである。


「……はい、アリサさん」


 少しの時を経てからリーゼが返答する。だが、この返答にどうしてか納得できないアリサである。


「アリサって呼んでもいいのよ。私は気にしないし」


 最後の「さん」と付けられたのにむず痒さがあったようだ。

 アリサは今も尚、誰からもそんな風に言われていなく、村に居た時も呼ばれた覚えもない。どうしても変な感じが取れず、思わず顔に出てしまうぐらいである。


「でも、年上の人には敬称をつけなければ駄目です」


「むー……」


「駄目です」


 さっきまでのリーゼとは打って変わった強気な発言に思わずアリサが先に折れる。そして、根負けしたばかりのアリサの目線は後ろで、二人を眺めているゼクスへ。


「師団長よりしっかりしてるんじゃない?」


「俺は礼儀知らずで有名だからな」


「そこは威張るとこじゃないでしょ……」


 こちらは可笑しな所で強気に出た師団長である。

 こんな切り返しもされれば溜息も出てしまうだろう。


「丁度、今日は多く買い物してるし……あ、リーゼが来るから、副師団長が多めに買うように言ったのね」


 ポン、と手を打つアリサ。

 相変わらず副師団長は皆に構う様子もなく本を読んでいるだけである。


「どう、リーゼ。一緒に料理しない?」


「はい」


 今度はすぐにリーゼが返答した。

 良かった、とアリサは笑って、リーゼの手を持って台所の方へと案内する。


「子どもの扱い上手いな」


 リーゼを連れたアリサの背を見てゼクスは呟く。

 見ている方から二人を見れば、アリサがリーゼの手を取った時に、リーゼの緊張の糸など既にない。

 二人の姿は、さながら駄目な兄貴分の為に料理に勤しむ姉妹にも映ろう。


「ってか何でお前が子守なんて頼まれたんだよ」


 和む雰囲気を尻目に、ゼクスが副師団長へと言葉を投げつける。


「過去に成した実績があるからだろう」


「あ? んなこといつやったんだよ」


 ゼクスが問いかけを重ねるが、二度目の質問を副師団長は答えない。ゼクスも馴れるせいなのか、そんな副師団長に文句一つ言わずに、ただ椅子を揺らしながら料理の準備を始める二人の方を眺め続けた。


「エレイン師団長とは旧知の仲なんですか?」


 会話が切れた所で勇気が話を振る。


「ゼクスが第二師団所属の時の上官だ」


 勇気の質問に答えたのは副師団長だった。

 ゼクスは自分の問いには答えず、勇気の問いにすぐに答えた副師団長に僅かに苦笑いを漏らす。次いで補足するように言葉を続けた。


「俺が師団に入ったばかりの時は第四じゃなく第二師団でな。その時の第三席にエレインが居て、俺の世話係やってたんだ。どうせ本隊に入るなら、おっさんの第五師団が良かったんだが、まあ上手く行かないもんだ」


 ふむ、と勇気が以前にアカシアから聞いたゼクスの過去話を思い返しながら相槌を打った。


 アカシアとゼクスの関係は、ゼクスの過去話から考えて、とても良好な関係と云えよう。だからこそ、ゼクスはやや悔やむように苦笑いを浮かべながら言っている。

 しかし、そんな話の中で勇気の興味は、現在は第二師団長という高官に収まっているエレインとゼクスの関係であった。聞く限り二人は旧知の仲。加えて、今現在のやり取りも乱暴な関係ではあったが昔から付き合いが深いと感じるものもある。


「とりあえずユウキは寝れるなら寝とけ。あの五月蠅いのは帰ったんだから、もう寝れるだろ。それに飯も食ったんだろ?」


 勇気が新たな興味をゼクスに問う前に、ゼクスからお咎めの言葉を渡される。

 勇気は口を苦くするが、自信の興味よりも身体を労る方が重要なのは十二分に理解している為、素直にゼクスの言葉に従う事にした。


「それじゃあ、自分はお風呂入ってから寝ます。汗も掻いてますし」


「長湯は止めておけ。治りかけの体調を崩しかねない」


 副師団長の注意喚起を聞きながら、勇気は浴室に向かった。





 パチリ、とした感覚に勇気は目を手で覆った。

 身体が重く、思うように動かない。

 浅い眠りからの目覚めは、とやかく辛いものがある。


「ごめん、眩しかった?」


 勇気は眠い頭を抑えながら半身を起こすとアリサが申し訳なさげに手を合わせる姿が見えた。


「いや、って……え……」


 勇気の半覚醒した頭がある一点を捉えて完全に覚醒する。それは今日見知ったばかりのリーゼの姿だった。

 リーゼは来た当時の服装から軽めの服装へと着替えてある。これらを推測するに勇気が考えて辿り着く答えは一つ。


「リーゼに長椅子で眠らせる訳にはいかないし、ここなら寝台も大きいからね」


 アリサの言葉で答え合わせが終わる。見事に勇気の考えは正解であったという結果だった。


 しかし、リーゼの方は勇気が居たのが予想外だったのか、気難しい顔で勇気を見つつアリサの背に隠れながら、こんな事を言った。


「お母様から男の人は悪い獣だから大人になるまでは一緒に寝るなと言われています」


 冷やりとした空気が勇気の背を通る。

 リーゼが言った事、つまりエレインの言伝に対しては概ね勇気も同意であった。


 王国に訪れて54日。勇気は初日からアリサと寝台を共にしている。

 別段と色的な事柄が起きた事もないのだが、それでもアリサの容姿がコレなのだから意識しない事はない。段々と馴れては来ているが、理性の紐を緩めれば間違いが起きても不思議じゃないのだ。


「大丈夫よ。ユウキは悪い獣じゃなくて、愛玩の小動物だから」


 だが、勇気の思いとは裏腹に、アリサがくすくすと笑ってとんでもな発言をした。

 単に甲斐性なしと判を押されたのか、信頼を得ているのかは勇気に分からないが、男として一人加護値が削られてしまった気がした。


 リーゼも、そんな明るく笑うアリサを見てか、勇気を怪しげに見ていたのも改め、素直にアリサを信頼して、その手をアリサに委ねる。

 勇気が気持ち寝台の端へと詰め寄って、勇気、アリサ、リーゼの順に横に寝転ぶ形となった。


 背を向けているけれども、背越しにいつもより相手との距離が近いと分かり、勇気の身体が強張る。変に意識したら駄目だと、さっき言われた言葉を頭に巡らせて、とりあえずその緊張の糸を解そうと試みていた。


「身体はよくなった?」


 勇気の背中越しに、すぐ側から勇気へ声が届く。


「ああ。明日には完治してると思うよ」


 勇気もすぐに返答する。

 その声には、もう変な意識も緊張もなくなっていた。ただただ心配して気遣ってくれるアリサに対して邪な考えなど間違っていると自分を正してくれていた。

 アリサが「そう」と穏やかに返して、少ない二人の会話が終わる。


「リーゼ、暑くない?」


「いえ、暖かいぐらいで丁度いいです」


 背越しに伝わる何気ない会話を聞きながら、勇気は一足早く眼を瞑る事にした。





 翌日、勇気が起きた頃には、寝台を共にしていた二人の姿はなく、自分一人だけになっていた。

 いつもアリサが早起きの為に、変哲もない事なのだが、自分よりも幼いリーゼより遅く起きた事実に何だか恥ずかしさを感じる。目覚まし時計の一つでもあればいいのと考えるが、この世界に円で構成された見慣れた時計が無い為に無い物ねだりだ、と寂しさと苦しさしか残らない。


 勇気は寝巻から装備へと一言でザイエンデの特権を使い、着替えを済ますと寝室からすぐに出て行った。

 居間へと行けば、いつも通り窓辺で本を読む副師団長の姿と朝食を並べるリーゼ、そして最後の料理の仕上げをしているアリサが居る。


 起きた勇気に気付いたアリサは一言朝のお決まりの挨拶をする。リーゼもよそよそしながらも丁寧に勇気へと挨拶をするが、アリサの下へとそそくさと行ってしまった。勇気もそんな様子に苦笑いしながらもきちりと挨拶を返して、テーブルの下へと向かい、辺りを見渡した。


「ゼクスさんは……?」


 朝食を共にする事の多い家主の姿が見当たらないと勇気が疑問を上げる。


「ゼクスなら城へ向かった。昨日のエレインとのやり取りが響いたのだろう」


 答えたのは副師団長だった。

 どうやら仕事していないとエレインにきつく言われた事が利いたようで、皆が起きる頃には家から出て行ったようだ。


「お前との約束は、リーゼの世話が済んでからにする。加えて、その準備もせねばなるまいし、私自身も仕事が入っているのでな」


 何気なく次げた副師団長の言葉。それは勇気との約束の一件。勇気の今後の道に大きく関わるだろうモノ。

 期日は間に合い。目的も果たした。正当な報酬とも云えよう。


 勇気は副師団長に丁寧に「ありがとうございます」と礼を言って頭を下げていた。

 そんなテーブル近くの様子を見るアリサが最後の一品をリーゼと一緒に運ぶ。


「手伝えなくてすまない」


 頭を上げた勇気が、先ず二人に言った。


「いいのよ。病み上がりみたいなものだから。それよりも身体大丈夫?」


「ああ。いつもと変わりないぐらいだ」


 勇気は手を握り広げたり、頭を軽く揺らしたりして自分の調子を確かめる。やはり問題ないと心穏やかにした。

 それから、アリサが食事にしようと一声掛けて副師団長を除く三人が食事の席につく。


「でも今日からどうしようかしら。リーゼも居るし」


「一段落ついたから迷宮の方は休んでもいいんじゃんないか。7日程度なら取り返せるしさ」


 勇気の頭の中は、迷宮や自分の事よりもエレインに頼まれた事を達成する方に切り替わっている。それに今しがた副師団長の約束した件も一段落ついた所なので丁度いい休みになるとも思っていた。


「リーゼは何処か行きたい場所とかある? 私はいつも図書館か商業区で買い物なんだけど、リーゼがよく足を運ぶ所なら参考にしたいな」


 アリサが隣に座るリーゼに尋ねる。

 そして、リーゼは丁寧かつ真面目な表情で一言返した。


「迷宮に行きたいです」


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