14.休養日
「ユウキ、今日はどうするの?」
時は早朝。最早日課の朝食の準備を行っていたアリサが、居間のテーブルに腰掛け本を眺めている勇気へと質問する。
「迷宮に行く予定だけど」
それがどうかしたのか、といった口調で勇気が返答した。
聞いたアリサは一度料理の手を止め心底呆れた顔で勇気を見る。
「アナタ、休むって考えはないの?」
そしてカウンターに肘をつき、溜息を吐いて言った。
「休む考えはない訳じゃないけど、身体は大丈夫だしさ」
勇気の答えは、さらにアリサを呆れさせる事になっていた。
だが本当に勇気は疲れていない。迷宮に潜って5日。潜った初日は、夕刻まで潜ってなかったとはいえ、剣を振り続けるという慣れない動きをしていたのだから、筋肉痛ぐらいにはなると勇気は思っていた。しかし、それもなく次の日には半日近くも潜る事になっていた。おそらくハーブの疲労回復効果が効いているのだろうと解釈している。
「それで、昨日は何処まで行ったんだ?」
勇気と同じ席についていたゼクスが横から口を挟んでくる。
昨日、ゼクスは宿舎に帰って来ずに、先ほどアリサが朝食の準備を始める頃になって帰ってきた。聞けば書類整理のため職場で寝ていたそうだ。加えて副師団長の姿も昨日から見当たらないが、ゼクスも知らないと言う。
「昨日は三層に辿り着いただけで、調べずに帰ってきました」
「おお、そうか」
ゼクスは、くっくっ、と楽しそうに笑って注いだ酒を飲む。
そして、コツンとテーブルの上にグラスを置くと、勇気の目を見据えて告げ始めた。
「しかし嬢ちゃんが、ああ言ってるんだ。今日は休んで商業区でも見て来い。上層でも五日も潜ればある程度の金は溜まってるだろ?」
「お金は確かにありますが」
この世界の貨幣は金貨、銀貨、銅貨に分けられてある。金貨1枚は銀貨100枚。銀貨1枚は銅貨100枚の価値と単純な計算で出来るものだ。この貨幣は王国が独自に製作し発行している。また偽貨幣対策として、国に任命された≪鍛冶士≫のスキルを持ったザイエンデが製作し加護を加えている。その貨幣を調べれば誰が製作した貨幣なのか分かる仕組みだ。加えて、どれも製作するには困難な王国の城を模られたデザイン。任命された≪鍛冶士≫には相当な技量が求められていた。そして、もし偽貨幣を作ろうものなら大罪とされ一生牢に入る人生を送る事になると云われている。
お金の単位は基本的に『リオ』と呼ばれている。1リオが銅貨1枚。100リオは銅貨100枚もしくは銀貨1枚という事になる。
パン一つの値段は5リオ、つまり銅貨5枚だ。食事に100リオ程払えば上等なものが食べられる。
このように食料については銅貨だけでも十分だ。しかし、加護付きの武器防具や魔法具には銀貨や金貨が簡単に必要になってくる。コレらを造り出すのは皆がザイエンデ。ただ造れるザイエンデが少ないという理由で必然的に高くなってしまっていた。さらに造るならば、魔物を倒して素材とされるものを手に入れなければならない。まさに命懸けなのだ。高いのも頷ける。
勇気は金貨こそないものも、銀貨はこの数日でかなり溜まっていた。やはり魔法具とされている水晶が良い値段になっている。
「……分かりました。今日は迷宮に行かずに商業区でぶらぶらしてきます」
勇気はゼクスの質問に、暫く悩んだ後に結論を言った。
正直な所、明日休む予定を立てていた。6日迷宮に入って1日休みの1週間とした考えだ。この世界に1週間は7日という考えもなければ、週の終わりは祝日という考えもない。でも、勇気はこの世界に訪れる今の今までそう過ごしてきたのだ。比べれば平凡な学業と命懸けの探索という絶対的な差ではあるが、勇気はココの世界ではザイエンデとして生きて行くと『あの日』から決めている。命懸けは然るであるべきものと捉えていた。
「えらい真面目な回答だな。もう少し楽に考えた方が人生楽しく生きられるぞ」
「自分的には結構楽観的に生きていると思いますが」
この勇気の返答にはゼクスも苦笑いだった。
キッチンの方で呆れた顔をしていた人物が、さらに呆れるのも当然だろう。
ゼクスは朝食を終えると、今日も城に行くと言い行ってしまった。どうやら今は身体を余り動かない仕事の書類整理に勤しんでいるとの事である。
「アリサも行くのか?」
勇気も今日の変わった予定通り、商業区に行こうと準備をしていたら、アリサも出掛ける準備をして勇気を待つように玄関口で立ち構えていた。
「一人で行かせたら迷宮に行くかもしれないでしょ」
「信用されてないなぁ……」
準備を終えて二人は宿舎を出る。
扉は「ロック」という言葉で鍵が閉まる。逆に開ける時は触れればいいだけ。元はゼクスと副師団長が利用している宿舎だったので、二人しか鍵を開け閉め出来なかったが、すぐにアリサと勇気の二人も登録して鍵の開け閉めを出来るようになっていた。
歩む二人。向かうは商業区。師団区から迷宮通りを越えた先にある所。
宿舎からもそれほど遠くはない。それに迷宮からもそれほど遠くないので、迷宮と買い物に行くならゼクスの宿舎は絶好の土地だった。
「少しは思い出せた?」
二人で歩く足を進めながら、アリサが訊く。
「何が?」
「ほら、ユウキは記憶喪失みたいって言ってたじゃない」
そういえばそうだった、とアリサの言葉を聞いて勇気は思い返す。
ただ勇気は記憶喪失かと言われてそれに近いと言っただけだ。
その時は、この世界の常識も理も何も分かっていなかった。だから記憶喪失のようなものだと答えた。
「もう心配ないよ」
だが今は違う。魔物が存在して、魔法があって、人も簡単に死ぬような世界だと知っている。それに最近では、暇があれば本を読んで世界の歴史や魔法と云った知識もつけてきている。
「でも帰る方法が分からなくてね」
「ユウキの家って遠いの?」
「遠いとかじゃなくて帰る場所が分からないって言った方がよさそうかな」
しかし、知識がついても帰る方法は未だ分からず仕舞いだった。今も本を眺めて、自分と近い前例がないか探しているぐらいだ。
アリサが「そう」と言って話を切り上げる。それからは勇気の記憶や過去に関しての話題は上がらなかった。
「行く予定は決めてるの?」
「うーん、とりあえずアイギスさんの所行って防具見てこようかなぁと。今日は総合買取店の仕事ない日だしさ」
勇気の言葉に、またもや溜息を吐くアリサ。今日は迷宮から離れて休養と気分転換という名目で商業区に行く。でも勇気の頭の中にあるモノは、迷宮に関する事だ。アリサがこうなるのも仕方がない。
しかし、アリサも今日は勇気の付き添いである。迷宮に行かないのなら、付き合おうと勇気の予定に黙って従った。
商業区中心街から師団区寄りの場所。そこにアイギスの軽装店がある。
武器、防具、買取店等の戦いに必要な店は、迷宮通り付近に多かった。
勇気達がアイギスの店へと入店すると暇そうにカウンターに座り、コーヒーカップを揺らす彼女の姿があった。
「あら、いらっしゃい」
「お邪魔します、アイギスさん」
揺れるのはコーヒーカップだけではないのだが、注視し過ぎると前回のように踏みつけられる恐れがあるので細心の注意を払い、平然を装って入る少年であった。
アリサと勇気は店内の商品は見ずにアイギスが待つカウンターへと向かう。そして、勇気はすぐに尋ねた。
「新しい装備が必要かどうか相談に来たんですが」
「昨日の買取アイテム見る限りだと、アナタは二層でしょう? それならまだ今のでも大丈夫よ」
「いえ、昨日は三層の階段を見付けたので、今後は三層を探索にすると思います。なので今の装備で大丈夫かと言う相談を」
勇気が言いきると、アイギスは軽く唸ってから、ウィンドウを見せてと一言放った。
勇気は、すぐに従って見せる。コレが一番手っ取り早くて最良だと知っているからだ。
アイギスはパッと勇気のウィンドウを見ると店の奥へと入って行く。そしてすぐに手に軽装を持って戻って、それをカウンターへと置いた。
「はい。全部で4000リオでいいわ。光水晶で稼いだお金は無くなっちゃうと思うけどアナタなら大丈夫でしょう」
勇気はすぐに銀貨40枚を払い、商品を受け取って≪道具≫へと収納した。
残金は約600リオ。商業区で適当にぶらつく分には問題ないお金である。
「アナタは安定力特化バランス型みたいだから、正直上の装備つけるのは辛いわ。耐力か生命力の伸びもいいなら重い装備も視野に入れられるんだけど、この様子だと振り値を考慮しないなら、ずっと軽装にしておくのが無難になりそうね。それに軽装でも制限が掛けられるし、≪聖者≫の装備がないと今の上層でも手古摺っていた所よ」
「そうですか」
勇気は答えながら、≪聖者の短刀≫を贈ってくれていたバナードに感謝していた。お陰で比較的安全にザイエンデとして戦えているのだ。礼は言っても言いきれない。
自分のウィンドウを再確認する。安定力特化バランス型。
アイギスがこの後の説明で安定力は曖昧なステータスと言った。他のステータスは武器や防具に関係してくるが、この安定力に依存する装備は少ないそうだ。≪錬金士≫のスキルを持ったザイエンデが製作するアクセサリに分類された指輪や首輪等が最も関係するとの事だ。
「アリサの装備は特注品だから、10層ぐらいまでは何とかなるわ」
「ええ。私が一目見ても素晴らしい装備だと分かるもの」
最後に小さな声で「デザイン以外は」と付けるアリサだった。
アリサのステータスは筋力、魔力の二極型。このステータスは武器に困らず、魔法属性の力を持った武器も容易に装備出来るステータスとの事。その代わりアリサは防具関連のステータスが余り高くないので勇気と同じ軽装備をするのがいいようである。
「若い内は露出が高いものを着た方がいいわ。女は歳をとると美しい姿を見せられなくなるんだから、今の内の特権なのよ」
「でも私の観点だと出しすぎな気がしますが」
アリサの視線は、すぐ側の豊満な肢体に照らされている。
勇気はというと、顔を背けて自分には話を振らないでくれと顔を背けて必死に願っていた。
二人がアイギスの店を出てからは、食べ物の露店が多い通りを見物しながら歩いていた。ときどき目に入る甘菓子を売る露店に、目を輝かせるアリサ。
勇気がアリサに聞けば菓子作りはした事がないし、村では菓子はほとんどなかったので分からない物が多いと言う。
「別にいいのに」
「こういう時は奢るものだろ」
勇気は串に刺さった小さいリンゴを飴でコーティングした菓子を二つ手にとって店主にお金を払う。
商品名はリンゴ飴。勇気の世界でも縁日に行けば必ず見るだろう商品だ。火と砂糖と水さえあれば誰でも出来る簡単なお菓子である。
アリサは受け取った小さなリンゴ飴を、じろりと観察してから口に入れる。
「かひゃい……」
ガリっ、という音と一緒に涙目になるアリサだった。
余り見ない一面に思わず笑う勇気。
「かじるんじゃなくて舐めるんだよ。飴なんだからさ」
アリサは、むぅと唸って小さなリンゴ飴を舐める。
そういえば、かき氷の時もこんなんだったな、と思う勇気。アリサが珍しそうに見る眼をしていた時は、こうやって遊ぶのもいいかも知れないと微妙に灰色な考えを浮かべていた。
それからは地図専門店に寄ってグラズヘイムの地図を更新した。更新したのは、地図を買った当時にゼクスが暇ある時に更新した方がいいと言ったからである。更新する事で新しい施設や引っ越した商店などを知る事が出来る。勇気達の地図は最高級のものなので更新値段は無料との事だった。
その後の二人は特に行く所も決めずに適当に商業区を歩きまわり始めた。
「アリサは休みの日はどうしてたんだ?」
「前にも言ったけどお爺ちゃんが料理店経営してた頃は、お手伝いしてたから休む暇もなかったし料理が趣味になってたわね。小さい頃だったけど楽しかったわ」
得意気に、何より笑顔でアリサが話す。その表情は本当にいい思い出なのだろうと語っている。
「それでお爺ちゃんが料理店辞めてからは、村長さんの所に言って昔話を聞いたり、お爺ちゃんの武勇伝聞いたりしてたかな。お爺ちゃんの武勇伝って何処まで本当か分からないぐらい脚色掛かってるから面白おかしかったわ」
「何か意外だな。バナードさんは、もう少し堅そうな感じの人だと思ってたけど」
「そうでもないわよ。ただユウキはお客さんだったから真面目にやろうとしてたんだと思うけどね」
クスクスと小さく笑うアリサ。そんな彼女に釣られて勇気の表情も緩くなっていた。
「後はザイエンデとして森に入ったりしてたかな」
「内緒で?」
アリサは無言ではあるが、頷いて肯定していた。
「あの村だと私ぐらいの年頃のザイエンデが居なくてね。今になってみればユウキと会えて良かったと思う。守って、守られて、対等に話してる。たぶんユウキと会わなかったら、こんな経験はしなかった――あ、でも私の方が貸しは多きいわね。あの時の事があるもの」
「そんな事ない。アリサと会った時はネームロスだったんだから対等だ」
「……ホント、アナタは師団長も言ってるように真面目よね。でも、私はあの時みたいに力強く守ろうとしてくれた男らしいユウキの方が好きかな」
アリサが勇気の前に出て足を止める。そして振り返って、ひらりと衣をなびかせ、少し背の高い勇気を見上げていた。
「照れてる?」
「意地悪いぞ」
困惑して眉をひそめる勇気に、アリサは微笑んで小さな声で「冗談」と言う。
進む足をゆったりと再開させて、並んだ所で会話を続けた。
「ユウキは凄いと思うわ。正直、私は毎日迷宮に入ろうと思えない。でも、ザイエンデならこんな弱音駄目よね。馴れなくちゃ」
チクリと勇気の胸が痛む。もしや自分が毎日潜っているせいで、無理をさせているのではないかと。
「そんな顔しないでよ。何もすぐ毎日潜るなんて馬鹿な真似はしないわ。しばらくは一日置き。迷惑掛けるけど付き合ってくれる?」
「オレからは無茶な願いを言えない。でもアリサが一緒に来てくれるんなら一日置きでも二日置きでも心強い味方が居てくれて安心出来るよ」
彼女はしっかりとした考えを持っている。冷静で、自分を知っている。
毎日のように接している今だからこそ思う。何故『あの時』は、幾ら大事な人を守る為に激昂し無茶をしたのかと。心底不思議に思っていた。
きっと、この事を深く訊いてはいけない。例え訊いたとしても、初めて王国に訪れ、初めて隣同士で床を一緒にした時と同じく、詳しい答えは得られないだろう。だから胸にだけしまっておいた。
今はただ共に話し合うだけ。折角取った休日を無駄にしないように。
「夕刻には、まだまだ時間もあるし、もう少し羽を伸ばしましょう。ここには料理がいっぱいあるし、回った分だけ今後のレシピに追加出来るからね」
「そりゃ嬉しい限りだ」
お互いに笑いあって、賑わう人波の中を並び歩いた。




