19.ラグナロクの迷宮(Ⅵ)
一層大広間、中心にある女神像の前でウィンドウを開き眺める姿が二つ在った。
「ハァ……やっと上がったわ」
自分のステータスを眺めて溜息を吐くアリサ。彼女のメインウィンドウの上端にあるレベルの項には『7』と表示されている。
「オレも上がってる」
そう言う勇気の方は『5』と表示されていた。
勇気の言葉を聞くとアリサが凄まじい勢いで勇気へと寄り、難しげな顔で勇気のウィンドウを見る。
「アナタ、トントンと上がるわね」
「アリサが初めに説明してくれた個人差って奴じゃないかな。それかレベルが低いから上がり易いとか」
むぅ、とややふくれっ面で唸るアリサ。
アリサは、勇気が自分よりも単純に倍近い時間戦い続けている事を理解している。そう考えれば仕方ないと思う部分は有れども、この成長具合には納得仕切れるものじゃないようだ。
アリサが勇気のステータス画面と睨みあいを暫くした後、再び溜息を吐いて勇気の顔へと視線を変えた。
「とりあえずレベルの話は置いて、苦戦した魔物について考えましょうか」
先程出会い、戦い終えたばかりの強敵、梟熊の魔物へと話を変える。
アリサと勇気は迷宮に潜り始め、二人で戦った中で苦戦というモノは今迄無く、会う魔物の全てが瞬殺と云っていい戦闘結果であった。しかし、今回の魔物は違う。戦略を練り、危なげない状態で戦い、そして勝ちを拾うことが出来た戦闘だった。だからこそ対策を。次に出くわした時に確実に取れるようにせねばならない。
「まずオレが感じたのは、剣で防御したのに加護値が減ったのは初めてって事だ。もし防御出来ずに直で貰った時の想像はしたくないな」
梟熊の魔物の大きな腕による初撃。勇気は魔物の咄嗟の急襲をアリサの声で何とか剣で防御態勢を取ったものの、勢いに引きずられ加護値まで減らされた。この記憶を振り返っても恐ろしいものだと勇気は身体を震わせる。
「でも一体だけなら何とかなるでしょ」
「確かにアリサと一緒なら互いに注意を引ける分の余裕がある。」
戦闘を終えた結果的に、二人はほとんど加護値に対して無傷と言ってもいい。
互いに魔物の注意を引き合い、隙に対して攻撃を繰り返す事によって難を逃れていた。今までのように圧倒ではないが、結果だけみれば完勝と云っていいぐらいである。
「私は一体だけなら一人でアレと戦っても大丈夫。でも他の魔物数体とかアレが二体になるとキツイかな」
アリサの言葉を聞いて勇気が軽く笑う。アリサがこう言うが、対する勇気自身はあの魔物相手に一人で戦いぬける自信がなかった。自分では不可能と思う事も、アリサの言動と溢れる自信のせいで、難なくこなす所を想像出来るのだから、ある意味恐ろしいと笑みを漏らしたのだ。
「それなら、あの魔物が現れた場合は他の種の魔物が居ればそちらを優先。二体の場合は逃走が最良の選択肢って事かな」
「うん、それでいいと思う。あの耐久力で二体同時は、危険過ぎるからね」
二人は今後の五層攻略に対してある程度の方針は決まった所で、女神像から離れ迷宮を出る足を進めた。
「そういえば、アリサが剣を当てて少しだけ熊型の魔物が動かなくなった時があったけど、あれはアリサのスキル?」
ふと、勇気が疑問を投げ掛ける。
「そう。条件は魔物の頭部に当てる事。だから大型の魔物や動きの速い魔物には使いづらいわ。それに相手の動きが止まるかどうかは確率よ。効果が利いた時には何となく分かるからいいんだけどね」
「だからアリサが“突き”って言ったのか」
「そう。時間帯効果の高い突き刺しなんて、相手が動かない時しか使い所ないからね」
確かに、と勇気は頷く。
突き刺し。それは動いている敵に対して、剣を押し続けるなんて不可能な上に多大な隙を晒してしまう。“突き”とは違い、“突き刺す”攻撃。加護値が減らなければ肉を穿つ事も出来ないこんな世界では、とても使い難い技の一つだ。
「あと、このスキル欠点としては格上の相手には酷く成功率が悪いって事と、一度使うと決めて剣を振るったら例え頭部から外しても『技術値』が減る事、最後に効果時間が不規則だから自分で効果が切れたかどうかを見極めないといけない事かな」
「使い勝手いいのか悪いのか曖昧な部類って所だな」
「ええ。今までの二撃程度で倒せる魔物なら使うまでも無いけど、さっきのように魔物の加護値が中々無くならないような相手に極めれるなら効果的って所かしら」
アリサが背伸びして息を深く吐く。
「そろそろ邪魔になりそうだし行きましょ」
「ああ」
時間帯もあり、一階の大広間に他のザイエンデがちらほらと見当たる。このまま女神像前に居る訳にも行かないと二人は迷宮の外へと向かった。
帰り際の話題は何処の店に寄るかと晩御飯のメニューについてだった。
勇気は迷宮探索が終わっても共に付いてくれる人には色んな意味で休みがないと、やや心配になる。それでもこの人相手に、心配だと口に出してはいけない。そういう相手だ。だから心の中で感謝だけして、笑いあいながら帰る道を共にした。
「今日は一人か?」
迷宮前、早朝の門番に一人で就いているパーシバルが一人迷宮へと入ろうとする勇気に声を掛けた。
王国に訪れて20日目。二日連続アリサと五層の探索を行った次の日である。
「はい。アリサと二日連続で迷宮に潜って、三日目は一人で潜り、またアリサと二日一緒に潜って一日休む六日の日程で動く予定です。なので以前のように一人で潜る日は格段に減ると思います」
「そうか。まぁ無茶すんなよ」
勇気はパーシバルと簡素な挨拶程度の会話を済ませて、勇気は迷宮の中へと入って行った。光水晶で僅かに照らされ慣れてきた道を進み、大広間を抜き、迷宮内へ進んで行く。
朝の迷宮は相変わらず人がいない。それが、今の勇気にとって、とても好都合であった。今日は、ある事を一人で試しに来ている。可能ならば人目につかない状況でソレを行いたかった。
一層に湧くコボルトの群れを抜け、最短ルートで二層へ目指した。
勇気は何の障害もなく二層に繋がる深い闇に辿り着き、闇を抜けて階段を降り切った所で辺りを見渡す。
一層に続き、二層の此処でも近くに人の気配が感じられない。
勇気は実に好都合と深く一呼吸行い、頭を一度空っぽにして心身共に落ち着かせた。そして右手に携えていた剣を左手に持ち替え、空になった右の手の平をジッと見つめる。
「……よし」
一言放って、右の手に新たに収まっているモノを確認した。
それは凶器。左手に携える剣よりも、効率的に、安全にモノを殺す事が可能な兵器。あの『悪魔』から自分を、そして僅かに生き残っていた者を救った“拳銃”だった。
装備し、いつでも取り出せるようにしていたが、初めてウィンドウを確認した時以来、この拳銃を一度も表に出した事はなかった。その理由として、一つはコレを使えると思っていないという事。もう一つは、この世界で拳銃という武器は、誰もが知らないぐらい余りに珍しいという事だった。
この世界で戦いと云う事象は日常と直結している。それに親密に関係する武器という存在、それも絶望的で強大な魔物であっても葬れるだろう威力を持った武器だ。故に、この“拳銃”という存在を人々が知れば注目を浴びる事は間違いなく、勇気は、この存在を獲得しているという事で目立ちたく無かった。しかし、今は苦戦する魔物に出会ってしまっている。その存在は下手をすれば、自分達の命を落とす事に直結するだろう。だから、いざという時の為、強力な武器が使えるのならば越した事はないと、勇気は試しに来たのだ。
利き腕である右腕で銃の狙いを前方の何もない空間へ向けた。片目は瞑らずに両目を開けたまま構える。戦いにおいて視野を広く持つ考えは、とても重要だと実感したゆえに両目を開けたまま扱うという解答だった。片目を閉じた方が格段に狙いを定め易い。しかし、そもそも勇気にコレで遠くの的に当てる自信はなかった。だから当てられる確信を持った距離で放つ必要がある。そもそも装填数1の銃構造なのだから、他の選択肢など存在しない。
後、考えるべき事は残る片手にある剣の存在。両手で銃を扱う訳ではなく、片手に剣、片手に銃である。勇気の理想としては、剣で一撃防いだ後の零距離射撃。近ければ近い程、銃弾は当てやすい。例え銃を外したとしても、剣ですぐさま対応できるという保険も持てる。だからコレは、今考えられる最大限の理想型だろう。
問題は、片腕で剣を扱いきれるかどうかだった。今まで剣は両手で扱ってきている。その両腕でも剣の腕前は未熟なぐらいだ。それを片手で行うのだから何かしらの弊害が出てくるのは戦う前から理解できよう。だから戦うにあたって問題ないレベルなのかを知るのが重要であった。
勇気は、今一度身体を落ち着かせてから足を進める。
暫く進めば魔物の姿が、いつものように見えてきた。数は3。内訳はコボルト2と蜘蛛が1だ。魔物がコチラに気付いていると、勇気は悟りながら拳銃を構えた。
最も速く滑走する蜘蛛の魔物。撃鉄を下ろし、ソレに狙いをつける。だが、速度に相まって地を這い、比較的な小型の魔物は狙いをつけ難い。
銃を撃つという思考を変える。腰を落として左手に意識を移した。
いつもより鈍い剣の一閃が走る。その剣閃は、蜘蛛を見事に二分にする。これは、この程度の相手ならば片手だけで扱う剣でも問題ないと実証していた。
再び残る魔物へと視線を戻し、腕を突き出し、銃を構える勇気。今回のコボルトは慎重型なのか、無理に跳びかかって来るような事はしてこない。
じりりとした睨みあいが続く。
先に痺れを切らしたのはコボルトの一体だった。
勇気は待ち構え、ただ右の人差し指に力を入れるだけ。コボルトとの間合いが四歩の位置で、ソレに力を込めた。
カキッ。金属が軽く打ち鳴らす音だけが微かに響いた。
勇気は音を聞くと同時に一歩踏み込み、剣を振るう。直剣と曲剣がぶつかり、曲剣が弾け飛んだ。そして、二撃。殺す為に必要な力を振るった。
残る一体の魔物も襲い掛かってくる。勇気は、銃は構えずに片手の剣だけで、その魔物も簡単に絶命させた。
一時の戦いは終わる。
勇気は右手の中にある凶器を眺めていた。
機構通りの凶器として役に立たなかった代物。しかし、予想は出来ていた。以前も二度目は撃てなかったのだ。撃てないこれは当たり前であると分かっていた。
銃を機構に抗わぬよう二つに折って、中から空といえる薬莢を剣を持つ左手へと落とす。
弾丸だったモノはこれだけ。後にも先にもコレ以外に持ち合わせていない。
薬莢を銃に挿入せずに二つ折りから元の形へと戻した。そして、腕を突き出し撃鉄を下ろす。
「…………」
引鉄を引けども、空の音が響くだけで武器の力が発揮される事はなかった。
これでは戦いにおいての保険に成り得ない。予想はしても、残念な気持ちが大きい。有った筈の切り札を突然なくしてしまったような物だ。
自分で弾を用意出来る訳でもない。もしかすると『スキル』の欄にある<銃士>のレベルが上がれば再び使えるかもしれない。未だに銃士のレベルは0。剣士のレベルは順調に上がっているのだが、此方の上がる気配は見せていない。
現段階で銃について出来る事は思いつかなかった。それでも、ただ一つ得たものがある。それは片手で剣を扱う事についてだ。銃を使わなければ必然的に空になるもう一方の手。それは自由になっているという事。戦闘中ならば回復薬や結晶を使わなければいけない場合もいずれ出てくるだろう。例えば戦いながら加護値を回復する、最も先に思いつく例だ。そうなれば両手で剣を握ったままという訳にもいかない。両手の方が片手の場合よりも戦闘能力が向上しているのは確かである。それでも応用を利かす為に片手で剣を振るう練習は必要だ。
勇気は当初の目的であった銃による戦闘の確認から、片手で扱う剣の練習に変え、迷宮内を探索する事にした。
王国に訪れて21日目。
「結局アレ以来、あの魔物は出て来なかったわね」
「そうだな」
今、勇気とアリサの背後に深い闇があった。そして、開いたウィンドウの地図上には六層の文字が浮かんでいる。
二人の会話の内容通り、梟頭の熊は一度切りで二度会う事はなかった。お陰で五層探索三日目にして、六層に辿りつく事が出来ている。
「強敵を無理に相手取る事なくてよかったんじゃないか?」
勇気が軽く笑みをこぼしながら言う。
「でも、心の準備してただけに何か肩すかしでしょ」
「そう言われちゃそうだけどさ」
コツコツと階段を並び降りて、六層最初のそれ程大きくはない広間へと着く。
相変わらず光水晶で照らされた内部。迷宮内の内装といえば、光水晶と洞窟と表現できる土気色の無骨に整理されていないものだ。一から五層まで、その差はほとんどない。差があるのは、階層毎に違う迷路染みた構造ぐらい。
しかし、此度の六層、初めてそれ以外の差が視覚から感じとれた。
「色褪せてる……?」
勇気が言いながら近くの壁面に触れる。土色だけでなく、白く霞んだ色が所々に混じっていた。側面だけでなく、天井、地面にも同じように褪せた色が見え隠れし、これから進む先を見れば、更に土気色が少なくなってくように見えた。
「五層と雰囲気が違う。アリサ、いつも以上に慎重に進もう」
「ええ。それに、こっちの層でも、あの魔物が現れてもおかしくないしね」
加護回復薬と疲労回復薬の残りを、互いに今一度確認してから奥へ進んだ。
進む程に周囲の土色が少なくなる。まるで此処が境目とも言わんばかりに雰囲気が変わった。
勇気は息を呑み緊張を消そうと頭を働かせる。また梟頭の熊、もしくは同等の別の魔物に会う可能性もある。強張らせた身体で戦うのは無茶と落ち着かせようと懸命だった。
更に進むと見えてくる。迷宮内に潜む影。避けられない力の行使。
相手は、よく知る天井に張り着いた蝙蝠型の魔物二体と新たな魔物の二体の影だった。それを視認して、勇気の心臓が高鳴る。歪んだ表情と口元、緑がかった皮膚、前屈みの身体と片腕に携える棍棒。
そして、何よりも“人”に近い。
「ゴブリン……かな。村の近くでもたまに見かけたけど、個体差が激しくて、色々と不確かな相手よ」
アリサが魔物を見て喋りながら剣を構えた。
「来るわ、構えて!」
アリサの強い一声で勇気は迎撃態勢をすぐさまに取る。
「ゲッゲッゲ」
薄気味悪い笑い声が劈く。
理性すら感じられない声が自分達とは違うと伝えてくる。
剣を振るう勇気。ゴブリンの棍棒とかち合って、互いの獲物が弾け合う。今までよく戦ったコボルトと比べると力強い一撃であった。
勇気は身を大きく退き、体勢を立て直しながら視界を広く見ていた。
二体目も自分に狙いを定めて駆けている。このままだと魔物の同時攻撃が襲ってくる事は明確。先程退かねば、この二体目から一撃貰っていただろう。更に端に映るアリサを視認していた。アリサが蝙蝠型の空からの襲撃を横に避けながら一撃を与え、此方側の援護に向かおうと体勢を変えている。
判断する。戦いにおいて判断は迅速でなければ勝つに至らない。
勇気は剣を強く握り、前へ出る。僅かに前に出ているゴブリンに対し、体当たりする勢いで剣を振るった。
ゴブリンが棍棒で勇気の振るう剣を防ごうとするも受け切れず、大きな唸り声を上げてよろける。隙だらけの魔物。だが、勇気は追撃を行こうとはせず、襲い掛かって来るもう一方のゴブリンに迎え撃った。
攻撃したばかりで体勢の整いきれてない勇気は、後手となって受けに回る。ゴブリンとは違い、見事な受けで脳天に振り下ろされた棍棒を止めて見せた。そして、すぐさま剣をかち上げてゴブリンの体勢を後ろに崩す。
直後、そのゴブリンの背から青みを帯びた剣が直撃した。今度は前に崩れるゴブリン。万全を許さぬと、前から横薙ぎに赤みが帯びた剣が駆け抜ける。
「二撃入れても駄目。堅いわね」
魔物から身を退き、後ろに下がった勇気を追うように退いたアリサが言った。
「ああ。コボルトよりも力強いけど、あの梟熊より力がずいぶん弱い。数が多い分、油断せずに行こう」
二人が前へと出る。勇気は、自分に対し狙いをつけているゴブリンの相手。アリサは蝙蝠型の陽動と勇気の援護だった。
勇気は回避に重点を置いて、一撃入れられる状況ならば全力で振るい、後はアリサの背後からの支援攻撃を待つ状況だった。
アリサの方は、蝙蝠の飛行突撃をひらりとかわし続ける。二体同時に相手しようが当たる様子はなかった。更には、返しで一撃、二撃と攻撃を与えて行く。そして、空飛ぶ魔物の一体に三撃目を直撃させた所で違和感を覚える。だが、それに注意を払う事なく、自分の為すべき事、勇気の援護を最大限に行使した。
「六撃だ!」
勇気が声を上げる。その目前では、ゴブリンが肩から胸にかけて切り裂かれていた。
勇気の相手が一体に減り、勇気は防御重点から攻撃重点へと転じる。ゴブリンは二体で勇気一人の時でさえ手古摺っていたのだから成す術などない。息のつく間に二体目のゴブリンも身体から血を噴き出して倒れていった。
残るは蝙蝠型二体。勇気は飛行型の魔物の対処を未だ慣れてない。何より飛行型は回避能力が高い事もある。正面から飛び掛かる相手に振るう剣を合わせようとしても軌道を変えられかわされる事もしばしばだ。剣を扱う技術の無さが露呈してしまう相手だろう。
今度は勇気がアリサの援護という陣形を取る事で、すんなりと此度の戦闘の幕を閉じた。
地に落ちた蝙蝠型の死骸を見て、アリサが難しい顔をする。
「今の蝙蝠型は、今迄の蝙蝠型に比べると断然に堅い相手だったわ」
「攻撃が浅かったとかじゃなくてか?」
「ええ、直撃で5回分だもの。多分、レベルが違うんだと思う。レベルを計れる水晶持っていれば明確に知れるんだけど、後一個しかないのよね。結構値が張るから……どうしよう」
「それなら未だ取っとくべきじゃないか。とりあえず、新たに出てきたゴブリンの方は、今迄通りに連携して戦えば大丈夫そうだし、後はコレまで戦ってきた魔物のレベルが上がってるという認識で戦えば問題ないさ。油断せずにな」
勇気が言うと迷宮奥へと足を進めて行った。
「ユウキ」
少し遅れて勇気の隣に並ぶ歩くアリサが勇気の名を呼ぶ。
「何?」
「さっきの戦闘で、初動の行動が鈍かったけど大丈夫? 身体が良くないなら新しい階層なんだから、早めに引き上げた方がいいんじゃない?」
勇気の心が僅かに揺れた。
アリサが言うのは、ゴブリンとの戦闘についてである。先程二人が相手にしたのは、人の形に似ている存在だ。
本来なら受け入れる事に時間が掛かる。しかし、やらねばならない。そうしなければ“死ぬ”。それだけは避けねばならない。元居た世界と仕組みが違う。覚悟を決めねばソコで終わる。だから迷ったのは初めの一瞬だけ。後は受け入れた。これが与えられた道と受け入れて。
「あれは心の問題。でも、もう大丈夫だ。頭の中が冷静過ぎておかしなぐらいすっきりしてるよ。決して無茶はしない。それと心配かけて、ごめん」
アリサは勇気の言葉を聞くと「そう」と一つ言って微笑む。
そして二人はいつものように陽が沈む頃まで攻略を進めようと六層を探索し始めた。
六層の探索は思いの外に捗らなかった。迷宮地図の更新具合を見て、今までの進行具合から考えてもそれは断然に違うぐらいだ。それも魔物の能力が五層までと比べ断然に高いせいだった。
しかし、思うように先へ進めないと云えども退きあげない訳には行かない。幾ら薬で疲労が無くなろうとも、勇気達にずっと迷宮を探索するという考えはなかった。薬で身体は回復しても、頭の中までは回復しないのだ。集中力が切れる前に引き上げる事が生に繋がる。だから、ある程度の時間と悟った時に探索を終える事に決めていた。
「レベル上がってる……」
一層女神像前でアリサが自分のウィンドウを見て呟いた。
以前、レベルが上がったのは3日前。これまでの経過時間や魔物を討伐した数と比べると断然に短い期間であり、少ない討伐数で次のレベルに上がった事になる。
「魔物が強い分、上がるのも速いんじゃないかな。格上の相手と戦った方が得る者も大きいのは、別段おかしな事じゃないしさ」
アリサの疑問に答えるように言う勇気のステータス上のレベルも『6』と表示され、一つ上に成っている事が証明されていた。
「そうね。おかしな事じゃないわ。でも、そうなると早い期間で上がる内は次の階層に進むと危険なのかしら」
「うーん……レベルが上がった時に得られる恩恵の加護値や他のステータスも馬鹿にならないからなぁ。それに上がったら上がったで、強い装備を整えられるし、アリサの言うとおりかも。でもアイギスさんに装備は十分にいいもの選んで貰ってるから大丈夫なのかな」
「まぁ装備は大丈夫そうよね。それに戦ってみないと分からないってのもあるし、本当に危険な相手は雰囲気である程度分かるから大丈夫か……な」
「いざとなれば帰還水晶を使う、だしな」
「ええ」
アリサが先にウィンドウを閉じる。そして、まだ確認を続けていた勇気のウィンドウを覗きこんだ。
勇気はステータス画面を一瞥してから、メインウィンドウからスキルの項目を選び確認を続ける。そこで勇気の手が止まった。
「新しいスキルがある」
言葉を告げた勇気の中央のウィンドウに表示されている新たな文字。今までは空欄に等しい状況だった為、新たな変化なだけに心臓が高鳴った。
その文字に触れると右上にサブウィンドウが浮かび、スキルの説明が書かれている。それを横から見るアリサが面白そうだと目を輝かせて喋り始めた。
「えっと、スキル名は『パリング』ね。効果と発動条件は『剣で相手の攻撃を受けた時に発動する事が出来る。発動後、相手の攻撃を流す。この力は技術ではなく概念であり、いかなる攻撃も力量を関係なしに無効化する。ただし、相手の力の差によって失敗する可能性が増加。発動が失敗した場合は通常に受けた時と変わりない』か」
アリサは文章を一通り読み上げると唸る。
「傾向は防御系。説明を見た感じは強そうだけど、確率だから頼りっぱなしは危険そうかな」
勇気も、アリサの言うとおりだと頷いた。このスキルが真に使えるとするなら強敵相手だろう。力や技量で防げない攻撃を関係無しに無効化できるなら、これほど頼りになるスキルもなかったに違いない。しかし、説明を見る限り格上の相手に使えそうにない。実に使いどころが困りそうなスキルだと云えた。
「最初に身に付けたのが“任意発動確率型”ってのも試すのに苦労するわね」
「ん? なんだそれ?」
「梟熊の魔物と戦った時に私が使ったスキルもコレと同じ型よ。ただし攻撃系ね。スキル名は『スタンバッシュ』。発動条件と効果は『頭部に剣が直撃した時に発動する事が出来る。発動後、相手の動きを一時的に止める。効果時間は相手と自分のステータスに依存し、一定ではない』。その後の説明は失敗する可能性の説明で、ユウキのものと同じ感じ」
勇気の疑問に対して、アリサは自身のウィンドウにあるスキルの項目を見せながら答えた。
「確実に発動する訳じゃないから、試そうにも感覚が掴みにくいのよ。私は初めに覚えたのが前に言った『連撃』で“任意発動型”だったから良かったんだけどね」
勇気の持つスキルは“確率”という項目が関わってくる。つまりスキルを使っている筈なのに、効果が出て来ない可能性もあるという事。発動するかどうかは極論を云えば運となる。
これはアリサの言うとおり使い辛いと勇気も苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……少し試してくる。使ってみないと本番じゃ使えないしさ」
しかし、折角身に付けたモノだ。きちんと効果が発揮できれば戦いにおいて有利に働くのは間違いない能力を有している。使わない手はないと、その感触を確かめるべく、再び迷宮へと足を進めた。
「それなら私もついて行く」
こうアリサは言い、勇気の隣に並ぶ。別段と長く居座るつもりもないので、勇気も断ることはせず、二人で迷宮内へと向かった。
勇気は一層のコボルトを探す。最も浅いここならば、初めての挑戦も比較的に容易に出来るからだ。練習してから、深い層での本番に臨む。至極当然な考えである。
「スキルってどうすれば使えるんだ?」
ふと、疑問に思う事を勇気の口から出た。使うと決めたは良いが、使い方などてんで分からない状態。このままでは、使おうにも不発に終わると僅かに不安が走った。
「……うーん。とにかく使おうと意識する事かな。私の場合は、スキル名を頭に浮かべてから、後は発動条件に合うように動いて発動って感じ。そればかりに集中が割いちゃうから、スキルを使う場合は本当に必要な時だけかな」
アリサが剣の手振りを加えて説明する。それに対し勇気は、頷いて何となくではあるが、スキルの性質上、受けて流すようなイメージを固めて納得した。
「正直私もスキル使うのは余り上手とは言えないのよね。馴れれば無意識の内に使えるのかもしれないけど」
あはは、と軽く笑うアリサ。こうアリサが言うのだから、意外と難しいものなんだろうと感じざるを得ない。とにかく一層でも集中しなければ、上手くは行かないだろう
二人で探索すること幾ばくか。コボルトが一体、丁度よく徘徊している。このまま顔を見せれば、襲ってくる事は間違いない。
「じゃあ、私はここで見てるわ」
「ああ」
勇気が一人、魔物の前へと身体を乗り出す。すぐに気付く、その相手。勇気からは攻め入らない。今は“剣で防御する”必要があるのだ。故に「見」の形を取るしかない。
ジャリ、という地を蹴る音と共にコボルトが前へと駆る。
袈裟。勇気はコボルトの斜め振り落としに対して上段防御の姿勢を取った。
剣と剣がぶつかる。しかし、当たった感触が無い。コボルトの曲刀はするりと滑り、地へと突き刺さった。
初めての感触だと剣を持つ手に僅かに力が入る。そして、勇気はすぐさまにコボルトとの間合いを取った。一度では、今の感覚が成功だったのか不確か。故に、もう少し試す必要があると。
コボルトが退いた勇気を追いかけ、その手に持つ凶器で追撃を放つ。だが待っている結果は一度目と同じく、曲刀が赤の直剣の刃を滑り地に突き刺さるものだけであった。
五合剣が交わり、六合目で高い金属音が鳴る。戦の光景が先までの結果と違っていた。魔物の剣と勇気の剣が、かち合っていたのだ。勇気は、すぐさまに腕に力を込めてコボルトを押し返して間合いを離す。
七、八合と六合目と同じように剣がかち合う音が響いた。そして、九合目は訪れる事がなかった。魔物が、八合目を打ち合い終えた後に身を退き、そのまま迷宮の奥へと姿を消してしまっていた。
「魔物も逃げるのか」
「さすがに力の差があり過ぎるもの。仕方ないんじゃない」
端から見れば、勇気は遊んでいたと表現出来る。それだけ力の差があったのだから、生物として絶対に勝てない相手から逃走する事は当たり前なのだろう。
「なんとなく感覚は掴めた。取りあえず今日は帰ろう。コレに関しては、また後日に試す事にする」
「そうね。これ以上遅くなると師団長が飯が遅いってうるさくなっちゃうわ」
若干低い声で言うアリサに勇気が笑う。
勇気も自分の師団長も大変だなと思いながら釣られて笑みを漏らした。




