第7話 月無し運送
カインは、錠前工房で預かった運送票を机へ置いた。
回収量の水増しについては、工房と業者の双方から説明を取った。だが、肝心のラウルは見つからない。回収場に残った車には、金属くずしかなかった。
貸食器屋、回収業者、短期宿。別々に聞いた名が、同じ小さな店へつながっている。
月無し運送。
登録簿には、代表者ミレイユと住所が載っていた。先日、マヤの拘束を証言し、一緒に地下へ下りた女だ。証言書にも、同じ名があった。
所在は分かった。だが、所在を知ることと、無断離籍の幇助を立証することは違う。正規の運送もしている以上、夜に荷を運んだ記録だけで捕まえることはできない。
「会って話すか」
カインは運送票の写しを取り、原本を保管箱へ戻した。
彼女の店が何を運んでいるのか。それを確かめる最初の質問を考えながら、コートを羽織った。
*
白昼の王都レグナ、下町の路地裏。
ミレイユは月無し運送の店先で、腕まくりをして木箱の荷解き作業を行っていた。
表向きの業務である、南区から仕入れた日用雑貨の仕分けだ。違法な夜逃げ屋の看板はあくまで裏の顔であり、昼間はこうして真っ当な運送屋として汗を流し、物流の動線を確保し続けなければならない。
重い木箱をテコの原理を使って滑らせ、店の奥へと押し込んでいく。
「ご苦労なことだな。女手一つで、そんな力仕事か」
不意に、背後から声がかけられた。
ミレイユの動きがピタリと止まる。振り返らなくても、その低く落ち着いた声の主が誰か、彼女の耳は即座に判別した。
木箱から手を離し、ゆっくりと振り返る。
そこには、仕立ての安い、ヨレのあるコートを着た男が立っていた。王都治安局の逃亡者追跡官、カインである。
彼は店へ入らず、荷札とミレイユの顔を交互に見た。
「……客か? うちは見ての通り、小さな運送屋だ。大きな荷物なら、大通りの業者を当たってくれ」
ミレイユは表情一つ変えず、前掛けの埃を払いながら応じた。
互いに、相手が誰であるかは理解している。カインは先日、錠前工房からラウルを逃がしたのが自分であると目星をつけてここへ来たのだ。だが、治安官がいきなり店に踏み込んでこないということは、まだ『確証』がない証拠だ。
「いや、少し特殊な荷物を運んでほしくてな。大手の業者では、どうにも融通が利かないんでね」
カインは店先の雑多な木箱やロープの束を眺めながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「たとえば……『記録に残したくない荷物』だとか、あるいは『自分の意思で別の家へ移りたがっている生きた荷物』だとか。そういう厄介な依頼を、鮮やかに片付けてくれるという噂を聞いてね」
あからさまな誘導尋問だった。
ここで少しでも動揺を見せるか、あるいは法外な報酬を提示して乗るそぶりを見せれば、たちまち違法幇助の言質を取られる。
ミレイユは鼻で笑った。
「生きた荷物だと? 悪いが、うちは奴隷商人じゃない。運ぶのは木箱と麻袋だけだ。違法な荷物はお断りしている」
「そうか。それは残念だ」
カインは肩をすくめた。
「だが、おかしな話だ。ここの運行記録を治安局で調べさせてもらったが、あんたのところは、同じ荷を何軒もの業者と引き継いでいる。夜中に、随分と手間をかけるんだな?」
「深夜の運送は割増料金が取れる。急ぎの荷物を空いた車へ回す。小さい店は、そうしないと馬を遊ばせることになる」
ミレイユは平然と嘘を吐き、再び木箱に向き直った。
「用がないなら帰ってくれ。仕事の邪魔だ」
ミレイユが木箱の端を掴み、よいしょ、と持ち上げて店内の棚へと歩き出す。
その背中を、カインはじっと見つめていた。
会話による牽制は、最初からカインにとって単なる『挨拶』に過ぎなかった。彼の真の目的は、言葉の尻尾を掴むことではない。
――観察だ。
カインの視線は、ミレイユの顔の造作や表情ではなく、彼女の足元、腰の動き、そして肩の揺れに集中していた。
カインは、彼女が右足を出す前にいったん荷を左へ寄せるのを見た。錠前工房の路地で見かけた運送人にも、似た動きがあった。
荷を持てば歩き方は変わる。痛めた足をかばっていても変わる。これだけで同一人物と決めつけることはできない。ただ、もう一度確かめる相手を絞る手掛かりにはなる。
「その右の靴、底を直した方がいい」
「客でもないのに、足元の注文までつけるのかい」
ミレイユは箱を持ち直した。今度は左へ寄せなかった。カインの視線に気づいて、変えたのかもしれない。
ミレイユが木箱を棚に収め、再び振り返った時、カインは満足そうに口角を上げていた。
「……ジロジロと見て、何の真似だ。気味が悪い」
「いや、いい働きぶりだと思ってな。感心していたところだ」
カインはコートのポケットに両手を突っ込み、背を向けた。
「今日はこれで失礼するよ。だが、月無し運送の女主人さん。夜道には気をつけることだ。記録を偽装しても、人間が動いた痕跡までは消せないからな」
「忠告どうも。治安官殿も、無駄足ばかり踏んで靴底をすり減らさないようにな」
カインは振り返らず、片手だけを上げて路地裏の雑踏へと消えていった。
ミレイユは彼が見えなくなるまでその場に立ち尽くし、冷や汗が背中を伝うのを感じていた。
決定的な証拠は何も出していない。会話でもボロは出さなかった。だが、あの男の目に見つめられている間、まるで自分の皮膚の一枚下まで解剖されているような、底知れぬ恐ろしさを感じていた。
「……厄介な男に、目をつけられたな」
ミレイユは小さく呟き、店の奥へと戻っていった。
*
月無し運送から少し離れた大通りで、カインは手帳を開いた。
店の住所は運送組合の登録から分かった。だが、帳簿の上で違法な客の名は見つからない。似た足運びは証拠に足りず、マヤの保護に立ち会った事実だけで、それ以前の逃亡幇助を立証することもできない。
『右足。荷を左へ寄せる。次回、荷のない状態を確認』
書き終えたところで、誰かが後ろから彼を追い越した。荷担ぎの男だった。似た歩き方に、カインは一瞬顔を上げる。
追う仕事には、間違えないために立ち止まる時間もいる。
彼は手帳を閉じ、まず店の正規の荷主を訪ねることにした。




