第45話 二千人分の行先
九十九人の搬送を終えた後も、仕事は終わらなかった。
医師が治療を続け、判事が一人ずつ拘束の根拠を確かめる。数日の確認で、少なくとも八十人は、正当な根拠のない収容か、申立ての放置によって留められていたと分かった。その中にはセラもいる。
別の刑事事件や身元の照合が残る十八人は、裁判所の管理する施設へ移った。彼らにも医療と面談の機会が与えられた。ミレイユ自身の不法侵入についても、事情聴取は別に受ける。
全員を助け出したという言葉は、全員の人生を一つの判決で決めたという意味ではなかった。
店に全員が集まった夜、ミレイユは机の前に立った。
「新しい伝言を、私だけで抱えた。疑う所も分かっていた。でも、止められたくなくて黙って出た」
エマもラウルも、返事をしなかった。
「そのせいで、二人は足りない情報で私を探すことになった。店も、今いる客も危険にした。すまなかった」
謝ってから、机に紙を置いた。
新しい情報を受け取ったら、原本と出所を二人以上に知らせる。連絡不能になった場合、現場へ単独で追わない。撤退の判断は、現場にいる者ができる。費用と人手を超える依頼は、受け方そのものを相談する。
「これで十分だとは思わない。追加してくれ」
ラウルは紙を読み、首を傾げた。
「ミレイユさんが、俺の撤退判断に反対したら?」
「理由は聞く。だが、道具を直していたあんたが危ないと言う時に、私の勘で上書きしない」
「書いてください。それも」
彼女は書いた。
エマは、決めたことを後から一人で変えない、という一行を足した。
「心配を掛けたくない時ほど、先に話してください」
ミレイユは、その一行にも署名した。
信じてくれ、と頼むより、次に何をするか決める方が難しかった。
セラの索引と回収した原本の照合は、裁判所の書記たちが引き受けた。
エマは会計部分、カインは移送番号、セラは古い書式を説明する。誰か一人の記憶で、全ての記録を完成させることはできない。
名簿には数千の記載があった。同じ人の再移送も混じっている。そのうち、王都内にいる可能性が高く、拘束や契約の問題がまだ解決していない人だけでも、二千人ほどに及んだ。
数字を聞いた時、ミレイユは思わず棚の鍵へ目をやった。
店の車では、何往復しても足りない。
「一度に運ぶ必要はない」
カインが言った。
「ただし、順番を待つ間に別の場所へ移される人はいる」
エマが続ける。
アドリアンは、裁判所が求める緊急支援のため、王家の救済費から使える額を確認した。職人組合も、未払い賃金を抱える工房の争いが収まらなければ取引が続かないと、空き倉庫と寝具を出した。
最初の十日間の食費と寝床を確保する。それ以後は議会の支出承認と、個別の住まいの手続きが必要になる。基金だけで二千人を抱える案は、エマが即座に却下した。
受入れは三つの主要窓口に分け、その先の宿や会館へ人数を振り分ける。第一夜から三夜にわたり、来られる時刻をずらす。外へ出るのが難しい人には、現職治安官が保護の申立てを聞きに行く。
「大夜逃げだな」
ラウルが呟いた。
セラは、その呼び名に少し笑った。
「看板には書かない方がいい。見ただけで引き返す人もいる」
案内には、月無し運送の車輪の印を使った。
三つの点は使わない。来るなという警告を、来てよい合図へ変えてしまえば、古い約束を知る者を迷わせる。
窓口の場所、開く時刻、連絡方法。本人が希望して相談できること。今すぐ家を出ると決めなくてもよいこと。薬、身分の紙、子供に必要な物を置いてこないこと。
荷物を三つにできなければ助けない、とは書かなかった。
実際に車へ乗る時には、持てる私物を選んでもらう。だが、それは人を捨てるための選別ではない。
案内を受け取った者が、誰にも見せず破れるよう、目立つ飾りもつけなかった。
セリアから返事が来た。リゼットは、今度は相談に行きたいと言っている。
ミレイユはその名の横に、迎えの方法を確認する、とだけ記した。以前断った客が、次も同じ答えをするとは限らない。
第一夜の前、各窓口の責任者が顔を合わせた。
ミレイユは運行を受け持つ。エマは人数と金。ラウルは車と避難路。マヤは寝床と食事。アルマは医師たちと救護に加わる。カインは現職の班へ情報を渡し、追手が現れた場合の移動を補助する。
最後の中止判断は、それぞれの現場に置いた。
全てを聞いてから自分が決める、とは言わなかった。
机の中央に、自分の持たない鍵がいくつも並んでいる。
ミレイユはそれを数え、誰がどれを持つか確かめた。数を減らしたいとは、もう思わなかった。




