15.ラグナロクの迷宮(Ⅳ)
王国に訪れて8日目。
勇気は起き上がってすぐに、昨日、アイギスの店で買った防具の装備を行っていた。
以前は≪犬革≫と名前の付いた装備が3つ。それに代わって今回は≪熊梟≫と名のついた装備が2つだ。防御力及び魔防力の数値は2倍を叩きだしている。
かなり上等だと数値を見れば安心出来た。ただ本番になって、体感しなければ本当の安心という信頼を得られない。
ひとまず今まで装備し、≪道具≫に入れていた≪犬革≫の装備はベッドの枕元に置いて、容量を空けてから寝室を後にした。
休日を挟んだ本日、勇気はアリサと一緒に三層に潜ることになった。
一番厄介なのは三層まで行く道のりだ。二層までの魔物の強さは大したことがないとは云え、無理矢理突破して行こうものなら囲まれて大惨事になりかねない。
そんな面倒を取り除くために、アリサが言うには補助水晶として≪往復水晶≫というモノがあるようだ。効果は使った階層かつ、その場から女神像に戻る。ここまでは≪帰還水晶≫と同じで効果ある。違う面は、後日に女神像から≪往復水晶≫を使った場所まで戻る事が出来る点だ。言葉の通り往復出来るものと言えよう。
ただし、使う場所も考えなければならない。なるべくなら敵の少ない小部屋や、階層に入ったばかりの所が望ましい。
階層に入ったばかりは、魔物に出会った記憶もない。安全を得るならば階層に入ったばかりで使うのが一番だろう。ただ一度往復してしまうと≪無水晶≫となってしまうので、素早く戻る為には別途に≪帰還水晶≫か≪往復水晶≫をもう一つ持った方がいいようだ。
「でも水晶って何処で売ってるんだろ?」
「水晶の店は総合買取店と同じ迷宮通り。ただ高いからまだ私達じゃ手に負えないわ」
確かに、と勇気は頷く。
まだ一階層にしか及んでない自分達の売り値が最も高いアイテムが≪光水晶≫。一番低ランクと言われている水晶だ。それしか手に入らないのに、どうやって他の水晶が手に入ろうか、という話になってしまう。
「でもアリサって迷宮に入ったこと無かったんだろ? よく知ってるな」
聞く限り往復水晶は、どう考えても迷宮用の魔法具。
村に水晶専門店はなかったし、村付近に迷宮があるなんて話も聞かなかったので、よくわかるなと関心していた。ただザイエンデなら、それぐらいの知識があって当然なのかもしれないとも思っていた。
「ユウキが一生懸命に水晶の図鑑を読んでたでしょ。私も読んで覚えたのよ。私はアナタより魔物に関しての知識はわずかに上だけど、ハッキリ言って迷宮に関しては素人同然だし」
「勉強家だな」
「そう易々と命は落とせないもの。ユウキより休んでる分は頭を働かすわ」
少し控え目に言うアリサ。
勇気も暇があれば本を読んではいるが、図書館に二度行っているアリサはそれ以上に読んで知識をつけていた。
勇気は自分も命懸けで迷宮に潜っている。一方のアリサも命を守る為に勉強している。これの何処に差があるだろうか。
アリサの態度は謙遜し過ぎていると感じる勇気であったが、言葉には出さない。昨日の今日と似た内容のものだ。ここは沈黙が金と笑い返した。
「でも迷宮の詳しい文献が図書館に無かったのよね。歴史みたいに抽象的なモノはあるんだけど、探索に関わる情報が薄いのが問題。何階層にはどんな魔物が居るとか、こういう魔物に会った場合に注意すべき事は何かとか、知れると安全率と生存率が変わってくると思うんだけど無くてね」
「司書の人に聞いても無かったのか?」
「置いてないって言ってたわ」
借りるとかの問題ではなく、初めから無い。変な話だと思う。
アリサが通っている所は王国最大の図書館。魔物を倒す事で、その報酬とされる魔法具や道具を利用し、構築、発展を続けている世界な以上は、多くの魔物の情報を得られてもおかしくない所か当然であるべきだ。
ラグナロクの迷宮が生まれたとされて約660年。これだけの期間を考えると、多くの魔物の情報が集まっているハズだろう。
「図書館じゃなくて、もしかすると師団の上の人が管理してるのかも知れないな」
「一理あるわね。でも、例えそうだとしても私達の師団長が管理しているとは到底思えないけど」
アリサは、やれやれと言った感じで喋る。勇気も少なからずそうだと思っているが口には出さないでおいた。それに、そんな一面さえも何故か良い所だと思えてしまう心情が複雑である。
順調に三階層に到着する。気を引き締める二人。一層、二層ときて魔物の種類が一つ増えている。ならば、ここもそうなっている可能性が高い。
未知の魔物は恐怖をもたらす。それは何をしてくるか分かったものではない故に。
未知を相手取り、対策し、確実に撃退しなければ死ぬのはコチラ側なのだ。
二人は光水晶で照らされた薄暗い迷宮内を慎重に進む。
ほどなくしてアリサが手振りで勇気を止めた。
「……気付いてないけど、どうしよう」
アリサが小さな声で勇気へ訊いた。
分かれ道の一本先。他より光が強い光水晶の周りで宙の舞う三匹の影が浮かんでいる。
「蛾かな……」
その影の形状と光に集まる習性を見て勇気は言った。
蛾とは言っても手の平ほどの訳はなく、蜘蛛型の魔物より更に一回り大きいサイズだ。宙を舞う姿は蜘蛛以上に不気味に瞳へと映り込んでいる。
「オレの経験だと初めての魔物でも、種類が一つの今なら戦い易いと思うけど」
「そうね。できれば一匹の時が最良だけど、こればかりは運だから文句も言えない」
「じゃあ、作戦はオレが左側から、アリサは右側から攻めて一番近い奴に一撃入れる。一撃決めても決められなくても後は下がって対応。どう?」
「いいわ。それで行きましょう」
目線を合わせると同時に駆ける。同じ速度で一気に光を欲して舞い続ける魔蛾へ。
間合い。目標の高さは胸先。勇気は腕に力を込める。
技術はない。宙へと逃がすまいと全力で袈裟に赤みを帯びた剣を振るった。
蛾の魔物がキチキチと断末魔のような小さな呻き声を発し地に落ちる。斜め二つに別れたソレに生気など最早なかった。
勇気はすぐさま身を一つ下げ、次の標的を絞る。此処までは予定通り。そして、アリサへ向かう二匹の内の一匹を見た。
二匹残っているのは、一匹目へ剣を浴びさせた時に目の端で捉えていたので分かっていた。アリサが一撃を決めたにも関わらず、蛾の魔物の体には傷はなく、宙へと逃げていたのを確認していた。
自分だけが何故一撃で決められた理由は後回しにする。そして三匹の内、唯一狙われなかった蛾の魔物に焦点を当てた。
前へ。足で地を駆る。
空を裂く薄ら赤の刀身は、蛾の魔物を背中から真っ二つにした。
残るは一匹。剣では届きそうにない宙へ逃げて、今にもアリサへ飛び掛かろうと舞う魔物だけ。勇気は届きそうにないと蛾の魔物を睨みつける。もし無理に攻め入れようものなら味方同士で相打ちになってしまう、と攻めあぐねていた。
地を蹴る音が微かに洞窟内に響いた。
カッカッ、と間を置いた音が二度。音の出所は、標的にされたアリサからだった。
音はアリサが壁を蹴り上げ発したモノ。それは軽やかに魔物へと跳び掛かる様を表していた。
跳んだ勢いは殺さず、標的目掛け青みを帯びた刀身を振り抜く。
華麗に着地する音と生気なく落ちる音で三層の初戦闘は幕を閉じた。
「まるで軽業師だ。どうやったら壁蹴りから攻撃なんて出来るんだ?」
「んー、ユウキもノリでやったら出来るんじゃない?」
「そんな無茶な……」
アリサが真面目な顔で言うので困る勇気だった。
それからは慎重に迷宮内を歩きながら議論が行われる。何故勇気は一撃で仕留められて、アリサが一撃で仕留められなかったのか。
アリサは一撃目を確かに入れたと言う。攻撃に関するステータスは≪聖者の短刀≫の効果を入れた勇気とアリサは、ほとんど変わらない。剣を振る技術で削れる加護値は幾らか変わるようだが、今までアリサと勇気は同じ回数の攻撃を入れれば魔物を倒せていた。むしろこの条件ならば、剣術がド素人の勇気の方が不利であるのだから、アリサが一撃で倒せない理由にはならない。
ならば、残る理由は一つだろうと、確かめるべく余裕があれば蛾の魔物を一匹だけ残そうという話になった。
「やっぱり、こういう事ね」
アリサが納得するように頷く。
二度、三度、勇気とアリサは交互に蛾の魔物を単独で仕留める係りを変え、その結果疑問が解消できた。
答えは剣の属性効果だ。勇気の剣は火、アリサの剣は水の魔法属性を帯びている。蛾の魔物は火に弱い為、勇気の一振りで倒せるという事だった。
「じゃあ、蛾の魔物を集中的に狙った方がいいのかな」
「そうね。でも高く飛び上がられたら?」
「……その時は、アリサにお願いする」
幾ら一撃でも当たらなければ意味はない。ここで身体操作の技術差と経験差が出ていると改めて実感した勇気だった。
三層の探索も今まで通り順調だった。
勇気は、この順調さが二人という理由もあるのだろうと実感している。アリサと迷宮に潜ること四度目。日に日に連携が取れているのも分かる。剣の振り方もアリサの見様見真似で試している。感謝が尽きないとはこの事だ。
三層に来る事によって問題があるのなら、やはり帰り道だろう。水晶は使わずに徒歩で帰る為、距離が長くなればそれだけ時間も掛かる。必然的に早めに帰らなければならない。ハーブは疲労を快復してくれるが眠気までは取ってくれない。もし、眠気が取れても一日中潜ることはしたくないが。
「上がってない……」
一層女神像前でウィンドウを見て眉をひそめるアリサ。
本日もレベル6から抜け出せなかったようである。むぅ、と若干ふくれっ面で勇気を見るが、勇気も睨まれても困ると苦笑いで返していた。
他のザイエンデが、迷宮の出入り口からちらほらと出て行く後に二人はついていく。
今日の門番はガウェインとパーシバル。どうやら二日通勤、一日休みの仕事のようだ。アリサも勇気も顔馴染みになっているので多少雑談した後に迷宮を後にした
本日もしっかり買取総合店のアイギスに迷宮のアイテムを売ってから帰路につく。
宿舎の戸を開けばゼクスと珍しく夕飯前に帰っている副師団長が窓辺で本を読んでいた。
ゼクスは帰ってきた二人を見るとすぐに笑顔で勇気へと尋ねる。
「今日の成果はどうだった?」
「剣のおかげでまだ余裕があります。この様子なら暫く大丈夫かと。ただ自分は飛行するタイプの魔物は、技術が足りないのでどうも苦手です」
「さすがユウキ、大真面目な解答だ」
クッ、と一ゼクスの笑みが一層と増す。
「副師団長、王国の図書館に魔物図鑑のようなモノがなかったんですけど、師団か城の中の人が管理しているんですか?」
アリサがお風呂用に入る支度を始めながら窓辺で黙々とする副師団長に質問した。
本日迷宮内で話し合っていた疑問。事前にコレで調べてあれば、無理に蛾の魔物に一人ずつ剣を当て検証する必要もなかったと。そんな話も二人は迷宮でしていた。
「魔物大全のような本は王国に存在しない」
「え? どうして――」
「嬢ちゃん俺には質問しないの?」
「師団長知らなそうだもの」
途中で話を切られたせいかゼクスに対する口調が強くなっているアリサ。
そんなゼクスが珍しく気を落としていると勇気には見えたが慰めるような事はしない。してしまえば何処か惨めになってしまう。
「ヴァルハラの規則だ。お前はまだ若く、迷宮に入ったばかり故に知らなくとも無理もない。迷宮の魔物の情報と地理は他人が教える事はない。村長であるガイもザイエンデであったバナードも、お前には魔物や迷宮の話はしていないだろう」
「……そういえば」
「これは判断力と適応力、そして戦闘力を養うためだ。敵の動き、配置、戦略、力、奇抜性、知っていれば戦いに有利になるのは確かだ。しかし、もしも想定外の事態が起きた場合、ぬくぬくと知識だけで育った輩は真っ先に死ぬ。今まで楽していた分の付けが回ってくる。だからこそ自分の道で切り開く為に試練を与えているのだ」
「まぁ初めて魔物と戦おうとするザイエンデには、一層のみ情報を与えるんだけどな。そうしないと死人が増えて問題なんだ」
最後にゼクスが付け足すように説明を締めた。
「でもゼクスさんは自分に地図の更新出来ればすると言ってませんでしたか?」
地図を貰った時に、そんな話をしていた事を思い出す。
ゼクスや師団長の言ったように、迷宮の情報は秘匿とすべきという考えなら、以前ゼクスが言っていたソレは矛盾しているのではないかと、疑問に思った。
「ありゃあユウキがどう返してくるのかな、って悪戯しただけだ。更新してくれって言ってもやらなかったさ。一層だけあれば一層の地図は更新してやったかも知れんが、どちらにせよ持ってなかったけどよ。まぁ俺の予想通り、ユウキは断ったけどな」
試して悪いな、とゼクスは言う。
勇気は、それに別段悪い気はしていない。未熟な自分は、試されてあるべきだと痛感している。むしろ、ゼクスの満足行く答えで良かったと安心しているぐらいだった。
「それと。認め合っている仲間なら情報交換し合ってる。そこまではとやかく言わんし、共に戦う以上は避けられん」
「という事は、ゼクスさんと話し合えるようになれば一人前という事ですね」
「ああ。間違いないな」
珍しく強気な発言の勇気に、ゼクスはニヤリと笑っていた。
「本隊の師団長クラスか……」
アリサは、そんな事を呟いて脱衣所の方へと姿を消していく。
そこに辿り着く為に幾らの時間が掛かるか分からない。決して近くないソレ。もしかすると生涯辿り着けぬ域なのかも知れない。
それでも目指さねばならないと。この世界の力ある者として生きていくのなら、高く立派な目標だ。
「ゼクスよりも見習って目指すべき師団長は多いがな」
「おいおい、そこは俺の肩を持てよ」
副師団長の思わぬ冗談紛いの言葉に笑みを零す勇気だった。
犬革の鎧 DEF(防御力):12 MDF(魔防力):6 Capa(容量):2.4
→熊梟のコート DEF(防御力):24 MDF(魔防力):13 Capa(容量):3.7
犬革の籠手 DEF(防御力):8 MDF(魔防力):3 Capa(容量):1.3
→熊梟の籠手 DEF(防御力):18 MDF(魔防力):6 Capa(容量):2.7
犬革の下衣 DEF(防御力):10 MDF(魔防力):4 Capa(容量):1.9
→熊梟の下衣 DEF(防御力):21 MDF(魔防力):11 Capa(容量):3.3




