第34話 言わなかった荷物
午後の作業が一段落すると、ミレイユはエマに図書室へ行くと言った。
王子の出発票に必要な確認がある。嘘ではない。ただ、確認するのは出発票だけではなかった。
旧税関の維持費を記した帳面に、燃料と保存食の納入が残っていた。廃止された建物にしては、量が多い。最も近い荷受け場の名を、ミレイユは別紙に控えた。
誰にも渡さない紙が、また一枚増えた。
事務所へ戻ると、明朝使う封筒が並んでいた。
三つの施療院の行先、荷の内訳、護送責任者の名前。エマが受取控えと一つずつ照合し、ラウルは鞍の留め金を確かめている。
「遅かったですね。出発前の打合せ、もう一度しませんか」
「今の手順で変わりない。私は一番目の車を見届けてから、二番目に回る」
「その間、予定が変わったら?」
「使いを寄こして。私が判断する」
エマはペンを置いた。
「それでは間に合わない場合を、今決めておきたいんです」
ミレイユは顔を上げた。エマが歯向かった、などと思うつもりはなかった。それでも、余計な心配を渡したくないという言葉が先に出た。
「大丈夫だ。私が見ている」
「私たちも見ています」
静かな返事だった。
ラウルが留め金から目を上げ、二人を見た。ミレイユは気まずさから地図を引き寄せ、確認する項目を読み上げた。それで話が進んだように見せられる。
エマは従ったが、納得した顔ではなかった。
カインは、彼女が持ち帰った紙の端に気づいた。
旧税関の納入記録。出発票には必要のない番号だった。
「そちらも調べていたのか」
「通り道だからね」
「図書室は通り道だ。そこに書かれた施設は違う」
ミレイユは紙を畳んだ。
「明朝の仕事は落とさない」
「客の仕事だけを落とさなければ、自分の危険は後から足していいのか」
返事をすると、喧嘩になると分かっていた。ミレイユは黙り、鞍の修理を手伝った。
カインも追及をやめた。ただ、彼が出発の中止条件をもう一度読み直していたことは、視界の端に残った。
夜、アドリアンから明朝の衣装と馬の確認が届いた。
軍学校時代の護送用の上着を着る。顔を隠す布は風除けに使えるが、求められれば外す。背丈の違う者へ成り代わるわけではない。
王子の私物三つは、正規の荷とは別に本人が鞍袋へ入れる。先に運送人へ預ければ、途中で本人だけが戻された時、その三つまで奪うことになるからだ。
ミレイユはその点に頷いた。断られた時、何を本人へ返せるか。計画にはそれも含まれる。
王子は、協力する護衛にも離脱する権利を認めていた。最初に店へ連れて来た護衛は王宮に残り、今後の証人になる。明朝の責任者は、受領書と外出許可の有効性を確かめた上で同行すると答えた。
忠誠という言葉だけで、全員を命令に従わせたわけではなかった。
ミレイユは手紙を読み終え、エマの方を見た。
皆にも見せればよい。旧税関の紙も出して、何を焦っているのか説明すればよい。
その程度のことが、なぜできないのか。
口を開きかけた時、表の戸が強く叩かれた。
王宮の荷受け場からの急使だった。
出庫時の点検が、明朝に限って変更されるという。




