第43話 名前より先に息を
紙を燃やす臭いは、朝食の湯気に混じって来た。
初めは、古い帳面を炉へ運んでいるだけだった。やがて煙が廊下に滞まり、作業室の窓を開けても抜けなくなる。
大量に焼きすぎて、炉の通気が追いついていない。
管理官は作業を止めず、検査に見せる帳面だけを別へ移すよう命じた。焼却場の戸が開いた時、積んだ紙の端に火が移っているのが見えた。
「全員を外へ出して」
ミレイユが見張りへ言った。
「騒ぐな。作業が終われば移送する」
「終わる前に、煙で動けなくなる」
見張りは管理官を見た。命令を待つ間に、壁際の老人が激しく咳き込んだ。
ミレイユは水桶を引き寄せ、布を濡らした。火のそばへ人を送るのではなく、まず煙の薄い窓際へ寝台を動かす。低くかがめる人にはそう伝えた。
「入口へ一度に集まらないで。歩けない人の道を空けて」
昔の依頼のように、今すぐ返事をしろとは言わない。咳の間に言葉を出せない者もいる。
セラは一覧を持ち、厨房と医務室へ人を呼びに行く許可を見張りへ求めた。
「許可が要るなら、お前も一緒に来な。人数が合わないまま、検査の前で説明できるかい」
見張りの一人が動いた。自分の責任の形を示されて、初めて判断を変えたようだった。
地下の個室にいる者を、置いていけという声がした。
「そこは罪人だ。上へ出せない」
ミレイユは、鍵束を持つ男へ向き直った。
「罪があるなら、外で見張ればいい。火事の中へ残す判決は出ていない」
男は返事をしなかった。
「鍵を開けて。あんたが引率して、他の者と別の場所に立たせる。それならできるね?」
するべきことを、一つずつ分けた。無罪にする話ではない。外へ息をしに出すだけだ。
男は地下へ向かい、もう一人が付き添った。
ミレイユは自分の手が震えているのを見た。怒りだけではない。ここで鍵を渡せと殴りかかれば、誰も外へ出られなくなるかもしれないという恐怖があった。
自分には勝てる腕力がない。それを恥じている時間もなかった。
中庭への戸は開いたが、外門はまだ閉まっていた。
管理官は移送馬車を先に入れ、帳面と人を別々に出そうとしている。どの車へ誰を乗せるか、収容者には告げなかった。
ミレイユは、乗ればまた行先を失うと分かった。
しかし、庭まで来た人々を煙のある室内へ戻すわけにもいかない。
「ここで、いったん数える。乗る前に、車ごとの名簿を作ってくれ」
「そんな時間はない」
「なら、検査官へ誰をどこへ移したか説明する時に使う。あんたのためにも残すんだよ」
管理官が舌打ちした。
法の理想を語って従わせる余裕はない。相手が自分の責任を恐れる所へ、作業を差し込む。それも運送屋の仕事だった。
ミレイユは土の上に車の番号を書き、人を一列ずつ分けた。寝台は煙から遠い壁際へ置く。子供を数える時は、必ず連れの大人と一緒にする。
全部で九十五。
「四人足りない」
自分の分を忘れていないか、もう一度確かめる。忘れていない。地下の在所者三人は、まだ庭に出ていない。付き添いの見張りは、在所者の数には含めない。厨房の一人もまだ戻っていなかった。
セラが名前を読んだ。呼べば答える人ばかりではない。周囲の者へ、最後に見た場所を聞く。
その間に外門で、強い声がした。
立入検査と記録保全の命令。到着した執行班が、直ちに開門するよう求めていた。
管理官は一瞬、門と燃える方を見比べた。
逃げられる時間を計っている顔だった。
「帳面を持て!」
彼が部下に怒鳴った。
セラはミレイユの袖を引き、管理室の窓を指す。受領印のある移送簿と申立書の束が、そこにまとめられていた。
ミレイユは一歩踏み出した。取りに戻れる。まだ煙は低い所まで下りていない。自分一人なら、走って――。
袖を掴んだ手の力が増した。
「また、一人で決めるのかい」
セラが言った。
外門の鍵が回る音がした。
ミレイユは足を止め、入ってくる人の方へ顔を向けた。




