第44話 持てない分を渡す
最初に入ったのは、現職の治安官たちだった。
門を確保し、管理官へ命令書を示す。続いて医師と判事の書記、最後にカインが来た。
ミレイユは彼の顔を見た途端、言い訳を始めそうになった。
やめた。
「九十九人。庭に九十五。地下の三人は見張りが連れて来る。厨房に一人残っている。名前は、この紙」
彼女は一覧を渡した。
カインは受け取り、班長へ伝える。医師が寝台へ走り、別の班員が厨房へ向かった。
説明するだけで、自分の頭の中から一部の重さが離れた。
「原本が管理室にある。セラが棚を知っている。私は取りに戻ろうとした。でも、全員を出すのと、同時にはできない」
最後の言葉を言うのが難しかった。
「どちらを任せられる?」
カインは一瞬、彼女を見た。それから班長と相談した。
避難の指示はミレイユが続ける。セラは窓の外から書記へ棚の位置と帳面の表題を伝える。原本の回収は、煙の状況を確かめた現職の班員が行い、カインが受取りと照合を補助する。
「無理なら、人を先に」
ミレイユは言った。
「分かった」
返事が来た。その答えを、信じて仕事へ戻る。
カインの背を追って、自分まで管理室へ行かない。その小さな動作をしないだけのことが、今までの彼女にはできなかった。
管理官は、人々を移送馬車へ乗せ続けるよう部下へ命じた。
班長が止めた。保全命令に基づき、収容者の移動と書類の廃棄を停止する。命令後に誰が何を指示したかも、書記が記録している。
施設の警備員全員が、管理官のために戦うつもりではなかった。煙の中に自分の同僚もいる。外の執行班は人数を揃え、救護車も連れてきている。
一人が鍵束を置いた。続いて別の者が、地下の三人を引率してきた。
「この三人は、裁判中だ」
「担当を分けます。まず医師へ」
班員が答えた。罪状を理由に、咳き込む人を元の部屋へ押し戻す者はいなかった。
厨房に残った一人も見つかった。伝票を外へ出した男だった。水を運ぼうとして、煙で道が分からなくなっていたという。
ミレイユは彼の顔へ手を伸ばしかけ、医師の邪魔になると思って引いた。
「届いたよ。あんたの紙」
男は咳をしながら、目だけで笑った。
外ではラウルが、荷車へ板を渡して寝台を滑らせる準備をしていた。
エマは到着する車の数を確認し、マヤは行先ごとに水と食事を分けている。月無し運送だけの力ではない。公的な救護車、近隣の業者、裁判所が確保した宿。それぞれに受取りの責任者がいた。
ミレイユは、庭の人数と車の人数を一人ずつ照合した。自分で歩ける者を先へ走らせず、歩けない者の隣に付き添いをつける。
九十九。
最後に自分が門を出て、数は合った。
原本は、すべては残らなかった。
移送簿の端は焼け、申立書の一部は濡れて貼りついている。それでも受領印と日付のある冊子が残り、セラの索引に書かれた棚と一致した。焼けた部分も、どこが失われたかを記録して持ち帰る。
カインは黒くなった袖で汗を拭こうとし、書記に止められた。指先を切っている。ミレイユは布を渡したが、自分で巻きつけはしなかった。医師に診てもらうよう言う。
「頼んだ分は?」
「持ち帰った。全部ではない」
「うん」
全部でなければ失敗、という返事をしなかった。
セラの所持品は、押収された管理鍵で開けた保管室から出た。
袋の番号は、彼女の入所時の受領票と一致した。中身を照合し、危険物でない三点を返してもらう。
古い笛。短い鉛筆。擦れた運送札。
ミレイユは運送札を見て、喉が詰まった。
十年前、自分の乗った荷車に結ばれていた札だった。汚れた角の形を覚えている。
「捨てていなかったのか」
「返す相手がいなかったからね」
セラは鉛筆を受け取り、紙に短い線を引いた。まだ書ける、と呟く。
笛は鳴らさず、掌に乗せた。中庭で吹けば人が驚くと思ったらしい。
そこまでいつものセラで、ミレイユはようやく笑えた。
帰りの車で、彼女は向かいのカインへ言った。
「新しい伝言を隠した。見れば止められると分かっていたから。疑うべき所も分かっていたのに、私一人の危険だと決めた」
彼は黙って聞いた。
「店へ帰ったら、全員に話す。謝って済むとも思っていない」
「そうしてくれ」
カインは答えた。
今すぐ許すとも、二度と外へ出るなとも言わなかった。
医師に巻かれた指の包帯を、膝の上で見ていた。
「店で、お前の書き置きを読んだ」
「うん」
「北の納入路にいる、と書いてあった。お前の字だった。それだけで、一瞬ほっとした」
車輪が石を踏み、座席が揺れた。カインは膝に置いた手を動かさなかった。
「ノラを探した時も、照会の返事を待っていた。返事が来ても、そこにはいなかった」
ミレイユは、次の言葉を待った。
「今朝、判事にお前の名前を伝えながら、また間に合わないかもしれないと思った。手順を変えるべきだったとは思わない。だが、怖かった」
そこで初めて、彼はミレイユを見た。
「お前の声を、もう聞けなくなるのが」
ミレイユは何か言おうとして、やめた。包帯に触れないよう、彼の手の甲へ指を置く。
「次は、紙だけ置いて行かない。出る前に話す」
「ああ」
彼は手を引かなかった。ミレイユも、指を離さずにいた。
ミレイユは窓の外を見た。追われる時に使う抜け道を、今日は隠れずに通っている。
隣のセラが眠った。眠りながら、三つの品の袋を抱えていた。
ミレイユは袋を取り上げず、落ちないよう膝に布を足した。




