第41話 運ぶ順番
朝の作業室には、眠り足りない人々が集まっていた。
誰かが泣き、誰かがその背を撫でる。壁際には歩けない者の寝台も運び込まれている。荷をまとめろと命じられたが、行先を教えられた者はいなかった。
ミレイユは人数を数えた。一度では合わず、セラに帳面を見せてもらう。
昨日までの在所者は九十八人。そこへ昨夜、自分が一人増えた。
「全員、ここにいる?」
「二人は医務室。三人は厨房。地下の個室にもいる」
数えたつもりでも、見えている人だけを数えていた。
セラは使役のために渡される当日の一覧を広げた。正式な名簿の一部しか見せられないが、今朝は移送準備で部屋番号がまとまっている。
ミレイユは配置を覚えようとせず、余白に写した。頭だけに入れて倒れたら、誰にも使えない。
「一緒に出たい人を、確かめたい」
そう言うと、セラは目を細めた。
「出たくないと言う者は、置いていくのかい」
「違う。危険な建物からは全員出す。その後に、どこへ行きたいかを聞く」
ミレイユは言い直した。
ここにいる全員が、同じ事情とは限らない。実際に犯罪の裁判を受けている者もいた。その人の事件を、夜逃げ屋がその場の好き嫌いで裁くことはできない。
「身柄をどこへ引き渡すかと、煙の中から助けることは別だ」
セラは頷き、声を掛けられる者から一人ずつ呼んだ。
もとの家へ帰りたい人。帰りたくない人。家族の居場所だけ知りたい人。質問に答えるより先に、食事がまた取り上げられないか心配する人もいた。
ミレイユは返事を急がせなかった。言葉が出なければ、頷きでよい。いま決められなくても外へ出る手助けはする。
移送先に本人の希望を添えるための準備だと説明しながら、荷運びの順序を作る。
歩ける人に道具を持たせ、歩けない人を最後まで待たせるのではない。狭い通路が詰まる前に、寝台を通す。幼い子は、信頼する大人と離さない。
それは王都で何度もしてきた仕事だった。ただし、今日は車も仲間も、扉を開ける鍵もない。
厨房へ出る者の一人が、外へ空箱を返す伝票を扱っていた。
ミレイユはその人に事情を話し、危険があると断った上で、紙を運んでもらえないか尋ねた。
「見つかったら?」
「私が頼んだと答えていい。だが、それで罰を受けないとは言えない」
男は考え、納入票の数量欄を指した。
「ここなら、外の受取が必ず見る」
正式な数量は消さず、備考に九十八と一を書いた。続けて、医務室二、厨房三。自分の略した署名。紙を受け取った者がセラの符号だけに頼らず、実際の在所を確かめられる内容にする。
隠して密封する余裕はない。誰に見られるかも選べない。
ミレイユは、自分の誤りのせいで他人が危険を引き受けるところを、最後まで見ていた。
「嫌になったら、渡さなくていい」
「分かった」
男は伝票を持ち、厨房へ戻った。
セラの私的な記録は、薄い紙を何枚も重ねたものだった。
公式の帳面のどの行が改められたか、元の申立てがどこへ挟まれたか。本人の話だけでは確かめられない所には、疑問符がある。
「これがあれば足りる?」
ミレイユが聞いた。
「足りない。だから原本を残したい」
セラは管理室の棚を図へ書いた。
検査で問題になるのは、申立書の束と、受領印のある移送簿だという。証拠になる箇所は小さいが、そこだけ引き抜けば何の帳面か分からなくなる。前後の頁ごと必要だった。
ミレイユは、全部を一度に抱えて走れないと理解した。
人と紙。どちらも助けたい。だが、両腕に持てる数は決まっている。
昔なら自分が最後に残ると決めていた。
今日も、その考えが真っ先に浮かんだ。
セラがこちらを見ていたので、ミレイユは黙って図へ戻った。まだ、答えにしてはいけない。
廊下で警備員たちが話していた。
外から検査の通知が来た。担当の判事が、朝九つの鐘までに到着する。
管理官は低い声で、焼却を先に済ませろと命じた。
セラはミレイユの手から紙を取り、袖へ畳んだ。
「外で、誰かが動いている」
ミレイユは、まだ見えない門を見た。
自分がいなくても動く仲間がいることに、ようやくすがれる気がした。




