12.ラグナロクの迷宮(Ⅱ)
勇気とアリサが王国に訪れて三日目の朝。
朝食の料理当番は当然のようにアリサだった。勇気どころか師団長のゼクスまでアリサの料理に甘えている始末である。
勇気は作る事はあっても凝ったモノが出来ない。ゼクスは作る事すら全くないので、こうなってしまうのも仕方がなかった。
朝食後は今日の予定の話になり、アリサが本の売り場か図書館に行きたいと言った。これについては副師団長が連れて行くという事で決定される。
勇気にも付いて行くかどうか問われたが、勇気は付いていかないと言った。本ならば、まだココにある読みたい本も読んでないから十分に間に合っている。
アリサと副師団長が宿舎から出て行くと、テーブル席の残っていた勇気が同じく残っていたゼクスへと尋ねる。
「今日もラグナロクの迷宮に行ってもいいですか?」
「別段師団員なら、いつ行ってもいいぞ。ただし師団の仕事が入ってない限りだけどな」
師団長ゼクスが率いる第四師団は残り59日間の休暇。つまり、それに属している勇気は残り59日の間、いつ入ってもいいという事だ。
早速と勇気は行く準備の為にウィンドウを開く。昨日の探索でハーブを結構手に入れていたので≪道具装備≫からセットして何時でもすぐに出せるようにしておく。ハーブの入手率はコボルト3体倒せば1体落とすぐらいの数だと戦闘を思い返しながら逆算していた。
そんな考え悩む勇気を嬉々と見ながらゼクスもウィンドウを開く。
「無茶はするなよ。それと買い忘れてた重要なモノ」
ゼクスが勇気に小さな巻物を渡す。
「ラグナロクの迷宮の地図だ。目にした場所から順に地図に書き加えられる。俺が同じ所潜ってるなら、地図の内容移してやれるんだが、生憎ユウキが行ってる場所は行ってなくてな」
「いえ、自分の足で進んで開拓してこそ意味があると思います」
勇気の言葉を聞いて、ゼクスが満面の笑みを浮かべて勇気の頭を掻き毟った。
「そういうなら、いいか。ま、無茶だけはホントするなよ」
ゼクスに二度の注意を受けてから、勇気は宿舎から出て行った。
勇気は師団区から迷宮通りへ向かい、ラグナロクの迷宮まで一直線に目指した。
迷宮入口へと着けば、ガウェインとパーシバルが談笑している。どうも二人は暇そうだ。昨日も暇な仕事と言っていたのだから労力が掛からないのかもしれない。
勇気は二人に軽く挨拶してから、二人に「頑張れよ」と言葉いう言葉を受け取ってから迷宮の入り口へ進んで行った。
光水晶で照らされた道を進み、女神像がある大広間へ。朝早いせいもあるのか昨日に引き続いて他の人はいない。
もともとパーティーを組む気にないので他人の居る居ないは大した問題ではなかった。今日は一人で自分の力を付ける為に来た。自分は初めの村のアリサの家で、ゆったりと暮らす生活を拒否し、ザイエンデとして戦う事に決めたのだ。これぐらいの意気込みがなくては、やっていられないだろうと。
戦う事の恐怖は、初めに魔物に襲われた時に比べ断然に減っていた。これは≪悪魔≫に立ち向かったお陰だろうと思っている。ただ油断はしない。一歩間違えれば、それは死に繋がるのが分かっているからだ。
勇気は女神像に一度触れてから、さらに奥へ進む。手には抜き身の剣を。いつでも戦えるように心を構えた。
「グルルゥ……」
現れるコボルト二体。コイツらとは世話になると感じながら駆ける。
先手を取る。後手では遅い。守る技術なんて無いのだから、攻めなければ負けると前へ駆ける。
剣を振る。綺麗に入る一撃目。まだ犬顔の獣は絶命しない。
コボルトを斃すには二撃必要。これは昨日の戦闘で分かっている。ただレベルが上がった今でも、一発では加護を削り切れていなかったのが無念であった。
コボルトの曲剣は出来る限りかわす。数度受けても、自分の加護が削り切られないのは知っているが、それでも受ける事を前提にしてゴリ押しという考えはない。万が一が恐ろしい。かわし切れない分は仕方ないが、貰えば傷を受け戦闘不能になるという覚悟で戦う。
「ギャウ――!」
断末魔を上げて、二匹目のコボルトが絶命した。溜息を吐いて≪ステータス≫を確認する。何度かコボルトの曲剣を体に貰って加護値が削られてしまっている。すぐにハーブを口にして回復した。同時に体も軽くなった感じがする。
疲労回復は現実世界にもあれば便利なのにな、と思いながら慣れない苦さのハーブをもう一枚咀嚼した。
落ち着いてからは、≪地図≫を開き、≪グラズヘイム≫と≪ラグナロクの迷宮≫の二つある項目の内の後者を選んで中央に表示させた。新たに表示させた地図は情報量が圧倒的に少ない。入口と女神像が記号で記されているだけだ。
地図を拡大して、確認しながら歩いて行く。どうやら目で確認出来る範囲で、地図が形を生成していくようだと理解する。サブウィンドウを見れば地図へ独自に書き込める設定も出来るようだ。迷った時の道順や危険地帯があれば随時書き込めば便利だろう。
ウィンドウを閉じる。一体の魔物が近づく音が耳に届いていた。
迷う事なく音の下へと近づけば、当然のようにコボルトの姿がある。しかし、もはや一体程度では勇気の相手ではない為に瞬く間に戦闘は終わった。
勇気は、まず昨日探索した地点の地図を埋めようと、昨日と同じ道を進んだ。
一人の戦闘が続いた。地図を埋める作業も湧いてくるコボルトの邪魔立てがあって思うように進まない。一体何処から溢れ出てきているのだ、という疑問もあれども魔物だから仕方ないと諦める。
苦いハーブを口に含みながら地図を開く。かなり完成されてきているという実感が探索に対するやる気を持たせていた。
魔物の気配もないので地図を開きながら、描写されいてる様子を見つつ足を進めていく。
「ん……」
疑問の声を吐き、足を止めた。
暗い、とても暗い闇が目の前にあった。光水晶がそこで途切れているせいか奥が見えない。
地図を見ても奥へ目が届かないせいで道が途切れてしまっている。
どうしようか。と闇をジッと睨んだ。もしやするとトラップなのではと最悪を想定する。まだ地図を埋めてない所も存在する。この闇を後回しにして、ソチラを優先するという考えもある。
足で小刻みにリズムを取りながら幾ばくか悩む勇気。そして、謎の闇を解明する為に試してみるという意志が勝ってしまった。
≪道具≫を開いて、欠片としてではなく、一つの個として手に入れる事が出来た≪光水晶≫を手に取る。光水晶は、主に照明として使われるものだが、強く握れば閃光のような輝きを放つという効果を持つ。ただし一回限りで、使ってしまった後は無水晶となってしまい力を失ってしまうのが難点だ。
これならば、きっとあの闇も照らせるだろう。
勇気は光水晶を力強く握って、闇に向かって放り投げた。
コツン。
輝きを増した光水晶は、闇の前の見えない壁に阻まれるように音を立てて地面に落ちた。間もなく光水晶は力を失い、透明なだけの無水晶と化してしまった。
もしや通れない壁か? と闇を見ながら怪しむ勇気。次は剣を前に突き立てながらゆっくりと闇へと近づいてみた。するとコチラも壁にぶつかるような音を立てる。力強く剣先で押してみるが、見えない壁が本当にあるようでビクリともせず、剣が闇の手前で阻まれている。
物を当てても剣を突き立てても反応は無い。危険性は無いのか、それとも本当にただの壁なのかと、ソレに触れようと手を伸ばす。
「……っぅ」
しかし、勇気は見えない壁に触れる事はなく、前のめりに倒れて膝を地面にぶつけてしまう。剣のお陰で何とか顔から倒れるのだけは回避した。
顔を地面から正面へと向けると、余り整えられてない降りる階段があった。
とにかく、と≪地図≫を確認する。すると地図の情報が激減していると共に右上に小さく「2」と数字が書かれていた。
すぐにコレが何を意味するか気付く。次の層に入ったのだと。
振り返れば奥を見通せない闇が見えた。勇気は迷うことなく、手をのばしながら闇を突き抜ける。そして地図へ目を向ければ今まで通ってきた情報を載せた地図と右上に「1」の数字が書かれている。
つまりこの暗い闇は、次の層へと行く入口である。魔法のような何かしらの不思議な力で奥が見えなくなっているのだろうという結論に至っていた。
もう一度闇に触れ、二層へと進み階段を降りて行く。頭の中では≪帰還水晶≫を取り出すイメージを浮かべながら進み続けた。
勇気の中では、迷宮の奥に進めば進むほど魔物も強くなるという認識だ。迷宮攻略も命あってのもの。ゆえに危険と判断したのなら、いつでも逃げ出せるようにするという慎重さは決して間違いではないという考えだった。
慎重に進む。降り切った階段近くに生き物の気配はない。
ウィンドウは既にしめてある。魔物の奇襲に備えて邪魔なモノだ。今は剣をいつでも振れるというのが大事。
さらに暫く慎重に進むと遠くに影が見えた。目を凝らせばコボルトと≪大きな蜘蛛型≫の生物だった。全長を図るなら自身の半分以上の大きさがある蜘蛛は、とても気色の悪いものだと一目見て感じる。
構える勇気。敵は二体。先制を取って未知の敵である蜘蛛を刺し穿とうという考えだった。
駆けた。地を駆る足音で二体の魔物が気づく。当然これは想定内。
「くっ……」
だが魔物が想定外の動きをした。蜘蛛の魔物が勇気の顔面目掛けて跳ねたのだ。
何とか勇気は回避するも、追撃するコボルトの一撃を受けてしまってよろけてしまう。
すぐに態勢を立て直し、剣を力任せにコボルト目掛け振って、距離を取った。
今のは拙かった。幾ら大きいとは言えあれ程の跳躍力は想定出来なかった。ギリッと焦りで手に力が入る。
コボルトが先ほどの一振りを見てか慎重に立ち回ろうとして攻めて来ない。お陰で蜘蛛に集中力を割ける。
再び跳ぶ蜘蛛。勇気は直線的に動くソレをかわしながら剣を宙へ置く。
剣に当たる感触と共に、振り抜いた。
気味の悪い蜘蛛は一撃で真っ二つになり動かなくなっていた。
さらに、続くようにコボルトへと駆ける。相手がひよっている内に素早く二撃与えて、コボルトも難なく絶命させた。
ハーブを口にしながら、体を落ち着かせる勇気。
とりあえずはコボルト以外の新たな魔物に注意しなければならない。種類が2に増えることで相手の動きに緩急がつき、非常に戦い辛かった。コボルト三体の方が戦い易いぐらいだ。今は蜘蛛を一撃で倒せたからいいものも、倒すのに数度かかるのならかなり面倒である。こんな時にパーティーが入れば楽になると思うが、ないものねだりなので、その考えを頭から跳ねのけた。
≪帰還水晶≫のイメージは念頭に置いておく。魔物の量が多ければ使おうと。
勇気はさらに奥へと進んだ。
二層で随分と戦った結果。蜘蛛は全て一撃だという事が分かる。これは勇気にとってありがたかった。蜘蛛の顔に目掛けて跳びかかる攻撃には嫌悪感が湧く。それを難なく倒せるのだから素晴らしいものだ。ただ、同時に三体以上の相手は辛かった。幾ら一撃とはいえ、同時に跳びかかられると回避は辛い。しかも蜘蛛の攻撃方法は、跳びかかりから噛みつくという、背筋がゾッとする連携でキツかった。あのでかい生物が沢山の眼を光らせながら目前で齧りつく様は最悪である。ただこちらもコボルトの攻撃同様、噛みつかれているという感覚があるだけで加護値がある内は傷を受けない。蜘蛛の攻撃は六回、コボルトの攻撃は五回までなら受けてもいい。とりあえず、多数によるたこ殴りだけは注意しないといけない。
かなりの時間を潜ったのを感じたので帰路へと移る。帰り道は地図を見れば一目瞭然なので楽だった。帰る際に出くわした魔物は倒し、難なく一層の大広間女神像まで辿り着く。
早速、と女神像に触れて念じる。
≪勇気≫
Lv 3
HP(加護値):321/321 MP(魔法値):19/19 TP(技術値):19/19
STR(腕力):9+5 VIT(耐力):9+5 INT(魔力):9+5
RES(魔抗力):8+5 LIF(生命力):9+5 DEX(安定力):12+5
AGI(速力):2
Capa(容量):37.1
スキルレベル:≪剣士Lv2≫、≪銃士Lv0≫
Bonus(振り値):+6
≪ステータス≫を見ればレベルが上がっていた。またもやバランスがいい上がり方だと思う。そして、どうやら自分は安定力が上がり易いようだと知った。
さらに剣士のスキルレベルが上がっている事に気付く。すぐに≪スキル≫を開くも中央のウィンドウは空。どうやら『技』というものは自分には未だないようだ。アリサもレベル6で技が二つなのだから、自分も次のレベルぐらいには覚えるだろうと、励ましておいた。
ラグナロクの迷宮を出れば、陽は落ちかけの夕刻に差し掛かっていた。
急激にお腹が空いているのを感じる。戦闘がなくなって緊張感が一気に抜けたせいだろうか。今後は弁当か何か簡単に口に入れられるモノを持っていった方がいいかもしれない。
今日は初めての一人の戦闘ということで気合いが入っていたせいか気にも留めなかったからいい。それでも昼食抜きは体に悪いし、いざ戦闘でお腹が空いて力が出なく死にました、ってなるとただの阿呆である。
魔物から手に入って口に入れられるものはハーブぐらいと苦いだけで腹は膨れないものだ。やはり携帯できるパン辺りが食料として適当だろう。
「帰りか?」
一人門番をするパーシバルが話し掛けてくる。朝に一緒に居たガウェインの姿は見当たらない。
「はい。とりあえず、お腹も空いたので宿舎に帰ります。パーシバルさんも頑張ってください」
パーシバルは適当にやるさと云った態度で手を振って勇気を見送った。
勇気は何処に寄り道する訳でもなく、真っすぐに宿舎へと向かう。師団区内は早朝よりも師団員の姿が多い。仕事帰りなのか勇気には分からないが、とにかくすれ違う人にペコリと一礼していく。
自分と同じぐらい若い人は全く見なかった。それどころか20後半ぐらいのゼクスも若いと思えるぐらいだ。大体がパーシバルやガウェインのようなおじさんに差し掛かっているか、本当におじさんぐらいの歳の師団員が多いと感じていた。
「今、帰りました」
宿舎の扉を開けると、テーブルに腰掛けるゼクスと料理の仕込みを始めているアリサの姿があった。
窓も見てみるが副師団長はどうやらいないようである。
「嬢ちゃんが料理始めたばかりだから風呂でも入ってこい」
ゼクスが言う。勇気も素直にその言葉を聞いて浴室へと足を進めた。
食事中の話題は、今日のアリサの行き先についてだった。
アリサは副師団長に王国で一番大きな図書館に連れて行って貰ったという。図書館は商業区の城に一番近い所にあるそうだ。王国民なら年間の入場料さえ払えば好きに利用できるという。その入場料も大した額ではないようなので、勇気も暇があれば行こうと思っていた。
アリサが借りた本は、料理の本と小説、それと過去に有名とされた冒険者の名が連なっているもの。最後の本は迷宮探索に役立つヒントが少しでもあればと思い借りたと言う。
勇気は食事を終えれば、ハーブで身体の疲労はそれ程ないとはいえ、今日は疲れたとベッドに潜り込む。
頭の中で魔物と戦った最適の動きをシミュレートしつつ目を瞑った。




