22.ゼクス―訓練兵―(下)
ラグナロクの迷宮一層女神像前では、学園のアカシア組が場をやや騒がしくしていた。それもその筈。学園で最も危険といわれる授業の“迷宮訓練”が終わったのだ。
アカシア組51名、生徒の補助に当たる第五師団10名、そしてアカシアとアカシアの補助の師団員1名の総勢63名。誰もが欠ける事なく、此度の試練を成し遂げる結果となっていた。
生徒達の前に立つアカシアが一つ咳払いをすると騒がしい空気が治まり、皆の視線はアカシアへと向けられる。
「諸君、全七度による迷宮訓練御苦労だった。通例の如く私からの長い講演は、皆も疲れているだろうから省くことにしよう」
気を利かせたアカシアに対して、若干の歓声が生徒達から洩れた。
「さて、多くの班は二層まで到着し攻略をしている。遅い班は辿りつけなかったようだが、卑下する事はない。与えられた時間が限られているのだ。加えて運も絡んでくる。最短の道に行けなければ迷いもしよう。魔物に邪魔されれば余計な時間も食おう。これらは仕方のない事だ。むしろ、誰一人欠ける事なく今日を生きている事を誇らしく思え」
労いの言葉が生徒へと送られる。しかし、アカシアがこのように遅れている班がいても仕方がないと言っても、実際にそうだと分かっている本人達は悔しさが少なからず滲み出ていた。アカシアは、その生徒の気持も理解している。だが、コレ以上の言葉は掛けない。ここで優しさを必要以上に見せる必要はない。それが成長に繋がると知っているからだ。
アカシアは短い講演を終わらすべく進めた。
「そんな中で、力と運を兼ね揃えた者達が居る。皆も知っているように第一班の5名だ。報告によれば三層まで到達し、攻略を進めている。この僅かな期間によくやった。そこで学園の理事長であるチャールズより、此度の迷宮訓練優秀班に一品を贈呈する」
これは例年行う行事。アカシアの意向ではなく、理事長チャールズの意向だ。
アカシアはここで優劣をつける事に些か迷いもあったが、毎年行う恒例の儀という事で反対せずに素直に受け取る事にした。
アカシアは直々に一班の生徒五名に包装された小さな箱を手渡して行く。そして、受け取ってすぐに口を僅かに釣りあげながら声を上げた赤髪の少年が居た。
「いくらになるかね」
「おいおい、ゼクス。幾らなんでも売るのは悪いだろ」
受け取った品に対し封も開けず、中身も見ずに冗談を放つゼクスに周囲の生徒達から笑い声が漏れる。
「兎に角、本日の訓練は以上だ。各々、身体をしっかり休めるように。次の学園登校は二日開けた後。間違って登校しても私はいないから注意するよう」
解散と声高々に宣言して“迷宮訓練”は終えた。
生徒が散り散りに帰路へと着き、生徒の補助にあたった第五師団の報告会が何事もなく終了した。
師団も生徒と同じように足早に解散し、今、アカシアはクリフォードを連れて商業区の街中をゆったりした足取りで歩いていた。
人々はアカシアを見ると避けるように歩く。そこらの人と比べればアカシアの表情は険しめだ。アカシアの持っている肩書もあってか、接しずらく音風立てたくないのは人々の常になろう。
アカシアとクリフォードは商業区を歩き続け、一つの料理店に入っていく。外の賑わいと異なり、店の中は閑静としていた。それも客が誰一人いなくては当然の事であった。
「いらっしゃいませ、アカシア師団長」
そんな中で一人の男性が、アカシア達が入店してすぐに丁寧なお辞儀で出迎える。
アカシアは彼を見ると、にんまりと笑って言葉を返した。
「すまないな、ケイネス。私の我が侭を素直に受けて貰ってありがたく思う」
店が閑古鳥のようになっているのは、アカシアの願いのせいだった。彼がケイネスと呼ばれた店の主人に無理を願い入れて貸し切りにしていたのだ。
「いえ、アカシア師団長の頼みなら、いつでもお待ちしておりますので心配なさらずに。それに、お金もしっかり頂いていますので」
ケイネスもにっこりと笑い返してアカシアとクリフォードを店内の席へ案内した。
「悪くない店だな」
アカシア達が席に着く前に店の入り口から声が店内へと届いた。声の発信地に居たのは赤毛の少年、先程終えたばかりの迷宮訓練で名を上げた優秀生徒、ゼクスであった。
ゼクスは右手に一枚の紙を持って、ひらひらと見せびらかすようにしながら、店内のアカシアに向けて言葉を続ける。
「わざわざ学園の封の裏に招待状を仕込むなんて、危うく捨てるとこだったぜ。でも、いいのか? 先生という身分が一人の生徒にちょっかいだすなんて不公平だろ」
店内に気負いせずに入るゼクス。
店の主であるケイネスはアカシアに一度視線を合わせて確かめた。そしてすぐに、少年がアカシアが呼ぶ客人だと悟ると、店の奥へとその身を消して行った。
「今回は先生ではなく、一人の市民としてお前と話したかっただけだ」
「それにしては場を作り過ぎな気がするけどな」
アカシアは、ゼクスに近く席に座るように云うと、ゼクスは素直に聞いて椅子に腰を掛けた。続いてアカシアがゼクスの向かい側に掛け、最後にクリフォードがアカシアの隣に腰を掛けた。
椅子に掛けてから、真っ先に口を開いたのはアカシアだった。
「今回の迷宮訓練では学園の歴史に名を残す程の成績を叩き出していたようだな」
「さぁな。クリフさんがおっさんに渡す報告書を書き間違えたんじゃねぇのか」
からから笑うゼクスに、アカシアも僅かに口端を釣り上げて笑みを漏らす。
アカシアは、この話を続けても誤魔化し誤魔化しで続いてしまうと思い、次の話へと進めた。
「今までは言を強くしなかったが、何故にお前は学園を休む」
「そこは私事なんだから、おっさんが割り入って言うもんじゃねぇだろ。ましてや今日は一市民で来てるのなら尚更強制で聞けるもんじゃねぇよな」
「何、気になっただけだ。ゼクスが話したくないのなら深くまで追求はしまい。レイリーのお前に関する記述も、その部分については話したがらないと書いてあったしな」
アカシアはレイリーの冊子をテーブルの上にぽんと置き、席につく皆の目に入るように表紙を向けた。この話もアカシアは追求しようとしない、相手が誤魔化すならそれでいいと云った表情を澄ましている。
そして次に口を開いたのは、質問を続けていたアカシアではなく、その対面のゼクスだった。
「単純に適当な時間に金を稼いでただけだ。適当な店で働いたりなんなりして転々としてたさ」
なんと、アカシアの思いもよらぬしっかりした理由の答えが返って来た。これにはアカシアも予想外であり、驚きも隠せず眉を動かした。
本当にゼクスは自分の事を話さないのだ。それはアカシアが先生としてゼクスの居るクラスを受け持ってから一度もなかったのだから仕方もなし。
聞くに聞けた。だが、ここでその内容に疑問が浮かぶ。ゼクスが云う金銭面の話は、アカシアが受け持った当初、チャールズと話した中で疑問に挙げた一つ。チャールズはその金銭面について触れなかったので、アカシアも金銭についてはなんら問題がないと考えていた。
「金ならば、国から援助が出る筈だろう。援助でも足りぬ場合は、学業に支障が出ぬように借り受ける事も可能な制度になっている。まさか、知らなかった訳ではあるまい」
「まぁな。ただ色々と触れまわってみたかった――」
歯切れが悪いゼクス。ここで主人のケイネスが軽めの料理と飲み物を運んで来た。席に座る三人の下に、それぞれの品を配るとケイネスは足早に再び店の奥へと姿を消した。
ゼクスは、自分の前に置かれた飲み物を一気に飲み干す。そして、歯切れの悪かった言葉の続きを話すように進めた。
「すまない、さっきの言い切っちまったら嘘になる。本当は単純に座って勉強するのが面倒だったんだよ。座学はどうも背中がむず痒くなる」
「それは真か?」
「ああ、こういう性格だからな」
満面の笑みでゼクスは言う。嘘ではなく、真であると。
何故休んでいたか。その答えは、どうしようもなく子ども染みた理由であった。こればかりはアカシアであっても考えもしない理由である。しかし、現に目の前にいるのは少年。実際には子どもと云える。そう考えれば然程オカシクないのかも知れないとアカシアもゼクスに釣られるように笑った。
「お、美味い。コレ、おっさんの奢りでいいんだよな」
「ああ。私から誘ったのだから、それが当然だ」
アカシアはゼクスの店の料理を実に美味しそうに頬張る様を見て更に笑みが零れていた。
端から見れば親と子が、さながら料理店に訪れているような光景だろう。
そんな光景の中、沈黙していたアカシアの付き人が遂に口を開いた。
「君達は今年度で学園を卒業になる。ある者は研究者として更に学園に留まる者もいるかもしれないが、多くの者は師団の入団試験を受ける事になるだろう。そこで君の道は、どうなっているんだ」
一変する空気。語るクリフォードの表情は至って堅い。
「おっさんと違ってクリフさんは堅いな。子ども相手なんだから気楽に喋ればいいのによ」
「私は君を対等な戦士として見ている。それに私の喋りは昔からコレなのだ。理解して欲しい」
ふむ、と一つ唸るゼクス。料理を口に運ぶ手を止めて、茶化したような表情から笑む顔を整え、クリフォード同様に真っ直ぐな眼差しで向き合った。
「正直師団に入るつもりはない」
ゼクスが言いきる言葉に、クリフォードの眉が僅かに動く。
クリフォードは、迷宮訓練の始めからゼクスを高く評価していた。誰よりもゼクスが師団に入ることを望んでいた。それは国の発展にも繋がると信じての想いで。それをキッパリと拒否されたのだ。幾ら堅いクリフォードであれ、ゼクスの答えには不満を隠せずにいた。
「……いや、無かった、だ。おっさんを見るまでは毛頭なかったさ」
「話を続けてくれ」
クリフォードは一度だけアカシアの表情を横目で見た後にゼクスに向かい言った。
「おっさんもコレだけ接してくれりゃ分かってると思うが、生憎と俺は堅苦しいもんが苦手でな。学園のやんちゃしてる所でも、学園という枠があるせいで堅苦しさってのを感じるぐらいだ。そんで、学園から通じる師団はもっと規律が厳しいトコになるのは行くまでもなく明白だ。その苦しい所は切り離せない、ってもんだと思ってた。街で見かける師団を見れば尚更それも理解していた」
ゼクスは言葉を区切ると飲みかけの珈琲にミルクを入れて備え付けのスプーンで掻き混ぜる。
アカシアとクリフォードは、未だ続くだろうゼクスの語りに口を挟みはせずに黙って聞き入った。
「でも、おっさんを見てると違うと感じてな。今は前よりも悪くないとは思ってる。俺が身を置く場所としてな」
ニッ、とアカシアに向けて意地悪く笑う仕草は、よくゼクスがやる仕草であった。
「私は比較的堅苦しい性分だと思っているが」
「上っ面だけだろ。根っこの部分は悪いが自由人にしか見えん。自分で言っちゃなんだが人を見る目は結構良いと自負してるんだぜ。まぁクリフさんの方は想像通りの型に嵌った師団員なんだけどさ」
アカシアも、自分では堅苦しいと言ったが、そう言った時の彼の表情は誰もが彼を胡散臭いと表現しただろう。間違いなく、そうではないと自覚しているに違いないと。
一方のクリフォードは、依然真剣な眼差しでゼクスを見ていた。
「それでも未だすぐに師団に行きたいとまでは心が言っていない。他にやりたい事も残ってるしよ。ま、気が向いたら師団の試験でも何でも受けに行くさ。どうだい、クリフさん?」
「師団に入れば、アカシア師団長から聞いているように君の休み癖は矯正させてもらう」
ゼクスのこれで満足かという問いに、少々言葉を添えて満足だとクリフォードは返した。
コレ以上、ゼクスと師団の入団の件に関して話すのは余りにも無粋。食会の席は、師団についてではなく、本当に一市民としてのどうしようもなく日常の会話だけが繰り広げられた。
食会の席が終わると、ゼクスはきちりとアカシアに「御馳走さん」と礼をする。
「明日は休校。二日後から始まって残る所二十五日だ」
店を出てすぐにアカシアはゼクスに向けて言った。一応の講師としての体裁と言ったところである。
「分かってるよ、アカシア師団長。でも、いつも通りあんまり期待しないでくれよ」
ゼクスはそれだけ言って、手を軽く振って第五師団の二人から放れ、帰路へと歩き行ってしまった。
二人は、その小さな背中を暫く眺めた後に、彼らも同様に向かうべき所へと足を進める。
「クリフォード、ここ七日程師団には顔を見せてなかったが変わりはないか」
「はい。特別何も。レイズ副師団長が目を光らせてる内はぬかりありません」
「そうか」
二人の表情は、国中の誰もが知る威厳ある師団の顔へと変わっていた。
場所は学園に変わり、レイリー教師に代わってアカシアのクラス。その中で生徒達は声を高らかにして騒いでいると表現できるぐらいに賑やかにしていた。それも本日は、学園の卒業の日だったからだ。
“迷宮訓練”が終わってから二十五日が経過した今、残る期間は座学を中心にして、生徒は今日の卒業の日を迎えた。
アカシアの生徒達は、更に学園に在籍するか、それとも手につく職に付くか、はたまた師団へ行き、ザイエンデとして最前線で戦い抜くかと話を大きくしている。そんな中で、ある一角で座り話し合う少年が二人、満足気もない顔で話し合っていた。
「結局アイツ、迷宮訓練終わってから来なかったな」
鼻で笑いながら言ったのはグスタフ。迷宮訓練で最優秀とされた一班に所属していた少年である。対して、その言葉を受け取ったのは同じ一班に所属し、班長として活躍したカエサルであった。
会話の内容にある人物は同じ班員であったゼクスに他ならない。カエサル達は、ゼクスが休みがちな奴だとは重々に理解している。だからグスタフは、今日の式典にさえ休むゼクスを馬鹿にするように声を上げていた。
「ん、おい、カエサル」
グスタフは、カエサルが無言で席を立ったのを見て名を呼ぶ。しかし、カエサルはそれを気にせずに教壇側の椅子に腰をかけ冊子を眺めているアカシアの下へと歩み寄って行った。
「アカシア師団長」
「どうかしたか、カエサル」
アカシアは読んでいた冊子をぱたりと閉じて、目前にきた少年を見上げる。
カエサルがアカシアの問いに答えたのは隣にグスタフが来てからだった。
「自分はゼクスと一緒に計四年の間学園に在籍していました。今ゼクスが休んでいる期間より長い期間を休んだ事があるのも記憶しています。ですが彼は特別な行事がある日に休んだ事はありません。アカシア師団長在任の日、迷宮訓練日もその一つなので、アカシア師団長もお分かりでしょう。なので卒学という日に休むのは異常かと思って相談をと」
カエサルの言葉を聞いたアカシアは、その言葉を呑むように唸る。
アカシアは二十五日前、内密に行ったゼクスとの食会の席が終わってすぐに「休まぬように」と注意はしたが、まさか残る全ての日数を休むとは思ってもいなかった。ただ、その食会の席でゼクスと話した中から別段と休み続ける事については不自然とも思えずにも居たのだ。しかし、今現在、自分よりも深く付き合っている友人のカエサルが言う事が真実ならば、此度のゼクスの行動は異常に当たる。カエサルが言った四年という歳月の内、偶々今回だけゼクスの気が変わった可能性も否めない。ゼクスという少年は気紛れな少年な事も知っている。
「なるほど。調査してみよう」
だが、アカシアは真剣に悩むカエサルの表情で、これは調べる必要があると判断した。
受け取ったカエサルは「お手数を掛けます」と丁寧に礼をしていた。
「そうだな。調べるにあたって君はゼクスが行くところに心辺りはあるのか」
アカシアが調べに向かう前にカエサルに問うた。
「いえ、残念ながら休学している時に彼が行く場所の詳細については何も。自分が知るとすれば、彼が日々暮らす借家ぐらいなものです」
「そうか。ならばそこに案内してくれ。人を調べる際、主な生活圏は重要な情報を得られるのは間違いないからな」
アカシアは言うとすぐに、カエサルにゼクスの家へと連れてくように言い立ち上がった。
カエサルは、コクリと一つ頷いてアカシアの前へと先導する。そして、少し遅れてグスタフも「自分も行く」と二人に付いて行った。
「何でお前らも来てるんだ?」
グスタフが怪訝な表情で言う。
「いいじゃない。私達も一班なんだもの」
「ごめんなさい……」
グスタフが向かって言った相手は、“迷宮訓練”の時の同じ班員であるアイギスとフロレンスであった。
アカシア達が学園から出る際に、フロレンスと一緒にいたアイギスが声を掛けてゼクスの話を聞き、一人は面白半分で着いて行く事になり、一人は友人だから付き添いという理由で一緒に行く事になっていた。
カエサルの案内の下にアカシア一行はゼクスが自分の為の宿舎として利用していた建物へと辿り着いた。6戸程度の規模のそれほど大きくない集合住居。その一つをゼクスが利用していたとカエサルは言う。
アカシアはすぐに戸建ての内の一つ鐘を鳴らす。
暫くして出てきた男性の住人は、アカシアの顔を見ると驚いて腰を低くした。
「アカシア師団長、こんな場所にどういった御用で」
「すまないが、ここの住宅の管理人は何処に居るか聞きたくてな」
「それでしたら、私めですが」
なおも腰を低く構えて受け答えする管理人と名乗った男性。
アカシアは、話が早く幸運だと思い言葉を続けた。
「ゼクスという少年が此処の何処かに住んでいたと聞いたが今は帰っておらぬか?」
「えっと……あの少年ですか。彼は学園を早期卒業して就く職が決まったと言って出て行きましたが」
アカシアの顔が曇る。同時に後ろで聞いていた生徒達も小さな声で話し合っていた。それも学園の早期卒業という制度というものが存在しないからである。しかし、アカシアはそれについて管理人に深く追求せずに次の話へと進めた。
「他には?」
「いえ。元々人と関わる事の少ない少年でしたから」
特にありませんと管理人は申し訳なさそうに言う。
「何か少年に他と変わった事は感じなかったか?」
アカシアの増す問い掛けに管理人も「うーん」と唸り声を上げて悩み始めた。
「そうですね。しいてあげるなら余計な私物を全然買わない少年でしたね。出て行く際もほとんど荷物は持って行きませんでしたよ。家具や食器は置いて行きました。それらは処分するなり、再利用するなりしてくれと言って。私としては、できれば持って行って欲しかったのですが、もし、処分する際の作業代として幾らかお金を置いていってくれたので、少年の願い通り私が引き受けました。後は至って真面目そうな少年でしたが……」
「そうか。わざわざ時間を取らせてしまったな」
アカシアは管理人の長めのゼクスについての事柄を聞くと、訊き事は終いと呼び掛ける。
「いえいえ、師団長の御頼みならなんなりと」
アカシアと生徒は軽く一礼して管理人の下を離れ集合住宅から離れて行った。
「どうだ、君達は何か気付いたか」
集合住宅から少し離れた所で立ち止り、アカシアが生徒達へと問う。
「ゼクスが職についたって言ったのは、ゼクスの嘘ですね」
「アイツは必要なら平気で嘘つくからな」
初めに答えたのはカエサル、そして、グスタフがそれに付け加えるように吐き捨てる。
「私からも加えるとゼクスは足跡を残さない性質だ。まず管理人はゼクスの名前を上げてない。これは管理人の人と関わる事が少ないと言った通り、本当に周りと接せず、印象も残らないように振る舞わねば人との関係はこのように成り難い。まるで管理人は他人事のように喋っていたからな。次に真面目と銘打っていた。生憎だが私見ではゼクスがそうだと言えない。人をこのように表現する際は当たり障りのないこの言葉が多い。目立たず関わらずに過ごしていたのがすぐに分かろう」
「つまり、情報が何一つなし。アイツを探すには手間が掛かるって事ですね」
アイギスがアカシアに悪戯っぽい笑みを向けて言った。
「情報何一つ無し。足跡を残さないとは中々にやるものだ」
アイギスが言った事は事実であり真実である。今の聞き込みで得られた情報は、ゼクスが思った以上に食えない奴という事だけ。足跡の“そ”の字も見当たらない。幾ら本隊であり、優秀とされた第五師団・師団長であれども、何一つ手掛かりがないのなら少年の行き場を探す術を持ち合わせようがなかった。
「今日はもう遅い。何か情報を掴んだら近くの師団の人に私宛といって報せなさい。この紙を渡せばすぐに私の下に報せが入る」
アカシアは4枚の手紙を現界させると、四人の生徒にそれぞれ握らせる。
不安そうにするフロレンスの頭を軽く撫でてやってから、すぐに皆を帰らせた。そして、彼自身も生徒達は別の方へと足を進める。その頭の中で、少年の行き場と性格を考えながら。
翌日の早朝、アカシアはすぐに城へ向かった。向かうは自分が管轄する第五師団の仕事場である。
一目散に向かい到着すれば、既に数人の第五師団員が訪れていた。師団員達はアカシアを見ると丁寧な挨拶で師団長を迎える。
「学園の生徒から連絡はないか」
アカシアが最も近くに居た師団員に尋ねる。聞かれた師団員自身は、そのような事を聞いた覚えがないようで、すぐさま周りの師団員と確認し合った。
「何も連絡は受け取ってないようです」
師団員の返答にアカシアは「ふむ」と相槌を打つ。元々、昨日の今日ですぐさま生徒達から連絡が届くと思っていなく納得も早かった。
「今日はレイズに任せる。レイズが来たのなら、私はある行方不明者の捜索に向かったと伝えてくれ」
「了解しました。レイズ副師団長に報せておきます」
アカシアは師団員達に背を向け、早々にこの場から去って行った。
次に向かうアカシアの目的地は決まっていた。生徒達からの報せがなければ今日は其処に行こうと決定している。ゼクスという気紛れな少年が行きそうな場所、最も臭い場所を予想立てていた。
城を出て、走りはしないが歩む足を急がせる。目指すは“迷宮”。師団が管轄する国と一体となった絶対不可欠な地だ。確証はないが確信があった。ゼクスが行くという絶対的な確信が。
城からは幾分遠い道を一人で歩き切り、現在も数人の師団が見張りを立てている奥深く続く果てのない迷宮の前に足を運んだ。
早朝という事もあって未だ見張りは少ない。もう暫し時間が経てば迷宮に入るザイエンデもあって迷宮前で経つ門番代わりの見張りも増える事だろう。
「これはアカシア師団長!」
門番の一人が声を張り上げてアカシアへ挨拶を行い頭を下げた。周囲の師団員も同様に頭を下げる。
アカシアは門番の近くまで行き、レイリーの冊子をウィンドウから取り出して、今日探している少年の似顔絵が描いている項を師団員達へと見せた。
「最近、このような少年が入って行くのを見なかったか」
門番である師団員は、ジッとゼクスの似顔絵を眺める。
「いえ、私共の師団員は誰一人も」
だが、首を横に振る師団員。
門番に当たった師団員は交代制であり、一日中見張りをするような事もない為、睡眠という最大の妨害を受けない。つまり、誰かは門番になり、入口から目を離す瞬間は訪ない。一つしか出入り口が存在しない迷宮に、誰かがこっそりと侵入するなど考え難かった。そして、これはアカシアも重々に理解している事。故にここ最近の事ならば、この迷宮に入るに当たって目立つ人物は誰かが眼にして記憶している筈である。つまり、誰も知らぬという事は、当人が訪れていないという証拠にも成りえた。
「すまぬが門番の当番表と記録を確認したい」
それでも、ゼクスが迷宮内へ侵入しているという考えは抜けていなかった。
師団員の一人がアカシアを待機施設へと案内する。この施設は建造物として比較的大きい方である。何人もの師団員が待機する場なので当然でもあるが、睡眠や食を取る場でもあり、職務としても機能させねばならぬ場である為、大き目にしなければならぬものであった。
師団員は施設に入るとそのまま書庫へとアカシアを案内して行く。
書庫は主に迷宮についての記録を保管する場所であり、これに関連する以外の本は置いてはいない。それでも毎日取る記録達は膨大な数に及ぶ。100日程も経てば一般住宅がすぐに埋まってしまうぐらいの記録になるであろう。コレを整理して、管理するのも重要な師団の仕事の一つであった。
「今日から二十六日前までの記録を見せてくれ。入場者の名簿だけで構わん」
師団員は、アカシアに座ってお待ち下さいと申し上げた後に、手早く頼みを成す為に行動へ移った。本棚から、さっと記録書の束を持ち運びアカシアの机へと運ぶ。そして、すぐに本棚へと戻り、また同じように記録書をアカシアの下へと運んで行った。
アカシアは、それらを順次に読み進めて行く。まずは一日前の記録書。必要とされる所だけを、手を這わせてざっと読み続けて行く。
「しかし、少年ならば真っ先に身元の確認を行うのですが」
師団員がアカシアに頼まれた「二十六日前」迄の記録書を運んだ所で疑問の声を上げた。
「ああ、分かっている。師団及び、正規ギルド、もしくは国が定めた機関に登録せねばラグナロクの迷宮には、いかなるザイエンデであろうと入れない規則なのだからな。このような若い世代なら尚更に厳しい目が行くだろう」
だからこそ、ゼクスの名が書かれぬのは当然である。そうだと、アカシアは考えている。ならば何故、調べるのか。決して、万が一に、ゼクスに関わりそうな疑い深い情報があるのではないか――というモノではない。むしろ、何も書かれていないという事を望んでいた。怪しさを感じさせない、師団がしっかりと記録を怠っていないという実績を見たかった。
アカシアは一人で、記録書を読み漁る。その作業は昼近くに迄及んでいた。
最後に「二十六日前」に関する記録書を読み終えた所で、黙って付き添っていた師団員に向けて一言放った。
「要らぬ時間を取らせたな」
「いえ」
アカシアは席を立ちあがると、記録書を収めるように願い言う。当然、師団員はその願いを聞き入れた。元より、師団長に対してそのような雑用をさせるつもりはないのだ。
アカシアは、付き添った師団員に礼を言った後に書室を出て、施設をすぐに出る。そして、次に向かったのは、またしても迷宮前の門番の下であった。
「御潜りで?」
門番がアカシアに対して問う。
「私用でな。任務ではないので深い層までは行かんよ。そうだ、低層に入るザイエンデは居たか?」
「いえ。年終わりに近いこの期間は例年のように低層に入る者は少ないので、低層の対象と思われるザイエンデならば居ません」
「分かった。時間を取らせたな」
門番がアカシアの言葉を聞くと、一礼してアカシアを見送った。
アカシアの足取りは僅かに重いままラグナロクの迷宮へと侵入する。
一人で、それも私用で潜るのは久方振りだった。学園の講師という任についてからは、それ一筋で一年近くを過ごしてきたのだから仕方もない。
アカシアは、すぐにウィンドウを開き、地図の項目を叩いた。その地図を手の平程に縮小して片目のすぐ前に持っくる。
ウィンドウの固定化。片目の前に常に追従するような設定である。こうする事によって一々ウィンドウを開く事もなく、更新される地図を常に確認した状況で動ける。
アカシアの片手には剣が握られている。そして、奔った。人の瞬きすら許さぬ間に、速度を最高点に達しさせた。誰も止められぬ疾走を。
アカシアの疾走は止まらない。前方にコボルトの群れが現れようが奔る速度は変わらない。一層の魔物など本隊の師団長という存在に対しては壁にすらなりはしないのだ。
魔物を避けられるのなら避け、道の邪魔と判断すれば一刀の下に魔物の身体を四散させた。
今、アカシアを妨げるモノは、迷宮に蔓延る迷い道ぐらいなものである。行き止まりに当たれば引き返すしかない。ただ、その行き止まりも全て確認し続けた。例え二層に続く階段を見つけようと、地図に加えられる道は全て奔り抜けた。
ゼクスが所属していた第一班が到達した三層まで完璧に踏破するのに時間はそれほど掛からなかった。同時に探している人物も見当たらずであった。
四層に入り、足を止める。アカシアが探し出そうとしていた影は依然ない。それどころか人影の一つもない。ただ、それは当然に違いないものだ。何せ本日迷宮の管理を行っている門番師団員が「低層に入った者はいない」と公言していたのだから、この誰もいないという事実は当然である。
「五層、いや六層か……」
アカシアは呟く。ゼクスが所属していた一班が到達したのは三層。だが、もしゼクスが迷宮に来ても、訓練兵として到達した場所に居るとは限らない。むしろ、その先に居ると考えるのが至極当然である。ゼクスはザイエンデとして稀代の才能を持ち、力を兼ねた者なのだ。故に先へ、先へと進んでいると考えた方が正解になろう。
再び、アカシアは疾走する。進めば進む程、魔物と出会う頻度が下がっていた。それは魔物達が自分らに襲い掛かってくる本隊の師団長という絶対的な力から避けるためかどうかは定かではない。だが、確実にアカシアの進軍を此処らの層の魔物では止められぬのは確かである。
四層――五層――六層――。
――七層。
カツンカツンと七度目になる石階段を降りる。
「――おっさんじゃねぇか」
アカシアが聞き覚えのある声に振り向く。
空間の隅に座りくつろぐ、探していた姿があった。
「何をしている」
アカシアが疑問を投げつける。
戻ってくる解答は分かっている。それでも消息を絶ち、全ての人から遠ざかった少年に対して聞かざるを得なかった。
「前に言っただろ、やりたい事があるって」
ふと、アカシアの脳裏に過る26日前の食会の会話。
「まさかあの食会の日から潜り続けていたのか」
「正確には、その次の日だ。それで一つ確認したい事あるんだが、今は昼少し過ぎた頃か?」
「ああ」
アカシアは自分が潜った時の陽の光と此処まで駆け抜けた時間から、ある程度計算してから「そうだ」と言った。
「そうか。陽がないと刻が判らなくて狂うかと思ったが意外とどうにかなってるもんだ」
ゼクスは笑う。常日頃のような彼の当たり前の仕草で、何ら変わりなく笑って見せた。
「どうやって迷宮に入ったのだ?」
アカシアの問い掛け。だが、これに深い意味はない。ただの興味である。初めからアカシアは、ゼクスなら師団員にさえ気付かれずに何らかの手を施してコレをやってのけると、迷宮の記録を見た時から睨んでいた。それに、これはゼクス以外には到底出来る事ではないとも。例え師団長である自分でさえも、この欺く手は専門外で出来はしないと納得している。だから、コレはただの興味。今後に関わる事ではない。
「さぁな。一まず狡い手を使ったってのだけ教えといてやるさ」
ゼクスは悪戯な笑みを浮かべ、これ以上は教えないと云う。アカシアも釣られるように軽く笑んで、コレ以上は訊かなかった。
アカシアは、ここでゼクスと同じようにゼクスの隣に座り、壁に寄りかかる。
ゼクスは、アカシアをチラリと横目で見た後に自分のウィンドウを開き操作する。そして、ポンと一つの水晶を自分の手の平に出して、アカシアに見せた。
「往復水晶。戦う以上、レベルが上がらんとどうにもならんし、一々歩いて戻るの面倒だからさ。そんでコッチは適正能力に達した時用の装備。結構前から用意してただけあって、実際に俺が上がるステータスが判らんかったから相応しくなさそうなのも出てきたがな。ま、ある程度のレベルになりゃ使えるだろ」
ゼクスがすぐ隣に手を伸ばすと布を手で引き上げた。布の下には、様々な道具、武具が無造作に並べられている。これだけの量、ゼクスのレベルを考えれば、ウィンドウに収納しきれない量だと、すぐに理解出来る。
「迷宮内の層の始まりは魔物が寄りつかないのは知ってる。だからこうして此処で時たま休んでてさ。飯食う時も大抵は此処。まぁ例外が起きて魔物が近付いてきてりゃ返り討ちにすりゃ良い話だ」
黙って聞き入るアカシア。
層の入り口付近に魔物が寄らないという特性は、迷宮に潜るザイエンデなら誰もが知っている事であった。ならばこそ、道具を置いても魔物に荒らされる心配はない。むしろ、他のザイエンデに荒らされる可能性の方を考えるべきだろう。しかし、今は年の終わりであり、門番も言っていたように低層に潜るザイエンデは少ない。故に、多少無造作に道具を置いても持ち主以外に荒らされる危機は、ほとんど無いと言っていい。ゼクスはコレを利用していたのだ。
「水は水晶があるから問題ない。食料は食えそうな魔物の肉を食ってなんとかやってる。美味くはないが焼けばどうにかなるもんだ。でもすぐに食えそうな部位をウィンドウに入れないと消えちまうのだけが面倒ってな」
苦そうな表情でゼクスは語る。
先ほどの事とは違い、魔物の死体の一部をウィンドウに収められるという特性を知っているものは少ない。むしろ、普通ならそんな必要はないのだ。ゼクスのように食すという発想でもない限り有り得ないものである。そもそも、それを実行しようとする人は常軌を逸しているとされるだろう。
だが、アカシアはゼクスの普通ではない行動にも深く追求しようとはせずに、別の問い掛けを投げかけた。
「何故に一人で潜った。卒学すれば迷宮に入る権利は手に入るのは知っていよう。別段と急がずとも、卒学後にお前の友人と共に進めばよかったのではないか」
「それは出来ないさ。俺がやりたいのは迷宮で連日過ごしながら進む事だ。普通はこんな事はしない。ただ師団の上の連中しかやらないってのだけは知ってるけどよ。まぁ、迷宮潜りは年を跨いでからでもよかったが、思い立ったから“迷宮訓練”が終わり次第潜ったに過ぎねぇさ。つまり気紛れ。今潜ってるのは、気紛れさ」
くっくっ、と笑い飛ばすゼクス。
アカシアは、そんな危険を冒し続けるゼクスに咎める事はせずに次の問い掛けを投げた。
「お前が目指すのは師団長か」
「さぁ。そこまで未来は決めちゃいない。だけど、力無くては周りがついてこないだろ。そうなった時の為に事前に俺がそれだけの力があるか試したかったんだ。当然、死んじまえばそこまで。それに師団長レベルはもっと深い層だから比べるのもおこがましいのは分かっちゃいる」
ゼクスは、くるくると短剣を手で遊ばせながら喋る。そして、パシリと音を立てて、回す短剣を手の内で止めると、真っ直ぐ先にある壁面へと思い切り投げた。
「ま、自己満足だな」
短剣は壁に突き刺さり、石壁を僅かに崩れさせていた。
「それでもある程度達成すれば自信がつくさ。自信がねぇ奴に指導する権利はない。そんな奴は、ただただ仲間を死なすだけだ。注意すべきは自信が慢心にならんようにするぐらいか」
ゼクスは言葉を切ると片手に直剣を携えて立ち上がった。
「そんな訳でアカシア師団長。少しの間、見逃してくれや。切りいいとこになったら引き上げるし、おっさんが見回りにくる自体になったんだから俺も急ぐさ」
少年は迷宮の奥へと歩む足をゆっくりと進めながら言う。
「帰ったら真っ先におっさんのトコに向かうよ」
背は少年、しかし、志は少年とは似つかぬモノを背負い、彼は振り返りもせずに迷宮の奥へと姿を消して行った。
◆
「私はゼクスを追わず迷宮を出て、次にゼクスと会ったのは8日後だった。その時に見せて貰った迷宮の地図を見て私は驚いたよ。11層の文字が表示されていたのだからな」
「アレはよくねぇ思い出だな。幾ら食に五月蠅くないと言っても、魔物を食うのはこりごりだ」
ゼクスは過去を振り返るように、渋った表情をして勇気へと語る。そう語るゼクスは、どこか少年と表現できるような無邪気さの雰囲気を醸し出していた。
「馬鹿だな」
罵倒するように、セイレーンが目を細めてゼクスに一言締める。
「うるせぇよ」
そんなセイレーンの態度なだけにゼクスも似たような表情で言葉を返してやった。
師団長の身分であっても、やはり何処か子ども染みたやりとりに勇気は笑みを浮かべる。
「アカシア師団長」
師団長と勇気を取り囲む席に遠くから一つの声が通る。席に居た四人がその声の下へと振り向いた。
声の主を見た勇気は、知らない男性だと一目見て思う。それとは別に、その男性が師団員である事も汎用された服装から知る事が出来ていた。歳はゼクスぐらいか、僅かに上程度だろうか。だがゼクスとは違って、釣り目から分かるように如何にも堅そうな人物であった。
「どうかしたのか?」
名を呼ばれたアカシアが返事をする。
「はい。中央から急を要する出動をと。勝手ながら師団長の本日の動向を調べさせて貰いました」
「構わん」
アカシアが簡潔に師団員に対して言葉を返すと、テーブルに手をついて立ちあがった。
「すまぬが、私は先に行かせて貰うよ。ユウキ君も折角招待を受けてくれたのにすまないね」
「いえ。急ぎのようならソチラを是非優先して下さい。呼ばれれば自分はいつでも行きますので」
勇気にアカシアを止める気はない。急用が入ったなら自分ではなく、そちら優先すべきであるし、国を管轄し指揮を取っている師団長が国から要請されたのなら、尚更そちらを優先すべきであると。
「そうか。そう言って貰えると嬉しいよ。ああ、君達は非番なのだから、ゆっくりして行きなさい。お金は私から払っておくから遠慮せずにな」
「俺達はいいのか?」
アカシアが来なくともいいとは言うが、念を取ってゼクスが堅そうな師団員に問い掛けた。
「ええ。出動要請はアカシア師団長のみですので」
師団員は表情を一つ崩さずゼクスに返答する。
ゼクスは「そうか」と一つ返しただけで、笑みの表情を浮かべながらアカシアを追い払うように手を払っていた。
「では行こうか、クリフォード」
「はい」
アカシアと師団員が店を足早に出て行く。
勇気は今の師団員が誰であるのか直ぐに理解した。ゼクスの過去話に出てきた人だと。彼とも今後話す事があるかもしれないという思いを馳せながら二人の背を見送った。
「貴様の過去は今にも劣らず阿呆な事ばかりだったのだな」
アカシアとクリフォードが完全に姿を消して、早速セイレーンがゼクスに文句を垂れる。
「余計なお世話だ。お前みたいに生真面目に生きちゃいねぇよ。こっちのが楽しいってもんだ」
何とも喧嘩腰な二人である。
共に居る勇気は、何処か居づらそうに、それでも場の雰囲気をどうにかしようと一所懸命に考えを張り巡らせていた。
「話に出てきたアイギスさんって、自分達がよく利用している軽装店のアイギスさんですか」
そして、出てきたのは兎に角自分から話しを振る事。それに、ゼクスの話で自分から聞きたい事もあったので、これは色々と都合がいい。自分でも言い考えと切り返しだと心の中で称賛していた。
「んー、そうだな。それとカエサルも国に来た初日に会っただろ? 第五十師団の師団長って言った方が分かり易いか」
勇気はすぐに初日の事件を思い出す。街に盗賊が現れて、それをゼクスが簡単に捉えてしまった事件だ。その時にゼクスを皮肉染みた台詞で「四番さん」と呼び盗賊の身柄を引き受けた師団長のカエサル。若いと思ったが、ゼクスと同期なのだから、それもそうだろうと納得した。
「後はフローもグスタフも俺のトコじゃぁねぇが師団に入ってる。あの班で師団に入らんかったのは、結局アイギスだけだな」
続けて話すゼクスの内容に、相槌を打つ勇気だった。
同じ師団員なら、いずれ話す機会も出てくるだろうと心待ちにしてもおかしなことじゃない。それに、師団員じゃないアイギスだって、時間がある時なら自分の隊の長に関する面白い話も聞けると分かった訳だ。良い収穫が多い日だと心の中で喜ぶ勇気だった。
更に続けて何か話を振ろうと考えていた勇気であるが、ここでセイレーンが店員を呼ぶ声で止められる。
「店員。メニューのここからここまでを頼む。ああ、調理終わり次第順に持ってきてくれ。纏めて持ってかられても置き場がないからな」
「…………」
絶句する勇気だった。今、セイレーンが頼んだモノは、およそ一人じゃ到底食べきれないし、三人であっても食べきれる量じゃなかったからだ。そもそもアカシアの話を聞いている最中だってつまむ物もあった筈なのに、この量は酷いと。
「誰が食うんだよ」
「当然、私だが。貴様らは別に頼まないと料理は出て来ないぞ」
ゼクスの問いにさらりとセイレーンは返す。
更に勇気が絶句しているのは言うまでもない。本当に食べきれるのかと疑いに眼差しを送るしかない状態である。食べきれるのなら、この細身で小柄の女性の何処に入り切ると云うのかという疑問が最たる所だろう。
「おっさんの金でよくもまぁ頼むもんだ」
「受けなければ返って失礼になる。だから、こうして満足するように注文したのだ。それにあの師団長なら金の心配は要らない」
「そうだが――まぁいいか。ユウキも好きなもんさっさと頼んだ方が良い。暇してるとコイツの口煩いのが飛んでくるからな」
「口煩いのは貴様だろう。こんな馬鹿放っておいてユウキも早く頼むといい。お前は男の癖に背が小さいのだから食わねば成長しないぞ」
「は、はぁ……」
ゼクスとセイレーンのやり取りはやはり何処か喧嘩腰であるが、それでもさっきよりは良い。それもセイレーンの機嫌が幾らか良いように見えるからであるが。
勇気も軽く引き気味ではあるが、セイレーンが言うように折角アカシア師団長が料理を御馳走される事になっているのに違いはないので、遠慮せずに行こうと決めて、店の料理一覧を眺め始める。
「成長しないのはお前もだろうに」
「何か言ったか……?」
「一人事だ」
「…………」
とても居辛いと沈黙する勇気であった。




