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V.R.  作者: 橋伸弘
第2章 深淵の序曲
20/31

20.ゼクス―訓練兵―(上)

 いつものように副師団長が居ない三人だけの宿舎での朝食会が終わり、ゼクスと勇気は他愛のない談笑をしていた。

 ゼクスが話の途中に、食器の整理をしていたアリサへ会話の矛先を向ける。


「嬢ちゃん、今日は休みだろ。ユウキ借りてっていいか?」


「何で私に聞くんですか」


「何となく」


 ゼクスは、からかいの笑いを浮かべながら問い質す。受けたアリサは「ユウキとの予定はない」と、きっぱり言い返した。その短い返答に余程満足したのか更に笑顔を増すゼクス。そして、今度は本来真っ先に聞くべき当人である勇気へと質問を移した。


「ユウキは大丈夫か?」


「はい。別段と特別な用事はいれてないので構いません」


「そうか。それなら昼前に出掛けるぞ」


 ゼクスは、それだけ言うと何気ない会話へと再び切り替える。勇気も用事は、後に聞けるだろうと思い、ゼクスに深い内容まで聞かず、いつもの談笑へと戻っていた。





 時は陽が真上に上がる前まで進む。ゼクス邸では、アリサが朝食後に図書館に行ってしまい男二人が残っていた。

 ゼクスが椅子から腰を挙げて軽く身体をほぐすと勇気に向けて訊ねた。


「ユウキ、そろそろいいか」


「はい、いつでも構いません」


 ゼクスは勇気の返答を聞くとすぐに宿舎の出入り口へ向かう。出掛ける準備も事前に全て終えている勇気も速足でゼクスを追う形となった。そして、ゼクスが宿舎を出て扉を閉めた所で、勇気が問い掛ける。


「えっと、どういう予定で……?」


「商業区。昼飯前だから食いに行くってのが一つ」


 ゼクスは勇気の背中を片手押して「行くぞ」と声を掛けてから足を進める。


「それとユウキに会ってみたいって言う人が居てな。こっちの都合の良い日って事で、丁度お前達が休みの日だったし、俺も思い出したって事で予定が決まった」


 続けてゼクスが話す。

 勇気は、ゼクスの言葉の中で後半に言った「人と会う」というものが、今回メインとなる目的なのだろうと読み取った。今、突然これを聞いてゼクスの用事に断るつもりもない。むしろ、ゼクスの知り合いなら喜んで会って話したいぐらいだった。


 勇気は相手が誰なのだろうと歩きながら予想する。師団の人、ゼクスと古くからの付き合いの人、ザイエンデなのかどうなのか、色んな予想を立てる。しかし、考えている内に人と会う予定にしては余りに唐突だな、と思い立った。人と会うなんて、お互いに時間を合わせなければ成立しない。だから、ある程度予定立てを交えないと成り立たないものだ。


「……もしかして、今日会う人って結構前から約束してませんでした?」


「まぁそうだが、あっちも細かい事は特に気にしない人だから問題ない。やる事もやってる人だから問題ねぇしな」


 軽く喋るゼクスに、やっぱりと勇気は納得する。仲介人の立場であるゼクスがこう言っているのだから、勇気は深く突っ込むつもりはない。とにかく失礼のないようにしようと念頭に置いていた。





 商業区に入ると昼時という時間帯もあって、人混みが激しかった。身長が余り高くなく体も大きくない勇気は、人の波に流されないように注意を払ってゼクスの横について行く。

 ゼクスは、というと周囲から挨拶や誘い、または威嚇と色々な的になっていた。勇気が初めて王国に訪れた時と似た光景と云えよう。


「相変わらず人気ですね」


「んー、まぁ近くに副師団長がいないからかな。人避けがないと少しうるさいかね」


 ゼクスが言葉で、こうは言っても、それほど嫌という表情は浮かべていない。勇気もゼクスらしいと笑顔で受け答えする。


 しばらく商業区を二人で歩いて、とある店に辿り着く。こちらも勇気が王国に訪れた初日に来店した場所だった。

 勇気は今でも此処で食べたピザの味は忘れない。料理の得意なアリサでも今までソレを作ってないため、この世界に来て一度しか食した事が無く、印象深いというのもあるが、味も美味と絶品出来る料理だったからだ。


 勇気は密かに心を弾ませながら入店すると、まず人が以前来た時に比べ少ない事が気になった。美しい音色が流れ大人びた雰囲気が漂っているのは以前と変わりないが、空いている席が目立つと少し寂しいように感じる。そして、すぐに気付いてしまった。何故人が少ないかという事を。


 店の端に目を配る勇気。するとどうだろう、入店してきたばかりの二人を背中越しに睨む視線があるではないか。

 勇気は、その睨む姿に見覚えがある。一度しか顔を合わせ、会話をしていないが、とてつもなく印象に残った人だったので忘れられない。


 コチラを睨んでいる人の名はセイレーン。本隊と云われる第七師団の女性の長だ。店内にも関わらず帽子を深く被り、その帽子の奥から目を覗かせていた。セイレーンは勇気達を睨み終えると席を向かい側へと移る。


 その隣には勇気も知らぬ実年の男性が腰を据えて落ち着き切った様子で勇気達を見ていた。


 勇気は、ゼクスに言われる迄もなく、きっと実年の男性とセイレーンが自分に会いたい人だったのだろうと予想する。そして、何やら良い顔をしていないゼクスが勇気の背を押して、その二人の席へと向かって行った。


「呼んでない客が居るんだが」


 ゼクスと勇気がそこへ着くと、まずゼクスが男性に向けて言い、隣のセイレーンを見て軽く鼻で笑った。


「何処からか今日の報せを知ったみたいでな。まあなんだ、食会の席に華が在った方が映えていいではないか」


「華ねぇ」


 実年の男性が言い終えると、ゼクスと勇気の座るように言う。

 勇気は今のゼクスと男性の会話で、どうやら自分を呼んだのは男性の方だと理解する。物腰が柔らかな男性とキツイ女性の視線に緊張しながら勇気は男性の向かいの席へ座った。


「君がユウキだね」


 実年の男性がニッコリと笑って勇気に言う。勇気は「はい」と一言で答えた。


「私は王国直属第五師団、師団長アカシアだ。忙しい中、誘いを受けてくれて光栄に思う」


 右手を差し出すアカシアと名乗り優しく微笑む男性。

 とても物腰柔らかな勇気の相手。しかし勇気は、益々この自己紹介で緊張が増してしまった。何せ、この男性も本隊の師団長の一人なのである。勇気は本隊の師団長が、この国で力のある存在であり、人々の中に強く意識される人物だという事を、一緒に過ごしているゼクスを通して知っている。今、そんな人物が三人も集まっているのだ。どうして店の中の客が少ないかという事が理解できた気がした。


 勇気はアカシアの握手に応えて、丁寧に挨拶を返す。そんな勇気を見て、アカシアはさらに気前よく笑った。


「このアカシアと名乗ったおっさんは、通称も、おっさん。もしくは、おやっさんだ。本隊の師団長を古くから担い、主に城の中で働いてる小間使い的な人だな」


「余計だぞ、ゼクス」


 ゼクスの言葉に勇気は思わず笑みを漏らす。師団長の身分である人が人前で、そう呼ばれるのは何だかおかしかった。でも、たぶんゼクスなら気にせず呼んでいるのだろうとも思った。


 隣の女性はまだキツイ視線を送っているが、アカシアはとても優しく人当たりが良さそうな人物のため、勇気の緊張は幾らか解れていた。

 そんな勇気の様子を見て、アカシアは穏やかな声で勇気に向けて言葉を贈る。


「君の評判から第二のゼクスが現れたと思ったのだが、そうでもないようだ」


「……それは、どういうことで?」


 首を傾げる勇気。次に声を上げたのは、アカシアの隣に座る女性からだった。


「馬鹿げた程の戦闘狂が現れたと噂されているのだ。馬鹿げた程の馬鹿が二人も出れば面倒だと回りが騒ぎ立てている」


「おいおい、俺はこう見えても論理的な思考で日々を生きてるぞ。馬鹿とは程遠いと自覚してるが」


 挑発染みた言動のセイレーンに対し、ゼクスは鼻で笑って言葉を投げ返した。

 余り仲良さげに見えない二人。性格や身ごなしも対照的なだけに相性が合わないのだろうか。


 勇気は、そんな風に二人を見ながらも、セイレーンのある言葉を頭の中で拾っていた。それは「戦闘狂」という言葉。セイレーンにも以前言われた覚えがあり、調合兼錬金士であるセトにも言われた覚えがある。自分自身、迷宮に潜り込む日々が多いと最近は回りから聞かされることで自覚し、戦いにのめり込み気味だと悟っているだけに「戦闘狂」といわれると、何とも言えない気持ちになっていた。


「君はゼクスから、ゼクスの過去を聞いた事があるかい?」


「いえ、ゼクスさん自身の話題は余り触れた事がないです」


 勇気が席に座って、早速のアカシアの質問に対し、自分の話題ではないため勝手に答えるのが何だか悪いと思いながら、申し訳なさそうに返した。


「話すのかったるいからな」


 勇気の言葉に別段気にしてないとゼクスが添える。


「ふむ。ならば私から少々その話をしようか。聞けば幾らか君の為になるかもしれん」


「おっさんが、そう言うなら構わんぞ」


 チラリとゼクスを窺うアカシアに、ゼクスはコチラも気にしないと返した。


「どうかな、ユウキ?」


「はい。お願いします」


「うむ。では、話を始めようか。アレは今から10と3年程前だったか――」




◆




「アカシア師団長」


 場所は王国城前。城の中での仕事を終え、帰路につこうと城から出たばかりのアカシアが足を止める。

 振り向けば若い師団員が息を切らして目の前で立ち止まっていた。


「私に何か」


「はい。王から、このような書状を」


 師団員は、懐から一枚の手紙をアカシアへと差し出す。

 アカシアは、二つに折られたそれを開きすぐに全てに目を通した。


「……ふむ、間違いなく王のものだ。王には承ったと報せて欲しい」


「畏まりました」


 師団員は深く礼をすると、足早に城の中に掛けて行った。アカシアは、師団員の背中を暫く眺めた後に、再び城から足を遠ざけて行く。その口からは深い溜息が洩れていた。





 翌日の早朝、アカシアは自身の宿舎から一人出掛けて行く。

 早朝の師団区の人通りは少なかった。多くなるのは、もう少し刻が経ってからという事を知っている。


 アカシアが目指すのは王国の中心にある城である。しかし、本日は常日頃の城での仕事ではなく、城の近辺のある施設に用事があった。それは違いなく、昨日の“王”からの頼みの一件である。王国の最高権力者である王の頼み。断る義理もなく、アカシアは書状に書かれていた依頼を受けたのだ。


 本日からの仕事は、いつもの馴れた仕事から一つ外れた仕事だ。本隊の師団長という立場から下手を打つ訳にも行かない。緊張感を持って、十二分に与えられた仕事を成そうと息まいていた。




 アカシアは結局誰一人会う事もなく、目的の施設に到着する。その施設は、王国内で城を除けば一、二を争う大きな建造物だった。

 アカシアは正面から堂々と入り、その施設を管理する者の下へと真っ先に向かって行く。


 また暫く施設内を歩いて、ある扉の前に到着する。【理事長】という札が添えられた扉を開け、中へと入って行った。

 扉を開けて入れば、来客用の椅子、部屋を鮮やかにするための美術品や骨董品が備えられている。そして、最後に正面。アカシアが真っ先に会おうとしていた人物が椅子に腰かけて肘をついていた。


「おお、アカシア師団長! 無理を言っての願い、引き受けて貰い真に感謝致します」


 席を立ちあがり深々と礼をするアカシアと同じ年齢ぐらいの男性。アカシアは「構いません」と一言述べる。

 丁寧な口調のアカシアに対して男性は、来客用の椅子に腰を落ち着かせて下さいと言うと、アカシアはその言葉の通り座り、男性もアカシアの向かい側に座った。


「改めまして、この【学園】を総括しているチャールズと申します」


「そちらもご存じの通り王国直属第五師団・師団長アカシアです。しかし、私で宜しかったのでしょうか、チャールズ理事長。私は此処の出自でもなければ、若年の者に教えを説いた経験は無いのですが」


「いえいえ、それは委縮……いえ、謙遜ですよ、アカシア師団長。昔から私は、貴方こそが新しい世代を育てるザイエンデに他ならないと睨みを利かせていたのです。そう、この“学校”、多くのザイエンデの将来の道を手助けする為の施設に必要な存在です」


 アカシアが王に依頼された内容、それは王国が管轄する若いザイエンデの学び舎である学校の教師というモノだった。アカシアは先に自身が述べたように若い世代に教えを説いた経験がない。説く相手を上げるならば、心も体も成長した師団の者ばかりであった。


「師団長、未だ世界も知らぬ子の道標となるのは不安ですか? 確かに、此処は教える立場の者の一言で将来の歩みを決めてしまう場所です。我々の一つ一つの行動には、それだけ大きな責任があります」


「不安がないと言うなら嘘になりましょう。しかし、此処は私が属する師団にも大きく関わる場であり、此処より多くの者が師団へと選ばれる。極端に言うなれば師団に入る為の石垣。師団長である私が関わっても不思議ではない」


 アカシアの張りに満ちた声を聞くと、チャールズは満足気な表情を浮かべた。


「そうですね。師団に入る為には、何処にも所属していないザイエンデ、もしくは、ギルドに所属しているザイエンデの中で、王国が目を掛ける程に力をつけた者が誘われて入団する場合と、今、アカシア師団長が言ったように此処から選ばれた者に分けられている。此処は、師団に関する大事な場所です。そういえば、アカシア師団長は学園からではなく、王国に目を掛けられた方でしたね」


「ええ。真に奇特な状況でしたが」


 チャールズが言葉を述べると、ウィンドウを開いて一つの厚い冊子を取り出し、二人の中央にあるテーブルの上へと置いた。


「脱線しない内に話を戻しましょう。アカシア師団長には、ある級の担当をして頂きたい。二日前までは、レイリーという教師が受け持っていたのですが、第一師団長の依頼で暫く休暇を取る事になってしまったのです」


「なるほど。それならば余計に私が今回の一件を受け持つ理由になる。身内の都合で欠員が出来てしまったのなら、私が手を貸すのは道理でしょう」


「そう言って頂けると真にありがたいです」


 チャールズは、テーブル上の冊子に手を置き、アカシアの下へと少し滑らせて手を離した。

 アカシアは、その冊子を手に取って中身を確認する。中を見れば、レイリーが受け持っていた教え子の名簿のようだった。一人一人の似顔絵と、名前、特徴、特技、趣味、様々な個人データが筆記されている。著者名は当然、レイリーであり、熱心な教師だと、これだけで理解出来た。


「レイリーは、とても優秀なザイエンデであり、教師としても最も秀でたといわれる程のザイエンデでありました」


「第一師団長から声が掛かるのだから、そのような人物なのでしょう。それに私自身レイリーという名に聞き覚えがあります」


 アカシアは真剣な表情で冊子を眺めながら言葉を返した。これから彼らの教える立場となる。これは、まだ知らぬ子らを知るために、とても重要となる資料だ。前任のレイリーから託された想い。無駄にはしないと神経を張り巡らせていた。


「レイリー殿に迷惑が掛からぬよう、私の最大限を尽くしましょう」


「光栄です。ああ、未だ少し時間に空きがありますので、ゆっくりとそちらを確認して構いませんよ」


 アカシアの並々ならぬ顔を見て、チャールズは満足といった表情を浮かべる。

 しばらく、アカシアが冊子を眺めるだけの時間が流れた。そして、ある頁でアカシアの表情が気難しい顔に変わる。そしてすぐに、冊子をひっくり返して、チャールズへと読んでいた頁を見せた。


「この者は、成績優秀だが休む性分が有りと書かれている。人柄も悪くなければ、友人も居るようだ。他の生徒と比べ至って目立つ部分は出て来ない。それなのに、休む理由が書かれていない。この学校は学費も其れなりに掛かるのは知っている。しかし、それでも国から金を借りる制度もあった筈だ。故に学費の為に仕事に就いているから出られないという事はない筈。何故、この者は休むので?」


「おや、彼ですか」


 頁の左上に添えられた似顔絵を見て苦笑いをチャールズは浮かべた。

「そうですね。まずこちらから述べるべきでしょう。レイリーの級は特別で、入るには試験があります。適性試験、学力試験、運動能力試験の三つです。合否の判断はレイリー自身が決めるのですが、このような特別規定のために私から見ても優秀な生徒が多いです。他の級と比べて狭き門と言えましょう」


「それならば、尚更休学する理由が見当たらない。この者も望んで入ったのでは」


「ええ。それに今までこう言った自体に陥った事も無かったので私からは何とも言えません。加えてレイリーの級は途中退学者も記録にないため余計に私からは何も」


 分からないと、チャールズは続ける。

 名簿の生徒は、特別試験がある為なのか一癖ある生徒が多いと冊子を見て想像できていた。そして今、挙げている生徒は更に一癖ありそうな人物だ。


「アカシア師団長も感じた通り学内でも多く噂されています。ですので、私からレイリーに話したこともあるのですが『このままでよい』と一辺倒で私もそれ以上は関与していません」


「そうですか。貴重な話、真に感謝します」


 アカシアはチャールズに見せた冊子を自分の下へと戻して、開いていた頁をじっくりと観察する。赤い髪が特徴の似顔絵の横に添えられた少年の名前を見る。


 其処には【ゼクス】という名が書かれていた。


 アカシアは、その名を今一度確認し終えると冊子を閉じて席を立ちあがる。


「施設内を一度この目で見て回ってこようかと。私が借り受けた級は、初めの鐘が校内を響いた時と聞いていますが」


「ええ。それでは、時間になりましたら宜しくお願い致します、アカシア師団長」


 礼で見送るチャールズに、アカシアは一礼を返して理事長室から出て行った。

 アカシアは先程の言葉通り、校内を見回る事にした。校内の地図は持っているが、教室内の備品、配置、雰囲気等の細かい部分まで知る事は出来ない。少しでも現在の学校について知りたいと思っての行動だった。


 落ち着いた足取りで校舎内を廻る。その内に生徒らしき若い者や教師らしい人に会う事もあった。アカシアは人に会う度、先に挨拶をする。

 物腰柔らかな彼に、挨拶を受けた人は丁寧に挨拶を返していた。時々、「本隊の師団長」「アカシア師団長」という声が耳に届いてくるが、特に気にする事もなくアカシアは校内を見て回っていた。


 校内が活気づいて来た所で、アカシアはそろそろ時刻かと思い自分に与えられた級へと向かう足を進めようか、と思い始めた。


「おっさん」


 そんな時、背後から声を掛けられた。

 アカシアは自分の外見や年齢を熟知している。それでも、自身の立場的な事もあり、こう呼び掛けられるような事は初めてで思わず笑ってしまった。

 アカシアがゆっくりと振り返ると自身も見覚えがある少年が目を細めて見上げていた。


「レイリーのおっさんの代わりはアンタだろ?」


「如何にも。そういう君はゼクスで間違いないかな」


「ああ」


 素っ気ないやり取りを終えるとゼクスと名乗った少年が鼻で笑った。その表情は楽しそうに、生意気な笑みを残している。

 そして、少年はアカシアに対して言葉を続けた。


「そろそろ時間だが、行く場所は分かってるのか?」


「もちろん。事前に校舎内の調べは尽くしている」


「そうか」


 ゼクスは言葉を切ると、振り向いて先に歩いて行ってしまった。その行く方角は、自分の受け持つクラスだとすぐにアカシアが悟る。

 アカシアは騒がしく人が歩き廻っている学内を見通しながら、ゼクスよりもわずかに遅い速度でゼクスの行く後を歩き始めた。


 アカシアが自分より小さい背中を追い掛けて暫く経つ。その途中も、己の肩書や名前を外から言われる事が多かった。しかし、ゼクスと同じように声まで掛けて来る事はない。それもコレは街中を歩いている時にもよく有る事で、何ら変わりないのだ。気に掛ける事などする訳が無い。


 更に暫く歩いて追っていたゼクスの姿が消える。それは目的地に着いたという証拠。少年が消えた先は、交代勤務という形で入る事になった未だ年端もそれ程ない子が学ぶ為に連日になって通う教室の中だ。

 アカシアは閉められた扉の前で立ち止まっていた。


「お、ゼクス久しぶりだな! 何やってたんだよ!」


「秘密だ。でも良い子してた訳じゃねぇな」


 騒がしい教室内から一つの会話を拾う。

 どうやら前任のレイリーが記していた通り、ゼクスという少年は学園を休みがちなのは間違いないと改めて知る事ができた。


 アカシアが閉められた戸に手を掛ける。

 ここから先は依頼された任務である。通常とは違い例外であるが、師団としての仕事に変わりない。後は如何に遂行出来るかという想いだ。

 戸を開けて中へと入ると視線が集まるのを感じた。ここまでは予想通りと、師として生徒に教える為の教壇へと向かう。


「アカシア師団長だ――!」


 一人の生徒が声を高らかに上げた。


「レイリー先生の代わりが本隊の長かよ!」


「第五師団じゃん!」


「噂通りだったのか! ガッカリかと思ったけど楽しくなりそうだ!」


 教室内至るところの生徒の歓声が上がる。これだけの歓迎の声は、アカシアの想像以上だった。そして、これならばコレから己が“企てていた事”もやり易いと内心笑みが零れた。

 アカシアは教壇に手を置き、生徒を眺める。レイリーから借り受けた冊子の似顔絵と一致する顔が勢揃いしていた。


 事前情報は頭にある。後は生かすだけだと心の中で一つ復唱し「行動」を開始した。


「――――――」


 生徒が一瞬で静まり返る。その数多の視線は新たな教師のアカシアから、一つ手前の教卓の上へと集まっていた。それもその筈。今現在、教卓の上に存在するは、生徒に教えを問う為の道具ではなく、凶器と言える直剣が突き刺さっているのだ。

 教卓の上に光る紫の刀身と禍々しい柄に生徒の目は釘付けにされていた。


「早速だが君達に試験をしたいと思う」


 アカシアが紫の刀身が刺さった教卓の横に一歩足を動かして堂々と語りを始めた。


「君達は総勢51人。今からこの部屋から出られないとする。生きて部屋から出られるのは一人だけ。残りは部屋で死ぬ運命にあるとしよう。そして今の此処に教卓に刺している剣は魔剣であり、一度手にすれば二度と離れず、49人の命を奪うと使用者の命を奪ってしまう。さて、君達はどうする?」


 アカシアは一度言葉を切って生徒の様子を窺う。息を呑む生徒、これでは問いに対する答えは返って来ないともう一つ言葉を付け加えた。


「無茶な難題とは分かっている。別段と仲の良い友人同士相談しても構わない。だが、最終的には一人一人の答えを求めたい。以上だ」


 この言葉で静寂から僅かに話し合う声も混じる。これならば己の欲しいモノも時間を経れば出てくるだろうと、アカシアは安心していた。


 暫くは黙殺するしかあるまいと、アカシアは教師用の椅子に手を掛ける。すると正面から一人、自分が居る教卓へと向かって来る少年が居た。この中で最も印象深いその子に対して心の中の口が歪む。


「どうした、ゼクス。もしやもう答えが出たのか?」


 教卓前で足を止めた子に対してアカシアが問う。

 アカシアよりも幾分も背の小さいゼクスは鼻で笑って言葉を返し始めた。


「ああ。とりあえず最初に殺すのはおっさん、アンタだ。俺達は戦闘訓練をある程度受けちゃいるが本隊のアンタに比べちゃ赤子も同然。例え魔剣を取ろうが、その条件で俺達の誰かが生き残るには、俺達全員で立ち向かうしかない。そんで誰も勝てないようじゃあ、どうにせよアンタしか部屋から出れねぇ。俺なら、この糞ったれな問題出したアンタを先に始末しないと腹の虫が治まらねぇから、先にアンタを始末する。それが一まずの答えだ」


 目つきの悪い少年が本隊の師団長を睨みつける。少年の言葉の内容も荒く、不躾な言動なのは誰もが理解できただろう。だがしかし、ゼクスの言葉には尤もだと云える部分も多く在った。未熟な自分達では本隊の師団長に敵う訳がない。誰もが理解している。

 そして、アカシアはと云うと――ゼクスの目をじっと見た後に急に笑い出した。


「いや、すまない。コレに関しては私の不手際だった。確かにゼクスの言うとおりだ。私が居ては、君達が生きて出られる可能性は万が一もないだろう。どうか私は居ないものとして考えて欲しい」


 アカシアはゼクスから生徒全員へと視線を変えて説明を付け加えた。そして、未だ目前に立つ子生意気に視線を上げた少年へと再び目を向ける。


「それなら、俺が剣を取る。そんで部屋から出すのはアイギスだ」


 すぐにゼクスは問い掛けの答えを言う。まるで先程の事など関係ないように、初めから答えを用意していたかのようだった。

 アカシアは、そんな少年の答えに疑問を抱かず、ただ微笑んで言葉を返す。


「ほう。ならば君が出したその答えの理由も聞いてみたい」


「さっきの条件を丸々呑むなら、誰かが損な役目を追わなきゃならねぇ。自分が生き残る方法も考えてみたが確実性に欠ける」


「ならば、もう少し考えてみればより良い答えが得られるのではないかね」


「さぁな。俺は長考するのは好きじゃなくてね」


 ゼクスの含んだような笑いが会話の間を挟み、言葉を続けた。


「兎にも角にも、今のアンタの条件なら剣を使えさえすれば誰か一人を確実に救える。誰かを手に掛ける事で恨まれようが仕方ねぇさ。絶対に一人しか生き残れないんだからな。それに俺は誰に恨まれようと別段気にしねぇ」


 アカシアは、ただただ黙って少年を見定めるが如く見下ろす。

 一時の睨みあい。その後にアカシアから新たに言葉を投げた。


「そうか。ならば、何故彼女を救う事を選ぶ?」


「アイツは頭が良いし、実技演習のレベルも高くて将来が有望だ。それに、この中で一番の美人でもある。未来の明るい奴が生き残る方が世の為だろ?」


 からかい気味に笑うゼクスは、後ろを見ずに親指を後ろに向けてある一点を指す。その先には、非常に整った容姿をした少女が、やや呆れた表情で座っていた。

 しかし、こんなキザな台詞を吐いたなら次にどんな声が周囲から飛んでくるか容易に誰もが理解出来よう。


「おいおい、ゼクス! 何だよその理由!? 結局女なのか!」


「他の奴はどうでもいいのかよ!」


 当然のようにキザな台詞を吐いた少年に茶化すような生徒の言葉が飛んでいた。


「悪いが俺と一緒に死んでくれや」


 そんな罵声に、ゼクスは最大限の笑顔でやじり返す。言葉で例えれば破天荒が、最もこの少年に合う言葉だろう。


「とまぁ、これでも俺なりに真面目に出した答の一つ。それなりに満足行ったのなら幸いだ、アカシア師団長殿」


 小生意気に聞こえる言葉と表情。ゼクスは、少年には似つかないぐらい様になった一礼をアカシアに送って自分の席へと戻って行った。

 アカシアは、その自分よりも小さな背に言葉は返さない。ただ内心で軽く笑って見送るだけであった。そして、ゼクスから生徒達へと目を向け直す。彼だけに現を抜かしに来た訳ではないのだから当然である。


「残る君たちも答えが出たなら前に来なさい。それと、何も一人で答えを出さなくともよい。友人と話し、答えを出してもよしとしている。どんな答えになろうと一度私に答えて欲しい」


 このアカシアの言葉を聞いて、教室内は些かざわめきを増した。これは生徒達が更に真剣になって本隊の問い掛けに答える用意を始めた証拠だった。切り口は一人の赤髪の少年。一件、ふざけた答えにも聞こえるものだったが、アカシアも、そして生徒もきちんとした答えの一つだと受け取っている。


 一刻、一刻と時が経つにつれて生徒も一人、また一人、時には二人、三人と同時に問い掛けの答えをアカシアへと聞かせた。時に、その答えの真意を逆に問い掛け、問答を繰り返し、長い時間を掛けて総勢51名の答えを全てアカシアは受け取った。


 各々の指定された席に生徒達は着き、アカシアに全ての視線が送られる。

 アカシアは、教卓に穿たれた剣を引き抜き、手元ですらりと眺めた後に口を開く。


「今の問い掛けは、もしも、もしもだ。君達が師団に入団希望ならば、この答えを用意しなくてはならない」


 話す声色は、不思議と静かと表現できるものだった。

 アカシアは尚も剣を見ながら言葉を続けた。


「はっきりと言って残酷な問題だったと君達も思っているだろう。だが、師団に入るという事は戦いに赴くという事に他ならない。時には、友人、仲間を斬るような残酷な選択肢が迫る事も十分に考えられるのだ」


 アカシアは末尾の声量を僅かに上げて、剣を手元から消す。


「私が、この問い掛けで君達に教えたかった事は“後悔”だ。後悔は決して残してはならない。後悔を残した生は、儚く脆いものだ。それは弱さにも繋がる。後悔を残した死は絶望よりも残酷だ。それは残した者に呪いを残す。だから君達には、どんな状況であっても常に最高と自身の胸に高らかに云える決断をして貰いたい」


 アカシアは両腕を広げて、何処までも今に告げた意を届くように言った。自分が教える事はコレが全てと言わんばかりに宣言したのだった。そして、生徒達が清聴する場をぐるりと見ると、アカシアは真面目で頑なな表情から一変して微笑んで手を一つ叩いた。


「私の初講演は以上。さて、ここより先は君達に一度頼んでおきたい。前任であったレイリーの講義を真似て進めて欲しいのだ。優秀な講師の演を聞けば、私もこれから君達に幾分も良く講義をする事ができよう。さて、出来るものは居るか?」


 ひしめく空気もアカシアの一声で変わり、本来学園が行う講義へと移ろうとしていた。今の今までは、学園からすれば余計な部分で、こちらが学園としてすべき事柄である。


 アカシアの問いに生徒達が顔を合わせる中、一人の少年が手を高く上げると、立ち上がり一冊の本を手に持ってアカシアの前へと歩み寄った。小柄ではあるが、その表情御からいかにも真剣と勤勉を体現したような少年であった。


「再び申しますが、僕の名前はカエサルです。以後、お見知りおきを」


 カエサルと名乗った少年は、アカシアに一礼すると振り向いて生徒達を睨み上げる。


「では、まず迷宮史の講義について行います。皆さん資料を。また、以前レイリー先生が重要だと述べた所について僕から皆さんに聞くので念を置く事。答えられなかった者は、僕から罰を与えます」


 アカシアは中々に厳しい言動をする生徒だと、関心と興味の念を持って聞いていた。

 どうやら生徒達も、このカエサルという少年が生真面目なのは重々承知のようで、真剣に先生に教わるようにキチリと取り組んでいる。


「いいですね、ゼクス。答えられなかったら罰を与えますよ」


「休んでたんだから当ててくれんなよ」


 周囲から笑い声が飛ぶ。

 厳しくも幾分和やかな雰囲気を醸し出しながら、アカシアが参加する初めての授業が始まった。


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