第33話 空の車を通す
出発前日の朝、ミレイユは王宮の集積場で塩と毛布を下ろした。
これが下見のためだけの空荷なら、帳簿に不自然な一行が残る。神殿の式の回収とは別に、数日前から受けていた正規の配送を、この時刻へまとめてもらった。
エマが荷札を読み、受取係が数える。ラウルは車輪を調べる役で同乗していた。
アドリアンの部屋へ近づくことはしない。知りたいのは、集積場へ入った荷が、どこで誰に確かめられ、どう出ていくかだった。
門番は入庫時に荷を開ける。空になった車も一度止め、荷台へ視線を入れる。王家の備蓄を持ち出されないためだ。
人を箱へ詰める案は、その時点で消えた。
「やっぱり、開けますね」
ラウルが小声で言う。
「ああ。だから、開けても困らない荷にする」
ミレイユは、隣を進む護送列を見た。隊員は出発前に広場で点呼を受け、門では先頭の責任者が人数と外出票を示す。門番が顔まで確かめるのは、書類の数と人が合わない時だった。
ただし、第三王子の顔を知る者が一人でもいれば、別だ。
ミレイユは記録係へ、明日の担当時刻を尋ねた。追加の配送票を誰へ出すかという、業者として必要な質問だった。
答えを聞いて、予定表の端に印をつける。王子の出入りを普段見ている護衛が、明朝は門に立つ。
「顔を隠せばよい、では済まないね」
帰りの荷車で、彼女は言った。
「王子だと分かっても、止める書類が届く前に通れる形を作る」
難しい条件だった。姿と人数をごまかすだけでは足りない。
昼、カインが古い索引の写しを持って来た。
王子の署名で閲覧が認められた、王権移送の整理表だ。人名の欄から移送番号へ、移送番号から予算科目へ辿ると、セラの番号は『第七移送所』に行き着いた。
正式な所在地欄は空白だったが、建物の維持費は、旧北部税関の会計から出ていた。
「同じ建物という意味か」
「同じ管理口座というだけかもしれない。場所の証明には足りない」
カインは念を押した。
それでも、ミレイユにとっては十年ぶりに得た固有の名前だった。
「旧税関なら、運河の上流にいくつかある」
「調べるのは、王子を送り出してからだ。明朝の動きを先に確定する」
ミレイユは返事をしなかった。地図の上で、旧税関の位置を三つ数えた。
カインが彼女の指先を見た。
「お前一人の勘で行く所じゃない」
「分かってる」
分かっている、という言葉は便利だった。何をするつもりかまでは、答えなくて済む。
夕方までに、ファルエンへの使いが戻った。
巡回裁判所は王子本人の証言を受ける。到着予定日は明後日、途中の宿と護送の引継ぎも指定された。受領書は二通あり、一通は王宮へ正式に出されている。
アドリアンが証言へ向かうこと自体は、秘密の反乱ではない。大臣府がその書類を机に置いたまま止めているのである。
ミレイユは、まだ有効な外出許可と先方の受領書を並べた。
門で王子だと分かっても、書面上は出られる。問題は上へ確認し始めれば、いつまでも止められることだ。
そこで、三つの護送列を使う。
各列には本物の荷があり、本物の行先がある。出発直前、王子が訪問順を変更する正式な指示を出す。どの列に乗るかは、馬車の装飾ではなく、本人の最終指示で決まる。
警備側が王子の専用車を追えば、先に出る空の車へ目が向く。その間に、本人は護送員の服で、二番目の列の馬に乗る。偽の氏名で登録せず、責任者用の封筒には本人の名と外出許可を入れておく。
「分かったら、止められるかもしれない」
エマが言った。
「その時は、本物の紙で争う。姿を隠して通れる所は隠すが、馬ごと箱に入れるような奇跡は使えない」
ミレイユは地図の脇に中止条件を書いた。
取消しの正規命令が届いた場合。門が武力で閉じられた場合。群衆を盾にする必要が生じた場合。
そのどれにも、引き返した後の居場所が必要だった。




