24.ラグナロクの迷宮(Ⅷ)-前進-
赤い双眼と睨み合う二人。
上半身が牛、下半身が馬の牛馬の魔物に動きはない。品定めでもするように、己より断然に小さい二人を見下ろすだけであった。
「アリサ、一旦退くか?」
勇気が魔物から視線を外さずに問い掛ける。
「貴方の判断に任せるわ」
アリサも魔物から視線を外さずに返した。
二人に持ち合わせている選択肢は、戦う事、そして帰還水晶で逃げる事の二つである。どちらにせよ、一分の隙も目前の魔物に見せる事ができない。だからこうして剣を握り締め、攻撃も回避も取れるように睨みつけていた。
――五つの生贄を捧げ、開かれた扉。待ちうけるは巨躯なる魔物。これは罠なのか。
「……分かった。それなら戦おう。きっとコレは試練だ。ザイエンデがザイエンデである為の。戦う者として立ち向かうべき敵だ」
勇気は、どうしても罠と思えなかった。
これは目前で睨み下ろす魔を斃す試練。確証ではなく唯の勘。それでも斃さなければ前に進めないと。
「でも、アリサ。危ないと思ったらすぐに帰還水晶を使ってくれ。オレもすぐに追いかける」
しかし、優先事項は生きる事で決して死ぬ訳にはいかない。
「……分かったわ」
アリサの了承の言葉で互いに武器を持つ手に僅かに力が入る。それは攻めんが為。
初めの戦の邂逅は魔物と勇気が己の武器を辺りに響かせる打ち合いだった。
赤を帯びた剣が巨大な槍斧と対峙する。
「ぐ……あ……」
悲鳴を上げたのは受けた勇気。体躯の差が当たり前の答えだと示すように、牛馬の魔物の一撃は勇気の身体を軽々と後方へと飛ばして行く。
勇気はそもそも打ち合うという考えで牛馬の魔物に向かった訳ではない。打ち合えば負けると、打ち合う前から判断していたのだ。だから打ち合いではなく、回避を念頭に駆けていた。だが、結果は魔物が予想以上の速度で槍斧を振りまわした為に、打ち合いという選択肢しか取れなかった。ただの一瞬、咄嗟の攻防。その一瞬の中、【パリング】を思い描いたが発動せずに終わってしまっていた。
身体で直接凶器を受けなかったのは最低の及第点であろう。勇気は地に滑る身体の速度が零に戻るとすぐに体勢を立て直し立ち上がる。
「くぅ……っ」
レベル差だけでなく目に見えないパラメータである技量、剣術と槍術の腕前の差もあるとすぐに理解していた。
勇気は対抗すべき考えを巡らせながら、加護回復薬を加護値が全快になるまで飲む。
この飲む余裕があるのは、アリサが牛馬の魔物の気を引き相手取っているお陰だ。勇気と違い、武器同士で打ち合う事はなく、全て回避し続けている。
空気を肺に溜め、勇気は駆けた。見ているだけではなく、戦わねば乗り越えられない。
しかし、魔物は接近をそう簡単に許してくれない。勇気の行動に気付くと槍斧を大きく振りまわし近寄らせまいと旋風を巻き起こす。
今までの魔物と行動形式、思考能力が違う。この魔物は、戦を知っている。今までの魔物は、何かと云えば肉を切らせて骨を断つ、力押しが目立つものばかりであった。その中でも例外は熊梟の魔物であったが、この牛馬の魔物はそれ以上。防御の重要さも二対一の戦い方も理解していると云っていい。
力強い牛馬の旋風が二度巻き起こる。これでは誰も近寄られず、間合いを離すしかなかった。
「ユウキ! 下がって!」
アリサが叫ぶ。二人が間合いを離した瞬間、魔物は勇気に向かって突撃してきたのだ。
四本の馬脚で駆ける巨躯は、振りまわす武器の如く疾風そのモノ。
――下がってかわせるのか? それとも最初と同じように横に跳んでかわすべきか?
勇気の脳裏に浮かぶ疑問。だが、勢いをつけた魔物の一撃を絶対的に防ぐ手段を持ち合わせちゃいない。退くのが上策――。
思考した末、勇気の出した選択は前に出る事であった。剣を縦に構え前へ、両の足を駆る。
野生の咆哮と共に槍斧の旋風が少年を薙ぎ飛ばす為に振るわれた。
「ハァ――ッ」
掛け声と共に身体が沈む。横に振るわれた槍斧を潜るように。
ギャリ、と甲高い音が響く。それは、剣と槍斧がかち合った音であった。だが、剣はあくまで真っ向に受けるのではなく、潤滑油のように滑らせ、軌道を逸らす為だけに利用したものだった。
空を切り旋風を起こす槍斧。その凶器が狙った得物は、己が前進と相手の前進であった為にすれ違うように後方へと行ってしまっている。
勇気のかわすための策は成功した。だが、勇気の考えと行動は其処で終わっていない。かわすだけでは、魔物を倒せない。故に攻撃へと転進した。
すれ違いざまに切り返す速さは、勇気の方が断然に速かった。地を蹴り返し、牛馬の魔物の後方から剣を振――
「げふっ……」
赤の剣が振るわれる事は無かった。
勇気が油断していた訳ではない。むしろ機会を逃すまいと必死過ぎたせいだ。加えて相手が下半身が馬の姿でなければ、こうはならなかった。牛馬の魔物の後ろ足で蹴り飛ばされる事など。
アリサの下まで蹴り飛ばされてしまった勇気が倒れ伏す。
加護値が全て削られた訳で無い為に外傷はない。それでも衝撃までは加護値があろうと防げない。ザイエンデであろうと完璧ではない。むしろ、唯一の弱点はここだと云えよう。余りの強い衝撃は、普通の人と変わりなく悶絶してしまう。どうしようもなく、防ぎようがないものだ。
すぐさま行動に移るのは、アリサであった。だが同時に魔物も再び狩る為に駆りだしている。
アリサに後退の選択肢はない。すれば、後ろの勇気に死ぬという答えが待っている。
牛馬の魔物の旋風が先に舞う。得物の間合いからして、この先出しの攻撃は当たり前。ただし、今度の槍斧の軌道はアリサの足を狩り獲る様に低い。まるで、先程の潜られた回避方法は取られまいと言わんばかりの一閃であった。
横薙ぎの旋風がアリサに迫る。しかし、アリサは剣で防御の型もみせず、横や後ろに回避する様子もない。あくまで前進、先ほど勇気が取った行動と同じ前進である。
槍斧の切っ先が間もなく触れる。少女の軟肌を裂く――だが、その寸前。彼女は地を蹴り跳び上がった。斧が少女を触れるかどうかの狭間で彼女は高く蹴上がった。
「ハアァァアァァァッ――!」
アリサの跳躍は牛馬の魔物の頭にまで達し、その青の剣を牛の頭部に向けて全力で振り切る。
鈍い音が鳴る。剣と堅い頭蓋がぶつかる音だ。初めて綺麗な一撃が牛馬の魔物に与えられた。だが、それだけで相手を駆逐させられるとは考えられない。それは紙一重の攻防をし、一撃入れたアリサも考える事。それでも、彼女の狙いは成功した。彼女だけが出来得る行動は成っていた。
牛馬の魔物は痙攣したように身体を震わせ動かない。そう、アリサの【スタンバッシュ】が魔物に掛かったのだ。その効果は一時行動不能。与えられたのなら絶対的な有利に立てるスキルである。
続いてアリサが行った行動。それは撤退であった。スキルのお陰で攻撃する機会は十分過ぎるぐらいに出来た。しかし、今はそれより優先し、守るべき事項がある。
アリサが跳び退く先は、勇気の下。すぐさまにある道具を現界させて、勇気の口元へと運ぶ。
「飲んで!」
アリサが取り出して勇気に飲ませたのは【万能薬】。加護値、疲労、痛み、諸々を回復してくれる高価な薬。万が一の為の一回分が使う事になってしまった。
「もう動くっ……! ユウキ、跳んで!」
その声と一緒に二人が別々の方向へと跳ぶ。
牛馬の魔物がアリサのスキルによる行動不能状態から復活していた。これで振りだし。いや、勇気達が不利になっている。道具を消耗しただけで満足な攻撃を与えられていないせいで良い状態とは決して云えない。
勇気は戦闘態勢を取りつつ、頭を震わせて現状の確認を行う。
予想外の魔物の攻撃を受けた。蹴り上げの一撃で、加護値が全快から僅か三割まで削られたのは覚えている。これから考えれば、槍斧の一撃をまともに食らうと間違いなく加護値と共に身体まで真っ二つになるのは予見出来る。
一撃も食らえないという恐怖を感じた。今までの魔物ではありえない圧倒的な力。あの≪悪魔≫のような絶対的な力。
それでも戦わねば生き残れない――前へ、前へ。
退くという考えが、勇気の脳裏には一寸も存在しなかった。
牛馬の魔物の狙いはアリサへ移っていた。先程の【スタンバッシュ】に対する畏怖なのか、執拗にアリサを狙う。しかし、アリサに迫る槍斧はかすりもしない。
勇気も行動に出る。アリサを集中しているのなら、自分の方が隙が見易い筈。だが、易々と魔物も間合いに入らせてはくれない。槍斧で大振りの旋風を巻き起こし距離を離そうとする。牛馬の魔物は大振りなだけに付け入る隙が出来そうなものだが、“戻り”も早い。身動きが軽やかなアリサですら、攻撃に移るのに戸惑うぐらいである。
これでは先までと同じような展開が続くだけだ。
足りない。決定的な一打が不足している。
左右の挟み打ちは、槍斧の旋風。前後の挟み打ちは、槍斧と強力な後ろ足の蹴りが待っている。
どう足掻いても回避だけで手一杯な状況。セトの疲労回復薬が続く限り動く事は出来るがそれしかない。
牽制し合う硬直が、このまま続き続けると思われた。
「アリサ――!」
しかし、それも此処迄である。勇気が叫ぶ先には、剣を縦に構え、槍斧を受け流すアリサの姿が在った。
今の戦闘で、アリサが剣の防御を初めて行ったのだ。これを意味する事は一つ。アリサの速さが、回避行動が対応されている。
勇気も魔物に接敵するが、やはり牛馬の魔物は懐へと入らせてはくれない。
執拗に狙われているアリサは回避と剣の防御を退きながらに交えていた。そして、アリサは遂に別な行動に移る。大きく飛び退いて広間を支える柱の陰へと。
だが牛馬の魔物は、柱すら関係なしに槍斧を振るう。そこに居るだろう邪魔な虫を払うように柱すら真っ二つに砕く。崩れる柱。だが、その先に真っ二つになった少女の姿はない。
では、彼女は何処に。牛馬の魔物の目が次に彼女を捉えたのは、少年と一緒に遠く離れた姿であった。
「動きが見られてるわ。たぶん、もうすぐ回避すら出来なくなって食らう」
アリサが早口で隣の勇気へと告げる。
「あと三度……三度ぐらいまでなら打ち合えると思う。それまでに勝算が無いのなら退かないとやられるわ」
状況は絶望。後たったの三度しか回避出来ないと、アリサが断言する。しかし、それでもだ。彼女は戦う意思を示している。戦える内は戦うと。そして、勇気を頼っている。それは共に戦う仲間として。勝利への活路は、未だゼロに等しいにも拘わらず。
すぐに帰還水晶を使うべきだ。使って欲しい。勇気の正直な気持ちはコレである。
「三度打ち合った後は、すぐに帰還水晶を使ってくれ。いいか?」
「ええ」
しかし、彼女の戦い勝つ為に前へ進む燃えるような意思を無残に捨てる事なんて勇気には出来ない。自分に出来るのは勝利への道を探る事。
進むにせよ退くにせよ、負け続けで逃げれば負け犬だ。
アリサが駆る。取った行動は陽動としての囮役。一人では敵を打倒出来ない。だが、回避と防御だけなら自信がある故の行動。勝利の活路は頼れる人に全てを任せて、己の全霊を両の足と腕に込める。
牛馬の右薙ぎの旋風。最早アリサに紙一重で躱せるものではない。青の剣で受け流す。真正面から受けずにも、流した衝撃だけで僅かに腕が痺れた。
あくまで回避。攻撃には転じずに、それだけに気力を捧げる。
二撃目が来ると牛馬の魔物の全身細部に至る迄を観察し、動きを最大限に予測。
攻撃を反応――仕切れない。
牛馬の魔物の二撃目は、今の今までの全てに勝る速さの斬り下ろし。
あろう事か、アリサは真正面から上段で受けてしまう。否応なしに震え、自由が削がれる身体。
逃れられない三撃目が来る。
「アリ――」
勇気が名を呼ぼうと叫び、その身体を疾駆させる。
――遠い。助けに行けない。間に合わな――
「ぐ……ぇ……っ」
判断を誤った。事態は最悪に。勇気は助けに行こうと間合いに入り、二人して猛る斧槍の餌食と化した。
勇気にとってかろうじて幸運だと言えるのは、侵入角度のお陰で初動部分の柄しか食らわなかった事。お陰で真っ二つにならないで済んでいる。
だが幾ら身体に傷は負わないとは言え、身体に加わる衝撃が抑えられる事はない。外傷はないが中身だけぐちゃぐちゃになるような不思議な感覚に陥っていた。後ろ足で蹴り上げた時と同じ。余りの痛みに声すらまともに出せない。
「あ……ア……」
勇気は虚ろな意識のまま無理矢理立ちあがる。
さっきとは違う。今度はアリサまで、悶絶する一撃を受けてしまった。
すぐ前の記憶を思い返す。何とか彼女も剣で防御は取れていたと。だから、彼女も真っ二つにならずに、倒れ伏しているだけ。それでも、最悪に変わりなかった。二人とも満足に動けないのだから。
勇気が、目の端で倒れ伏している彼女を確認する。
――すぐ傍に、あの魔物が狙いをつけているではないか。
この距離では間に合わない。辿り着けない。例え辿り着いたとしても、アリサのように魔物の動きを止める術を持ち合わせていない。
間合いが離れたままアイツを倒す、いや、せめて注意を逸らせなければ――賭けたるしかない。コレしか持ち合わせていない。この距離で使える武器は、この世界に似合わぬ近代の兵器しかない……!
一発でいい。あの時のように至近距離からは撃てない。急所になんて当たらないだろう。
それでも、ただの一発でいい。早急に、手を打たねば救えない。
「げ……ぅ……っ……」
酔いが一気に回ったような感覚が全身を駆け廻った。立っているだけで精一杯なぐらいに足元がふらついた。
何かが体中を走りまわった。酔いは、魔物の一撃のせいではない。何か分からない。ハッキリとはしないが、力のうねりが体中を駆け巡っていた感覚に襲われた。
「つぅ……」
勇気の口の端から流れる赤い線。身体と頭の中を正常に戻すため唇を思いっ切り噛んでいた。自傷行為ならば傷も負うのかと、一瞬考えが過ったがすぐに吹き飛ばす。
ここで倒れればアリサも自分も死ぬ。弱音は吐けない。
牛馬の魔物の武器を持たぬ片腕が少女に伸びる。握りつぶそうでもしているのか。
させない。させる訳にはいかない。
カチリ。独特な金属が嵌る音と同時に破裂音が勇気の耳に届いた。
''――グガアオオオオオオオオオオオオオッ――''
魔物が叫ぶ。喚き散らす。
伸ばした手を引っ込めていたのが見えた。そして、その前腕から赤黒い血が流れているのも映った。
来る。怒りを携え、痛みを与えた者に復讐しに。
勇気が回復薬を飲んだのと、牛馬の魔物が走り向かって来たのは同時であった。
避けるという余裕はない。そこまで意識も廻らず、身体も上手く動かない。
「ぎっ……」
故に全身の力を、剣を持つ左腕に回す。今一度、唇を噛んで頭を正常に戻した。
一撃、受け止める。
集中、集中、集中。
思い描く、巨大な剣斧を受け流す自分の姿を。二本の足に地をついた己の姿を。
旋風は瞬く間に勇気を襲い掛かった。ただのぶん回す単調な一撃でも、恵まれた躯を持つ魔物が振るえば全てに勝る脅威そのもの。
魔物と比べれば木の枝にも見える細腕が死の旋風を止めるべく天に翳した。
「ガッ……くっ……」
金属がぶつかり火花が散り、槍斧は石床を叩き割った。
勇気に疾風の槍撃が見えた訳ではない。本当にただ上段の防御を取っただけだった。それは最悪の急所とされる頭を守る為。それは先程の最悪に至った映像を再現させない為。云わば唯の幸運である。そして、槍斧が地に刺さっているのも同じく幸運だ。【パリング】が発動しただけ。ここ一番で勇気を守る為に、この世界のスキルと云う異能が発揮した。
勇気が飛ぶ。掴んだ機会を離さないと、前へ、前へ。
牛馬の魔物は、迫る勇気への反応に遅れが出ていた。それは、まるで力が抜けたかのように細腕が構えた剣を滑り地面に吸い込まれた様子に疑問を抱き、槍斧を見ていたせいだった。
「っ……」
勇気は地に落ちた槍斧を踏み台にし、牛馬の魔物に高く飛び掛かる。
牛馬の魔物の意識は、己の旋風が何故地に吸い込まれたかという僅かな疑問、言うなれば迫りくる勇気に注意が行っていない「外」にあったにも関わらず、その有り余る恵まれた身体からか起こる戦闘行動は速かった。既に勇気を止めようと穴が開いた左の剛腕を振り被っている。
止まる勇気の呼吸。力を溜めて剛腕を防ぐべく剣を構える。勇気にとってコレを止めねば千載一遇の機会が全て無と帰す。流せる状況ではない。真っ向から受け止め、何としても堪える必要がある。
しかし、その剛腕が勇気に届く事はなかった。青き剣を持った白い閃光が一閃の下に叩き落とす。その閃光は、そのままドサリと地に転げ落ちた。
勇気が心の中で、彼女に対する感謝を送る。それも一瞬だけで、すぐさま敵を討つべく行動を。魔物の肩を足蹴にし、背へと飛び乗った。
死角。それは抗いようもない死へと導かれる場所。剣を持った相手が背に居て死を回避できるだろうか。人間であれば背に目は届かない。腕も満足に回す事もできない。それは巨躯の牛馬も同じであった。むしろ、馬と同じ身体を持っている魔物にとって、馬の背に乗られるというのは急所を突かれたといっても過言ではない。幾ら馬の恵まれた身体を持っても、背に乗られれば何の意味も持たない。
勇気は肺に溜めた空気を一気に吐き、剣を馬の背へと突き刺した。だがしかし、剣は牛馬の背を貫く事はない。それは未だ魔物に加護が有していることを示唆していた。
''――グガアアアアアアアアアアアアア―――''
牛馬の魔物が叫び散らす。怒りを体現するように大部屋に轟く。そして、背に乗る異物を排除しようと両腕を背へと回した。
勇気は、その太い腕を剣で弾き返す。牛馬の行動は背に対し上手く力を運用できないせいで、正面から受けるよりも随分と楽であった。しかし、掴まれれば簡単に投げ飛ばされてしまい折角の倒す機会も失ってしまう。それだけは避けなければならないと必死に回してくる牛馬の腕を弾き返した。
牛馬の剛腕と勇気の剣が十数合かち合った所で、牛馬の魔物が行動を変える。全力で四つの脚を使って駆ける。背に乗る邪魔な虫を腕で払えないと理解して、振り落とそうと考えていたのだ。しかし、それに対する勇気の対応する行動も速かった。布地の装備を一つ取り出し牛馬の太首に廻し手綱代わりにしていた。
揺れる魔物の背から振り落とされまいと必死に抗う勇気と障害を取り除こうとする魔物。そして、魔物の乱暴な行動がすぐに起こされる。魔物はなんと、自分の身体を部屋の大柱に叩きつけようと一直線に駆けていた。
「グ……ッ……」
衝撃音と一緒に、勇気は息を締めて必死に魔物の背で堪える。何とか振り落とされずには済んだ。しかし、魔物の怒号は止まない。己の身体を犠牲にしても、未だ己が背の障害を取り除けずにいたせいで余計に怒りが増していた。そして、今度は首に巻かれた異物を取り除こうと手を動かす。それにすぐさま気付いた勇気は、思惑通りにさせまいと乱雑ながらも布地を結び、剣で牛馬の魔物の背を突き注意を逸らした。
さらに怒る魔物。再び疾駆する巨躯の身体。勇気は魔物の背で太腕との攻防と揺れと戦いながらも背への攻撃を続けた。
二度目の大きな衝撃。手綱を握る腕に疲労が溜まる。足腰が悲鳴を上げる。それでも歯を食いしばり、魔物を討とうと右腕の剣に力を全力で注ぐ。
吠える牛馬の魔物。背に乗る障害はしぶとく離れようとしない。背に来る衝撃を受けながらも、その巨躯を駆り続けた。
三度目の大きな衝撃が一人と一体に届く。膠着状態は変わらずに続いた。
そして、四度目が訪れる前に、その均衡は崩れた。
'――ガグアアアアアアッア゛アアアアアアアッッ――''
魔物の怒号が悲鳴へと変わる。勇気の剣が遂に魔物の馬部分の背を貫いたのだ。魔物は痛みと怒りの表情を露わにし、全ての力を振り絞って背の障害へ向ける。だが、それも加護のない魔物では、余りにも無力な行為だった。その腕は剣の一刀の下に斬り落とされ、石床に重い音と共に落ちて行った。
「終わりだ」
告げた勇気は、魔物の背と腕から噴き出す血飛沫を受けながら、牛馬の首へと薙いだ。
ドサリと牛頭が地へと落ちる。
頭が無くなった首からも噴き出る赤黒い血。
まもなくして、牛馬の魔物の身体は地に倒れた。
「勝った……」
同じくして勇気も魔物とは少し離れ地に倒れていた。夥しい赤黒い血を浴びながら、辛い勝利の感触を確かにしていた。そして、すぐに意識を変えた。自分には確認すべき優先事項があると。
勇気は上半身を起こし、腕に力を入れて立ちあがろうとする。が、上手く力が廻らない。それどころか力を入れようとすると吐き気が回り、思わず手で口を抑える。
呼吸を整えて、喉から来る嫌気を消そうと試みる。そんな事をしている内に、勇気が確認しようとしていた対象が近付いて来ている事に気付く。
「最後は手を貸せなくてごめんなさい」
アリサが勇気の側へと来ると、すぐに勇気の視線に合わせるように屈んで謝罪の言葉を送った。
「いや、賢明なアリサらしいよ。あんな予測不能な荒い動きの魔物と正面からぶつかる愚図は起こさないだろ。それよりもオレが飛び掛かった際の援護助かった。あれがないと、きっと背に移れなかっただろうしさ」
勇気の言葉を聞くアリサは、難しそうに眉を寄せて勇気を見る。だが、それもすぐに止めて彼女は微笑んだ。
そんな彼女の表情で、勇気もやっと安心する。やっと終わったと本当に実感した気がしていた。そして、立とうとするがやはり力が上手く回らない。気が抜けたせいもありそうだが、別の要因があるのは自分の体が故に気付いている。
微かな勇気の異常に、すぐにアリサも気付いていた。それを勇気は余所にして、セトの疲労回復薬を取り出し、瓶の中身を全て飲み干す。
「……あんまり効果ないみたいだ」
アリサにも聞こえるようにハッキリと言う。
薬を飲もうとも、依然身体に力が上手く回らずであった。
「あの武器を使ったせい?」
「そうかもな。あれ? アリサ、気付いていたのか」
あの“凶器”を使った時、アリサは地に伏せていた。意識がない状態ではなかったのかもしれないが、直接見ていなかった勇気の記憶の中にしっかりとある。
「ええ。聞き慣れない音だから、すぐに分かったわ」
そう言うと彼女は勇気の腕を自分の肩に回して、「よいしょ」という掛け声と一緒に立ちあがった。
「何か格好つかないな」
「仕方ないでしょ」
彼女は微笑みながら勇気の頭をつっつく。
そして、二人の視線がある一つの点で留まった。広間の奥、牛馬の魔物と戦っていた時には見当たらなかった大きな扉がそこに在った。
おそらくではあるが、牛馬の魔物を倒す事が扉を出現させる鍵だったのだろうと察知する。
「とりあえず進む? あまり此処は好きじゃないし」
「進もうか。ここに居てまたアレが出てきたら今の状態だと簡単に死んじゃいそうだ」
「そうね」
二人は遅い足取りで並び歩む。
それでも確実な一歩。前へと進む一歩を確かに踏みしめて。
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